異世界家族物語 ~孤独だった私ですが、今ではたくさんの子供達のママになりました。血の繋がりがなくても、育てた子供はとても可愛い。幸せいっぱいの大家族を目指します~ 作:んばぶぅ
何もかもが分からない事だらけ。
どうしてここに私がいるのかも、ここが一体どこなのかも、この端末が何なのかも私には何一つ分からない。
ただ一つ確かなのは、この手の中に存在する物。
何かの卵。
柔らかい半透明の膜に覆われた、乳白色の大きな卵。鳥ではない、恐らく虫か何かの。
私は困惑に声を上げた。
「こ、この、得体のしれない卵を育てろっていうの……?!」
卵がこのサイズだったら、成体はどれぐらいの大きさになるんだ? 少なくとも私より大きいだろう。そもそも何の卵なんだコレ。蟻? 蜂? 飛蝗?
しかし端末は私の質問には答えてくれない。
『実績“最初の卵”を開放しました。初回ボーナスとして、冊子“初めての子育て”をプレゼントします』
「なんて?」
今度は実績とか初回ボーナスとかスマホゲーみたいな事いいだしおったぞこやつ。
困惑していると、バサ、と頭の上に小さな冊子が落ちてきた。
「うべべ。なんだこれ」
冊子を拾い上げて目を通す。……どうやらこれは、卵から始まる子育てのマニュアルガイドのようなものらしい。いや、まだ育てると決めた訳じゃないんだけど……。
「……卵。卵、かあ」
それじゃあ、これから生まれてくるのは……私の、子供って事になるのかな。
……子供。私の、赤ちゃん。
赤ちゃんかぁ。
「……えへへ」
決めた。
私はこの子を育てる。そして、欲しかった幸せな家庭を築くんだ、ここで! 子供が人間じゃないとか、些細な事さ!
卵を潰さないように抱きかかえ、私は端末が放つ光の下で冊子に目を通し始めた。
へえ、へえ。
ふぅん……。
……。
…………。
………………。
今日の天気は雨である。
それもざあざあと、バケツをひっくり返したような大雨。
外から水が流れ込んでくる事はないものの、当然ながら湿度は爆上がり、不快感も急上昇。
そんな中で、冊子を片手に私は卵のお世話に勤しんでいた。
「ええっと、湿度が高いと卵にカビが生える危険があるので、土にはできるだけ触れないように。んで、数時間置きにひっくり返して表面を拭く、と」
籠の中の卵を、冊子の内容に従ってひっくり返す。ちなみにこの籠は二日目の初回ボーナスで出てきたものである。
私がここに隠れてから数日が経過した。卵は順調に成長しているようで、最初は透き通る乳白色だったのが、今は白く濁って内部で何かが動いているのが分かる。黒い点のようなものはお目目だろうか。もしかするとそろそろ孵化が近いのかもしれない。
傷つけないように優しく表面を撫でるように拭き取ると、まるで喜ぶように内部で赤ちゃんが動いているのが分かる。ふふ、なんか可愛い。
「うふふー、ママでちゅよー、なんちゃって。まだお目目は見えないかな? 早く生まれてきておいでー」
『…………』
モノ言わぬ卵に赤ちゃん言葉で語り掛ける。
自分で思っていたよりも私はどうやら子煩悩だったらしい。結婚も出産も育児もした事なんかないのにねー。なのにこうしてよくわからない所で、よくわからない卵を育てている。
人生、どう転ぶか分からないモノである。
それにしても、不思議な事だ。結構な時間、飲まず食わずだがお腹がすいたり辛くなったりする事がない。まあ、蟻や蜂でも女王は最初の子供を飲まず食わずで育てるというけど……それは空腹がなんともない、という事ではないのでは?
とはいえこの状況、食べる物もロクにないので深く考えずに恩恵だけ享受しておくことにする。
「今日は大雨でじめじめして嫌になっちゃいまちゅねー……おや?」
腕の中の籠が、がさごそと揺れる。見れば、卵の表面がしわしわになって、内部で白い物がうぞうぞ蠢いている。
これは……もしかして。
生まれる!?
「お、おぉ……」
固唾を飲んで見守る前で、卵の表面がぴっと裂ける。その中から、うにょーん、と絞り出されるように孵化してくる赤ちゃんの体。このサイズの卵に一体どうやって収まっていたのか、明らかに倍近い大きさの幼虫はくしゃくしゃになった卵から完全に抜け出すと、もぞもぞと体を蠢かした。
「……ば、ばぶ。ばぶぅ……んきゃあ……」
「!」
そして産声。可愛らしい声で鳴く赤ちゃんを、私はそっと抱きしめた。相手が、人間どころか哺乳類ですらない、巨大昆虫の幼虫、芋虫である事など全く気にならない。
「はあい、赤ちゃん。私がママですよー。この世界にようこそ……」
「んばぁ、ぶぅ……んみ、まま……まま! きゃぁー……」
「! も、もう私の言葉を理解してるの?! 天才だ……これは宇宙一の天才に違いない……そうでちゅよ、私がママでちゅよー」
早くも言葉を喋りはじめる赤ちゃんを撫でまわして顔を寄せると、花のような甘い香りがする。間近で黒い点のようなつぶらな瞳が私を見つめて、楽しそうに足をばたつかせた。
うーん可愛い。
生き物の赤ちゃんってどうしてこんなに可愛いのかしら。種族関係なく愛らしさを感じるよね。
それにしても、この体形は。下半身がぶっとく、上半身が細く。そして二つ折りのように体を折りたたんだこの姿勢……蟻か。なるほど。地球で最も進化し、繁栄している真社会性動物。なるほどこれなら、成長しても私の言う事を聞くかもしれない。
私が子供の種族に納得していると、ピロリン、と端末から音がした。
『実績“初めての赤ちゃん”を開放しました。初回ボーナスとして、ストロングミルクをプレゼントします』
光が実体化して、一本の哺乳瓶になる。
内部には白いミルクが満たされていた。私はシャカシャカとそれを振って、ちょっとだけ中身を口にする。
「んむ……うすーいカルピスみたいだな。これを飲ませればいいのかな。ほれ、お飲み」
「んぶ! あぶっ、んぐっ、あぶ……」
哺乳瓶を差し出すと、たちまち赤ちゃんがそれに吸い付く。短い脚で器用に哺乳瓶を支えて、ごっごっごっとミルクを飲み干す。凄い勢いで減っていく瓶の中身を、私は微笑ましく見守った。
実にいい飲みっぷりだ。この子は大物になるぞ。
「……ぷはっ。あぶぅ~~、んきゃ」
「はーい、たくさん飲んだねー。偉いぞー」
空になった瓶を取り上げると、それは現れた時と同じように光になって消失した。便利。
「よーしよし。ミルクを飲んだら、ちょっとゲップしよう、げっぷ」
「んげっぷ」
赤ちゃんを肩に担ぐようにして背中を撫でる。ぶるぶる、と震えた子の口から、乳臭いげっぷが吐き出された。
よしよし。冊子に書いてあった通りだ。
満腹になった赤ちゃんを、籠に戻してシーツをかける。しかし良い飲みっぷり……明日からの食事はどうしたもんだか。まあ明日の事は、また明日考えよう! 多分なんとかしてくれるでしょ、端末が。
「んみぃ……みぃ……みぃ……」
「よーしよし、生まれてすぐにミルクを飲んで、疲れちゃったよね―。おやすみ、おやすみ。寝る子は育つ、ゆっくりお眠り」
籠の中でうとうとし始める可愛い我が子。そうだ、この子の名前も決めないとなー。
子供が穏やかに眠れるように籠を抱えてゆっくりと揺さぶりながら、私は頭の中で候補を並べる。
最初の子供、うーん。ここはやっぱり、ありきたりだけど王道で……。
「……アベル。君の名前は、今日からアベルだ。よろしくね、私の可愛いアベルちゃん」
こうして。
大木の根元の隙間の奥で、大家族を目指す最初の一歩が踏み出されたのであった。
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