失恋した元神童は実質バトルファ●ク世界でまたやらかす 作:匿名
コキーユ回です。
皆の者、ごきげんよう。
ヨネツ卿の専属シェフ兼【冥護窮理】見習い『コキーユ・パイタン』じゃ。
この度、めでたく『凹権5段』に認定された。ありがたい話ではあるが、ヨネツ卿との手合わせで瞬殺され続けている妾としては、イマイチ強くなった実感がない。
今更じゃが、殿方の前で毎日はしたない喘ぎ声を上げているのは、年若い娘としてどうなのじゃろう。鉄面皮のオトハメ卿から声を我慢するコツを伝授して貰いたいものじゃな。
「余熱はいる?」
噂をすれば、凸権7段の『乙歯女・A・フエラ』卿とばったり顔を合わせた。オーロラの刺青が特徴的な黒髪の美しい女性じゃ。しかし、今は何やら慌てている様子。
「忙しそうじゃのう」
「今日はずっと各国支部からのトラブル報告が絶えないのよ。冥護窮理が総出で対処してるけど……それでも手が足りないわ」
「ああ、なるほど。そういう事じゃったか」
妾はポンと手を打って納得する。
「ヨネツ卿なら『聴かせてやるよ、
「あの馬鹿……トラブルの発生原因を探るつもりね。総大将なんだからドンと構えてれば良いのに、変なところで真面目というか……」
「そう言えば、普段の言動で忘れがちじゃが、ヨネツ卿は頭も良いのじゃよな」
「あまり期待しない方が身の為よ。余熱の場合、生まれ持った脳の処理能力が桁違いなの。彼が常人に自分の思考過程を説明しようとしたら、日が暮れてしまうわ」
「それは何とも不便な……」
天才的な頭脳を有していても、同じ目線で話し合える者がいなくては発展性がない。規格外の孤高。……少し可哀想じゃのう。本人はあんなに人と触れ合いたがっておるのに。
「あたしから見ると、余熱は『スペックの高すぎる凡人』なのよね。不器用で要領も悪い癖に天性の才覚だけで勝ち続け、彼自身が望まなくても崇め奉られる」
オトハメ卿が前髪を弄る。
「……雑談は別の機会にしましょう。パイタン。急で悪いけど、貴方も作業を手伝って頂戴。何が起こってるのか突き止めるまで外は危険だから、現場まで送り届けるわ」
「う、うむ! 尽力しよう!」
「良い返事ね」
彼女は妾の頭を撫で……そのままクレーンゲームのように掴んで、窓からポイと投げ落とした。
「ヴェ……!? こ、ここ、最上階……!!」
「そうね。階段を降りる時間が勿体ないでしょ」
黒の麗人が垂直な壁を駆け、妾を追い越す。
「凸権【
具象化された人間サイズのクラゲに妾の足が沈み、トランポリンのように跳ねた。シャーンと小気味良い音が鳴る。まるで楽器だ。
「あたしの凸権の効果は『吸収』よ。触手を使ってエネルギーを奪い、任意のタイミングで解放できる。例えば、こんな風に……」
オトハメ卿が妾をお姫様抱っこしつつ、背後に浮かんだクラゲの傘を踵で叩く。
「移動にも使えるの。──"
暴風が吹き荒れる。……いや、恐らく妾の方が高速で空を飛んでいるのじゃ。
「あばばば……! とてつもない速さ……! 空中で他の飛行能力持ちとぶつかったりせんじゃろうな!?」
「このコースは誰も飛んでないわ。わざわざ確認しなくても、音を聴けば分かるじゃない」
「何じゃ、その特殊技能!?」
「秘書の嗜みよ」
◆
「第8支部から連絡です! 複数地域のショッピングモールで対人地雷が発見されました!」
「37支部! 市街地で銃撃戦が発生! 救援を要請しています!!」
「ちっ、また爆発かよ! ふざけやがって! グロスナッジの影響下じゃなかったら、3桁は死んでるぞ!!」
「バスが飛ぶわけ……飛んだぁぁぁぁぁぁ!?」
「窓割れてね?」
阿鼻叫喚の通信室。
治安維持組織【冥護窮理】の各国支部は大変な事になっておるようじゃ。集まった情報を捌く本部職員の面々は疲労困憊という言葉がよく似合う。
それでも士気を維持できているのは、ヨネツ卿の求心力の高さ故かのう。
「うむ、承った。担当者に伝えておこう」
妾はと問われれば、通信を受け取り内容をカタカタと記録して担当者に送信……という単調な作業を機械のように繰り返しておった。
オトハメ卿が去ってから、かれこれ数時間ほど。そろそろ声が掠れてきたのじゃ。元々、反復作業が苦にならん性格ではあるが、こうも進展がないと……。
「緊急警報! 緊急警報! 巨大爆撃機が空を覆っていると!」
「今度は何処だ!? 北か、南か……!?」
「ち、違います……!」
突然の轟音。建物がグラグラと揺れる。
「ここ……ラルヴァンダド盆地です!!」
通信室が俄に熱気を増した。
「アルナルトス様、至急応援を……! 駄目だ! ホルミスダス山脈とは繋がらん!!」
「いや、待て! グシュナサファ環礁の混乱が解決したらしい! 凹権9段……ミセス・メドレーが来る!!」
「っしゃあ! 死んでも時間を稼ぐぞ! 5段以上の官能者は出撃準備! 俺達で前線を立て直す! 良いな!!」
事務処理をしていた者達の一部が『フー』『っし』『……マロウ様』と首の骨を鳴らしながら立ち上がる。
「あ、5段以上って事は、妾も……?」
遅れて気付いた。正式な職員ではないので微妙なところじゃが、どうなんじゃろうか。とりあえず、外が気になるので付いて行ってみるとしよう。
「隊長! 女の子が1人遅れて来ました!」
「とんでもねぇ……待ってたんだ。話は聞いてるぜ、コキーユ・パイタン。祖国の復興の為に頑張ってる健気な嬢ちゃんだってな。燃えるじゃねぇの。その実力、頼りにしてるぜ」
「お、応! 任せるのじゃ!」
隊長と呼ばれたアフロの男性が両手を広げる。
「爆撃機は凸権のオレ達が墜とす! 凹権持ちは地上の被害を防げ!!」
「「
ズドン、と隊長の頭が噴火した。
「凸権【
炎は見る見るうちに膨れ上がり、上空の巨大爆撃機を完全に包む。他の職員達も次々と官能力を放ち始めた。
(凄まじいの……! あれだけ距離があるのに全員が軽々と攻撃を届かせておる……! 流石、本部所属の官能者は別格なのじゃな……!)
これならもしや、救援が来る前に片付いてしまうのでは……。
「やったか!?」
しかし、煙が晴れた後に出てきたのは無傷の機体だった。
「ダニィ!?」
「馬鹿な……硬すぎる……!!」
「嘘……だろ……!? 対空火力に優れた隊長の官能力だぞ……!?」
「不味いな……」
隊長が冷や汗を流す。
「来るぜ、反撃……!!」
爆撃が都市に降り注ぐ。閃光と爆発の連鎖。その破滅の輝きはいっそ、芸術的ですらあった。
「……っ! 凹権【
「ぐぬぁ……無理です、隊長! 範囲と火力が絶大すぎて、我々では防ぎ切れません!!」
「住民は地下シェルターに避難させた! 無人の建物が崩れるくらいは構わねぇ!」
そう。確かにグロスナッジの影響下で『人間は傷を負わない』。物理攻撃は自動的に無効化され、官能力による攻撃は快感に変換される。
逆に言うと、それ以外の物体は官能力で破壊され得るのだ。
「1秒でも長く保たせてくれ! その間にあの人が……!!」
高層ビルの柱が融け、呆気なく倒壊する。公園の噴水が蒸発し、樹木が延焼する。ジオラマを使った特撮か、合成映像を見ている気分だった。
「限界です、隊長!!」
「畜生……! こっちからも攻撃を続けてるってのに、ビクともしやがらねぇ……! 何十発かは空中で誘爆できたが……。もっと官能力の消費を抑えて、迎撃に使うべきだったな……」
肩で息をする隊長。彼の判断を責める事はできない。カウンター攻撃に弱い凸権官能者には、初撃で勝負を決めたがる本能があるのだ。
「だが……役目は果たしたぜ……!」
「そうね。褒めてあげる」
顔を黒いベールで隠した喪服の女性が、戦場に舞い降りる。
「上出来よ」
凹権9段『ミセス・メドレー』。
──参戦。
◆
妾が最初に覚えたのは既視感じゃった。
「あれが、凹権9段……?」
(身長も声も違う……。されど、この気配……)
「凹権【
ミセス・メドレーが指揮者のように大きく腕を振ると、半透明な生物群が具現化される。
流氷の天使、クリオネに酷似した巨大生物。1対の翼のような足をパタパタと羽ばたかせる天使達は空を泳いで散開していった。
「踊りなさい。──"円舞曲"」
クリオネの頭部が割れ、
「爆撃が、止んだじゃと……?」
まるで、ミセス・メドレーの音楽に聴き惚れたかのように、絶望が終息していく。
「官能力には必ず使い手の『意思』が宿ってるわ。あたしの奏でる
彼女の手が爆撃機を指差した。
「返すわ。喜びなさい。"譚詩曲"」
曲調が変わる。クリオネの触手が不発に終わった爆弾を絡め取り、一斉に爆撃機へと突っ込んでいく。それらは激しい爆発を巻き起こし、空を覆う機体に穴を空けた。
「打ち上げ花火みたいで綺麗ね」
ミセス・メドレーが新たなクリオネを虚空から補充する。官能力の底が知れない。
「自分自身の攻撃力に耐えられないのが、凸権の弱点。だから、あたしは『凸権殺し』って呼ばれてるのよ」
(強い……! じゃが、同時に確信できた。この者はやはり……オトハメ卿に相違ない)
凸権と凹権を両方使える人間。そんな存在が理論的にあり得るのかは分からない。
だが、他人の空似ではないだろう。彼女からは『乙歯女・A・フエラ』と同じ匂いがする。料理人である妾の鼻は誤魔化せない。
「……後で事情は説明するから、今気付いた事は黙ってなさい」
小声で囁かれる。妾の視線で察したのか、あるいは何らかの『音』から判断したのか。いずれにしろ、妾の返事は1つだ。
「うむ、承知した」
「ありがとう。んっ、んっ……じゃあ、面倒だけど、そろそろ本番を始めようかしら」
彼女はクリオネを拡声器代わりに使って、声を広範囲に響かせる。
「さっさと出てきなさい、アルナルトス。あたしを倒さないと余熱には辿り着けないわよ」
「……流石にもう言い訳できないか。まあ、どっちにしろ、厄介な君は先に片付けるつもりだったけど」
軍服のマントを翻しながら、金髪糸目の美青年が白い歯を見せて笑う。
彼が立っているのは更地と化した爆心地。……をぎっしりと埋め尽くす、何十段にも重ねられた大量の砲塔の上だった。
「凹権9段ともなると、もはや不死身に近いからね。最高火力で葬ってあげるよ」
「……パイタン。冥護窮理の連中と一緒に、地下シェルターの避難民をできるだけ遠くまで逃がして。準備を整えたアルナルトスが相手なら、この都市に安全な場所なんてない」
隊長や職員達は既に動き出しておる。妾はオトハメ卿の手を祈るように握った。
「武運を祈る。『後で』事情を説明してくれるのじゃろ? 約束を破ったら飯抜きじゃぞ」
フェイスベールの向こう側で、彼女がくすりと笑ったような気がする。
「ふふ、格下に心配されるなんてね」
「オトハメ卿……」
「フエラで良いわ、コキーユ。他国出身だと発音しにくいでしょう。それに……あたし、嫌いなの」
愛撫されるような甘い感覚が肌を刺した。
「名字で呼ばれるの」
フエラ卿の官能力が溢れ始めている。妾は一度頷いてから、振り返らずに走り去った。
◆
「隊長! 最終チェック問題なし、なのじゃ! 退避完了! 後は妾達が脱出すれば終わりじゃぞ!」
遠方への避難がスムーズに進行してくれたのは、やはり移民の街だからだろう。ここに流れ着く者達の多くは戦災孤児や被災地域出身者、もしくは野心を持つ若者達だ。
総じて危機に対する反応が早く、有事の際の対応にも手慣れている。良くも悪くも自立心の強い人間達なのだ。
「ああ、ご苦労。色々と助かったぜ、嬢ちゃん。今のうちに脱出してくれ」
「た、隊長はどうするつもりなのじゃ……?」
「当然、俺達はミセス・メドレーの加勢に向かう! あの2人の実力は拮抗してるが、事前準備の差で凸権9段がやや有利な状態だ。致命打を受ける前に助けに行くしかねぇ!」
拳を突き上げるアフロの隊長に、職員達が首肯を返す。決意の表情が眩しい。
妾は彼ら1人1人の顔をゆっくりと見回し、胸の前で手を組んで言った。
「それは少々、困るのう。凹権【
「は、ぇ……?」
昏倒した隊長の白目に、表情が抜け落ちた妾の顔が映っている。
「一番の懸念点はミセス・メドレーの存在じゃった。妾の『幻術』は『対象との付き合いが深いほどに効果が高まる』。会った事のない相手には効かんからのう」
「コキーユちゃん、サンクス~。おかげでスルスル~と侵入成功~。いや~、意外とここって入国審査が厳しいからさ~。げほっ!」
妾の幻術で油断させていたとはいえ、部屋にいた全員を一瞬で気絶させた化け物……『マダム・グユ』が、自身の喀血を修道服の裾で拭う。
「幻術の力ってすご~♪」
「妾に言わせれば、己の肉体に作用する凹権だけでそこまで強い其方の方が、よっぽど不思議じゃがな」
「これぞ武術の真髄ってヤツじゃんね~? あ~しにも原理はよく分からんけど~」
「せめて、其方自身は把握しておくべきじゃろ」
あまり興味のない雑談に付き合いつつ、倒れた人達を拘束していく。
「アルナちゃんは、大丈夫そ~?」
「妾にでき得る限りのサポートはしておる。この都市全域に幻術を張ってな。フエラ卿が戦闘不能になるまで、マロウ卿が戻ってくる事はない」
「ふ~ん。ところでさ~」
グユ卿が妾の頬をツンツンしてくる。
「目の前で人が血を吐いたら心配するのが『普通』なんだけどな~、コキーユちゃ~ん?」
「……グユ卿、大事ないか」
「遅いし、声が平坦~。でも、前よりかは感情が込もってきたっぽい~?」
「精進しよう」
妾は主に向けて頭を下げた。
「ま~ま~、リラックスしてこ~。人生、焦って上手く行く事なんてないんだから~♪」
「バツイチは言う事が違うの」
「……君、本当に感情ないんだよね~? あ~しに毒吐く時だけ、切れ味鋭くな~い?」
◆
この世に生まれ落ちた瞬間から、私には感情というモノが欠如していた。
そして、その事をずっと『長所』だと思っていた。人間社会のトラブルはいつも感情に起因するからだ。
自己組織化、という言葉がある。
例えば、一般的な雪の結晶は中心から6方向に均一な枝が伸びたような形をしている。これは考えてみればおかしな話だ。
結晶の元となる水蒸気の1粒1粒に意思はない。俯瞰して指示を出す監督もいない。全部が一方向に偏る可能性も充分にあるはずだ。
だが、彼らは滅多に失敗しない。意思と感情が判断を邪魔しないからこそ、最適解に辿り着く。自己組織化とはそういう自然現象を指す用語であり、私の生き方を端的に表せる言葉でもあった。
私にはむしろ、意味のないこだわりを持つ大多数の人間が理解できない。できなかった。
運命と出会う、あの日までは。
「うちの娘に何をするつもりだ!」
「だから、脳波検査だと言っているだろう」
幾何学模様の描かれた不気味な仮面の男性が、私の父親と話している。
「俺は科学者兼神秘学者のマロウだ。金なら出す。今は少しでも多くの脳に関するデータが欲しいのでな。変わった傾向を持つ人間には片っ端から接触している」
「失礼な! うちの子は変わってなどいない!」
「そうだな。何処も、一欠片も、おかしなところがない。……それが特級の異常だと何故分からない? これだから、凡人は……」
「異常者はお前だ! 帰れ!!」
私は静かに席を立った。私の本質に迫るこの男性は危険因子でしかない。真っ当な感情が備わっていれば奇天烈な人物に興味を抱いたかもしれないが、私は合理的な判断に基づいて距離を置いた。
庭の花壇に水を撒き、洗濯物を干す。こうした家事の手伝いを『偉いね』『良い子』と近所の人達に褒められるが、あまり意味は分からない。
彼らは仕事を終えた後の洗濯機にも同じ事を言うのだろうか。感情を抱けない私はそれと同列の存在でしかないというのに。
「偉いっすね」
背中に声がかかる。私はこれまでの人生で学習した表情から、最適なモノを顔に貼り付けた。
「ありがとうございます。えへへ……少しでも疲れてるお父さんの役に立ちたくて……」
「あ、答えてくれるんすね」
緑髪の少年は驚いた顔をする。
「洗濯機に話しかける感覚だったんすけど」
「……ぇ」
その時。私は人生で初めて、意図しない声を発してしまった。
「あちゃあ、不味ったなぁ。極端に感情の薄い人間がどう思考するか、何万通りもシミュレーションしてきたんすけど……。まあ、これがフィールドワークの醍醐味っすか」
「あの……」
「おっ、表情の変化はそういう基準で選んでるんすね。微妙に対応力が低いのは学習元の少なさが原因か……。ああ、いや、そっか! 感情がないと精度を上げる努力もしないのか! 面白!」
少年は手に持った武骨な腕輪を叩き、1人でツボに入ったように笑い始める。
怖い。
(……? 怖い……? 何が? 彼の奇行が?)
いや、違う。矛盾しているようだが……非合理な感情を持ち合わせない私は、目を逸らす事なく『非合理な感情』を認めた。
私は、私というシステムの不完全性を暴かれる事が、どうしようもなく怖いのだ。
それは感情よりも先にある、思考と生存本能が導き出す未来への懸念。知的生命体の不安。
もしも、昨日まで利用していた餌場が、今日無くなっていたら。今日まで動いていた手足が、明日の朝起きた時に折れていたら。
今まで正解だと信じてきた生き方が、何らかの欠陥によって崩れてしまったら。
「いやー、羨ましいなー。俺も感情が無かったら失敗せずに済んだんすかね。んー、その場合は初恋もしなかっただろうから、やっぱ意味ねぇっす! 壮大に何も始まらない!!」
私は……その場から逃げた。
「あっ、予想外の行動! これは調べ甲斐があるっす! まるで、海で綺麗な貝殻を拾った時のようなワクワ……って、しまった!」
逃げる。逃げる。逃げる。
「飛行機の予約時間だ! 急いで致死量の鎮静剤を打たないと……! 今度こそパイロットさんを気絶させないように頑張るぞい!」
感情のままに走る。自分がこんなに足が速かったなんて、初めて知った。
「最後に1つアドバイスっす! 今後も人間のフリして生きるなら、喋り方でキャラ付けすると楽っすよ! じゃ、ばいばいきーん!!」
途中まで楽々と並走してきた緑髪の少年が去っていくと、私は地面にへたり込んだ。
「何、これ……。演技してないのに、手が、こんなに震えて……!」
あれが、本物。真なる世界の特異点。あれと比べたら、私は全然正常だ。……悔しいくらいに。
「マロウ……! いや、ヨネツ・シン……!」
咄嗟にポケットから抜き取った学生証を握り締め、私は生まれて初めて。
「最高、じゃ……!」
──笑った。