星の泉の残照 —The Last Line of Defense— 作:モッチー7
成層圏での激闘の末、カービィがスターロッドの力でナイトメアウィザードを完全に消滅させてから、数日が経った。
プププランドには真の平和が戻り、住人たちは再び「良い夢」を見られるようになった。夢の泉からは清らかな水が溢れ、スターロッドは本来の台座で、穏やかに輝いている。
そんなある日の午後、デデデ城の裏手にある静かな庭園。
まだあちこちに包帯を巻いたデデデ大王が、一人で特大の特製ショートケーキをヤケ食いしていた。
「もぐもぐ……チッ、どいつもこいつも『カービィ、世界を救ってくれてありがとう!』だァ? ふざけやがって。最初に命がけで奴を封じ込めたのが誰だか、これっぽっちも分かっちゃいねえ……」
文句を言いながらフォークを動かしていると、背後の茂みから「ぽよ?」という、いま世界で一番聞き馴染みのある、そして一番聞きたくない暢気な声がした。
デデデがビクリと巨体を震わせて振り返ると、そこには、両手を後ろに組んで、もじもじと身体を揺らしているピンクの丸い影――カービィが立っていた。
「……何の用だ、お前」
デデデはわざとらしく不機嫌な声を出し、視線を逸らした。
気まずい。とにかく気まずかった。
カービィからすれば、「我が儘でロッドを盗んだ悪い大王を懲らしめた」と思ったら、実は大王は世界を守るために一人で戦っており、最後は自分を大砲のように吹き飛ばして助けてくれたのだ。メタナイトあたりから事の真相を(おそらくフワッとしたニュアンスで)聞かされたのだろう。
カービィはいつも通りの暢気な顔を崩さないまま、トコトコとデデデの足元まで歩み寄ってきた。そして、後ろに隠していた短い手を差し出した。
その掌に握られていたのは、少し歪な形をした、手作りの「星型のクッキー」だった。おそらく、お礼とお詫びの気持ちを込めて、彼なりに一生懸命作ってきたのだろう。
「……ぽよ。はい、どうぞ」
カービィはクッキーをデデデに差し出し、にこっと笑った。
デデデは、そのクッキーとカービィの顔を交互に見つめた。
頭を掻きむしりたくなるほどの気恥ずかしさが、大王の全身を駆け巡る。
「……フ、フン! 誰がそんな安物の菓子を喜ぶか! オレ様が食べてるこの高級ケーキが見えんのか!」
デデデはわざと大きな声を出し、ふんぞり返った。
しかし、カービィは怒る風でもなく、ただじっと首を傾げてデデデを見つめている。その濁りのない純粋な瞳で見つめられると、大王としてのプライドが逆にボロボロと崩れていくような気がした。
「チッ……。ったく、お前って奴は……」
デデデは大きなため息を一つ吐くと、包帯の巻かれた不器用な手で、カービィの掌から小さなクッキーをひょいとつまみ上げた。そして、それを口の中に放り込む。
「ゴクッ……。……フン、粉っぽくて全然甘みが足りねえな。採点は10点満点中、1点だ」
言いながらも、デデデの口元は少しだけ緩んでいた。
「ぽよ!?」
カービィは「1点」と言われたのが不満だったのか、ぷくーっと頬を膨らませた。その姿を見て、デデデは思わず、心底おかしそうに「ガハハ!」と大声をあげて笑ってしまった。
「文句があるなら、もっと美味いもんを作ってこい! それからな、次からオレ様の城に忍び込む時は、ちゃんと正面からノックしろよ!」
「ぽよぉ!」
カービィも釣られたように嬉しそうに飛び跳ね、二人の間に漂っていた気まずい空気は、いつの間にか秋の心地よい風に乗って消え去っていた。
お互いに素直にはなれない。これからもきっと、些細なことでケンカをして、ハンマーを振り回し、吸い込み合う日常が戻ってくるだろう。
だが、この広大で暢気なプププランドの空の下、この「最悪で最高のライバル関係」こそが、孤独だった王が守りたかった、何にも代えがたい平穏の証だった。
「よし、その膨らんだ頬っぺたを、このオレ様がもう一度へこませてやる! 覚悟しろ、カービィ!」
「ぽよーーーっ!」
庭園に、いつも通りの二人の賑やかな追いかけっこの声が響き渡る。
夢の泉を巡る長い戦いは、こうして、いつもと変わらない騒がしくて愛おしい日常へと、確かに着地したのだった。