薬屋と魔法使いのひとりごと   作:晴天人

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第9話:またね

「恐らくここだ、というところは分かった」

翡翠宮。

フリーレンは、玉葉皇后、猫猫、フェルン、子翠、小蘭を前にして静かに言った。

壬氏は今ここにはいない。

負傷した武人たちへの対応、帝への報告、さらに後宮や民衆の混乱を抑えるための指示。

やらなければならないことが山ほどあり、文字通り駆け回っている。

「魔族の魔力の痕跡を辿った」

フリーレンは続ける。

「それで、二つの世界が繋がっているであろう場所は分かった」

小蘭が訊く。

「じゃあ、帰れるの?」

フェルンは黙ってフリーレンを見る。

フリーレンは少しだけ頷いた。

「多分ね」

「多分?」

猫猫が聞き返す。

「まだ確実じゃない。でも、今までで一番可能性が高い」

「そうか」

猫猫は腕を組む。

フリーレンは続ける。

「それで、その空間、恐らく閉じることが出来る」

「じゃあ、魔族や魔物はもう出なくなるの?」

玉葉皇后が聞く。

「はい、そうなるはずです」

皆の間に安堵の空気が流れる。

フリーレンはさらに続ける。

「ただ、こちら側から閉じるのは、多分無理」

「……なんで?」

「その空間における魔法の構造が、こっち側からでは分からないからだよ」

「…………」

猫猫にもよく分からない。当然だ。

「要するに?」

「一度、その空間へ入る」

「うん」

「中から構造を調べる」

「うん」

「それで、向こう側から閉じる」

猫猫が訊く。

「空間を閉じたら?」

「恐らく」

フリーレンは答える。

「もう、こちらの世界と私達の世界は繋がらない」

「つまり一度入ったら」

「多分、こっちの世界には戻ってこない」

沈黙。

「…………」

小蘭。

「…………」

子翠。

「…………」

猫猫。

誰もすぐには言葉を出せなかった。

「……そうか」

しばらくして猫猫は小さく言った。

ほんの少し寂しそうな顔。

「ええ~……」

小蘭は今にも泣きそうな顔。

「じゃあ、もう会えないの?」

「多分ね」

「そんなあ……」

「小蘭」

フェルンが優しく呼ぶ。

小蘭は唇を噛んだ。泣くまいとしているようだった。

しかし、小蘭は頑張って笑う。

「でも、いつまでもこっちの世界にいるわけにもいかないよね」

「…………」

「フェルンたちにも、帰るところあるんでしょう?」

「はい」

「待ってる人も?」

「います」

「なら……」

小蘭は、少しだけ俯き、また顔を上げる。

「帰らなきゃね」

「小蘭……」

フェルンは少しだけ目を細めた。

小蘭が急に言う。

「ねえ、フェルン!」

「はい?」

「最後にお願いしていい?」

「何ですか?」

「もう一回!空飛ばせて!」

「…………」

フェルンが目を瞬く。

そして、少しだけ笑った。

「いいですよ」

「本当!?」

「はい」

「やった!」

さっきまで泣きそうだった顔が少しだけ明るくなる。

場所を移し、フェルンが小蘭を抱える。

「しっかり掴まっていてください」

「うん!」

そして、ふわり。

二人の身体が浮く。

「わあああああ!」

小蘭の歓声。

地面が遠くなる。

建物の屋根。

庭。

後宮。

全部が少しだけ小さく見える。

「すごい~!」

「暴れないでください!」

「だって!」

小蘭は下を見る。

「やっぱり空飛ぶのってすごい!」

「そうですか?」

「うん!」

しばらく、小蘭はただ純粋に楽しんだ。

恐怖も、寂しさも少しの間だけ忘れて。

「私も魔法が使えたらなあ!」

「難しいですね」

「やっぱり?」

「はい」

「じゃあ、フェルンがまた来たら飛ばして!」

「…………」

フェルンは、少しだけ黙る。

「もしまた来ることができたら」

「うん!」

「その時は」

フェルンは笑った。

「何度でも」

「約束だよ!」

「はい」

やがてゆっくりと地面へ降りる。

小蘭は名残惜しそうだった。

「もう終わり?」

「終わりです」

「もう一回!」

「さっき最後と言いました」

「けち!」

「駄目です」

「やっぱりフェルンだ」

小蘭は笑った。

そして、別れの時間。

「じゃあ」

フリーレンが言う。

「元気でね」

「お世話になりました」

フェルンも丁寧に頭を下げる。

子翠が微笑む。

「こちらこそ」

そして、少しだけ悪戯っぽく。

「フリーレン、結局、姿を消す魔法は教えてくれなかったわね」

「知らないって言ったじゃん」

「向こうに帰ったら探しておいて」

「嫌だよ」

「え~」

「どうせろくなことに使わないでしょ」

「宮を抜け出して虫を探しに行くだけよ」

「それがろくでもないことだよ」

子翠は笑った。

「元気でね」

「うん」

「フェルンも」

「はい」

「小蘭のこと、忘れないであげてね」

「もちろんです」

小蘭が言う。

「フリーレン!」

「何?」

「元気でね!」

「うん」

「フェルン!」

「はい」

「私達のこと」

「…………」

「忘れないでね」

その声が、少し震えている。

フェルンは、小蘭を見てはっきり答えた。

「忘れません」

「本当?」

「本当です」

「絶対?」

「絶対です」

「……うん」

小蘭は泣きそうだった。でも、泣かなかった。

「じゃあね」

笑った。

「フェルン」

「はい」

「またね」

「……はい」

またね。

もう会えないかもしれない。

それでも、さようならではなく、またね。

そして猫猫。

「じゃあ」

フリーレンが言う。

「猫猫も元気で」

「ああ」

猫猫はいつもの調子。

淡々。

あっさり。

「フリーレンも」

「うん」

「変な魔法ばかり集めるなよ」

「猫猫にだけは言われたくない」

フェルンが言う。

「最後にその話なのですか?」

「いいじゃん」

フリーレンが笑う。

猫猫も、少しだけ笑った。

そして、二人が歩き始めようとした時。

「フリーレン」

猫猫が呼ぶ。

「何?」

「待って」

猫猫は懐へ手を入れた。

そして何かを取り出す。

「これ」

フリーレンへ渡す。

小さなもの。

「何?」

フリーレンが見る。

「これ、くれた人がね、ものすごく粘着質なんだ」

「……誰?」

「言いたくない」

フリーレンは首を傾げる。

猫猫は続ける。

「でも」

「うん?」

「そういう人がくれたものなら」

「…………」

「そのうち」

猫猫はフリーレンを見る。

「戻ってくるかなって」

「…………」

フリーレンは猫猫から渡されたものを見る。

本当に効果があるのかそんなことは分からない。

ただ、猫猫なりの願掛けなのだろう。

「……ありがたくもらっておくよ」

「ああ」

「今度来た時は」

「?」

「もっとすごい発明作ろう」

猫猫が少し笑う。

「今度は泡出さないよ」

「虫も集めない」

「睡眠薬で一日寝ない」

二人は少しだけ笑った。

「じゃあ」

「うん」

「またね」

「またね」

そして、フリーレンとフェルンは猫猫たちへ背を向けた。

歩き出す。

もう振り返らない。

小蘭はその背中をずっと見送っていた。

子翠も、猫猫も二人が見えなくなるまで見ていた。

やがて、飛行魔法を使い、後宮を離れて二人だけになる。

フリーレンが静かに言う。

「フェルン」

「何ですか?」

「分かっているよね」

「はい」

二人の顔から先ほどまでの柔らかさが消える。

猫猫達には言っていない。

世界同士が繋がる空間、そこから魔力を感じる。

それも強い。

「二体」

フェルンが言う。

「うん」

フリーレンも答える。

「かなり強い」

「魔族ですね」

「間違いないと思う」

「今回の件を起こした張本人でしょうか」

「多分ね」

フリーレンは、進む先を見る。

そこには、世界を繋ぐ空間。

そして、そこに強力な魔族、二体。

だが、フリーレンは、千年以上を生き数え切れないほどの魔族と戦ってきた、魔王を倒した勇者一行の魔法使い。

フェルンも、その弟子として数々の強敵を倒してきた。

この世界には。

猫猫がいる。

子翠がいる。

小蘭がいる。

壬氏、李白、玉葉后、高順、出会った人々がいる。

「行こう、フェルン」

「はい」

二人は、世界の境界へ向かう。

帰るため、そして、二度とこちらの世界へ、魔物も魔族も入り込めないようにするため。

その先にいる二体の魔族がどれほど強いとしても、フリーレンとフェルンに恐れはなかった。

フリーレンは静かに呟いた。

「私達の友達の世界を」

フェルンが続ける。

「これ以上、好きにはさせません」

そして二人は、最後の戦いへ向かうのだった。

 

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