薬屋と魔法使いのひとりごと   作:晴天人

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第5話:かき氷を出す魔法(シロップは出せません)

猫猫は考えた。

フリーレンとフェルンについて、壬氏にどう説明するか。

女神の石碑。

突然の転移。

異世界。

エルフ。

千年以上の寿命。

魔法。

楼蘭が二人を保護すること。

一つ一つ順番に説明しようとすれば、かなり面倒くさい。

だから――猫猫は考えるのをやめた。

壬氏の執務室に入るや否や、切り出す。

「壬氏様」

「何だ、薬屋」

「大変なことが起こりました」

「大変なこと?」

嘘はついていない。

「とにかく、ついてきてください」

「……は?」

「説明は後です」

「待て、薬屋。何が――」

「来れば分かります」

ほとんど強引に、猫猫は壬氏を連れ出した。

当然、壬氏としては訳が分からない。

しかし向かっている場所に気付くと、表情が険しくなった。

「……薬屋」

「はい」

「柘榴宮へ向かっていないか?」

「向かっていますね」

「楼蘭妃に何かあったのか?」

「行けば分かります」

猫猫はそれしか言わない。

壬氏は嫌な予感を覚えた。

楼蘭、そして子の一族。

色々と面倒なことがあった。今では一応、穏便な形で収まっている。

まさか――

(子の一族の問題が再発でもしたのか?)

それなら猫猫の「大変なこと」という言葉にも納得がいく。

壬氏は警戒しながら柘榴宮へ入った。

そして――

「ご機嫌麗しゅう、壬氏様」

楼蘭が優雅に頭を下げる。

「楼蘭妃……」

いる。普通にいる。少なくとも楼蘭自身に何かあったわけではなさそうだ。

では何なのだ。

壬氏は部屋の中を見る。

「…………」

止まった。

楼蘭のほかに、見知らぬ女性が二人いる。

一人は紫色の長い髪を持つ若い女性。

もう一人は、小柄な銀髪の少女のような女性。

二人とも、この国では見たこともないような衣服を身につけている。

そして何より――

「…………」

壬氏は小柄な方を凝視した。

長い。耳が、明らかに長い。人間の耳ではない。

「…………」

壬氏はゆっくりと猫猫を見る。

猫猫は無表情で見返す。

「……おい、薬屋」

「何でしょう」

「幻覚剤でも使っているのか」

「御冗談を、壬氏様」

「では、俺がおかしくなったのか?」

「少なくとも、私にも同じものが見えております」

「私にも見えていますわ」

楼蘭が楽しそうに言う。

壬氏は再びフリーレンを見る。

フリーレンは小さく手を挙げた。

「こんにちは」

「……ああ」

壬氏は何とか返事をした。

フェルンが丁寧に頭を下げる。

「初めまして」

「……初めまして」

壬氏も反射的に頭を下げかけて、すぐに我に返った。

「薬屋」

「はい」

「説明しろ」

「分かりました」

そこで初めて、猫猫は説明を始めた。

二人は異世界の者ということ。

女神の石碑なるものを調べていたこと。

石碑が突然光り、気が付けばこの国へ飛ばされていたこと。

突然空から降ってきたこと。

二人がこの世界には存在しない国や土地について話していること。

フリーレンが人間ではなく、エルフという種族であること。

そして――

二人とも魔法使いであること。

「…………」

すべてを聞き終えた壬氏は、しばらく何も言わなかった。

そして猫猫をじっと見る。

「……俺をからかってるんじゃないよな、薬屋」

「からかってなどいません、壬氏様」

「楼蘭妃と組んで?」

「何で私がそんな面倒なことをしなければならないのです」

「それはそうだが……」

壬氏は頭を抱えた。

猫猫の性格は知っている。ぶっとんだところはあるがこんな荒唐無稽な嘘はつかない。

楼蘭も同様だ。

だが――

「しかし、人が空から降ってくるなど……」

フリーレンを見る。

「しかも異世界から来たなんて……そんなことを信じろと言うのか……?」

ものすごく疑わしい目だった。

「まあ、そうなりますよね」

フェルンが小声で言う。

「私達も逆の立場なら信じないと思う」

フリーレンも頷いた。

猫猫は腕を組む。

「う~ん……」

そして結論を出した。

「やっぱり、魔法を見せるしかないか」

「魔法?」

壬氏の眉が動く。

「フリーレン」

「何?」

「何か見せてくれ」

「何かって?」

「魔法なら何でもいい」

「じゃあ……」

フリーレンは少し考えた。

「あ、そうだ」

フリーレンが杖を手にし、魔法を使う。

すると――

器の中に、真っ白なものが現れた。

「…………」

壬氏が目を瞬く。

「何だ、これは」

猫猫も覗き込む。

楼蘭も横から覗く。

「氷?」

猫猫が指先で触れる。

冷たい。間違いなく氷だ。

しかし、普通の氷とは違う。極めて細かく削られ、雪のようになっている。

壬氏の表情が変わった。

「これは……」

手で触れる。

冷たい、本物だ。

「氷は滅多に手に入らないものだ」

この時代、氷は貴重品である。

ましてや――

「しかも、これほど均一に細かく削るのは……少なくとも簡単にできることではない」

「だから魔法だって」

フリーレンが言う。

「…………」

壬氏は氷を見る。

フリーレンを見る。

また氷を見る。

長い耳を見る。

猫猫を見る。

「……本当か?」

「何がです?」

「異世界という話だ」

「だから最初からそう申し上げています」

「…………」

壬氏は呆然と呟いた。

「異世界……というのは、本当なのか……」

どうやら、ようやく信じ始めたらしい。

「良かったら食べてみてよ」

フリーレンが言う。

「食べる?」

「かき氷だよ」

壬氏が首を傾げる。

「かきごおり?」

その横でフェルンが、重大な問題に気付いた。

「……フリーレン様」

「何?」

「シロップがないですよ」

「…………」

フリーレンが止まる。

「あ」

「『あ』ではありません」

「そうなんだよね。シロップは出せないんだよね」

「じゃあ、意味ないじゃないですか」

「そんなこと言われても」

「食べる直前になって気付くことではありません」

フェルンが呆れたようにため息をつく。

しかし――

「でも、なんかおいしそう」

楼蘭が匙を取った。

「私もちょっと気になる」

猫猫も匙を取る。

「おい」

壬氏が止める間もなく、二人は口へ運んだ。

「…………」

猫猫が咀嚼――するものもないので、そのまま溶かす。

「冷たい」

「当たり前でしょ」

フリーレンが言う。

楼蘭も食べる。

「冷たいわね」

「だから氷だって」

「でも夏ならいいかも」

「確かに」

猫猫はもう一口。

何の味もしない。

ただの氷なのだから当然だ。

だが、口の中でふわっと溶ける感触は面白い。

壬氏も興味を持った。

「……食べてみるか」

「どうぞ」

壬氏も一口。

「…………」

冷たい。だが悪くない。暑い時期なら、かなり心地よさそうだ。

「ごめんね」

フリーレンが言った。

「シロップが出せなくて」

「さっきから言っている、その『しろっぷ』とは何だ?」

壬氏が聞く。

「シロップというのはね」

フリーレンが説明する。

「甘い液体を、この上からかけるんだよ」

「甘い液体?」

「砂糖を水に溶かして煮たようなものですね」

フェルンが補足する。

「果物なんかで味を付けることもあります」

「果物……」

猫猫の目が動く。

楼蘭も考える。

「それだったら」

猫猫が言った。

「似たようなもの、作れるんじゃないかなあ」

「私もそう思う」

楼蘭が乗ってきた。

「果汁を絞って、砂糖か蜂蜜を加えて……」

「煮詰めればいけるか?」

「できるんじゃない?」

二人の目が輝き始める。

「梅は?」

「酸っぱすぎない?」

「蜂蜜を多めにする」

「桃とかどう?」

「悪くない」

「杏もあるわよ」

「それも試せそうだな」

「じゃあ何種類か作ってみる?」

「面白そうだ」

壬氏が口を挟む。

「待て」

誰も聞かない。

「砂糖だけのものなら一番簡単だ」

「果汁を入れるなら色も綺麗になるわよね」

「薬草を煮出したものを――」

「猫猫、それはやめましょう」

「なぜだ」

「絶対おいしくないから」

「身体にはいいかもしれない」

「かき氷にそれを求めなくていいでしょ」

「待て、お前達」

壬氏がもう一度言う。

ようやく三人が見る。

「何でしょう、壬氏様」

「話が逸れていないか?」

「そうですか?」

「そうだ!」

壬氏が思わず声を上げる。

「俺は今、異世界から来たという二人について話を聞きに来たはずだ!」

「そうでしたね」

猫猫が平然と言う。

「忘れていたのか?」

「いえ、別に」

「今、絶対忘れていただろう!」

楼蘭は楽しそうに笑っている。

フリーレンもかき氷を食べている。

フェルンだけが申し訳なさそうに壬氏を見る。

「すみません。フリーレン様が変な魔法を選んだせいで……」

「変じゃないよ。かき氷を出す魔法だよ」

「シロップが出せないのに、ですか?」

「それは仕方ないじゃん」

「実用性がありません」

「暑いときは便利だよ」

「味がありません」

「…………」

フリーレンは黙った。

壬氏はそんな二人を見る。

千年以上を生きるというエルフ。その弟子だという魔法使い。

異世界から来た、とんでもない存在。――のはずなのだが、目の前ではシロップなるものの有無で言い争っている。

一方、猫猫と楼蘭はまだ話している。

「苺が手に入ればいいんだけどな」

「季節によるわね」

「柑橘系でもいい」

「それならありそう」

「蜂蜜を使うなら――」

壬氏は深々とため息をついた。

異世界から人がやって来た。

これは間違いなく、国を揺るがしかねないほどの大事件である。

なのに――なぜ自分は今、かき氷に何をかければ美味いかという話を聞いているのだろう。

(……頭が痛くなってきた)

壬氏は額を押さえた。

 

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