失恋した元神童は実質バトルファ●ク世界でまたやらかす   作:匿名

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第一話

 

 

 ──俺はただ、愛し合いたいだけだった。

 

「なんだよもぉぉぉぉぉぉ! また寸止めかよぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 床に倒れて痙攣する少女を前に、真の敗者は双槍を振り回して叫ぶ。魂の叫びだった。

 

「バトルの前にあれだけ威勢の良い事言っておいて! なんで槍を見せた途端にアへ顔絶頂キメてんだよ! 教えはどうなってんすか、教えは!」

 

「ぉ゛……♡ マロウ卿の見せ槍しゅご……♡ 官能デッカ……♡ 魂、壊れりゅ゛……♡」

 

 凹権4段。ディフェンスに定評のある『コキーユ・パイタン』の腰がガクガクと震えた。

 

 どうやら感情の昂りに呼応して俺の【官能力(性欲)】が漏れ出てしまったらしい(今週のしまった)。この様子では近隣住民も巻き込んだかもしれん。後始末が面倒だなぁ。

 

「少しは加減を覚えなさい、余熱」

 

 肩にオーロラの刺青(タトゥー)を彫り込んだ黒髪ダウナーお姉さんが、ノックも無しで入室してくる。

 

「だってぇ……。純白のラスボスっぽい女の子が『誤解するでない。其方が挑戦者(チャレンジャー)じゃ』とか言いながら飛び込んできたら、期待しない方が無理っすよ」

 

 まさか1発目を叩き込む前に昇天するとは思わんでしょうが。チクショウ、幸せそうな顔で果てやがって! 俺を置いて逝くなァァァァ!!

 

「馬鹿ね。凹権4段の彼女が、世界最強である貴方の凸権を受け止められるわけがないでしょ」

 

「いや、タイマンなら攻め特化の【凸権】よりも受け特化の【凹権】の方が有利なはずっす。段の差も絶対とは言えませんし。現に、こうして乙歯女(オトハメ)さんは無事に立ってるじゃないすか」

 

「無事? あたしが?」

 

 黒髪美女こと『乙歯女・A・フエラ』が涼しい顔で肩を竦める。余談だけど名前の『・A・』←この部分可愛くない?

 

「言っておくけど、さっきから何度も甘逝きを繰り返してるわよ。辛うじて気絶してないのは、あたしの官能力が身代わりになって快感を逃がしてるだけね」

 

 よくよく目を凝らすと、乙歯女さんの全身から点滴のような細いチューブが伸びていた。その根本を辿ると背後に浮遊するクラゲ達の悶絶する顔(?)が。

 

「器用っすね。でも、乙歯女さんの力って……」

 

「ええ、貯蔵した快感(ダメージ)は遅れて一気に本体へと返ってくる。ふふ……人格が粉々に崩れるほどの性感、自室に持ち帰ってじっくりと楽しむ事にするわ」

 

 夢見る少女のようにうっとりと性癖を漏らす乙歯女さん。そう、表の顔は有能秘書の彼女だが、実は隠れた被虐嗜好の持ち主なのである。

 

「……テクノブレイクで死ぬのは勘弁してくださいよ? 葬儀に出るのが恥ずいんで」

 

「その場合、死因は自慰じゃなくて余熱による他殺になるから大丈夫じゃないかしら?」

 

「逝く理由に他人を使うなよ、乙歯女サン……」

 

 俺は思わず、ラキスケしてそうな渋オジ声でツッコミを入れた。

 

「口調が似てるからって、声まで特記戦力に寄せるのはやめなさい。ウザいから」

 

「サブカルネタ通じるんすね……。あっ……」

 

「ふふ、非力な女が力で敵わない相手にボコボコにされる画って……とっても素敵よね……」

 

 乙歯女さん……。全ての所作が上品な深窓の令嬢なのに、何がきっかけでこんなエッグいマゾ性癖を開花させたんだろう。マジで気になるな。

 

「はぁ……」

 

 敗北者(コキーユ)を抱えて颯爽と去っていく背中を見送りながら、俺は溜め息を吐いた。

 

「やっぱり、槍よりも威圧感の少ない武器を出すべきっすかね? 生憎、これ以下の刃物は持ち合わせてないんすけど……」

 

 人生は理不尽ばかりだ。【グロスナッジ】という究極の性交システムを完成させた張本人だけが恩恵を得られず、こうして思い悩む羽目になるとは。

 

 だが、必要な事でもある。いずれ対等に渡り合える官能者が育つまで、俺は仮面の最強『マロウ』としてシステム運営を続けるしかない。

 

 ──全ては遠い昔に夢見た、満足できる性交を体験する為の下準備なのだから。

 

 

 

 

 

 

 どうも、バトルファ○ク世界の運営っす。

 

 今のロリショタには信じられないと思うけど、俺がまだ帰宅部活動記録してた頃は『若者の性経験が減少傾向にある』とか、お偉いさん達が訳知り顔で問題提起してたんだよな。

 

 マジでいい加減にしろ。競技人口を増やしたいなら、ゲームシステムを根本から見直せって言ってんの。ソシャゲ運営だったら完全にサ終コースの態度だぞ。

 

 そういう保守主義がSNSによる男女論拡散・性経験マウントを生んでモラルハザードを引き起こしたんだよ。もう終わりだろ、この世界。

 

 で、そんな馬鹿げた世界(じだい)を実際に終わらせたのは、この男~!

 

 

 まぐわいのニューウェーブ

 

 余 熱 芯

 

 

 そう、俺である。

 

 ちなみに『ホトボリ・シン』が正式な読みだが、皆は『ヨネツ』と発音している。なんか多芸アーティストみたいで格好良いしそっちの方が良いかも、と若干揺らぎつつあるのは内緒だ。

 

 

 

 全ての発端は幼少期のやらかしだった。あの時の焦燥感は何年経っても色褪せず思い出せる。

 

「痛い……! 痛いよぉ……!」

 

 地面が割れる鈍い音。鉄扉が曲がる不快な音。子供達が泣きじゃくる高い声。腕がグチャグチャに折れた大人の怯えを含んだ呻き声。……俺がこの手で作った凄惨な地獄。

 

 違う。違うんだよ。俺は銃を持った不審者から女の子を助けようとして、子供らしい蛮勇で飛び出したんだ。

 

 ずっと好きだった子だから。徹夜で書いたラブレターをこっそり靴箱に入れて、ドキドキしながら待ってたところで。格好良いところを見せたくて。俺が守ってやるからって、手紙に書いた言葉を嘘にしたくなくて。

 

「芯……!?」

 

 あの子の腕から血が流れている。

 

「誰か……誰か助けて……!!」

 

 彼女が俺に向ける瞳には、見た事もないくらい暗く濁った感情が宿っていた。

 

 ああ、そうか。不審者よりも俺の方がよっぽど化け物だよな。人間の腕と銃をまとめて握り潰すような子供、近くにいたら怖いよな。あれだけ俺の事だけを見て欲しかったのに。今は、今だけは。

 

 怪我させてごめん、■■■ちゃん。

 

 ──さようなら、俺の初恋。

 

 

 

 他人よりも力が強い事は自覚していた。……いや、やっぱり自覚できていなかったのかもしれない。本当に正しく理解していたのなら、最初から誰とも関わるべきじゃなかった。

 

 当時の俺はいわゆる神童というヤツで、文武両道のパーフェクトヒューマンとして名が通っていた。

 

 文武両道の『文』は良い。どれだけ人並み外れた理解力を持っていても、それが原因で他者に大怪我を負わせるような事はない。しかし、過ぎた『武』は人間社会にとって有害ですらある。

 

 俺は人と関わるのをやめた。包み隠さず言うと、身体接触がトラウマになってしまったのだ。湧き上がる異性への興味も血を吐く想いで抑え込む、虚無の青春。

 

 だが、同時に俺は天才でもあった。皆が青春を謳歌している間、俺は神童時代に稼いだ金・コネ・技術をレベルアップさせて、とある研究をしていた。ちなみに、学校は途中で退学した。学歴厨、涙目。

 

 その研究の最終目的としたのが、世界の基本法則を変革する事。俺みたいな規格外でも他者を傷付ける心配なく触れ合える……『全力で女子とイチャラブできる』世界の模索だった。俺じゃなくて世界が悪い理論である。

 

 馬鹿だと思うよな。でも、俺は真剣だった。手がかりがあれば危険地帯にも迷わず突撃したし、最先端科学だけでなく黒魔術・精霊術・超能力など様々なオカルトも学んだ。

 

 正体を隠して活動していたら各国政府に目を付けられ、反逆したり亡国したり復活したり奪還したりもした。神出鬼没の仮面男『マロウ』として、SNSでバズったり神格化される事もあった。

 

 まあ、そんなこんなで紆余曲折ありつつも、ついに完成したわけだ。

 

 俺の理想。全ての傷害行為を無効化し、代わりに快楽で殴り合う究極の性交システム──【グロスナッジ】。

 

 今はまだ限られた地域にしか適用できていないが、導入国では著しい出生率の向上が確認されている。

 

 俺の提供するグロスナッジは単なる拡張現実ではない。このシステムの影響下では、魂の交わりによって任意に子供を作る事もできるのだ。そして、その快感は生身の性交を遥かに凌駕する。同性間の生殖が可能となった事も大きい。

 

 しかし。

 

 無限の可能性を秘めた技術に世間が沸く中、それでも現状に納得できない男が1人いた。

 

 

 そう、開発者の俺である。

 

 

 

 

 

 

「要するに【グロスナッジ】は性癖をぶつけ合う戦いなんすよ」

 

 俺はろくろを回しながら力説していた。隣にはなんかお洒落で可愛い服を着た乙歯女さんが無言で座っている。その半分透けてる黒いのは何て言うんですか?(陰キャの巨人)

 

「単調な刺激にはいずれ慣れます。でも、グロスナッジの与える複雑な快感には飽きる事がない。これはあらゆる情報を快楽に変換するシステムっすから」

 

 世の中には多種多様な性癖が存在する。

 

 人は何故、無機物でシコるのか。これを性交への期待と定義するのは強引すぎる。同じコマにいた漫画キャラを接点ありと主張する二次創作者くらい強引だ。

 

 性癖は性癖である。俺は魂のバグと呼んでいるが、時に人は生殖本能とは全く無関係に性的興奮を覚える事があるのだ。

 

「では、もしも。もしもっすよ? 個人の内にあるその興奮を他者に伝達し、魂に直接『分からせる』事が可能だとしたら……。原始的な性交の概念は1つ上のステージに昇華すると思いません?」

 

 知的興奮、という言葉がある。

 

 思考が発達した人類は裸で性器を擦り合わせる猿で終わらず、様々なシチュエーションを模索するようになった。しかし、そんな知性の進化に対して、従来の性交はあまりにも自由度が貧弱だ。

 

 ならば、俺が創ろう。

 

 数式で股を濡らし、歴史で勃○できる世界を。ファンタジーオタクと車オタクが出会って5秒でドラゴンカーセ○クスできる世界を。

 

 

 己の空想を官能力に置き換え、傷ではなく快楽をダイレクトに与え合う、誰も傷付かない理想のバトルファ○ク世界を。

 

 

「で、出来上がったものがこちらっす」

 

 左腕に嵌めた武骨なリングを触ると、俺の背中に袋を被せた双槍がシュンと現れた。

 

「はうっ……♡」

 

 対面に座っていた白ずくめの少女『コキーユ・パイタン』がビクッと仰け反る。ちょっと逝ってんじゃねぇよ。

 

「グロスナッジの影響下にある地域では、自身の思考を官能力として自在に具象化させられる。そして同時に、快楽(コレ)以外の手段で人間にダメージを与える事は実質不可能になるっす」

 

 銃で脅すとか車で轢くとか、そういう盤外戦術は許しませんよ。勝敗を決めるのはどちらかのオーガズムでなくてはならない。

 

 性交、性交! みんな性交し続けろ!! 激しく! もっと激しく!!

 

「……さらっと言うておるが、それは人類の歴史に名を残すほどの偉業ではないかえ……? 其方の開発したシステムによって世界大戦は無事に回避され、少子高齢化も徐々に解決しつつあるのじゃぞ」

 

「パイタンさん、一応の念押しっすけど……」

 

「仮面の最強官能者『マロウ』の正体が『余熱芯』である事は内密に、じゃろ?」

 

「よろしくっす。世界中から突撃取材されたり身柄を狙われるのは御免なんで」

 

 実力で返り討ちにできたとしても、面倒なものは面倒なのだ。

 

「ああ、勿論『自分なら最強を倒せる』って官能者がいたら受けて立つっす。まあ、最低でも7段くらいの腕は欲しいっすね」

 

「向上心が強いのう」

 

「そんなんじゃないっす。俺は俺を負かしてくれる相手が欲しいだけで……。あのね、パイタンさん。自分で言うのもアレですが、俺は天才なんすよ」

 

「存じておる」

 

「今まで無数の官能者と対峙して分かった事があるっす。現代の人類では俺の思考に含まれる情報量に耐えられない。俺は……グロスナッジでマジ絶頂する事ができないんだ……っ!」

 

 俺が満足する前に相手が先に気絶(アク○)してしまう。

 

 よく考えれば当然の事だ。俺に比肩する想像力の持ち主が在野にゴロゴロいるなら、グロスナッジなんてアイデアはとっくに誰かが実現していたはずである。

 

 だが、俺が創るまでは存在しなかった。それが答えだ。

 

 認めるしかない。俺は腕力のみならず、知力さえも人類の枠組みを越えてしまっている。それはもう、対等な交わりが不可能なほどに。

 

「……あまりスマートな解決策ではないが、それほど絶頂したいなら丸腰で攻撃を受ければ良かろう」

 

「勿論、試しましたよ。結果、俺の官能力には自動反撃の効果があると判明したっす」

 

 凸権7段の乙歯女さんでも、俺に攻撃を届かせられなかった。どうして世界はこんなにも残酷なんだろう。

 

「ええ、無様に一蹴されたわ」

 

 そこで初めて、隣席の『乙歯女・A・フエラ』が口を開いた。

 

「貴方も味わったでしょ? 余熱は草食系みたいな顔して性欲が強いから、女の痴態を見る度に官能力が制御できなくなっていくの。攻撃を仕掛けたら最後、気を失ってもエンドレスで魂を犯され続ける事になるわ」

 

「い、いや、妾は一合交える前に腰砕けになってしまった故、そこまでは……」

 

 乙歯女さんの軽率な過去回想によって、パイタンさんがドン引きしている。ちなうんです、ちなうんです! ヤバいとは思ったんすけど、性欲を抑えきれなくて……。

 

「そう。でも、これから何度も体験する事になるのだから覚悟しておいた方が良いわね」

 

「……ぇぁ?」

 

 自然な動作で席を立った乙歯女さんは、まるで逃げ道を塞ぐように客人の肩に手を添えた。

 

「こほん……えー、コキーユ・パイタンさん。君の事は調べさせて貰ったっす。なんでも、グロスナッジの基幹技術に興味があるとか?」

 

「え? ああ……うむ。妾は紛争と災害で荒廃した祖国をグロスナッジの力で再興させたい。その為にシステムの鍵を握る其方を探しておった」

 

「しかし、よく俺を特定できましたね。正体に繋がる情報は結構本気で隠していたんすけど」

 

 ぶっちゃけ、神出鬼没の俺を急襲した件に関してはガチで驚いてるし、警戒もしている。

 

「……やはり、覚えておらんか?」

 

 ゴソゴソと何かを取り出すパイタンさん。

 

「以前、其方は妾の祖国に来た事があるのじゃよ。その際、偶然……落とし物を拾ったのでな」

 

「……っ! 俺の、学生証……!?」

 

 っぶ! あっぶねぇ!! そう言えば、1回再発行した記憶がある!! 他国の諜報機関とかに拾われてたらアウトだったぞ、俺の馬鹿ァ!!

 

「……それはともかく、パイタンさん。君は俺の秘密を知ってしまった。そして、都合の良い事に凹権4段の防御技術に長けた実力者でもある。そこで、俺から提案があるっす」

 

 俺は爽やかな笑顔で言った。

 

「俺のサンドバッ……いや、訓練相手としてアルバイトする気はないっすか? 特別待遇の給与と手厚い福利厚生を保証しますし、パイタンさんの祖国への支援も惜しみませんよ」

 

「ちなみに、断ったらどうなるのじゃ……?」

 

「……え、何だって?」

 

「いきなり難聴系になるでない……!!」

 

「必死ね、余熱」

 

 せやかて、乙歯女さん! 凹権の有段者は貴重なんすよ! 特に俺の官能力を至近距離で浴びてもノコノコ顔を出すような頭の緩いカモ……じゃなくて、ガッツのある人は!!

 

「一度持ち帰って検討したいのじゃが……」

 

「うるせェ!!!!! 逝こう!!!!!!」

 

「わァ……ぁ……」

 

 逃がさん……お前だけは……!

 

 

 

「契約書にサインしたみたいね。あたしは余熱の専属秘書、凸権7段『乙歯女・A・フエラ』。あたしが上で、貴方が下よ。これからよろしく」

 

「7段……! マロウ卿の部下なだけあって精鋭じゃな、オトハメ卿……!」

 

 素直な称賛を受けた乙歯女さんが、持ち前の巨乳(フエラ胸と言うべきか)に手を当てて笑う。

 

「ふふ、肉体よりも精神を痛め付けられるプレイが好きだから、そのつもりで接してくれるかしら。無論、NTR(寝取られ)も可」

 

「……!?」

 

「例えば、そうね……。長年奉仕してきたご主人様の興味をポッと出の女に奪われるシチュエーションなんて、刺激的でファンタスティックじゃない? 想像だけで全身が火照っちゃうくらい」

 

「……!?」

 

 乙歯女さん、一旦ステイ。怒涛の性癖開示を叩き込まれたせいで、パイタンさんの背景に宇宙空間が出現してるっす。

 

 仕方ない。ここは俺がフォローするか。

 

「改めまして、ヨネツっす(ミックスボイス)」

 

「……? ……ホトボリ卿じゃろ?」

 

 終 わ り だ (黒絨毯)

 

 説明しよう。陰キャは初手でスベると挽回できない生き物なのである。

 

「ヨネツっす」

 

「何故、前髪を伸ばす……?」

 

「ヨネツでした」

 

「何故、顔の周りを暗転させ……。って、其方は本当に何でもありじゃの!?」

 

 俺は静かにアイリスアウトした。

 

 さよなら、またいつか。

 

 

 

 

 

 

 眠い。俺は仮面の下でそう考える。

 

「戦いの前に欠伸やと……! アンタ、何処までジブンらを虚仮にしとるん!?」

 

 文句を言いたいのはこっちの方だ。深夜に人の管理地域で不審な動きしやがって。そんなに真夜中が好きなら秒針でも噛んでろ。

 

「用件は?」

 

「知れた事や……! その腕輪……グロスナッジのシステム制御装置をジブンに寄越しい……!」

 

 ロングコートの賊に言われた俺は、普段から大切に携帯している武骨な腕輪に目を向ける。

 

「話にならんな」

 

 どうせ平和利用しかできないように設計してるから奪われても大した問題じゃない。数年あれば改良版も創れる。問題はロングコートの官能力だ。

 

「お前達には失望した」

 

 だって君、弱いもん。

 

「大国で軍事開発に携わっていたエリート研究者。優秀な頭脳の持ち主ならあるいは、と期待して泳がせていたが……思考回路が高性能でも渇望(燃料)が足りなければこの程度か」

 

 上方から飛んでくる弾丸をデコピンで弾き返す。槍を使うまでもない。マジでガン萎え。

 

「ぐっ、どんだけ化け物なん……!?」

 

「どうした? 狙撃手の援護が奥の手か?」

 

 コイツは……性交に飢えた事なんてないんだろうな。女に不自由せずに生きてきた。そんな雰囲気がある。そういうの分かっちゃうよ。エスパーだから。

 

 じゃあなんすか。官能力が強い奴は妄想逞しい童貞処女ばっかりって言うんすか。……ああ、その通り! お前(リア充)(童貞)に(妄想力で)勝てるわけねェだろうがァ!!

 

「ふん、阿呆! かかりよったな! アンタみたいな怪物を1人で相手取るわけないやろ!!」

 

 知ってるっす。金で雇った官能者が大勢控えてる事くらい。

 

「ついに囲んだで! 一斉攻撃や! 殺れ!!」

 

「わざと囲ませた事にも気付かないとは、おめでたい奴だな」

 

 これで騒ぎに起きてきた一般人を巻き込まず、敵だけを一網打尽にできる。あーあ、本気で戦った後は頭痛がするから嫌なんすよね。ま、良いや。寝ちゃえば同じだろ。

 

「ふぁ……。来い。試してやる」

 

 俺はもう1つ大欠伸をして。

 

「全霊で俺を持て成せ」

 

 ──双槍を、抜いた。

 

「凸権【死相罪庫(デッドストック)】」

 

 はーい、お疲れー。対ありでしたー。

 

 

 

 

 

 

 

「相変わらず、スゲェ官能力だ……! 一瞬で全員を黙らせやがった……! あれが【凸権最段】のマロウ……!」

 

「マロウ様、素敵! 最強!!」

 

「おい、こっち来るぞ!」

 

「あ……」

 

 野次馬達は割れるように動き、仮面の男へと道を譲る。示し合わせたわけでもないのに、全員が無意識に姿勢を正した。

 

 

 それは圧倒的格上の生物に対する、本能的な『反射』である。

 

 

 サバンナを闊歩する象に抗議する小動物がいるだろうか。……否。踏まれた方が悪いのだ。

 

「足りない……」

 

 マロウの呟きに野次馬が息を呑む。

 

「全然足りない……」

 

 新時代を支配するグロスナッジの王は夜闇に溶けて消えた。

 

 ただ、一瞬だけ。彼が自分を避けるように広がった人集りに表情を曇らせた事は誰も知らない。

 

「あの人数で不足とは、やっぱり格が違うな」

 

「まさに求道者と呼ぶに相応しい人だ。一体、どれほどの高みを目指しているのやら……」

 

 世界の守護者。新時代の覇王。平和の象徴。人類最強。【凸権最段】マロウ。

 

 人々は崇拝の感情を込めて、彼の素顔を妄想するのだった。

 

 

 

 

 

 

「俺はただ普通に人と触れ合って、普通に性交がしたかっただけなのになぁ……」

 

 余熱芯はベッドに潜り込み、模範的な就寝姿勢で目を瞑る。彼にとって寝相の悪さは冗談で片付けられる話ではない。誰も傷付ける事がないよう、徹底的に矯正してきた。

 

「何が足りないんすかね……? 乙歯女さんの凸権がもう少し成長すれば……。いや、伸び代ならパイタンさんの方もなかなか……」

 

 希望的観測を口にしながら意識を手放す。

 

 

「尊敬も称号も要らないからさぁ……誰か俺を抱き締めてくれよ……」

 

 

 これは規格外の才能を授かった青年が、最高の(性交)に辿り着くまでの物語。

 

 

 

 

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