薬屋と魔法使いのひとりごと   作:晴天人

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第3話:困惑

事態を聞いた壬氏は、文字通りすっ飛んできた。

「薬屋!」

「はい」

「大丈夫なのか?」

「私は」

猫猫は答える。

「小蘭はかなり怖い思いをしましたけどね」

小蘭はまだフェルンのそばから離れようとしない。

フェルンもそんな小蘭を気遣っている。

壬氏は大きく息を吐いた。

「……状況は聞いた」

そして、フリーレンへ向き直る。

「だが」

「うん」

「どうして魔物なんてものが、ここに出たんだ?」

フリーレンが答える。

「確かなことは言いえない。だけど……」

「何だ?」

「今回、私達の世界にいる魔物が、この世界に現れた。だから」

フリーレンは静かに言う。

「どこかで、私達の世界とこの世界が繋がった可能性はある」

壬氏が眉を寄せる。

「世界と世界が……」

言葉にすると、あまりにも途方もない。

数日前なら、いや、フリーレンとフェルンに会う前なら、こんな話を真面目に聞く自分など想像もできなかっただろう。

しかし、今は違う。

異世界人が目の前にいる。

魔法も見た。

そして今度は、魔物まで現れた。

「その繋がっている場所」

壬氏が聞く。

「分かるか?」

「調査はする」

フリーレンが答える。

「でも、見つけられるとは保証できない」

「魔力の痕跡を探してみます」

フェルンも言う。

「ただ、今まで何も分からなかった以上、かなり特殊な現象なのだと思います」

「そうか」

魔物が出現した原因を探るのは大事だ。しかし、今は差し迫ったことがある。

「それで」

壬氏は訊く。

「化け物と、どう戦えばいい?」

フリーレンが答えた。

「私達の世界でも、剣や斧は通じる」

「本当か?」

「うん」

壬氏の表情が少しだけ明るくなる。

「なら、我々でも――」

「ただ」

フリーレンが続ける。

「種類によるけど、普通の人が一人で戦うのは危ないよ」

「…………」

「魔物は人間より強いものが多いです」

フェルンも説明する。

フリーレンが言う。

「かなり腕の立つ人じゃないと、正面から戦うのはおすすめしない」

「そうか……」

壬氏は考え込む。

後宮には宦官がいる。

その中にも、護衛や警備を担当する者はいる。

だが、魔物相手に十分な戦力かと言われれば――

「宦官達だけでは対処できないかもしれないな」

「そうですね」

猫猫も同意する。

「なら」

壬氏は少し嫌そうな顔をする。

「男の武人を後宮に入れるしかないか……」

本来、後宮は男性が自由に出入りする場所ではない。

だが、今はそんなことを言っている場合ではない。

魔物が妃や女官を襲う可能性があるのだ。

「緊急時ですからね」

猫猫が言う。

「帝から正式な命を出してもらえば、何とかなるでしょう」

「ああ」

壬氏は頷いた。

フリーレンが続ける。

「今のところ」

「うん?」

「魔物を見つけたら、私かフェルンに知らせて」

「やはり、それが一番確実か」

「はい」

フェルンも頷く。

「特に女官たちには逃げることを徹底してください」

子翠が聞く。

「逃げる?」

「はい」

「とにかく逃げる」

フリーレンも言う。

「建物に入れるなら入る。大声で周囲に知らせる」

「なるほど」

フェルンはさらに続ける。

「それから」

「まだあるのか?」

「武人の方々も、決して一人で行動しない方がいいです」

「複数で?」

「はい」

「もし一人で魔物に遭遇したら?」

「戦わず、応援を呼ぶべきです」

「腕に自信があっても?」

フェルンははっきり答えた。

「駄目です」

「……分かった」

壬氏は素直に頷く。

香琳妃の件で、フェルンの実力は嫌というほど分かった。

そのフェルンが言うなら、従った方がいい。

そして、フリーレンが、さらに気になることを口にした。

「あと」

「何だ?」

「魔物が出るのは、ここだけとは限らない」

「…………」

壬氏の顔が変わった。

猫猫も気付く。

そうだ。

魔物が現れた理由が。

「後宮だから」

とは限らない。

繋がっている箇所が一か所だけかどうかも分からない。

「街にも?」

壬氏が聞く。

「可能性はあります」

「宮城の外も?」

「あります」

「もっと遠くも?」

「否定できません」

壬氏は即座に立ち上がった。

「分かった」

「壬氏様?」

「帝へ報告する」

迷っている時間はない。

「後宮だけでなく、都全体へ警戒を呼びかける」

「その方がいいと思う」

フリーレンが頷いた。

 

報告を受けた帝の判断も早かった。

「後宮だけの問題ではない可能性があるのだな」

「はい」

壬氏が答える。

「異国の客人――フリーレンとフェルンによれば、魔物は人を襲う危険な生物です」

「こちらの武器は効くのか?」

「剣や槍は通じるそうです。ただし、かなり危険だと」

帝は少し考え、すぐに命じた。

「宮城の警備を増やせ」

「はっ」

「都の武官にも通達する。見慣れぬ怪物を発見した場合、単独で相手をするなと」

「はっ」

「民にも不用意に近づかぬよう知らせよ」

「はい」

さらに、一時的に後宮の者たちを別の場所へ避難させる案も出た。

妃たち。

女官。

侍女。

少なくとも、魔物が現れた場所から遠ざける。

だが、その検討をしていた最中、一人の武官が血相を変えて駆け込んできた。

「申し上げます!」

「何事だ」

帝が聞く。

「都で――」

武官が息を整える。

「街中に、異形の怪物が現れました!」

「何!?」

壬氏が立ち上がる。

帝の表情も険しくなる。

「場所は?」

「南側の市です!」

「被害は?」

武官が答える。

「幸い一体だけでしたので、近くにいた武人たちが数人がかりで討ち取りました」

「死者は?」

「今のところ、ありません」

「そうか……」

一瞬だけ安堵する。

だが、問題はそこではない。

「街にも出た……」

壬氏が呟く。

フリーレンの予想通り、後宮だけではなかった。

そして、壬氏は気付いた。

「……待て」

「どうした?」

帝が聞く。

「後宮から避難させても」

言葉が止まる。

「避難先に魔物が出ない保証がない」

「…………」

帝も黙った。

街に出た。

なら、どこが安全なのか。

分からない。

むしろ――

「皮肉な話ですが」

壬氏が言う。

「今のところ、フリーレンとフェルンがいる後宮の方が安全かもしれません」

「…………」

帝も否定できなかった。

魔物を簡単に倒せる二人。

彼女達がどれほどの魔法使いなのか、壬氏は香琳妃の一件でその片鱗を見た。

だが、あれすら、二人にとっては簡単なことだったのだろう。

後宮で十体近い魔物を、二人であっという間に始末したという。

「なら」

帝は判断する。

「後宮の警備を増強する」

「はい」

「武人の入宮を、一時的に許可する」

「承知しました」

「妃や女官たちには、むやみに外へ出ぬよう伝えよ」

「はい」

「ただし」

帝の目が鋭くなる。

「都全体の警戒も怠るな」

「もちろんです」

 

事態は完全に変わった。

最初は異世界から二人の魔法使いがやってきた、それだけだった。

不思議ではあるが危険ではなかった。

むしろ、猫猫達にとっては新しい友人が増え、珍しい知識に触れ、時々、変な発明で騒ぎになる、そんな日々だった。

しかし今、異世界から来たのはフリーレンとフェルンだけではない。

魔物まで流れ込んできている。

そして。

「フリーレン様」

フェルンが言う。

「これは」

「うん」

フリーレンは空を見上げていた。

世界が繋がった。

それが事実なら、その道を通って何がこちらへ来るか。分からない。

さらに強い魔物、あるいは――

フリーレンは目を細めた。

「魔族まで来なければいいんだけど」

「…………」

フェルンの表情が固まる。

猫猫が聞く。

「魔族って」

「前に話したよね」

「人の言葉を話す奴か」

「うん」

フリーレンは静かに答えた。

「魔物より、ずっと厄介」

猫猫の顔から、わずかに血の気が引く。

武器を持った怪物なら、見れば危険だと分かる。

逃げることもできる。

だが、人の言葉を話し、そのうえで人間を殺す存在。

もし、そんなものまでこの世界へ流れ込んできたら。

「……面倒どころじゃないね」

猫猫が呟く。

「うん」

フリーレンも頷いた。

 

 

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