薬屋と魔法使いのひとりごと   作:晴天人

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第5話:お前、楽しんでないか?

目撃者たちから話を聞いていくうちに、状況が整理されてきた。

「倒れた女官は、誰かと話していたんだな?」

壬氏の問いに、近くにいた女官が頷く。

「はい。隣に座っていた方と」

「どんな話を?」

「そこまでは……ただ、かなり話しかけられていたように思います」

猫猫は、当時の席を見た。

倒れた女官。

その隣。

そして

「反対側にも誰か座ってたんだよね?」

「はい」

別の女官が答える。

「そちらにも女官が一人」

「その二人は?」

「それが……」

女官は周囲を見回す。

「どちらも、いつの間にかいなくなっていました」

「二人とも?」

「はい」

猫猫の目が細くなった。

(なるほど)

だとすれば、方法は想像できる。

一人が被害者の隣へ座る。

話しかける。

できるだけ会話へ引き込む。

被害者の注意がそちらへ向く。

その隙に、反対側の女官が毒を入れる。

そして被害者が苦しみ始めれば、騒ぎに紛れて二人とも立ち去る。

「二人一組か」

壬氏も同じ結論に達したらしい。

「恐らく」

猫猫は答えた。

「計画的だな」

「はい」

壬氏はさらにその女官について聞いてみたが、誰もが以前に見た覚えばないと言った。

新たに入ってきた女官である可能性が高いと思われた。

壬氏はすぐに動いた。

最近、後宮へ入った女官や侍女を調べる。

条件に当てはまる者を洗い出し、目撃した女官たちにも確認させた。

しかし――

「……分かりません」

「この人だったような気もしますけど……」

「でも、もっと目元が……」

決め手がない。

壬氏は眉を寄せる。

「顔を見られても構わないよう、化粧を変えていた可能性もあるか」

「大いにありますね」

猫猫も同意した。

化粧一つで、人の印象などかなり変わる。

眉。

白粉。

紅。

髪形まで変えれば、普段から親しい相手でもなければ見誤ることはある。

まして今まで後宮にいなかった者、それに目撃者たちは、事件が起こるなどと思わず食事をしていただけだ。顔をじっくり覚えているはずもない。

毒で倒れた女官が回復すれば詳しい証言が得られるかもしれないが、そんなに悠長なことも言っていられない。

さらに、猫猫には、他にもっと前から引っかかっていることがあった。

毒そのものだ。

(そもそも……どうやって後宮へ持ち込んだ?)

後宮へ入る者や物は、何でも自由というわけではない。

怪しげな薬物をそのまま持ち込めば、どこかで発覚する危険がある。

しかも一度だけではない、何度も毒を使っている。

ある程度の量を確保しているはずだ。

「毒そのものを持ち込んだんじゃない……?」

なら。

「材料を持ち込んだ?」

しかし、それも簡単ではない。

毒草等を大量に持ち込めば怪しまれる。

「う~ん……」

猫猫が考え込んだ、その時、小蘭が猫猫に話しかけた。

「ねえねえ、猫猫」

「何?」

「この事件と関係があるかどうかは分からないけど、あるお妃様のところに、変わったお花がいっぱい運ばれたんだって」。

「変わった花?」

「うん、なんか気になって。猫猫なら何か分からないかなあ?」

「‥‥‥その話、詳しく聞かせてくれないか?」

「うん」

小蘭は聞いた話を思い出しながら説明する。

色、形、独特の香り、どこから運ばれてきたらしいか。

もちろん小蘭自身が詳しく見たわけではないので、曖昧な部分もある。

だが、猫猫には心当たりがあった。

猫猫の推測通りだとすると、その花は調合すれば薬になる。扱い方次第では、鎮静などの用途にも使える。

(薬を作るため、そうも考えられる)

薬を作ることは問題がないとは言えないが、猫猫もやっていることだ。大目に見られることでもある。

しかし。

(確かその花、やりようによっては……)

猫猫の表情が変わる。

あまり知られていないが、その花はやりようによっては毒にもなる。

正確には、特定の成分を抽出し、さらに別のものと組み合わせれば――手間はかかるが、出来ないことはないのだ。

だが、それを毒として使う事例はあまり聞いたことはないが‥‥‥

(待てよ)

猫猫の頭の中で、何かが繋がった。

最初から引っかかっていたこと。

毒の量が少ない。

そう考えていた。

しかし。

「量じゃなかった?」

「猫猫?」

子翠が見る。

猫猫は独り言のように呟く。

「配合……」

同じ材料でも、抽出の仕方、混ぜるもの、割合、濃度、それによって作用は変わる。

「……そうか」

一件目。

二件目。

三件目。

被害者に対する毒の効き方が微妙に違ったのだとすれば。

「試してたのか……?」

小蘭が首を傾げる。

「何を?」

「毒だよ」

「え?」

小蘭の顔が引きつった。

猫猫はもう小蘭を見ていない。

頭の中で仮説を組み立てている。

「どの配合なら、どの程度効くか」

どのくらい苦しむ。

どのくらいで症状が出る。

どの程度なら死なない。

そして、どの配合なら、確実に殺せるのか。

「……そういうことか」

猫猫が呟いた。

毒を上手く仕込めるかどうかの試験、そして同時に――毒そのものの調整。

事例が少ない分、実地で確かめていたのだ。

三件目で強い効果が出た。

だとすれば、次こそ完成した毒を本命へ使う。

「小蘭」

「な、何?」

「その花が運ばれたのは、どのお妃様のところ?」

「えっとね」

小蘭が答える。

「香琳様よ」

「香琳妃……」

猫猫はその名前を頭の中で反芻する。

中級妃の一人。

「子翠」

「何?」

「香琳妃って、どういう人?」

「う~ん……」

子翠は少し考えた。

「私がお世話になっている上級妃様の話だとね」

ここではあくまで「自分がお世話になっている上級妃から聞いた」という体裁で話す。

「うん」

「結構、気が強い人みたい」

「それから?」

「思い込みが激しいところもあるって」

猫猫が考える。

それだけでは何とも言えない。

気が強い妃など珍しくない。

思い込みの激しい人間だっていくらでもいる。

なら、当たっていれば儲けものと思い猫猫は聞いた。

「壬氏様について、何か言ってなかった?」

「壬氏様?」

「うん」

「…………」

子翠が考える。

「あ」

「何?」

「そういえば」

「うん」

「確か……」

子翠は記憶を探りながら言った。

「『壬氏様にふさわしいのは私だけ』とか言っていたらしいよ」

「…………」

猫猫の目が細くなる。

(なるほど)

子翠――つまり楼蘭が、そのことを耳にしている。

ならば、単なる女官たちの根も葉もない噂よりは信憑性がある。

猫猫の頭の中で、これまでの仮説が一本の線になり始めた。

香琳妃。

毒にもなる花。

配合試験。

そして――壬氏への執着。

 

「壬氏様」

猫猫はすぐに壬氏の元に行き、壬氏の持つ資料を見た。

香琳妃の元に持ち込まれたものを確かめる。

すると、花については猫猫の心当たりが当たっていた。

さらに、香琳妃の元には、その花だけでなく他の物も持ち込まれている。

一つ一つを見ていけば気にするほどの事ではないが、それらを組み合わせると、その抽出、配合次第では毒を作ることも可能だ。

そして、

「香琳妃の侍女……最近、何人か入れ替わっていますね」

「ああ」

数名が辞め、代わりに新しい侍女が入っている。

時期も――今回の毒事件が始まる少し前。

「新しく入った者の中に、薬に詳しい人間がいる可能性があります」

猫猫が言う。

「香琳妃のところへ運び込まれた花から毒を作った?」

「恐らく」

「そして配合を試していた」

「はい」

薬に詳しい侍女が材料を組み合わせ配合を変えたものを作り、実際に試した。

「……確かに筋は通る」

「でしょう?」

「だが証拠がない」

猫猫も黙る。

そこなのだ。

状況証拠は揃い始めている。

しかし――決定的なものがない。

「踏み込んで証拠を押さえたらいいじゃないですか」

猫猫がさらっと言う。

「そう簡単に言うな」

壬氏は眉間を押さえた。

「香琳妃の実家は、それなりに力を持つ家だ」

「知っています」

「何も出なかったらどうする」

「…………」

「中級妃とはいえ、帝の妃だぞ。根拠もなく宮を調べたとなれば問題になる」

確かに。

しかも、花があること自体は罪ではないし、他の物もそれ自体では問題はない。

「薬を作っていただけだと言われれば?」

「それまでですね」

実際薬があるだけかもしれない。

第一、下手に踏み込めば犯人側へ警戒していることを知らせるだけになる。

証拠を処分されるかもしれない。

猫猫は考える。

「…………」

そして、ふと思い出した。

(本命が壬氏様なら……)

今までの実験は、ほぼ終わったはず。

犯人側としては、次へ進みたい。

それも、できるだけ早く。

「ところで壬氏様」

「何だ?」

「香琳妃から、何か誘いを受けていませんか?」

「誘い?」

「お茶とか、食事とか」

「…………ああ、昨日、茶の招待を受けた」

猫猫の目が光った。

「いつです?」

「近いうちに都合のいい日を、と」

「…………」

やはり。

もし香琳妃が犯人なら、三度も試した。

毒の配合も分かった。

ならば、いつまでも待ちたくはない。

「壬氏様」

「何だ?」

猫猫は言った。

「その招待、受けましょう」

「…………」

壬氏が止まった。

「薬屋」

「はい」

「意味を分かって言っているのか?」

「もちろん」

「お前の推理では俺が本命なんだよな?」

「可能性が高いですね」

「そして、その本命を‥‥‥わざわざ怪しい場所へ行かせると?」

「はい」

「…………」

「…………」

壬氏が額を押さえた。

「おいおい」

「何でしょう」

「俺に囮になれと?」

「早い話が」

「早い話にするな!」

猫猫は淡々と続ける。

「でも、これが一番確実です」

「俺の命を何だと思っている」

「大丈夫です」

「何が大丈夫なんだ!」

「毒見役は私がやりますよ」

「…………」

壬氏が猫猫を見る。

「なあ、薬屋」

「はい」

「お前、楽しんでないか?」

「そんなことないですよ」

だが、猫猫の視線はすーっと宙へ逃げる。

「おい」

「…………」

「こっちを見ろ」

「…………」

「俺の目を見て言え」

「…………」

猫猫は天井を見る。

壬氏のこめかみが引きつった。

「薬屋!!!」

猫猫はようやく壬氏へ視線を戻し、やや真剣な顔で言った。

「大丈夫ですよ、壬氏様」

「何がだ」

「死なせませんから」

「その台詞を聞くと余計に不安になるんだが」

「気のせいです」

「絶対に気のせいではない」

事件はついに、毒を追う段階から――犯人に毒を使わせ正体を暴く段階へと進もうとしていた。

 

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