薬屋と魔法使いのひとりごと   作:晴天人

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第8話:皇后さまはお見通し?

フリーレンとフェルンが正式に後宮へ滞在することになった以上、挨拶しておかなければならない人物がもう一人いる。

皇后となった玉葉后である。

若く、聡明。

そして、柔らかな物腰の中に鋭い観察眼を持つ女性だ。

「玉葉后にもお目通りしてもらう」

壬氏にそう言われたフェルンは、また少し緊張した。

「今度は皇后様ですか……」

「帝の后だよね」

フリーレンは相変わらず平然としている。

「フリーレン様はもう少し緊張してもいいと思います」

「さっき帝にも会ったし」

「そういう問題でしょうか」

猫猫はその会話を聞きながら、少しだけ別のことを考えていた。

玉葉后は西都の出身だ。

つまり、この国の中でも西方についてかなり詳しい。

自分たちはフリーレンとフェルンについて遠い西方から来た客人、ということにしている。

帝には、それでなんとか通った。

だが――

(玉葉后は、少し厄介かもしれないな)

猫猫は思った。

西方について中途半端な知識しかない者なら、いくらでも誤魔化せる。

だが、玉葉后となれば話は違う。

もちろん、「さらに遥か西方」ということにしてしまえば押し切れなくもない。

しかし、玉葉后は、そう簡単な相手でもない。

やがて、フリーレンとフェルンは猫猫や壬氏と共に玉葉后のもとを訪れた。

玉葉后は二人を見ると、まず柔らかく微笑んだ。

「まあ」

赤い髪。

翡翠のような瞳。

この国では珍しい容姿を持つ玉葉后だからこそ、銀色の髪のフリーレンと紫色の髪のフェルンを見ても、驚きより先に親近感を覚えたらしい。

「二人とも、とても綺麗な髪ね」

「ありがとうございます」

フェルンが丁寧に頭を下げる。

フリーレンも自分の髪を少し触った。

「玉葉后も珍しい髪の色ですね」

「ふふ。そうでしょう?」

玉葉后は楽しそうに笑う。

「私は西都の出身なの。あちらには、こちらとは違った髪や瞳の色を持つ者も少なくないわ」

その言葉に――猫猫の目がほんの少し細くなった。

(来たな)

「二人は、とても遠い西方から来たと聞いているけれど」

「はい」

フェルンが答える。

「どこの国かしら?」

「…………」

一瞬、ほんの一瞬だけ、空気が止まった。

猫猫は表情には出さない。

壬氏も出さない。

フリーレンは――普通に考えていた。

「うーん……」

フェルンが横目でフリーレンを見る。

(フリーレン様、変なことを言わないでくださいね)

そんな目だった。

「私達がいたところは、たくさんの国に分かれていて」

フリーレンが答える。

「一つの国から来たっていう感じじゃないですかな」

これは嘘ではない。

「ずっと旅をしていましたから」

「旅を?」

玉葉后の目が輝く。

「はい」

フェルンが続ける。

「各地を巡っていました」

「まあ、それは面白そうね」

玉葉后は身を乗り出す。

「どんなところを旅したの?」

フリーレンとフェルンは、差し障りのない範囲で話し始めた。

雪深い土地。

山間の町。

大きな都市。

広大な森。

湖。

古い遺跡。

各地の食事。

祭り。

珍しい風習。

もちろん、魔物や魔族については話さない。

魔法についても、必要以上には触れない。

玉葉后はとても楽しそうに聞いていた。

「そんなに雪が積もる土地があるの?」

「ありますよ」

フェルンが答える。

「冬になると移動するのも大変です」

「雪ならこの国にも降るけれど、そこまでではないわね」

「フリーレン様は雪が積もっても、朝起きませんが」

「それは関係ないでしょ」

「旅で一番困ることです」

「フェルンが起こしてくれるから大丈夫だよ」

玉葉后がくすっと笑った。

「ふふ。ずいぶん仲がいいのね」

「弟子ですから」

フェルンはそう答えるが、どこか少し照れている。

玉葉后は今度はフリーレンへ尋ねた。

「それにしても、その耳は本当に珍しいわね」

「そうですか?」

「ええ。私も西方の人々についてはいくらか知っているけれど、あなたのような耳の方の話は聞いたことがないわ」

猫猫の中で、少しだけ警戒が強まる。

フリーレンは普通に答える。

「私みたいなのは、かなり少ないですね」

「そうなの?」

「はい。私の故郷でも、そんなにたくさんいるわけじゃないです」

これも事実だ。

玉葉后は「なるほど」と頷いた。

だが、その表情を見て、猫猫は思った。

(……納得した?)

いや、何か違う。

玉葉后は、単純に説明を信じた顔ではない。

むしろ――何か事情があるのだろう、と理解したような顔だ。

しかし、それ以上は追及しなかった。

「遠くから来たのなら、色々と不自由もあるでしょう」

玉葉后は穏やかに言う。

「困ったことがあれば、遠慮なく言ってちょうだい」

「ありがとうございます」

フェルンが深く頭を下げる。

「ありがとうございます」

フリーレンも頭を下げた。

「それから」

玉葉后が楽しそうに微笑む。

「今度、あなた達の国の話をもっと聞かせてね」

「喜んで」

玉葉后はまた笑った。

どうやら二人を気に入ったらしい。

こうして、玉葉后への挨拶も無事終わった。

フリーレンとフェルンが退出したあと、猫猫は玉葉后から用があるとその場に残された。

玉葉后はしばらく二人が出ていった方向を見ていた。

そして。

「猫猫」

「はい」

「面白い二人ね」

「そうですね」

「特にフリーレンという方」

「はい」

「西方には、本当に色々な人がいるものね」

「……そうですね」

猫猫は慎重に答える。

玉葉后が猫猫を見る。

穏やかな笑顔。だが、その翡翠の瞳は鋭い。

「でもね」

「はい」

「私も西都で育ったから、西方の国々についてはそれなりに聞いているの」

「…………」

猫猫は黙っている。

「もちろん、私が知らない土地なんていくらでもあるでしょうけれど」

玉葉后は少しだけ首を傾げた。

「二人の話って、不思議なのよね」

「不思議、ですか」

「ええ」

「どこがでしょう」

「うまく言えないけれど」

玉葉后は笑う。

「遠い土地から来た、というより……」

少し考える。

「もっと別の何か、という感じがするわ」

猫猫は心の中でため息をついた。

(やれやれ)

やはり気付いたか。

完全に真相までたどり着いたわけではない。

さすがに「異世界から来た」とまでは思わないだろう。

だが、説明されていることだけでは筋が通らない、そこまでは感じ取っている。

「猫猫」

「はい」

「何かわけがあるのね」

「…………」

猫猫はしばらく黙った。

そして。

「申し訳ありません」

静かに頭を下げる。

「今は、お話しできません」

壬氏との打ち合わせでは、帝にも玉葉后にも現時点では真相を伏せることになっている。

少なくとも、フリーレンとフェルン自身の立場が固まり、状況が整理できるまでは。

玉葉后は猫猫を見つめた。

怒るでもない。

問い詰めるでもない。

「そう」

それだけ言った。

「はい」

「では、聞かないでおくわ」

猫猫が少し驚いて顔を上げる。

「よろしいのですか?」

「あなたが今は話せないと言うのでしょう?」

「はい」

「なら、それなりの理由があるのでしょう」

玉葉后は穏やかに笑う。

「話せるようになったら、そのとき教えて」

「……ありがとうございます」

猫猫は頭を下げた。

玉葉后は、猫猫を信頼している。

何も考えていないわけではない。

むしろ、かなりのところまで察している。

そのうえで、猫猫が口を閉ざすなら、無理に聞かない。

「ただし」

玉葉后が言う。

「はい?」

「危険なことではないのよね?」

「少なくとも、二人が何か危害を加えようとしている、ということはないと思います」

「そう」

玉葉后は安心したように頷いた。

「ならいいわ」

猫猫は思う。

(本当に、この人には敵わないな)

好奇心は強い。当然、知りたいはずだ。

それでも猫猫を信じて、あえて聞かない。

皇后という地位にいるだけではない。玉葉后自身の器の大きさなのだろう。

その頃、廊下を歩いていたフェルンがフリーレンに言っていた。

「玉葉后、とても優しそうな方でしたね」

「うん」

「でも、かなり頭のいい方だと思います」

「そうだね」

フリーレンも分かっていた。

「多分、何か隠してるって気付かれたよ」

「……やっぱりですか」

「うん」

「大丈夫でしょうか」

「猫猫がなんとかするんじゃない?」

確かになんとかはなったが、猫猫は心の中で冷や汗をかいたのであった。

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