猫猫とフリーレン。
この二人は、懲りるということを知らなかった。
虫よけの魔法で虫が大量に集まり。
洗剤を作れば泡だらけになり。
睡眠薬を作れば一日中眠り、眠気覚ましを作ればその反動で一日中眠る。
普通なら、そろそろ慎重になる。
しかし――
「猫猫、今度は何する?」
「薬草の保存について考えてる」
まったく懲りていなかった。
むしろ、失敗するたびに研究意欲が増しているようにすら見える。
そんなある日のこと。
「ようし」
猫猫が満足そうに頷いた。
「できた」
「完璧だね」
フリーレンも満足そうだ。
二人の前にあるのは、一つの箱。
一見すると、何の変哲もない木箱だった。
ただし、手のひらサイズである。
「フリーレン様」
フェルンが恐る恐る聞く。
「今度は何ですか?」
「薬草を長持ちさせる箱」
「薬草を?」
「うん」
猫猫が説明する。
「薬草の中には、保存が難しいものがあるんだ。暑さや湿気で傷んだり、薬効が弱くなったりする」
「なるほど」
これはフェルンにも理解できる。
「だから」
猫猫が箱を指差す。
「箱の中を低温に保つ」
「フリーレン様の魔法で?」
「そう」
フリーレンが少し得意そうに胸を張った。
「冷却する魔法を箱に組み込んでみた」
今回は珍しく、まともそうだ。
いや、かなり画期的なのではないか。
暑い季節でも、薬草を低温で保存できる。
しかも氷を用意する必要がない。
「じゃあ開けるよ」
猫猫が箱を開けた。
「…………」
「…………」
沈黙。
猫猫が中を見る。
フリーレンも見る。
フェルンも覗く。
薬草が入っている。
ただし――
カチカチだった。
「…………」
猫猫が一本取る。
こんこん。
箱の縁に当ててみる。
硬い。完全に凍っている。
「フリーレン」
「何?」
「全部凍ってる」
「……そうだね」
「薬草を長持ちさせる箱だよね?」
「そのつもり」
「凍らせる箱じゃないよね?」
「うん」
「…………」
「…………」
フェルンがため息をついた。
「フリーレン様」
「何?」
「また失敗ですね」
「まだ失敗って決まったわけじゃないよ」
猫猫が凍った薬草を一本折った。
ぽきん。
「失敗だな」
「……失敗だね」
さすがのフリーレンも認めた。
だが、ここで諦める二人ではない。
「原因は分かってる」
猫猫が言う。
「冷やしすぎだ」
「そうだね」
フリーレンも頷く。
「温度調整をしないと」
「一定以上冷えないようにできる?」
「術式を調整すれば、多分」
「湿気も問題なんだ」
「じゃあ湿度も?」
「できる?」
「やってみる」
二人の目が輝く。
フェルンは思う。
(また始まりましたね……)
そして、何度かの試行錯誤の末――
「今度こそ」
猫猫が箱を開ける。
「…………」
薬草を取り出す。
凍っていない。
萎れてもいない。
触ってみる。
問題なし。
「温度は?」
「ちょうどいい」
「湿度は?」
「これもいい」
フリーレンが箱の中を確認する。
「成功?」
「成功だ」
二人の顔が明るくなる。
「おお」
フェルンも感心した。
今度こそ本当に役に立ちそうである。
数日後、さらに確認する。
「傷んでない」
猫猫が言う。
「薬効も?」
「ほとんど変化してない」
「じゃあ完璧だ」
「うん」
二人が顔を見合わせる。
これはすごい。
薬草の保存期間を延ばせる。
貴重な薬草を無駄にしなくて済む。
遠方から運んできた薬材の保存にも使えるかもしれない。
さらに――猫猫が気付く。
「これ、薬草だけじゃなくて」
「うん?」
「食べ物にも使えるんじゃないか?」
フリーレンが箱を見る。
「肉とか?」
「肉、魚、野菜……」
「果物も」
「乳製品なんかにも使えるかもしれない」
「すごいね」
「うん」
二人の目が再び妖しく輝く。
これはひょっとすると――今までの発明とは違う、本当に生活を変えるほどの発明なのではないか。
食料を長く保存できれば、後宮だけではない。
軍。
旅人。
商人。
遠隔地への輸送。
様々な用途が考えられる。
猫猫とフリーレンは完成した箱を見る。
そして。
「…………」
猫猫が言った。
「ちっちゃいね」
「そうだね」
箱は――
小さい。
かなり小さい。
手のひらサイズ、薬草をいくつか入れればいっぱいになる程度だ。
「…………」
二人は箱を見る。
「大きくできない?」
猫猫が聞く。
「できなくはないけど」
フリーレンが考える。
「大きくしたら効き目が弱くなる」
「そうなのか」
「うん。この術式だと、このくらいが一番安定する」
「じゃあ魔力を強くすると?」
「私が定期的に補充すればできると思う」
「それじゃ意味ないな」
「そうだね」
猫猫は腕を組む。
「この世界の人間だけで使えるようにしたいんだ」
「そうすると難しいね」
「食物保存にも使えそうなんだがなあ」
「うん」
「大きな箱にできれば、肉や魚も大量に保存できる」
「そうだね」
「厨房にも置ける」
「うん」
「薬庫にも欲しい」
「うん」
「旅にも――」
「猫猫」
「何?」
「それ全部入る大きさにしたら、かなり大きいよ」
「……そうだな」
二人は黙った。
「う~ん」
猫猫が唸る。
「いいところまで行ったと思ったんだがなあ」
「私も」
そこへ小蘭がやって来た。
「何してるの?」
「新しい発明」
「今度は何?」
「薬草を長持ちさせる箱」
「へえ!」
小蘭が箱を見る。
「すごいじゃない!」
「でも小さい」
「これくらい?」
「うん」
小蘭は考える。
そして――
「じゃあ、お菓子入れたら?」
「…………」
猫猫。
「…………」
フリーレン。
二人が箱を見る。
「お菓子……」
「冷やして保存……」
二人の目が再び輝き始める。
フェルンが嫌な予感を覚えた。
「フリーレン様?」
「フェルン」
「何です?」
「これで冷たいお菓子を保存できるよ」
「フリーレン様」
「何?」
「肉や若菜を大量に保存しようという話だったのでは?」
「そうだった」
猫猫が言う。
「いや、そういう用途もいいかも‥‥‥」
「猫猫まで……」
そこへ子翠まで現れた。
「何してるの?」
「冷たいものを保存する箱」
小蘭が説明する。
「へえ!」
子翠が中を見る。
「虫も保存できる?」
「…………」
猫猫が答える。
「できるかもしれないけど」
「本当!?」
「生きたまま入れるなよ」
「なんで!?」
「死ぬからだよ!」
「じゃあ標本!」
「それなら……」
「やった!」
フェルンは頭を抱えた。
薬草保存のために始まった研究。
食物保存に使える可能性が見つかり、小さすぎるという問題にぶつかり、最終的には――冷たいお菓子と虫の標本を保存する箱になりかけている。
ついに人類の生活を変える大発明、と思いきや、なんだかスケールが小さくなっている。
「う~ん」
フリーレンが箱を見る。
「いいところまで行ったんだけどね」
「もう少し大きくできればなあ」
猫猫も残念そうだ。
「術式を一から考え直す?」
「それもありだね」
「別の薬草を組み合わせれば、魔法への負担を減らせるかもしれない」
「じゃあ試してみよう」
また始まった。
フェルンはため息をついた。
猫猫とフリーレンの発明。
発想はいい。
原理も悪くない。
あと少しで、とんでもなく便利なものが完成しそうな気もする。
なのに――何かが微妙にずれている。
魔法の天才と薬学の天才。
二人が本当に歴史を変える大発明を完成させる日は来るのか。
それとも、後宮に大量の珍発明を残すだけなのか。
それはまだ誰にも分からない。
ただ、少なくとも、異世界に飛ばされ、帰る方法すらまだ分からないフリーレンが、この世界で猫猫という研究仲間を見つけ、毎日楽しそうにしている。
それだけは――悪いことではないのかもしれなかった。