薬屋と魔法使いのひとりごと   作:晴天人

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第3話:魔王を倒した魔法使い、薬屋に恐怖する

なんとかかんとか、猫猫、子翠、小蘭の三人は落ち着きを取り戻した。

目の前には今しがた魔法で作られた花畑が広がっている。

夢でも幻でもない。

触れる。

匂いもする。

そして、自分たちは確かに、フリーレンとフェルンが空から降ってくるところを見た。

子翠が花畑を眺めながら、ぽつりと言った。

「ねえ、猫猫。こうなると……」

「ああ」

猫猫も腕を組む。

「そう考えるしかないね」

二人は別の世界から来た、そんな馬鹿馬鹿しい話があるものか、普段の猫猫なら一笑に付しただろう。

だが、他にどう説明すればいいのか。

猫猫は何より、目の前の事実を重視する。

あり得ないと思えることであっても、実際に起きている以上は受け入れるしかない。

「異世界か……」

猫猫は呟いた。

「そんなもの、本当にあるんだな」

「私達も今日まで知らなかったけどね」

フリーレンも答える。

フェルンはまだ少し不安そうだった。

元の世界へ帰れるのか。

そもそも、なぜ女神の石碑が自分たちをこの世界へ飛ばしたのか。

分からないことだらけである。

とはいえ、今ここで悩み続けても仕方がない。

再び建物の中に入り、五人は、まず互いの世界について話すことにした。

「‥‥‥フリーレン達の世界には、魔物や魔族なんているのか」

猫猫が尋ねる。

「いるよ」

「魔物は人を襲いますし、魔族は人を欺いて殺すこともあります」

フェルンが説明する。

猫猫の眉がわずかに動いた。

「人を欺く?」

「はい。魔族は人の言葉を話します。ただ、人とは根本的に違う存在です」

「なるほど……」

猫猫は興味深そうに聞いている。

毒や薬ほどではないが、未知の世界や生物についての話となれば、やはり好奇心は刺激される。

「それに比べて」

フェルンは周囲を見回した。

美しく整えられた後宮の庭。

華やかな建物。

魔物や魔族がいる気配などない。

「この世界は平穏そうですね」

「どうかな」

猫猫は即答した。

「え?」

「魔物や魔族がいなくても、人間同士の争いはあるし」

暗殺。

権力争い。

戦争。

嫉妬。

欲望。

「魔物がいないから安全とは限らないさ」

「そうよ」

子翠がうんうんと頷く。

そして、妙に悟ったような顔をした。

「この後宮なんて、ある意味、人間の皮を被った魔族の巣窟みたいなものよ」

「…………」

猫猫が子翠を見る。

「いや、子翠。それはいくら何でも言い過ぎでは……」

「そう?」

「そうだ」

猫猫としては微妙な気分だった。

何しろ、目の前で「後宮は魔族の巣窟」などと言っている下女の正体は、上級妃楼蘭なのだから。

(お前が言うのか)

そう思ったが、口には出さなかった。

そんな大人びた話にはあまり興味がないらしい小蘭は、さっきから別のものを見ていた。

フリーレンの耳である。

「ねえねえ、フリーレン」

「何?」

「フリーレンの耳って長いけど」

「うん」

「フリーレンの国の人って、みんなそんな長い耳してるの?」

「う~ん」

フリーレンは少し考える。

「国の人は違うかな。私はエルフなんだよ」

「エルフ?」

小蘭が小首をかしげた。

「何それ?」

「種族の名前」

「人間じゃないの?」

「そうだね」

「へええええ!」

小蘭が再びフリーレンの耳を見る。

「じゃあ、エルフはみんな耳が長いの?」

「そうだよ」

「触っていい?」

「嫌だ」

「えー」

即答された。

小蘭が頬を膨らませる。

そのやり取りを聞きながら、猫猫はふと疑問に思った。

「そういえば」

「何?」

「フェルンはフリーレンのことを『フリーレン様』と呼んでるよね」

「はい」

「見たところ……」

猫猫は二人を見比べる。

フリーレンは小柄だ。

フェルンの方が明らかに背が高い。

容姿だけを見れば、フェルンの方が年上に見えなくもない。

「フリーレンの方が小さいし、フェルンより年を取ってるような感じもしないけど。本当のところ、どうなの?」

「ああ、それは――」

フェルンが何でもないことのように答えた。

「フリーレン様は、千年以上生きているのです」

沈黙。

「…………」

猫猫。

「…………」

子翠。

「…………」

小蘭。

三人とも止まった。

小蘭が瞬きをする。

一回。

二回。

三回。

そして。

「千年……?」

「はい」

「千年って……」

小蘭は指を折り始めた。

当然、途中で意味がなくなった。

「千年……」

もう一度フリーレンを見る。

どう見ても少女にしか見えない。

そして――

「ええええええええええええええええええええっ!!!!!!」

絶叫した。

「声が大きい」

猫猫が小蘭の口を塞ぐ。

「むぐぐぐぐ!」

猫猫が手を離す。

小蘭は声を潜めた。

「せ、千年!? 本当に!?」

「うん」

「千年前って何してたの!?」

「色々」

「色々って!?」

「色々だよ」

「全然分かんないよ!」

フリーレンにとっても千年という年月は、あまりに長すぎて一言では説明できない。

一方。

子翠は――

何やら真剣な顔で考え込んでいた。

「千年……」

「どうした、子翠」

「千年も生きていれば……」

「うん」

「いろんな珍しい虫も見てるんじゃないかな」

子翠、思考が変な方向に行っている。

「ねえ、フリーレン」

「何?」

「百年前にしかいた虫とか知らない?」

「知らない」

「五百年前は?」

「知らない」

「千年前!」

「だから知らないって」

「そんなあ」

子翠は本気で残念そうだ。

そして、もっと危険な方向へ思考を進めている者がいた。

猫猫である。

「千年……」

猫猫が呟く。

「猫猫?」

「千年以上……」

フリーレンを見る。

じーっ。

「……何?」

フリーレンが少し身を引いた。

「それ、本当に?」

「本当だよ」

猫猫はフェルンを見る。

「本当に千年以上?」

「はい」

フェルンが頷く。

猫猫の頭脳が高速で回転し始めた。

千年以上生きる生物。

人間とよく似た姿、しかし、人間とは明らかに異なる耳。

外見上、老化の兆候はほとんど見られない。

(どういう仕組みだ?)

薬か?いや、違う。

種族そのものの性質だという。

ならば――

(体の構造が違う?)

心臓は?

内臓は?

骨格は?

代謝は?

血液は?

老化そのものが人間と違うのか?

「…………」

猫猫の目が徐々に変わっていく。

「猫猫?」

小蘭が声をかける。

反応がない。

(解剖……は無理だよな)

さすがの猫猫も、そこまではしない。

だが――

(血液くらいなら……)

猫猫の目が妖しく輝いた。

フリーレンがびくっとする。

猫猫が一歩近づく。

「ねえ、フリーレン」

「な、何?」

「ちょっとでいいからさあ」

「何が?」

「血」

「…………」

「ほんのちょっと」

「…………」

「指先から少し取るだけだから」

「…………」

「痛くしないから」

「‥‥‥怖い‥‥‥」

フェルンも猫猫を見る。

猫猫の目が――完全に未知の薬草を発見したときのそれになっている。

「猫猫様、目が……」

フェルンも震えている。

「大丈夫。少しだけだから」

「嫌だ」

「一滴でいい」

「嫌だ」

「二滴」

「増えてるじゃん」

「では髪の毛でもいい」

「なんで?」

「調べたい」

「何を?」

「色々」

「色々って何?」

「色々だ」

フリーレンがフェルンに抱きつく。

「フェルン、怖い……」

「フリーレン様……」

フェルンも猫猫から目を離せない。

「確かにこれは怖いです……」

二人は抱き合い震えている。

魔王を倒した勇者一行の大魔法使い。

一級魔法使い。

二人合わせれば、この世界で敵になる存在などまずいない。

その二人が今――

小柄な薬屋の少女一人を前にして震えていた。

小蘭が子翠へ小声で尋ねる。

「ねえ、子翠」

「何?」

「猫猫って、時々すごく怖くない?」

「うん」

二人は顔を見合わせた。

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