Fate/Forsaken   作:朴骨

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Episode2「無知蒙昧2」

1.

 

日本。極東の小さな島国の、更に奥まった小さな港町である風窓町は一般の人間にとっても不便極まりない田舎街であったが──魔術師という生き物にとってもやせ細った、実に貧相な土地と言って差し支えない町だった。

 

一流の魔術師であれば地図を眺める目を滑らせ、記憶にも残らないような場所。それを、小さな魔術師の家系が四家掛かりで何とか必要最低限の体裁を整えているに過ぎない霊地だ。

 

イネスはその地に根差す四家の一つ、ブランの家系に仕えるホムンクルスであった。ブランの家系は歴史の長さだけが取り柄のつまらない、猿真似の一族だとパトリシア──イネスの主はよく口にしていた。

 

それが事実なのかはイネスには分からない。知識として錬金術の大家である家々の名は知っているものの、もっぱらパトリシアの遊び相手として作られた自分にはそれらの才覚はなく、また興味も無かった。

 

ブラン家もまたイネスには肉体的にも、魔術の使い手としての技量も期待しておらず一族に突如生まれた天才であったパトリシアが妙に気に入っている、という点のみを見ているようだった。

 

風向きが変わったのは数年前、パトリシアが十五の歳になった頃。

 

聖杯戦争という名の大掛かりな儀式の下準備が概ね完了し、屋敷に外部の人間の出入りが増え、ひりついた空気が緩慢に広がり始めていた時だった。

 

パトリシアの父は娘の異常性に気が付いた。

 

魔術師らしからぬ価値観、かと言って俗世ともどこかズレた立ち振る舞いはイネスから見ても奇妙に映っていたが、それが彼女の持つ特異性に由来するものだと確信を持ったらしい。

 

ブランの家が代々引き継いできた錬金術とも、魔術そのものとも違った異様な力をパトリシアは持っていた。

 

価値観がズレて当たり前だ。彼女は始めから魔術の世界にも俗世にも居なかったのだ。彼女の引き起こす魔術らしき力は結果だけ見れば錬金術とそう変わらない。だが、その過程がめちゃくちゃで、不定で、異常だった。

由来も分からず、であれば後へと引き継ぐ事も出来ない。パトリシアは、ブラン家の歩みから完全に外れていた。

 

天才と持て囃された彼女はブランの家にとって異物で、異形で、邪魔なものとなった。

 

 

 

 

 

 

「──今回の聖杯戦争は前座。良い、イネス?」

 

書斎の机に腰かけて、床を清掃する私に向けて彼女は口うるさい教師のように続ける。絹のように滑らかで室内の暖かな光を吸い込んだブロンドの髪は、彼女の切れ長の目から漏れる冷たい視線をよく中和していた。

 

「出来の悪い亜種聖杯を魔力製造の贄へと回して、本命の亜種聖杯による聖杯戦争をより大規模なものへと昇華させる為の前座なの」

 

「はぁ」

 

麻袋に、床に転がった男の死体を出来るだけ丁寧に詰めながら気の無い相槌を打つ。かつて、ブランの家を統べる魔術師であった男。パトリシアの父であった男。

 

ブランの家の行く末と、聖杯戦争なる儀式の顛末について幾つかの問答を行った後に、パトリシアはあっさりと自身の父親を殺してしまった。

 

床に転がった死体がどうにも満足げな表情を湛えているように見えるのも、父親を殺した直後に何故か聖杯戦争についての講義を開始するパトリシアの事も、まるで理解できない。

 

理解する必要も特に感じない。

 

「とはいえ、本命の聖杯戦争にある程度の規模を担保する為にも制限は幾つか生まれてしまってね」

 

「呼び出す英霊は軒並み弱体化してしまっている。マスターの魔力量で幾らか差は出るでしょうけれど、まあ今回の参加者なら大した違いにはならないでしょう」

 

「英霊を本来の力で戦わせたいならば──令呪一画につき三十分。大体そのくらいの燃料効率になるでしょうね」

 

「はぁ」

 

絨毯に染みついた血液に関しては、私の技量ではどうにもならない。かと言ってプロの清掃業者を入れる訳にもいかないし、これは廃棄しかないだろうなと考えていると机から降り立ったパトリシアが私の顔を覗き込んでいた。

 

「イネス。これは重要な事なのよ」

 

「それは──理解していますが。本命の聖杯戦争は私達奴隷ではなく、パトリシア様を含めた魔術師の方々が参加する事になるのでは?」

 

「私達はあくまで前座へリスクヘッジの為、代理で参加するのみと聞いておりますが」

 

例え勝者が始めから決められた談合の聖杯戦争とはいえ、令呪による拘束は絶対では無いし、加えて英霊という存在は未知の危険を秘めている。魔力貯蔵の為の前座でリスクは取りたくないというのが正常な思考だろう。

 

その為に、魔術師は前座へ参加するマスターとして自身の奴隷を提出する。魔力という勝利報酬を持ち逃げされないよう、絶対的な隷属を強いられた奴隷たちを。

 

それはホムンクルスである私や、オーナーである魔術師に対してなんらかの負債を負って魔術的な契約により隷属している魔術師崩れや一般人、あるいはオーナーへ個人的な心酔を抱く者など様々だ。

 

最低限の素養さえあれば何者でも良いらしい。

 

勝者と定められたセイバーのマスターの指示通りに動けば、今回の聖杯戦争は同時召喚から二、三分で決着する予定になっている。

 

そんな私の思考に基づく疑問に、パトリシアはやれやれと肩を竦める。

 

「何事も備えあれば憂いなし、よ。どんなトラブル、イレギュラーが起きるか分からないのが人生なのよ?」

 

「大体、魔術師なんて屑の煮凝りが寄り集まって予定通りに協力なんて出来るわけ無いじゃない!」

 

ケラケラと笑うパトリシアを横目に、血に染まった絨毯を剥がして床板の汚れを確認する。

 

大したことは無い。あっさりと、綺麗に殺された事が功を奏したらしい。壁に立てかけたモップをバケツに溜めた水に浸しながら静かに問う。

 

「仮に」

 

「仮に、イレギュラーが起きた場合私はどうすれば良いのでしょうか。例えば──どんなものか、想像も付きませんが」

 

私の問いにパトリシアはそうねぇ、と顎に手を当ててからモップを掴んでいる私の手を両の掌で包む。

 

「何よりもまず、生きて私の元に帰る事」

 

「お父様の遺志に配慮して、最低限聖杯戦争は最後までやり遂げるつもりだけれど──ほんとはそんな事もどうでもいいのよ」

 

「とにかく、生き残りなさい。良いわね?」

 

想像通りの答えに、何度目かも分からない困惑を胸の隙間で弄る。彼女は昔から、何かにつけて私に生きろと口にした。

 

欠陥品の私の寿命がそう長くない事、私が死んだ後を任せる後継を既に用意してあるとパトリシアの父が口にした晩は特にしつこかった。

 

“寿命だか何だか知らないけれど、死んだら許さないからね!気合で生きなさい!”

 

だったか。

 

魔術師らしくも、一般人らしくもないその言葉に面食らったのを覚えている。私を案じているように聞こえるその言葉も、字面通りではない彼女にしか分からない価値観が含まれているのをぼんやりと感じ取って彼女の父がよく口にしていた異常、という彼女に向けられた呼称を何となく理解した。

「──はい、努力します」

 

けれど、その違和感の正体を掴む事には成功していないし、積極的に探し当てようという気にもならない。

 

死にたくないという気持ちは私の中にもある。それが彼女の意向と一致しているのであれば何も問題はない。

 

「努力、じゃなくて。やるのよ」

 

「はい」

 

彼女の訂正に素早く応えて床の清掃を再開する。

 

「じゃあ、私は本命の方の調整に入るから。お父様は寝室に寝かせておいて」

 

後で挨拶しておかなくちゃ、と軽く締めくくってパトリシアは部屋を後にする。

 

ブランの家は一連の聖杯戦争における、聖杯の鋳造を担っている。彼女がいつからそれに携わっていたのかは知らないが、亜種とはいえ聖杯の乱造と雑な燃料投下というめちゃくちゃな計画を実行に移せたのもあの異能に寄る所が大きいのだろう。

 

「──イレギュラー」

 

彼女が残した不吉極まりない言葉を口の中で反芻して眉を顰める。イレギュラーそのものであるパトリシアが口にすると、妙な現実味があった。

 

ならばせめて、その時が訪れるなら彼女が横に居ると良いなと。どこに向けるでもなく祈る。

生きろと命じられている内は、私の中で歪む生への執着という欠陥を、肯定できるから。

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