世界と世界の狭間。
男型と女型、二体の魔族を倒したあと、二人はそのまま空間のさらに奥へ進み、世界同士を繋いでいる仕組みそのものを調べた。
「…………」
フリーレンは、周囲に満ちる魔力の流れを静かに見つめていた。
普通の人間には何も見えないだろう。
だが、千年以上を生きる大魔法使いには、空間を満たす魔力、その流れ、歪み、綻び、それらが、少しずつ見える。
やがて。
「不安定な空間だね」
フリーレンが言った。
「不安定?」
「うん」
フェルンも周囲を見る。
「出来てそれほど時間が経っていないから安定していないのかもしれない。逆に、崩壊している途中で、このまま放っておいてもそのうち崩壊して自然に消えるかもしれない」
だが、二人とも同じことを考えている。
「これ以上」
フェルンが言う。
「あの世界へ、魔族や魔物を出すわけにはいきませんね」
「そうだね」
空間は自然に閉じるかもしれない。
その「いつか」が明日なのか。
一月後なのか。
一年後なのか。
誰にも分からない。
その間に、また魔物が入り込むかもしれない。
魔族が入り込むかもしれない。
逆に、空間が安定してしまい閉じることが出来なくなるかもしれない。
猫猫。
子翠。
小蘭。
壬氏。
玉葉后。
李白。
高順。
あの世界で出会った人々。
「終わらせよう」
フリーレンが言った。
「はい」
二人はさらに解析を続ける。
やがて、フリーレンが一点を見る。
「フェルン」
「はい」
「あそこ」
「…………」
フェルンも魔力を探る。
「なるほど」
空間を支えている魔力の流れが一か所へ集中している。
「その一点」
フリーレンが言う。
「そこへ思いっきり魔法を打ち込めば」
「はい」
「多分、この空間は閉じられる」
「ところで、この空間が閉じられたら、私達どうなるのでしょうか?」
「多分、私達の世界のどこかに放り出されるのじゃないかな?」
「多分、ですか」
「うん、どっちにせよ、この空間とともに消滅、はないかな」
「どこに放り出されるかは‥‥‥」
「そこまでは分からない。でも、どこに放り出されても何とかはなるんじゃない?」
「そうですね。私たちの世界に帰りさえすれば、あとは何とかなりますよね」
「それに、どういう結果になろうとも、やらない、という選択はないかな?」
「‥‥‥そうですね」
「じゃ、やるよ」
「分かりました」
「準備いい?」
「いつでも」
二人が並ぶ。
杖を向ける。
魔力が集まる。
空間全体がびりびりと震え始める。
「フェルン」
「はい、フリーレン様」
「いくよ」
「はい!」
そして、二人は、同時に、全力で魔力を叩き込んだ。
光。
轟音。
世界と世界を繋ぐ空間が大きく歪む。
罅。
裂け目。
そして――一気に、崩れ始めた。
その頃、全く別の場所では。
「おーい!」
男の声が響いていた。
「フリーレン!」
返事はない。
「フェルン!」
返事なし。
「どこ行ったんだよ!」
シュタルクである。
女神の石碑の前、ほんの少し前まで、ここにはフリーレンとフェルンがいた。
フリーレンが石碑を調べ、フェルンがそのそばで何か言っていた。
ところが、石碑が突然光り出し
「うわっ!」
シュタルクが目を閉じ、次に目を開けた時二人は、消えていた。
「…………」
理解できない。
「一体どうなってるんだよ……」
石碑を見る。何も起きない。
「フリーレーン!」
返事なし。
「フェルーン!」
返事なし。
「冗談だろ……」
途方に暮れる。
何かの魔法に巻き込まれた?転移?どこへ?どう探す?
「おいおい……」
シュタルクが頭を抱えた。
その時だった。女神の石碑が、再び光った。
「うわっ!」
眩しい。
そして。
「きゃ!」
声がした。
光の中から、二人が現れる。
「え?」
フェルン。
「ここは……?」
フリーレンも。
「あれ?」
そして、目の前にシュタルク。
「あれ?シュタルク?」
「…………」
シュタルクは、しばらく口を開けて二人を見ていた。
「…………」
「シュタルク様?」
「…………」
「どうしたの?」
「どうしたのじゃないよ!」
大声。
「お前ら何なんだよ!」
「何って?」
「女神の石碑が光ったと思ったら消えるし!」
「…………」
「また光ったと思ったら急に出てくるし!」
「…………」
「俺に説明してくれよ!」
フリーレンとフェルンは顔を見合わせる。
フェルンが尋ねる。
「シュタルク様」
「何だよ!」
「私達どれほど消えていました?」
「は?」
「時間です」
シュタルクは少し考えた。
「一分も経ってないぞ」
「…………」
フェルン。
「…………」
フリーレン。
二人とも固まる。
「一分?」
「そうだよ!」
「本当に?」
「嘘ついてどうするんだ!」
フェルンがフリーレンを見る。
「フリーレン様」
「うん」
「これは……」
「う~ん」
フリーレンも答えに困る。
「何とも言えないね」
「でも」
フェルンは少し不安そうになる。
「あちらでは何日、いや、何か月か過ごしましたよね」
「うん」
「それなのに」
「こっちでは一分も経ってない」
「…………」
フェルンが考え込む。
「まさかあの出来事」
フェルンが、少しだけ自信なさそうに言う。
「全部夢か何かだったのでしょうか」
「夢?」
シュタルクが聞く。
「何の話だよ」
フリーレンは何も言わない。
そして、一つのものを手に取る。
「いや」
「?」
「夢じゃないよ」
フェルンが見る。
「フリーレン様」
その手には簪。あの世界で、猫猫から最後に渡されたもの。
「それって……」
フェルンの表情が柔らかくなる。
「うん」
フリーレンは簪を見る。
「現実だったんだよ」
シュタルクはますます分からない顔。
「フリーレン」
「何?」
「それ何だよ?」
フリーレンが答える。
「異世界の友人がくれたもの」
「…………?」
シュタルクが目を瞬く。
「異世界?」
「うん」
「友人?」
「うん」
「ちょっと待て」
シュタルクは完全に置いていかれている。
「どういうことだよ!」
だが、フリーレンはもう歩き出していた。
フェルンもその横へ。
「おい!」
シュタルクは慌てて後を追う。
歩きながら、フェルンが聞く。
「フリーレン様」
「何?」
「結局何だったのでしょう」
「う~ん」
フリーレンは空を見る。
「どうして私達があの世界へ行ったのか、どうしてこっちでは時間がほとんど経ってないのか」
「分からないね」
「やっぱりですか」
「うん」
しばらく歩く。
そして、フリーレンが言う。
「でも、ひょっとしたら、猫猫達の世界を」
少しだけ、遠くを見るような目。
「魔族から守るためだったのかもね」
フェルンが目を瞬く。
「女神様が?」
「うん」
「私達を?」
「そう」
「…………」
「私達が行かなかったら、魔族があっちの世界で好き放題していただろうね」
「…………」
「だから」
フリーレンは、女神の石碑の方を一度振り返る。
「女神様が私達を送り込んだ」
フェルンは少し考える。
「それなら、なぜ私達だったのでしょう」
「さあ」
フリーレンは少し笑う。
「本当のところは分からない」
「…………」
「でも」
フェルンを見る。
「あっちの世界、楽しくなかった?」
フェルンは一瞬黙る。
頭に浮かぶ。
子翠。
小蘭。
猫猫。
お茶会。
空を飛んだこと。
小蘭の笑顔。
そして、最後、またね。
「…………」
フェルンが少し微笑む。
「それは……楽しかったです」
「でしょ?」
「はい」
フリーレンも少し笑う。
「じゃあ、それでいいんじゃないかな」
フェルンは、しばらくフリーレンを見る。
そして。
「‥‥‥そうですね」
と頷いた。
二人は歩く。
シュタルクだけが、後ろからぶつぶつ。
「なあ!」
「…………」
「おい!」
「…………」
「さっきから何の話してるんだよ!」
二人が振り返る。
シュタルクは、完全に不満顔。
「俺にも分かるように言ってくれよ!」
フリーレンとフェルンは顔を見合わせる。
そして、フリーレンが少し悪戯っぽく笑う。
「話してやるよ」
「本当か?」
「うん」
「最初から?」
「最初から」
「ちゃんと?」
「たっぷりとね」
「……たっぷり?」
フェルンも静かに笑う。
「安心してください、シュタルク様」
「何を?」
「嫌というほど話してあげますよ」
「いや」
シュタルクの顔が少し引きつる。
「そこまで長いの?」
「長いよ」
「かなり」
「…………」
「まずね」
フリーレンが始める。
「女神の石碑に触ったら」
「うん」
「空から落ちた」
「ちょっと待て」
「それで猫猫達に会った」
「猫猫って誰だよ!」
「薬屋」
「薬屋!?」
フェルンも続ける。
「それから子翠と小蘭がいて」
「また知らない名前!」
「その後」
「まだあるの!?」
「かき氷を作った」
「なんで!?」
「虫が大量に集まった」
「どうしてそうなるんだよ!」
「洗剤で泡だらけになって」
「異世界で何やってたんだよ!」
「それから毒殺未遂事件」
「急に重いな!」
「魔物」
「え?」
「魔族」
「ええ!?」
フリーレンとフェルンは、少し楽しそうに話し始める。
シュタルクは早くも頭を抱えている。
そして、フリーレンの手には一本の簪。
異世界で出会った友人から、いつか、また戻って来られるようにと渡されたもの。
本当に、また会えるか分からない。
恐らく、二度と会えないだろう。
でも、フリーレンは、それを悲しいとは思わなかった。
人との出会いはいつか終わる。
勇者ヒンメルと旅をした時もそうだった。
大切なのはどれほど長く一緒にいたかではない。
その短い時間で何を知ったか。
何を覚えたか。
何を残したか。
そして何を忘れないか。
フリーレンは、歩きながら小さい簪を見る。
猫猫。
子翠。
小蘭。
壬氏。
玉葉后。
あの世界で出会った人々。
「フリーレン?」
シュタルクが聞く。
「何笑ってるんだ?」
「別に」
「?」
「ただ」
フリーレンは前を見る。
「いい旅だったなって」
「だから俺にも分かるように説明してくれよ!」
「今してるでしょ」
「話が飛びすぎなんだよ!」
「シュタルク様は理解力が足りません」
「フェルンまで!?」
三人の声が道に響いた。