薬屋と魔法使いのひとりごと   作:晴天人

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第3話:本命は誰だ?

猫猫は唸っていた。

「う~ん……」

あの後、猫猫はフリーレンやフェルンにも手伝ってもらい、後宮で使われている食材や食器を片っ端から調べていた。

食材に毒物が混入していないか。

他にも毒を塗られた食器がないか。

同じような細工がされていないか。

猫猫が薬学の知識で調べ、フリーレンとフェルンが魔法による構造解析で補助する。

調査はかなり遅い時間まで続いた。

幸い、新たな毒は見つからなかった。

だが――

(眠い……)

猫猫は小さく欠伸をする。

さすがに疲れている。

少し離れたところでは、フェルンも眠そうにしていた。

フリーレンは――

「……すぅ」

「フリーレン様」

「…………」

「起きてください」

「……起きてるよ」

「寝ていました」

「目を閉じて考えてただけ」

「では何を考えていたのですか?」

「…………」

「フリーレン様?」

「……眠いなって」

「寝ていたのと同じではありませんか」

猫猫は二人の会話を聞き流しながら、もう一度事件について考えた。

食器に毒を塗る。

その方法を使った理由そのものは、分からなくもない。

(食材より簡単だからだ)

後宮の食材は当然ながら管理されている。

食材へ毒を混ぜるには、調理場や保管場所へ入り込まなければならない。

誰かに見られる可能性もある。

それに一つの料理へ毒を混ぜれば、複数の人間が被害に遭うかもしれない。

逆に――

食器なら。

(管理は食材ほど厳しくない)

何も、食事が並べられた後で毒を塗る必要などない。

同じような器をどこかで用意する。

あらかじめ毒を塗っておく。

他の荷物を入れた袋にでも忍ばせておく。

そして何らかの機会に、本物の食器の中へ紛れ込ませる。

それなら、その場で毒を扱う必要はない。

やり方によっては、犯人自身が食堂へ入る必要すらないかもしれない。

「……方法は分かるんだよな」

猫猫が呟く。

フェルンが振り返った。

「何か分かりましたか?」

「いや」

猫猫は頬杖をつく。

「どうやって毒を仕込んだかは、ある程度想像できるってだけ」

「犯人は?」

「分からない」

「目的も?」

「それが一番分からない」

そこなのだ。

なぜ、そんなことをする?

最初の女官。

そして昨日の猫猫。

二人には何の接点も見つかっていない。

しかも、猫猫が使った器は誰が使ってもおかしくなかった。

(無差別殺人……?)

可能性はある。

この後宮という場所は、華やかに見えて決して穏やかな場所ではない。

妃同士の競争。

女官同士の嫉妬。

将来への不安。

故郷へ帰れない者。

望まぬ形で後宮へ入れられた者。

人間関係に疲弊する者。

精神的に追い詰められた人間が、誰でもいいから殺したいと思っても――

あり得ないとは言えない。

だが。

「……違う気がする」

猫猫は呟いた。

「何が?」

フリーレンが聞く。

いつの間にか起きている。

「毒の量」

「量?」

「ああ」

猫猫は最初の事件を思い返す。

最初に倒れた女官。

確かに危険な状態にはなった。

だが、猫猫の応急処置が早かったことを差し引いても――

(殺すつもりなら、少ない)

もちろん毒物には個人差がある。

体格。

体調。

食事の量。

様々な条件で効き方は変わる。

それでも、本気で確実に殺害するつもりなら、もっと量を増やすことはできたはずだ。

そして二件目。

猫猫が口にしたものも同様だった。

猫猫は毒への耐性が普通ではないので、自分自身を基準にはできない。

だが――

(普通の人間でも、あの程度なら即死するような量じゃない)

苦しむ。

倒れる可能性もある。

治療が遅れれば危険なこともある。

しかし、確実に殺す量ではない。

「じゃあ」

フリーレンが言った。

「殺すことが目的じゃない?」

「そこなんだよ」

猫猫の目が細くなる。

「何らかの試しなのか?」

「試し?」

フェルンが聞く。

「毒の効き方を確かめているとか」

猫猫は考える。

「あるいは、毒を仕込んだ食器が実際に後宮の食事へ紛れ込むかどうか」

フェルンの表情が険しくなる。

「では……」

「今までの二回が本番じゃなかった可能性がある」

部屋が静かになった。

フリーレンも、完全に眠気が消えたようだった。

「予行演習?」

「かもしれない」

猫猫は答える。

「毒を塗った器を混ぜることができるか。発覚するまでどのくらいかかるか。毒を口にした人間がどうなるか」

「それを確かめていた?」

「まだ推測だけどね」

だとすれば。

当然、次の疑問が生まれる。

「……本命は誰だ?」

猫猫は呟いた。

まず思い浮かぶのは――

皇帝。

「いや」

猫猫はすぐ首を振る。

難しすぎる。

帝の食事となれば、当然ながら管理の厳しさは比較にならない。

毒見もある。

使う食器も管理されている。

今回のように、どこかから毒を塗った器を紛れ込ませるなど簡単ではない。

「皇帝は難しい……」

なら。

「玉葉皇后?」

これも考えられる。

皇后を殺害する。

その地位を空ける。

皇帝の寵愛を巡る後宮なら、動機そのものは成立する。

だが――

「これも難しいな」

皇后の身辺警護も厳しい。

食事も当然管理される。

(なら上級妃か?)

皇后ほどではない。

それでも十分に高い地位。

誰か上級妃を殺害し、その後釜を狙う。

あるいは皇帝の寵愛を巡る争い。

中級妃の中に、そう考える者がいても不思議ではない。

後宮では地位が、そのまま一族の力にも繋がる。

「…………」

しかし、猫猫の頭の中に別の人物が浮かんだ。

美しい顔。

無駄に美しい顔。

腹が立つほど美しい顔。

「……壬氏様か」

「壬氏様?」

フェルンが聞き返した。

「ああ」

表向きは後宮を管理する宦官。

だが、その正体は――皇帝の弟、華瑞月。

皇位継承にも関わり得る人物である。

(政治的な理由なら、十分あり得る)

壬氏は後宮の管理だけをしているわけではない。

後宮の外でも様々な仕事に関わっている。

政治。

人事。

各所との調整。

当然、利害が衝突する人間もいる。

本人にそのつもりがなくても、恨みを買う可能性は十分ある。

それに――

猫猫は何とも言えない顔になった。

(あの顔だしな)

美しすぎる。

それも、本人が歩いているだけで周囲の女性が振り返るほどに。

後宮の妃たちの中に、壬氏へよろしくない感情を抱く者がいてもおかしくない――

いや、十分すぎるほどあり得る。

好意。

執着。

嫉妬。

逆恨み。

愛情が憎悪へ変わることだってある。

さらに悪いことに、壬氏は正体が皇弟のくせに過剰な警備は好まず、単独行動もしばしばだ。

「壬氏様がどうかしたのですか?」

フェルンが尋ねる。

「いや」

猫猫は答える。

「狙われる理由が多そうだなと思って」

「そんなに?」

「多いと思う」

「大変ですね……」

フェルンは素直に同情した。

フリーレンが言う。

「本人に言った方がいいんじゃない?」

「まだ推測だからね」

「でも、警戒くらいは」

「それはする」

猫猫は頷いた。

もちろん、本命が壬氏だという証拠など、何一つない。

上級妃かもしれない。

皇后かもしれない。

あるいは本当に無差別なのかもしれない。

ただ、もしこれまでの二件が――試しなのだとしたら。

「二回とも失敗した」

猫猫が呟く。

一回目。

女官は死ななかった。

しかも器に毒が塗られていたことまで発覚した。

二回目。

猫猫が毒に気付いた。

そして同じ手口だと判明した。

犯人からすれば、決して成功とは言えない。

ならば。

(第三の毒を試みる可能性がある)

手口を変えるかもしれない。

毒を変えるかもしれない。

量を増やすかもしれない。

「…………」

猫猫はため息をついた。

「だけど、食事をするなとは言えないしなあ」

フェルンが言う。

「食器を全部調べることはできませんか?」

「毎食、後宮中の食器を?」

「……無理だね」

数が多すぎる。

それに犯人が警戒してしばらく何もしなければ、いつまで続ければいいのか分からない。

猫猫は少し考えた。

「食事の時は、食堂で様子を見るしかないかな」

毒の量。

毒を仕込む方法。

無作為に選ばれたように見える被害者。

二度の失敗。

そして――まだ判明しない、本当の標的。

(第三の毒……)

猫猫は目を細める。

その可能性は‥‥‥全く否定できない。

 

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