星の泉の残照 —The Last Line of Defense— 作:モッチー7
地を震わせるような激しい地鳴りとともに、夢の泉が、かつてないほど禍々しい純白の光を放った。
「ポヨォーーーっ!」
上空から、無邪気な勝利の鬨の声をあげながら降下してくるピンクの丸い身体。その両手には、七つの破片が再び一つに合わさり、まばゆい黄金の輝きを取り戻した「スターロッド」が握られていた。
カービィは着地すると同時に、満面の笑みでロッドを夢の泉の中央の台座へと突き立てた。
「……止めろ、と言ったんだ……。この、大馬鹿野郎が……っ!」
台座のすぐ傍らで、大の字に倒れ伏していたデデデ大王は、血の混じった唾を吐き出しながら、声を枯らして呪詛を吐いた。
全身の骨が折れているかのような激痛。ガウンは引き裂かれ、自慢のハンマーはカービィの容赦のない大暴れによって、先ほど木っ端微塵に破壊されたばかりだ。
ウィスピーウッズも、クラッコも、そしてあのメタナイトさえも、カービィという「純粋なる破壊の嵐」を止めることはできなかった。そして今、最悪の瞬間が訪れようとしていた。
カチリ、とロッドが台座に嵌まる。
その瞬間、デデデが自身の命を削って施した封印の術式が、ガラスが砕けるような音を立てて完全に崩壊した。
泉の底から湧き上がってきたのは、清らかな夢の水ではない。
どす黒く、すべてを呪うような漆黒の煙。そして、かつてデデデがその肉体を滅ぼしたはずの、あの「悪夢の化け物」の、悍ましき気配だった。
(ああ……終わった。オレ様が泥を被り、みんなに恨まれながら守ってきた平穏が……全部水の泡だ)
デデデの胸を去来したのは、圧倒的な無力感だった。
自分がどれだけ嫌われ者になろうとも、プププランドの住人たちが悪夢に怯えなくて済むのならそれでいい、そう思って孤独に戦ってきた。だが、その結末がこれだ。皮肉にも、自分が一番守りたかった「プププランドの純粋さ」そのものであるカービィの手によって、世界は滅亡の危機へと引きずり戻されたのだ。
『フハハハハ……! ククク……ハハハハハハ!!』
黒い煙が天を衝く巨大な竜巻となり、その中心で、かつてより何倍も巨大化したナイトメアウィザードの精神体が哄笑をあげた。
『感謝するぞ、星のカービィよ! お前がロッドを戻してくれたおかげで、我が封印は解かれ、真の力が覚醒した! この星は、今度こそ永劫の悪夢へと沈むのだ!』
その声を聞いたカービィが、「ぽよ!?」と驚いた顔をして、初めて自分のしでかした事の重大さに気づき、呆然と立ち尽くしている。
その暢気な顔を見た瞬間、デデデ大王の心の中で、絶望が別の感情へと塗り替えられていった。
それは、激しい「怒り」であり――そして、奇妙な「昂り」だった。
「おい、カービィ……!」
デデデは痛む身体を無理やり奮い立たせ、地面を這うようにして、カービィに向かって叫んだ。
「何が『ぽよ?』だ、このマヌケ面が! だからオレ様は、あれほどロッドを戻すなと言ったんだ! オレ様の言うことを、ちっとは聞きやがれ!」
デデデは大きく息を吸い込んだ。限界を超えた身体が悲鳴を上げるが、そんなものは知ったことか。
彼は大きく口を開け、仰天しているカービィと、台座から引き抜かれたスターロッドを、自身の胃袋へ向かって猛烈に吸い込み始めた。
「ごおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
強烈な吸引力の風が、カービィの身体を宙に浮かせる。
デデデは、カービィを自らの身体ごと上空へと弾き飛ばすべく、限界まで息を溜め込んだ。
(こうなったら、ヤケクソだ……!)
デデデは、空中へと舞い上がったカービィの背中を睨みつけた。
(オレ様を叩きのめして、ここまで来たんだ。各地のボスどもを全員力ずくでねじ伏せて、ロッドを奪い返したんだろ、お前は!)
だったら、あんな化け物に負けることなど、このオレ様が絶対に許さない。
オレ様を負かした奴が、あんな宇宙のゴミ屑ごときに手も足も出ずに負けましたなんて、そんな不条理な格好悪さ、我が儘な王としてのプライドが死んでも許さねえ。
「カービィッ!! ロッドを持っていけッ!」
デデデは最後の力を振り絞り、吸い込んだ空気を一気に吐き出した。
「オレ様を負かしたんだから……あんな奴、絶対に叩き潰してこいッ!!!」
爆風のような大王の息に押され、カービィの身体はスターロッドを抱えたまま、夜空へと逃走を始めたナイトメアを追って、はるか成層圏へと、弾丸のようにすっ飛んでいった。
遠ざかるピンクの光を見送りながら、デデデ大王は今度こそ力尽き、仰向けにひっくり返った。
空を見上げる。満天の星空が、今まさに悪夢の力で侵蝕されようとしていた。
「ハァ……ハァ……。頼んだぞ、カービィ。……もし負けて帰ってきたら、今度こそタダじゃおかねえからな……」
自分が守りきれなかった世界の命運を、デデデは、自分を倒した「最悪で最高の天敵」へと託した。
それは、プププランドの王としての最後の、そして最も我が儘な、彼なりの信頼の形だった。