薬屋と魔法使いのひとりごと   作:晴天人

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第2話:花畑を出す魔法

五人はひとまず近くの建物へ入った。

幸い、使われていない小さな部屋がある。

猫猫、子翠、小蘭。

そして、突然空から降ってきたフリーレンとフェルン。

五人は部屋の中で向かい合って座った。

まず、互いの名前を紹介する。

お互い、聞きなれない名前の響きに困惑する。

(西方の人のような名前だが)

猫猫は思う。

そして、

「……というわけで、ここにいるんだよ」

フリーレンは、これまでの経緯を一通り説明した。

女神の石碑を調査していたこと。

そこに見たことのない文字が刻まれていたこと。

フリーレンがそれに触れた途端、石碑が光り出したこと。

気が付けば空中に放り出され、この後宮へ落ちてきたこと。

「…………」

猫猫は黙っている。

「…………」

子翠も黙っている。

「…………」

小蘭は――

途中から考えるのをやめていた。

ただただ興味津々といった様子で、フリーレンとフェルンを交互に見ている。

猫猫がようやく口を開いた。

「……それを信じてほしいと……」

「信じてほしいも何も、本当のことだから……」

フリーレンとしては、それ以外に説明のしようがない。

猫猫は額に手を当てた。

普段なら、どれほど不可解な事件でも情報を一つずつ整理していけば、ある程度の筋道は見えてくる。

薬なら成分を調べる。

毒なら症状を見る。

人間なら、その行動の理由を考える。

だが――

今回は、そもそもの前提がおかしい。

空から人が降ってきた。

しかも、そのうち一人には人間にはあり得ない長い耳がある。

その二人が「光に包まれたらここにいた」と言っている。

(……どうしろというんだ)

さすがの猫猫も、ついていくので精いっぱいだった。

子翠も同じらしい。

いつもの好奇心旺盛な表情は残っているが、話をどう理解すればいいのか分からない様子だ。

小蘭だけは違った。

「ねえねえ、フェルンって髪すごく長いね!」

「え? はい……」

「毎朝どうしてるの?」

「自分で整えています」

「フリーレンは?」

「私?」

「フリーレン様は私が整えることがあります」

「へえー!」

完全に順応している。

いや、理解することを放棄した結果、目の前にいる珍しい二人を楽しむ方向へ切り替えたらしい。

フリーレンは改めて猫猫を見る。

「それで……改めて、ここがどういうところか聞かせてくれる?」

「ここは……」

今度は猫猫が説明する番だった。

ここは茘という国であること。

そして、この場所が皇帝の住まう宮城、その中でも后妃や下女、宦官たちが暮らす後宮であること。

もちろん、皇帝や政治について必要以上に詳しいことまでは話さない。

だが、二人が置かれている状況を理解するには十分な程度には説明した。

「……というところだ」

「なるほど」

フリーレンが頷く。

その横で、フェルンが考え込んでいた。

「フリーレン様」

「何?」

「茘という国、聞いたことあります?」

「……いや、ない……」

フェルンの表情が固まった。

フリーレンは千年以上を生きるエルフだ。

世界中のあらゆる土地を訪れたわけではないとはいえ、その知識はフェルンとは比較にならない。

そんなフリーレンが、国の名前すら聞いたことがない。

フェルンが恐る恐る口にする。

「ここ、もしかして……」

「ああ」

フリーレンも同じ結論に至っていた。

「私達の世界と違う世界では……」

「…………」

二人は顔を見合わせた。

ただ遠くへ転移しただけならいい。帰る方法を探せばいいだけだ。

しかし、世界そのものが違うとなれば話は別だった。

そんな二人を見ながら、子翠が猫猫へ顔を寄せる。

「……ねえ、猫猫」

「なんだ」

「フリーレンのような耳の人の話、聞いたことある?」

猫猫は改めてフリーレンを見る。

長く尖った耳。

作り物には見えない。

「……いや、ない……」

「やっぱり?」

「ああ」

猫猫も戸惑うばかりだった。

西方には自分たちとは大きく異なる容姿の人々がいる。

それくらいは知っている。

だが―こんな耳を持つ人間の話など聞いたことがない。

フリーレンが、先ほどから感じていた違和感の正体に気付いた。

「あのさ」

「なんだ?」

「この世界、魔法はある?」

「…………」

猫猫が止まった。

子翠も止まった。

二人は顔を見合わせる。

「魔法?」

猫猫が聞き返す。

「うん」

「……魔法って?」

「魔法は魔法だけど」

「いや、それでは説明になってない」

「そう?」

「そうだ」

猫猫とフリーレンが首を傾げ合う。

だが、

「魔法!?」

今まで話の大半を理解することを放棄していた小蘭が、突然食いついてきた。

「魔法が使えるの!?」

「使えるけど」

「ねえねえ、見せて見せて!」

小蘭の目がキラキラと輝いている。

猫猫は少し考えた。

確かに――

「見せてもらうのが一番早いな」

百聞は一見にしかず、というやつである。

「じゃあ、ちょっと外に出ようか」

フリーレンが立ち上がった。

五人は再び外へ出た。

もちろん、できるだけ人目につかない場所を選ぶ。

「それで、何を見せるのですか?」

フェルンが尋ねる。

「そうだね……」

フリーレンが杖を構える。

「何するの?」

小蘭がワクワクしながら聞く。

「花畑を出す魔法」

「花畑?」

次の瞬間、何もなかった地面に、色とりどりの花が一斉に咲き乱れた。

「…………!」

猫猫が目を見開く。

子翠も言葉を失う。

そして――

「うわああああああああ!」

小蘭が歓声を上げた。

「すごい! すごいすごいすごい!」

花畑の周囲を走り回る。

「本当に何もなかったところから花が出てきた!」

「そうだね」

「これ全部本物!?」

「本物だよ」

「触っていい!?」

「いいよ」

小蘭は花の中へしゃがみ込み、嬉しそうに一輪一輪を眺め始めた。

一方、猫猫は――無言だった。

「……猫猫?」

子翠が声をかける。

猫猫は花を一本摘む。

匂いを嗅ぐ。

茎を見る。

葉を見る。

指でこする。

完全に薬屋の顔になっている。

「……本物だ」

「だから本物だって言ったじゃん」

フリーレンが言う。

その瞬間、猫猫の目つきが変わった。

「フリーレン」

「何?」

「薬草畑を出せないか?」

「え?」

猫猫が一歩近づく。

「薬草だ。できれば珍しいものがいい。この辺りでは手に入りにくい西方の薬草なんかがいいな」

「いや、私はこの世界の西方の薬草なんて知らな――」

「いや、待て」

猫猫の目がさらに輝く。

「毒草でもいい」

「毒草?」

「むしろ毒草の方がいい!」

猫猫がフリーレンに迫る。

「どんな毒がある? そっちの世界にしかない毒草は? 食べるとどうなる? 痺れるのか? 吐くのか? 呼吸が止まるのか? 少量なら薬になるものは?」

「ちょ、ちょっと待って」

フリーレンが一歩後ずさる。

すると、今度は反対側から子翠が迫ってきた。

「ねえねえ、フリーレン!」

「何?」

「花畑には虫よね!」

「……うん?」

「虫も出せるよね!」

「いや……」

「見たことない虫とか! そっちの世界にしかいない虫とか!」

「いや、それは……」

「大きい虫は!? 綺麗な蝶は!? 珍しい甲虫とかいる!?」

「だから――」

右から猫猫。

「毒草!」

左から子翠。

「虫!」

「薬草!」

「珍しい虫!」

「毒キノコでもいい!」

「巨大な甲虫でもいいよ!」

フリーレンが珍しく押されている。

「フリーレン様」

フェルンが静かに言った。

「人気者ですね」

「フェルン、見てないで助けてよ」

少し離れた場所では、小蘭が花を両手いっぱいに抱えていた。

「ねえフェルン!」

「はい?」

「フェルンも魔法使えるの?」

「使えますよ」

「見せて!」

「え」

フェルンが固まる。

小蘭の目が輝く。

「ねえねえ、どんな魔法!?」

「……フリーレン様」

「何?」

「私も捕まりました」

「仲間だね」

「嬉しくありません」

猫猫はフリーレンへ迫り続ける。

「なあ、毒草は?」

「だから、そういう魔法じゃないんだって」

「一種類くらい」

「出せないよ」

「では薬草」

「それも無理」

子翠も負けていない。

「虫は?」

「出せない」

「一匹だけ!」

「無理」

「蝶!」

「無理」

「芋虫!」

「もっと無理」

千年以上を生き、魔王を倒した勇者一行の魔法使い。

数多くの強大な魔族を葬ってきた大魔法使いフリーレン。

そんな彼女が今――

薬草と毒草を要求する薬屋と、虫を要求する上級妃に挟まれ、完全にたじたじになっていた。

こうして、異世界へ迷い込んだ二人の魔法使いと、後宮の三人娘。

互いの世界について何一つ分かっていないというのに――

少なくとも五人の距離だけは、驚くほどの速さで縮まり始めていた。

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