星の泉の残照 —The Last Line of Defense— 作:モッチー7
デデデ大王がすべてのスターロッドの破片を各地の猛者たちへ託し、デデデ城のベッドで深い眠りから目覚めてから、さらに数日が経った。
プププランドの空は、かつてのナイトメアの禍々しい紫色の雲を完全に払いのけ、どこまでも澄み渡る青空を取り戻していた。しかし、この国を包む空気は、以前とは決定的に異なっていた。
活気が、ないのだ。
住人たちはいつも通りに起き、いつも通りに働き、いつも通りに温かいベッドへ入る。だが、翌朝目覚める彼らの顔には、深い充足感も、一日の始まりを祝うような笑顔もない。
「ゆうべも、何も見なかったな……」
「うん。真っ暗で、何もなくて……ただ、時間が過ぎたみたいだ」
キャピィ族の若者たちが、広場で肩を落として呟き合う。
夢の泉が活動を停止したため、この国の住人たちは「良い夢」を見ることができなくなっていた。それは肉体的な死ではないが、精神の瑞々しさを少しずつ、確実に削ぎ落としていく「静かな飢え」だった。
住人たちの不満と不安は、日に日に高まっていった。
そして、その矛先がどこへ向かうかは、明白だった。
「夢の泉に、大王様が居座っているらしいぞ」
「スターロッドをバラバラにして、自分の家来たちに配ったんだって!」
「どうしてそんな酷いことをするんだ! 大王様は、僕たちの夢を独り占めする気なんだ!」
城の玉座で、バンダナワドルディからその報告を聞いたデデデ大王は、傷の癒えきっていない身体を揺らしながら、豪快に笑い飛ばした。
「ワハハハハ! 上出来だ! 狙い通りじゃねえか!」
「大王様……。本当に、これでよろしいのですか?」
バンダナワドルディは、痛々しそうに大王を見つめた。
本当は、この国を永劫の悪夢から救った唯一の英雄なのに。その身を削り、魂を燃やしてまでナイトメアを封印した本物の「王」なのに。真実を隠し通すということは、この国のすべての住人から「悪逆非道の独裁者」として憎まれることを意味していた。
「構わんさ。あの化け物(ナイトメア)の存在をバラしてみろ。連中は毎晩、また奴が来るんじゃないかって恐怖で、それこそ本物の悪夢を見るハメになる。だったら、オレ様がロッドを盗んだってことにして、オレ様を恨んでる方が、よっぽど健全だろ」
デデデは愛用のハンマーを肩に担ぎ、玉座から立ち上がった。
「それに……そろそろ来る頃だ。オレ様が仕掛けた『最悪の誤解』に引っかかって、鼻息を荒くしたお節介焼きがな」
デデデの視線は、窓の向こう、緑豊かな丘陵地帯へと向けられていた。
同じ頃。プププランドの片隅にある、小さな白い家。
まばゆい朝の光が差し込む部屋で、丸くてピンク色の小さな身体――カービィが、大きなあくびをしながらベッドから起き上がった。
「ぽよぉ……」
カービィは短い手を伸ばして目をこすった。
いつもなら、大好きな特製パフェの夢や、星空をフワフワと飛ぶ楽しい夢を見て、最高の気分で目覚めるはずの朝だった。だが、今朝の感覚は違っていた。
何も思い出せない。頭の中が、ぽっかりと白い霧に包まれたような、奇妙な物足りなさ。
「夢を……見なかったぽよ」
カービィはトコトコと外へ出た。
近所のワドルディやチリーたちに話を聞くと、みんな一様に困った顔をして「夢を見られなくなった」と嘆いている。そして、その原因が、丘の上のデデデ城に住む我が儘な大王の仕業であるという噂も、すぐにカービィの耳に届いた。
「デデデ大王が、スターロッドを隠しちゃった……?」
カービィのつぶらな瞳に、小さく、しかし強い決意の炎が灯った。
みんなの楽しい夢を奪うなんて、絶対に許しちゃいけない。
大王がスターロッドを独り占めしているなら、僕がそれを取り返して、もう一度、夢の泉に戻してあげるんだ。みんながまた、幸せな夢を見られるように。
カービィは一度だけ自分の家を振り返り、それから、遥か遠くに見えるデデデ城に向かって、力強く一歩を踏み出した。
ポヨ、ポヨ、ポヨ、ポヨ……。
緑の芝生を小気味よく跳ねながら、ピンクの主人公は進む。
その足取りはどこまでも軽く、畅気で、世界を救う旅に出る者とは思えないほど無邪気だった。
彼はまだ何も知らない。
デデデ大王がどれほどの覚悟でその泥を被ったのかも。
スターロッドを元に戻せば、その光に導かれて、泉の底で飢えた悪夢の化け物が目を覚ますということも。
しかし、孤独な王が用意した難攻不落の「試練の迷宮」は、今、確実にその幕を開けようとしていた。
カービィが最初のエリア、青々とした木々が茂る『ベジタブルバレー』の入り口へ向かって走り去っていく。
プププランドの、最も長く、最も熱い、夢を取り戻す物語(ゲーム)が、ここから始まる。
(夢の泉の物語 本編へとつづく)