失恋した元神童は実質バトルファ●ク世界でまたやらかす   作:匿名

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第四話

 

 

「ずっとこうしたかったわ、芯……♡」

 

 俺の腰に馬乗りになった乙歯女さんが、情熱的な瞳を向けてくる。

 

「お、俺もっす……! 乙歯女さん……!」

 

 恐る恐る、彼女の背中に手を回した。夢にまで見た女体の感触。

 

「恋人なのに名前で呼んでくれないの?」

 

「ふ、フエラ……」

 

「もう、そんな真っ直ぐ見られると恥ずかしいわ。……芯だけだからね。こんなところまで見せるのは……」

 

 ん!! がわいいん!! しゅきいい!!

 

 えっ、マジで良いんですか!? 初体験が俺に対する好感度マックス状態の甘々クール美人なんて!! おい、あんまワクワクさせんなよ!!

 

 神様、仏様、ゴールドタイガー様、あざっす! これまでの苦労はこの時に向けての乱数調整だったんすね!? ついに我慢が報われ莫大な愛を得る!!

 

 パイタンさん、聴こえるか? 黄金郷は空にあったんだ!!(支離滅裂な思考・発言)

 

「す、好きにして良いから。芯……あたしを……だ、抱いてください……♡」 

 

 始まったな、世界。

 

「痛かったら直ぐに言って欲しいっす」

 

「きゃ……!」

 

 俺はフエラさんと指を絡めながら、体勢を逆転させる。押し倒された彼女は『・A・』←こんな感じの顔で目を見開いた。

 

「乱暴ですんません」

 

「……もっと乱暴にされたいって言ったら、あたしの事、軽蔑する……?」

 

 彼女の唇から熱い吐息が漏れる。何を求めているかは直感的に分かった。

 

「その言い方は反則だろ……!」

 

 キス。俺は今から、フエラさんとキスをする。

 

 何かこう……物凄く激しいヤツを。いや、初回からねちっこいと嫌がられるだろうか。舌先を絡めるくらいがロマンチックかもしれない。

 

 だが、少なくとも、無防備に俺を誘う彼女の様子からは『何をされても受け入れる』という信頼が感じ取れた。

 

「芯……♡ 焦らさないで、早くぅ……♡」

 

 飢えた獣が目を覚ます。俺はやるぜ、俺はやるぜ。そうか、やるのか。やるならやらねば。

 

 見せてやる! これが神童と呼ばれた余熱芯の妄想イメトレで鍛えた舌テクだ! LESSON5はこの為に……!!

 

「ふぁ……♡ ん……っ♡ 激し……っ♡」

 

 

 

 

 

 

「また幻術なのか……!?」

 

 わっふるわっふる。 

 

 どうも、出張したら自分の家に帰れなくて詰んだ詰んだ系官能者、余熱芯っす。

 

「幻なのは薄々気付いてたけど、せめてキスは最後までさせろっす……! てか、その先のイチャイチャ恋人生活シナリオも用意しろ……! ぶち殺すぞ、ゴミめら……!」

 

 俺は割りとガチでキレていた。勿論、一連の事件を引き起こした悪党に対する義憤であり、別に『続きは有料サイトで♡』商法に思うところは……やっぱり殺す(豹変)。

 

 人の! コンプレックスを! 嘲笑うような真似しやがって! これが人間のやる事かよぉぉぉぉ!! 幸せな夢を見せる系の敵として、あまりにも性格が悪すぎる。

 

 マジ許せねぇな、幻術使い。うちのパイタンさんの優しさを見倣って、どうぞ。

 

「うーむ、それにしても、どうしたもんか」

 

 敵の主戦力がラルヴァンダド盆地で俺を待ち構えている事は明白だ。各国を飛び回って暴れる奴を片っ端からシバいた結果として、俺はそう確信している。

 

 道中で特に理由のない9段連中が喧嘩売ってきたせいで、無駄にミスリードされてしまったが……。信じられん馬鹿共だヨ! キュッパ姫とラフポールは1回マジでシメた方が良い。

 

 それはさておき。

 

「フエ……乙歯女さんを助けなければ……!」

 

 俺の脳内は未だに恋人モード乙歯女さんの魅力にやられていた。あれは夢だろって? 馬鹿野郎! 童貞が夢を見て何が悪い!!

 

 実は俺にメロメロの秘書もそうさ! 必ず実在する!! え、セクハラ!? ……それはそう(コンプラ意識を取り戻す音)。

 

「アルナルトスが黒確定な以上、幻術破りに無駄な力を使いたくないな。アイツ、雑に強いし」

 

 強くなかったら、とっくにパーティーから追放してる。死ぬほど不愉快だけど、(俺を除く)【冥護窮理】首席を名乗るだけの実力はある奴だ。オンドゥルルラギッタンディスカー!!

 

「暇だからって都市外に出なきゃ良かった……」

 

 イカれた今日の予定を紹介するぜ! ドラッグストアで頭痛薬を買う! 以上だ!!

 

 部下達が有能なせいで、暇な時は本当に暇なんだよな……。本部を手伝いに行っても、急かしてるみたいになって心苦しいし……。あまりにも立場が偉すぎるとお互いに気を遣うのよ……。

 

 で、皆の邪魔にならないように単独行動してたら敵に出し抜かれた男が帰宅──。

 

「仕方ないっすね。ちょっと本気出すか」

 

 出し惜しんでたわけじゃない。単純に俺は力の制御が下手なのだ。ワンチャン、アルナルトスの絨毯爆撃よりも数段ヤバい事になる。

 

「俺は凸権最段だぞ。俺ならできる、俺ならできる。敵敵無敵ー、無無無敵ー。無敵の男ー」 

 

 俺は今考えた電波ソングを口ずさみながら、そーっと腕輪に手をかけた。

 

「あ、やっぱ無理かも……」

 

 

 

 

 

 

「サディストは打たれ弱いって本当かしらね、ダンプスター(ゴミ箱野郎)

 

「雌奴隷の分際で僕に噛み付かないでくれるかな、ミセス・メドレー」

 

 犬猿の仲の2人は瓦礫の山の上で睨み合う。

 

「凸権【無機戦役(パンジャンドラム)】──"潰れた空き缶"」

 

「凹権【循環吹奏(リトルネッロ)】──"狂詩曲"」

 

 爆炎と音波が衝突し、互いに掻き消した。

 

「相変わらず、悍ましいね。本来の適性である凸権を改造し、無理矢理凹権へと転じさせる冒涜的な行為。それは究極の自己否定だ。普通の人間なら魂が壊れるほどの……」

 

「……ふふ、ええ。とっても気持ち良いわ」

 

 強がりではない。確かに『乙歯女・A・フエラ』は先天的なマゾ気質ではなかったが、最愛の人の為に身を削る行為には充実感を覚えている。

 

「奴隷根性が極まってるね」

 

「何を今更。そもそも、あたし達【冥護窮理】はマロウという絶対的存在を引き立てる捨て駒。彼の為に喜んで死ねる狂信者の集まりでしょ」

 

 主役が到着するまでの時間を稼ぐ潰れ役。凸権最段を崇拝する者達にとって、これほど誇らしい仕事はない。

 

「だから、ご主人様以外に見下ろされるのは我慢できないの」

 

 ダンプスター・アルナルトスを前後から挟むように、クリオネの楽団員が配置される。

 

「空中戦じゃ分が悪すぎるし、そろそろ叩き落とそうかしら。前も後ろも滅茶苦茶にしてあげる」

 

「やってみなよ、色情狂」

 

 アルナルトスが指を鳴らすと、フエラの周囲の地面に擬態していた無数の垂直離着陸機……いわゆるオスプレイが一斉に飛び立つ。

 

「そんなふにゃふにゃオスプレイ、略してふにゃオスであたしを殺せるとでも?」

 

 フエラは余裕のある態度を取りながらも、内心で焦っていた。彼女のような凹権が得意とするのは攻撃後の隙を狙ったカウンター戦術である。

 

 だが、アルナルトスに隙は存在しない。戦況を瞬時に分析し、攻撃から次の攻撃へとシームレスに繋げてくる。常人ならばあって然るべき『集中力の途切れる瞬間』がないのだ。

 

「くっ……! この……!」

 

 フエラの肩の刺青を爆風が掠める。それだけで全身をまさぐられるような快感に襲われた。彼女は反射的に、自分の体を抱くように庇う。

 

「ついに綻びが出たね! 更にもう1発!」

 

「あぁ……っ!」

 

 凹権9段が膝を折った。内股になってビクンと肩を跳ねさせる。

 

「君の凹権は優秀だ。自身に与えられた官能を『調律』しながら反撃を狙う戦い方も完成度が高い。ただ……僕には通用しないよ」

 

「"即興曲"……!」

 

「"冷めた電球"」

 

 アルナルトスの投げた手榴弾がクリオネの群れを消し飛ばした。

 

(どうしてこんなに押されてるの……! 官能力の強度は大差ないはずなのに……!)

 

「覚えておきたまえ。兵士とはあらゆる想定外を想定しておくものだ。戦場の常識とは目まぐるしく移ろうモノだからね。"穴だらけの桶"」

 

 一流の軍人は敵地占領の好機を逃さない。上空に待機させていたUFO群を霰のように降らせ、追撃をかける。

 

「君は完璧を目指す奏者ではあったが、その先を切り拓く兵士ではなかった。最強の兵士としてデザインされた僕には敵わない」

 

「……一々自慢話を挟まないと喋れないの? そういうの、女の子に嫌われるわよ」

 

「構わないよ。むしろ、言い寄ってくる同性が多くて辟易してたところだ」

 

「同……。は? 貴方、まさか……」

 

 フエラが目を見開いた。

 

「だけど、生意気な君が無様に這いつくばる姿には少し興奮したね、ミセス・メドレー。フェイスベールを剥ぎ取って表情を確かめたいくらいだ」

 

「最っ低……」

 

 

 

 

 

 

 全ての発端は幼少期の初恋だった。あの頃の高揚感は何年経っても色褪せず思い出せる。

 

指ノ宮(サシノミヤ)ちゃん。これ、あげるっす!」

 

「……船?」

 

「ボトルシップっすよ。洗った酒瓶の中で潜水艦の模型を組み立てたっす。ほら、ここの塗装とか指ノ宮ちゃんの髪みたいで綺麗じゃないすか?」

 

「芯、黒い物を見る度に同じ事言ってる」

 

 人見知りな少女は長い前髪で目を隠し、照れ隠しにぼそっと呟く。

 

「え、はは……ほら、好きなんすよ、黒!」

 

 指ノ宮(サシノミヤ)不鰓(フエラ)にとって、余熱芯と過ごす時間はいつも輝いていた。言ってる事は難しくて半分も理解できなかったけど、彼の響かせる音はとても聴き心地が良い。

 

 ただ、それなりに親密な自分に対しても他人行儀な喋り方をする事が、フエラは少し気に食わなかった。それが彼の処世術だとしても距離を感じてしまう。

 

「……芯は本当に何でもできて凄い。あたしなんて音楽以外、取り柄がないのに」

 

「そんな事ないっすよ。俺はそれこそ芸術分野が苦手で……。自己表現を楽しむ感性もある意味では才能っす。指ノ宮ちゃんの演奏、俺は大好きっすよ? 一生懸命な姿に元気を貰えるっす!」

 

「元気になるんだ……。えっち……」

 

「そっちの元気じゃねぇよ」

 

 芯の荒く崩れた口調に、フエラは内心でドキドキした。性的な冗談を言うと素の彼を引き出す事ができる。良家の令嬢を天才児(ギフテッド)の集まる特殊学校に入学させた結果として、最悪の学びが発生していた。

 

「ところで、芯」

 

「何すか、指ノ宮ちゃん」

 

「……何でもない」

 

(あたしは下の名前で呼んでるのに……)

 

 頬を膨らませたフエラが靴箱に向かう。何やら周囲が騒がしい。どうせまた、テレビ局の取材だ。もしくは、他クラスの天才児の親が来て騒ぎになってるとか。

 

 才能が遺伝する事は珍しくない。天才子役の親が人気俳優なんてざらな事例だ。たまにそういう保護者が子供を迎えに来て大騒ぎになる。……孤児の芯や親と仲の悪いフエラには関係ない話だった。

 

「危ない!」

 

「きゃっ……!」

 

 突然、誰かに勢いよく突き飛ばされる。人間とは思えない怪力が、フエラの体を枯れ枝のように弾いた。

 

 遅れて、パァンと乾いた音が鼓膜を叩く。それを直接聴いた事はない。だが、それを再現した音はドラマなどでよく耳にする。

 

 それは、銃声だった。

 

「ひゃはは、死ね死ね! 恵まれたガキ共!!」

 

 芯が咄嗟に押さなかったら、銃弾はフエラの肩ではなく心臓を貫いていたかもしれない。

 

「お前が……」

 

 余熱芯の纏う気配が変わる。その場の皆が銃を持った不審者ではなく、いつもヘラヘラと能天気な1人の少年に注目してしまった。

 

「──死ね」

 

 

 

 地面が割れる鈍い音。鉄扉が曲がる不快な音。子供達が泣きじゃくる高い声。腕がグチャグチャに折れた大人の怯えを含んだ呻き声。

 

 違う。うるさい。邪魔。フエラが聴きたいのはそんな音じゃない。流れる血も無視して、大切な人の元に駆け寄る。

 

「芯……!?」

 

 芯は泣いていた。今にも消えてしまいそうな立ち姿に、胸が締め付けられる。

 

「誰か……誰か助けて……!!」

 

(誰か、芯を助けてあげて……!)

 

 縋るように発した声に応える者はいない。当たり前だ。余熱芯は1人で何でもできる。1人で生きていける。助けなんて必要ない。

 

 だったら。

 

(誰も救わないなら……あたしが……!)

 

 少女の人生において、最も固い決意。しかし、伸ばした手を拒否するように、芯はフエラに背を向けた。

 

(待って……!)

 

 慌てて追いかける。外に出る為に靴箱を乱暴に開け……彼女は丁寧に置かれた手紙を見付けた。

 

 ──とある少年の想いが綴られた、恋文を。

 

 

 

 

 

 

 えー、今日の反逆者、全員破門です。……ここはお前が来て良い場所じゃないって分かってるよな?

 

 どうも、幻術を脳筋ゴリ押し戦法で突破した余熱芯っす。力こそパワー。

 

「あの子もまだまだ詰めが甘いね~」

 

 そんな俺は今、修道服の女性に絡まれていた。

 

「うぇ~い。リラックス、リラックス~♪」

 

「敵、で良いんだな?」

 

「そうとも言えるし、そうでないとも言える~」

 

「凸権【死相罪庫(デッドストック)】──"1984"」

 

 掌から熱線を放ってみるが、修道女は両手で掬うようにビームの軌道を逸らす。

 

「なるほど、達人というヤツか」

 

「いえ~す。あ~しは住所不定無職の武術家『マダム・グユ』~。研ぎ澄ませた反射神経と自然体の脱力であらゆる攻撃を受け流すのが、流派『リラックス流』の真髄じゃんね~」

 

 脊髄反射で決めたような流派名だな。

 

「そうか、マダム・グユ。道を譲る気は?」 

 

「通りたければ倒してみ~。もち、あ~しは抵抗するよ~。拳で~。凹権【武刃遅滞(ノーマンズエリア)】」 

 

 グユは残像が見えるような素早いフットワークで左右に跳ねる。俺が槍を突き出すと回転蹴りで弾かれた。

 

(グユに近付くにつれて、官能力の制御が乱れていく感覚があるっす。彼女を中心に世界が歪んでるみたいな……?)

 

「厄介な力だ。アルナルトスが足止め役に配置した理由はその凹権か」

 

 君、マジで何者? 黒縄とか持ってる?

 

「そ~。当たらなければどうという事はな~い」

 

 突いても、斬っても、突進しても、反則的な反射神経と凹権で全ての攻撃が捌かれる。

 

(ああ、うぜぇ! 絶妙に嫌な位置取りでチョロチョロ邪魔しやがって! 反撃してくる気配もないのが余計にムカつくっす!)

 

「……相性が最悪だな」

 

 俺の【死相罪庫(デッドストック)】は万物を変質させる凸権だ。熱く、冷たく、硬く、軟らかく、明るく、暗く……。燃える氷から冬に咲く奇跡の桜まで、大体何でも創れる。

 

 ただし、自分自身は能力の対象に指定できない。つまり、俺の体質改善には全く役に立たない凸権なわけだ。ゴミミーミ・ミーミミ。

 

 あと、変化の方向性をわざわざ番号で管理している事からも分かるように、扱いを間違えると周囲に甚大な被害を与える小回りの利かない力でもあった。

 

 よって、官能力のコントロールを乱してくるマダム・グユは俺の天敵と言える。彼女に近付きすぎると暴発の危険がある為、常に一定の距離を保たなくてはならない。

 

 時間をかければ凹権の干渉パターンを分析して倒せるだろうが、今はその時間が惜しいんだよな。

 

「諦めて一休みしていこ~? そっちの方がアドだよ~」

 

「アルナルトスめ。相変わらず、他人の嫌がる作戦を考えさせたら一級品だ」

 

「リラックス、リラックス~。カリカリするのは、アド損~♪」

 

 アドアド、うっせぇわ! これで勝ったと思うなよ、似非シスター! ネットリ絡み付いてくる不気味な官能力しやがって!!

 

(ん、ネットリ……?)

 

 あ、なんだ。これでいけるじゃん。

 

 

 

「ちっ……」

 

 俺は諦めたように舌打ちしながら、槍を地面に突き刺した。

 

「お~、説得成功~?」

 

 目を閉じて耳を澄ます。アルナルトスの凸権が起こす爆発の間隔が段々と短くなっていた。向こうの戦いはクライマックスが近い。

 

(乙歯女さんが勝つのは厳しいか)

 

 彼女の献身に対して、罪悪感がないと言えば嘘になる。

 

 ミセス・メドレーと名乗り、グロスナッジの中心地に飛び込んできた『乙歯女・A・フエラ』。そんな彼女を冥護窮理にスカウトしたのは、単純に実力のみを評価しての事だ。

 

 だが、その後。わざわざ俺の正体を明かしてまで特例的な側近に据えたのは、少なからず未練によるものだと認めざるを得ない。

 

 

 乙歯女さんは初恋の女の子に似ているのだ。

 

 

 髪型も声も喋り方も名字も全部違うのに。平和な島国に住んでるはずの彼女が、まだ知名度も低い初期のグロスナッジに参加してたわけがないのに。何故かそう思えてならない。

 

(赤の他人と重ねてるなんてバレたら、乙歯女さんの忠誠心も一瞬で冷めるだろうなぁ。ほぼほぼ俺の妄想で実際の共通点は名前くらいだし……いや、馬鹿か。もし素性を偽りたいなら特徴的な名前こそ真っ先に変えるだろ)

 

 まあ、とにかく乙歯女さんには色々と不義理を働いている。だから、せめて……彼女の信じる『最強のマロウ』としての姿(ロール)くらいは貫いてやらないとな。

 

「試してやる。──"0250"」

 

「今度は何するつもり~?」

 

 マダム・グユが地面を蹴って走り出す。……事ができずに前のめりにガクンとよろけた。

 

「あぎゃ~! 足がズブズブ沈む~!」

 

 官能者は物理攻撃でダメージを負わない。だから、官能力による直接攻撃のみに意識が向きがちになる。そんな死角を突く一手。

 

「マダム・グユ。お前の凹権は強力な反面、効果範囲が極端に狭い」

 

「ちょ、待~……!」

 

 俺の投げた槍をグユが弾き、体が更に深く沈む。底無し沼と化した地面の中では、彼女が激しく暴れるほど逆効果だった。

 

「官能者にも『生き埋め』は有効だ。暫く動きを封じられるなら、凸権で直接倒す必要もないな」

 

「あっちゃ~、迂闊迂闊~。げほっ……!」

 

 連続攻撃を防ぐ間に肩まで沈んだグユが、口から血を吐き出す。

 

「……持病か?」

 

 グロスナッジは外傷を無効化するが、先天的な疾患はどうしようもない。

 

「正解~。あ~しの全力戦闘モードは時間制限付き~。でも、それで充分じゃな~い?」

 

「……!」

 

「こっちがリラックスしてる間に、あっちの決着もついたみたいじゃんね~♪」

 

 不味いな。乙歯女さんの官能力が……消えた。

 

 

 

 

 

 

 官能者の勝負は単なる技の撃ち合いではない。

 

 むしろ、相手の攻撃を防ぎ切れなくなった後こそがグロスナッジの本番と言えた。

 

「……海中。これが君の精神世界かな?」

 

 フエラの内面。心の中に何かが入ってくる。

 

 鉄錆と硝煙の匂いを纏ったアルナルトスの思念が、まるで傷口から侵入する病原菌のようにジワリと染み込んできた。

 

「やはり素晴らしいよ、グロスナッジは。敗者の尊厳を徹底的に踏み躙り、心の奥底まで支配する事ができる。闘争は終わらせ方が最も肝心だ。このシステムの開発者はよく分かってるね」

 

「何も知らない貴方がグロスナッジを語らないで。これは相互理解の為のシステムなの。他人を傷付ける道具じゃない……!」

 

「あはは、何も知らないのは君の方だよ。僕ほどグロスナッジの設計思想を理解してる人間はいない」

 

 海中が爆発する。フエラの意識にチカチカと火花が散った。

 

「ふーっ、ふーっ……!」

 

「効くだろう? 人は快楽に抗えない。鋼の理性を持っていても本能がそれを求めてしまう。どれだけ文明で着飾ろうとも、一皮剥けば愚かな獣に過ぎないのさ」

 

 フエラが内包するイメージ……無数の透き通った生物群がアルナルトスという異物を感知し、追い出そうと音波をぶつける。 

 

「暴力も同じだ。他人を力で否定したいという衝動は永遠になくならない。グロスナッジは戦争の表面的な形を変えただけだよ。凸権【無機戦役(パンジャンドラム)】──"千切れた靴紐"」

 

 現実世界で凸権によるダメージを受ける度に、アルナルトスの思念がフエラの中で存在感を増していた。蛇のように太い針金がゼリー状のクリオネを絞め殺す。

 

「ぃ、ぁ……っ!」

 

「君の心を折って証明してあげよう。圧倒的な暴力を前にして、信念というモノが如何に無力か」

 

 アルナルトスの容赦ない責めに、精神世界が強制的に開かれていく。

 

「流石、日頃からマロウの調教を受けてるだけあって、一筋縄では堕ちないね。……だけど、ついに見付けたよ。君の一番弱いところ」

 

 どんな人間の意識にも核と呼べる部分がある。理性を保つ最後の砦。人格を縫い付ける楔。フエラをフエラたらしめる機密情報。

 

 それを侵食される事は生殺与奪を握られる事と同義だ。

 

「僕の奴隷になれ、ミセス・メドレー!」

 

 フエラの心を支える核は潜水艦のような形をした1体の鯨だった。泳いで逃げる鯨の背中に、アルナルトスの砲撃が直撃する。

 

「良い眺めだ。堪らないね、この征服感。他人の大切なモノをズタズタにしてゴミ同然に貶めてやる時、僕は最高に生きてるって感じるんだ」

 

「この、げしゅ……!」

 

 フエラの思考がぼやける。呂律が回らない。 

 

(嫌……! 芯以外で感じたくない……!)

 

 フエラは自由人な言動に反して、一途で貞操観念が強かった。心の柔らかい部分を熱した鉄で滅茶苦茶に掻き回されても尚、1人の事だけを想う。

 

 

 

(……彼は、あたしを頼ってくれなかった)

 

 きっと、あの日のフエラでは余熱芯と釣り合わなかった。

 

 だから、彼女は生まれ変わった。成長期の急激な変化に加え、肩の銃創をオーロラの刺青で塗り潰し、髪型・名前・声……全てを偽って別人に成りきる。

 

 そして、グロスナッジの中心地で己の有用性をアピールし、成長した余熱芯の側近に抜擢された。

 

 芯はフエラが初恋の少女だと気付いていない。当然だ。グロスナッジの王『マロウ』の正体が芯だと気付いたのは、フエラが『消えた神童』の足跡を偏執的に追っていたからである。それを知らなければ、理屈が繋がらない。

 

(彼みたいな天才には……なれない)

 

 熱に浮かされたようにくらくらする。意地以上の何かがフエラを動かしていた。

 

(せめて、理解したいの。彼の気持ちを受け止めてあげたいの。もっともっと強くなって……あの日の告白に、胸を張って返事ができるくらいに……!)

 

「凹権【循環吹奏(リトルネッロ)】──"幻想曲"……!!」

 

「いい加減、無駄だって分からないのかい? 今の君の演奏には、もうほとんど官能力が込められていない」

 

 トドメの一撃。次がフエラの最後になるだろう。

 

「君の献身は報われないよ。マロウと対等になれる人間なんていない」

 

(知ってるわ。……でも、惚れちゃったら仕方ないじゃない)

 

「だから……そろそろ、折れろ!!」

 

「……ぁ」

 

 フエラはフェイスベールの下で優しく微笑んだ。

 

「ねえ、アルナルトス……。少しは芸術も学んだ方が良いわよ」

 

「……何?」

 

(周到な貴方の事だから、あたしを倒すのにかける時間も決めてたんでしょ? 芯が到着するまでのパターンを色々想定して……)

 

 音楽は不思議だ。人間は無意識にリズムに乗ってしまう。背景音楽のテンポが徐々に変わると体感時間が狂う事もある。

 

『指ノ宮ちゃんの演奏、俺は大好きっすよ?』

 

(官能力なんて込もってなくても、あたしの演奏は人の心を動かせるの)

 

主役()が来たわ」

 

「……! 馬鹿な、まだ時間は……!」

 

 

「──よくやった、ミセス・メドレー」

 

 

 戦慄。アルナルトスの主意識が現実世界に引き戻された。

 

「"割れたチョーク"……っ!!」

 

 粉塵が前方の空間を満たし、爆発的に燃焼する。戦闘に最適化された頭脳が出力した、人間には回避不可能な不意打ちの先制攻撃。

 

「こんな感じか? マダム・グユの体術は」

 

 ──ならば、それは人間ではないのだろう。

 

「遅れてすまない」

 

「ふふ、今度何か奢りなさい」

 

 フエラの唇がマロウの掌にそっと近付く。 

 

「アレを使うなら、必要でしょ? しっかり『調律』してあげる」

 

 キス。他人に触れる事を恐れる彼に対して、フエラは躊躇なく自分から身を捧げた。

 

「……♡」 

 

 意識が飛ぶ。彼女はダンプスター・アルナルトスの兵器ではなく、マロウから迸る官能力によって気絶した。

 

「満点だ。お前ほど誇り高い女性はそういない」

 

 凸権最段は大切な人を守る為に、大切な人から手を離す。これまでの人生で、ずっとそうしてきたように。

 

「身内には甘いんだね。ミセス・メドレーの奮闘は所詮、凡人の背伸びだろう? 異次元の天才である君や、【S文書】を元に人間兵器として完成した僕とは視座が違う」

 

 幾何学模様の仮面と掴み所のない糸目が真正面から向き合った。

 

「怒ったかな? でも、彼女よりも僕の方が(天才)の苦悩に寄り添えると思うんだ。人工と天然の違いはあれど、勝利を宿命付けられた者同士。些細なボタンの掛け違いで僕と君の立場は……逆だったかもしれない」

 

「よく喋る墓標だな」

 

 

「あはは、墓標なんて僕には上等すぎるね。時代遅れの兵器を抱えた僕は、ただのゴミ箱(ダンプスター)さ」

 

 大国の独裁者達が秘密裏に進めていた、最強の兵士を育成する【アルナ計画】。その成功例にして、唯一の生き残り。

 

 凸権9段、ダンプスター・アルナルトス。

 

 

「記念受験のつもりならやめておけ。だが、1%でも勝算があると言うなら……試してやる。全霊で俺を持て成せ」

 

 世界全土に消えない痕跡を刻み付けた、人類史の特異点。全ての常識を過去のモノにする新時代の御旗。

 

 凸権最段、余熱芯。

 

 

 

「凸権【無機戦役(パンジャンドラム)】──"骨の折れた日傘"」

 

「凸権【死相罪庫(デッドストック)】──"1984"」

 

 

 ──開戦。

 

 

 

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