五人はひとまず近くの建物へ入った。
幸い、使われていない小さな部屋がある。
猫猫、子翠、小蘭。
そして、突然空から降ってきたフリーレンとフェルン。
五人は部屋の中で向かい合って座った。
まず、互いの名前を紹介する。
お互い、聞きなれない名前の響きに困惑する。
(西方の人のような名前だが)
猫猫は思う。
そして、
「……というわけで、ここにいるんだよ」
フリーレンは、これまでの経緯を一通り説明した。
女神の石碑を調査していたこと。
そこに見たことのない文字が刻まれていたこと。
フリーレンがそれに触れた途端、石碑が光り出したこと。
気が付けば空中に放り出され、この後宮へ落ちてきたこと。
「…………」
猫猫は黙っている。
「…………」
子翠も黙っている。
「…………」
小蘭は――
途中から考えるのをやめていた。
ただただ興味津々といった様子で、フリーレンとフェルンを交互に見ている。
猫猫がようやく口を開いた。
「……それを信じてほしいと……」
「信じてほしいも何も、本当のことだから……」
フリーレンとしては、それ以外に説明のしようがない。
猫猫は額に手を当てた。
普段なら、どれほど不可解な事件でも情報を一つずつ整理していけば、ある程度の筋道は見えてくる。
薬なら成分を調べる。
毒なら症状を見る。
人間なら、その行動の理由を考える。
だが――
今回は、そもそもの前提がおかしい。
空から人が降ってきた。
しかも、そのうち一人には人間にはあり得ない長い耳がある。
その二人が「光に包まれたらここにいた」と言っている。
(……どうしろというんだ)
さすがの猫猫も、ついていくので精いっぱいだった。
子翠も同じらしい。
いつもの好奇心旺盛な表情は残っているが、話をどう理解すればいいのか分からない様子だ。
小蘭だけは違った。
「ねえねえ、フェルンって髪すごく長いね!」
「え? はい……」
「毎朝どうしてるの?」
「自分で整えています」
「フリーレンは?」
「私?」
「フリーレン様は私が整えることがあります」
「へえー!」
完全に順応している。
いや、理解することを放棄した結果、目の前にいる珍しい二人を楽しむ方向へ切り替えたらしい。
フリーレンは改めて猫猫を見る。
「それで……改めて、ここがどういうところか聞かせてくれる?」
「ここは……」
今度は猫猫が説明する番だった。
ここは茘という国であること。
そして、この場所が皇帝の住まう宮城、その中でも后妃や下女、宦官たちが暮らす後宮であること。
もちろん、皇帝や政治について必要以上に詳しいことまでは話さない。
だが、二人が置かれている状況を理解するには十分な程度には説明した。
「……というところだ」
「なるほど」
フリーレンが頷く。
その横で、フェルンが考え込んでいた。
「フリーレン様」
「何?」
「茘という国、聞いたことあります?」
「……いや、ない……」
フェルンの表情が固まった。
フリーレンは千年以上を生きるエルフだ。
世界中のあらゆる土地を訪れたわけではないとはいえ、その知識はフェルンとは比較にならない。
そんなフリーレンが、国の名前すら聞いたことがない。
フェルンが恐る恐る口にする。
「ここ、もしかして……」
「ああ」
フリーレンも同じ結論に至っていた。
「私達の世界と違う世界では……」
「…………」
二人は顔を見合わせた。
ただ遠くへ転移しただけならいい。帰る方法を探せばいいだけだ。
しかし、世界そのものが違うとなれば話は別だった。
そんな二人を見ながら、子翠が猫猫へ顔を寄せる。
「……ねえ、猫猫」
「なんだ」
「フリーレンのような耳の人の話、聞いたことある?」
猫猫は改めてフリーレンを見る。
長く尖った耳。
作り物には見えない。
「……いや、ない……」
「やっぱり?」
「ああ」
猫猫も戸惑うばかりだった。
西方には自分たちとは大きく異なる容姿の人々がいる。
それくらいは知っている。
だが―こんな耳を持つ人間の話など聞いたことがない。
フリーレンが、先ほどから感じていた違和感の正体に気付いた。
「あのさ」
「なんだ?」
「この世界、魔法はある?」
「…………」
猫猫が止まった。
子翠も止まった。
二人は顔を見合わせる。
「魔法?」
猫猫が聞き返す。
「うん」
「……魔法って?」
「魔法は魔法だけど」
「いや、それでは説明になってない」
「そう?」
「そうだ」
猫猫とフリーレンが首を傾げ合う。
だが、
「魔法!?」
今まで話の大半を理解することを放棄していた小蘭が、突然食いついてきた。
「魔法が使えるの!?」
「使えるけど」
「ねえねえ、見せて見せて!」
小蘭の目がキラキラと輝いている。
猫猫は少し考えた。
確かに――
「見せてもらうのが一番早いな」
百聞は一見にしかず、というやつである。
「じゃあ、ちょっと外に出ようか」
フリーレンが立ち上がった。
五人は再び外へ出た。
もちろん、できるだけ人目につかない場所を選ぶ。
「それで、何を見せるのですか?」
フェルンが尋ねる。
「そうだね……」
フリーレンが杖を構える。
「何するの?」
小蘭がワクワクしながら聞く。
「花畑を出す魔法」
「花畑?」
次の瞬間、何もなかった地面に、色とりどりの花が一斉に咲き乱れた。
「…………!」
猫猫が目を見開く。
子翠も言葉を失う。
そして――
「うわああああああああ!」
小蘭が歓声を上げた。
「すごい! すごいすごいすごい!」
花畑の周囲を走り回る。
「本当に何もなかったところから花が出てきた!」
「そうだね」
「これ全部本物!?」
「本物だよ」
「触っていい!?」
「いいよ」
小蘭は花の中へしゃがみ込み、嬉しそうに一輪一輪を眺め始めた。
一方、猫猫は――無言だった。
「……猫猫?」
子翠が声をかける。
猫猫は花を一本摘む。
匂いを嗅ぐ。
茎を見る。
葉を見る。
指でこする。
完全に薬屋の顔になっている。
「……本物だ」
「だから本物だって言ったじゃん」
フリーレンが言う。
その瞬間、猫猫の目つきが変わった。
「フリーレン」
「何?」
「薬草畑を出せないか?」
「え?」
猫猫が一歩近づく。
「薬草だ。できれば珍しいものがいい。この辺りでは手に入りにくい西方の薬草なんかがいいな」
「いや、私はこの世界の西方の薬草なんて知らな――」
「いや、待て」
猫猫の目がさらに輝く。
「毒草でもいい」
「毒草?」
「むしろ毒草の方がいい!」
猫猫がフリーレンに迫る。
「どんな毒がある? そっちの世界にしかない毒草は? 食べるとどうなる? 痺れるのか? 吐くのか? 呼吸が止まるのか? 少量なら薬になるものは?」
「ちょ、ちょっと待って」
フリーレンが一歩後ずさる。
すると、今度は反対側から子翠が迫ってきた。
「ねえねえ、フリーレン!」
「何?」
「花畑には虫よね!」
「……うん?」
「虫も出せるよね!」
「いや……」
「見たことない虫とか! そっちの世界にしかいない虫とか!」
「いや、それは……」
「大きい虫は!? 綺麗な蝶は!? 珍しい甲虫とかいる!?」
「だから――」
右から猫猫。
「毒草!」
左から子翠。
「虫!」
「薬草!」
「珍しい虫!」
「毒キノコでもいい!」
「巨大な甲虫でもいいよ!」
フリーレンが珍しく押されている。
「フリーレン様」
フェルンが静かに言った。
「人気者ですね」
「フェルン、見てないで助けてよ」
少し離れた場所では、小蘭が花を両手いっぱいに抱えていた。
「ねえフェルン!」
「はい?」
「フェルンも魔法使えるの?」
「使えますよ」
「見せて!」
「え」
フェルンが固まる。
小蘭の目が輝く。
「ねえねえ、どんな魔法!?」
「……フリーレン様」
「何?」
「私も捕まりました」
「仲間だね」
「嬉しくありません」
猫猫はフリーレンへ迫り続ける。
「なあ、毒草は?」
「だから、そういう魔法じゃないんだって」
「一種類くらい」
「出せないよ」
「では薬草」
「それも無理」
子翠も負けていない。
「虫は?」
「出せない」
「一匹だけ!」
「無理」
「蝶!」
「無理」
「芋虫!」
「もっと無理」
千年以上を生き、魔王を倒した勇者一行の魔法使い。
数多くの強大な魔族を葬ってきた大魔法使いフリーレン。
そんな彼女が今――
薬草と毒草を要求する薬屋と、虫を要求する上級妃に挟まれ、完全にたじたじになっていた。
こうして、異世界へ迷い込んだ二人の魔法使いと、後宮の三人娘。
互いの世界について何一つ分かっていないというのに――
少なくとも五人の距離だけは、驚くほどの速さで縮まり始めていた。