そして、ときには――明らかに扱いに困るものも生まれる。
ある日のこと。
「…………」
壬氏は無言だった。
目の前には猫猫がいる。
その猫猫が、小さな薬包を差し出している。
「…………薬屋」
「はい」
「それはなんだ」
「睡眠薬です」
「睡眠薬?」
「フリーレンと共同で開発しました」
壬氏の眉がぴくりと動いた。
最近、この言葉を聞くと嫌な予感がする。
フリーレンと共同で開発した。
必ず何かが起こる。
「どういう薬だ」
「これさえあればぐっすり眠れて、疲れが取れます」
「ほう……」
それだけなら悪くない。
壬氏は忙しい。
後宮の管理だけではない。様々な仕事が次々と舞い込んでくる。
寝つきが悪い夜だってある。
短い時間でも深く眠れるなら、かなり助かる。
だが、相手は猫猫である。
しかもフリーレンとの共同開発。
壬氏は慎重になった。
「…………」
「…………」
「薬屋」
「はい」
「これを飲んだら」
「はい」
「永遠に眠ったりしないだろうな」
「…………」
猫猫が黙った。
「なぜ黙る」
「いえ」
「おい」
「永遠には眠りません」
「本当だな?」
「はい」
「どれくらい眠る」
「…………」
また黙った。
「薬屋?」
「……せいぜい一日中……」
「…………」
「…………」
壬氏は薬包を見る。
猫猫を見る。
また薬包を見る。
「……一日中?」
「はい」
「一日潰れるではないか!」
「よく眠れることには違いありません。疲れは取れますよ」
「仕事が全部止まる!」
「では休日の前に」
「そういう問題ではない!」
壬氏は頭を抱えた。
そして、ふと気付く。
「……待て」
「はい?」
「それ、本当に一日で起きるんだろうな」
「…………」
「また黙った!」
「個人差がありますので」
「怖いことを言うな!」
「でも死にはしません」
「安心材料になっていない!」
壬氏は疑いの目を向ける。
「……試したのか?」
「…………」
「薬屋」
「…………はい」
「誰で」
「私です」
「お前か!」
「はい」
「どうなった」
「よく眠れました」
「だから何時間だ!」
猫猫は少し考える。
「朝に飲んで」
「うむ」
「次に目を開けたら」
「うむ」
「翌朝でした」
「…………」
壬氏は薬包を猫猫へ返した。
「いらん」
「そうですか」
「そうですか、ではない!」
こうして――ものすごくよく眠れる睡眠薬、あまりにもよく眠れすぎるため没となった。
だが、猫猫とフリーレンは諦めない。
「睡眠薬が駄目なら」
猫猫が言う。
「逆にすればいい」
「逆?」
フリーレンが聞く。
「眠気を吹き飛ばす薬だ」
「ああ」
「それなら需要がある」
「徹夜するときとか?」
「そう」
二人はまた研究を始めた。
薬草を調合する猫猫。
作用を解析するフリーレン。
「こっちを増やすと?」
「心臓がばくばくする」
「駄目だね」
「じゃあ減らす」
「これは?」
「苦すぎる?」
「猫猫は平気そうだけど」
「私は味なんてどうでもいい」
「飲む人は気にするよ」
「面倒だな」
「薬ってそういうものじゃない?」
何度か調整し――
完成。
眠気を吹き飛ばす薬。
今度は壬氏が興味を示した。
何しろ忙しい。
本当に忙しい。
「大丈夫なんだろうな?」
「大丈夫です」
「前の睡眠薬のようなことにはならないな?」
「眠る薬ではありませんから」
「そういう意味ではない」
「試験済みです」
「……なら」
壬氏は使ってみた。
その日。
「……おお」
壬氏は驚いた。
眠くない。
頭が冴えている。
いつもなら疲れが出てくる時間になっても、まだ集中できる。
書類。
確認。
指示。
決裁。
次々と仕事が片付いていく。
「これは……」
なかなかいい。
「薬屋も、たまには役に立つものを作るな」
その言葉を聞いた猫猫は半眼になったが、何も言わなかった。
その日は驚くほど仕事が進んだ。
壬氏は上機嫌だった――その日は。
翌々日。
「…………」
猫猫の前に壬氏が現れた。
「壬氏様」
「…………」
「どうされました?」
「薬屋」
「はい」
「あの薬な」
「眠気を飛ばす薬ですか?」
「ああ」
「よく効いたでしょう」
「効いた」
「それは良かったです」
「仕事もはかどった」
「何よりです」
「だがな」
「はい」
「その後、結局一日寝たぞ」
「…………」
「…………」
猫猫が壬氏を見る。
壬氏の目の下には、まだ少し疲れが残っている。
「薬屋」
「はい」
「これはどういうことだ」
「……なるほど」
「なるほど、ではない」
猫猫は少し考える。
「おそらく」
「うむ」
「薬で眠気を感じなくなっていただけで、疲労そのものがなくなったわけではありません」
「…………」
「つまり、壬氏様は薬が効いている間、本来休むべき身体で仕事を続けた」
「…………」
「その反動が一気に来たのではないかと」
「それでは意味がないではないか」
「仕事は進んだでしょう?」
「その翌日の仕事が全部止まった!」
「なるほど」
「だから『なるほど』ではない!」
猫猫は壬氏の顔を見る。
そして、少し考えてから言った。
「壬氏様」
「何だ」
「仕事の量を減らされた方がいいのでは?」
「…………」
壬氏が止まる。
「きちんと睡眠を取る」
「…………」
「食事も取る」
「…………」
「疲れたら休む」
「…………」
「薬で無理やり働き続けない」
「…………」
猫猫は淡々と言った。
「それが一番よろしいかと」
「……おい」
「はい」
「それでは発明と何の関係もないではないか」
「ありませんね」
「認めるのか!」
どうやら魔法と薬学を組み合わせた夢の発明を完成させるより先に――
疲れたら寝る。
働きすぎたら休む。
という、魔法も薬も必要ない結論へたどり着いてしまったらしい。
「……薬屋」
「はい、壬氏様」
「もう俺を実験台にするな」
「善処します」
「善処ではなく約束しろ!」
今日も後宮は平和であった。