異世界家族物語 ~孤独だった私ですが、今ではたくさんの子供達のママになりました。血の繋がりがなくても、育てた子供はとても可愛い。幸せいっぱいの大家族を目指します~ 作:んばぶぅ
アベルが生まれて数日が立った。
幸い、食料について難儀する事はなかった。毎日ログインボーナスとやらで、端末からミルクを始めとする物資が支給されるからである。そのうち足りなくなるのかもしれないが、アベル一人を育てる分には問題ない。
そういう訳で、可愛い我が子はミルクをたっぷり飲んでぐんぐん成長し、今では籠に納まりきらないぐらいの大きさに成長した。
流石に、こうなると隙間の奥も手狭になってくる。それでも他に行く所が無い以上、何とかするしかない訳で。
私は手作業で隙間の奥を掘り進めながら、少しでも生活空間の拡大に努めていた。
「……んみぃ、みぃ! ママ、ママ! どこー?」
「はいはい、ママはここに居ますよー」
小さな石をスコップ代わりにして掘削していた私は、アベルの呼ぶ声に作業を中断した。
掘り進んでいた横穴から顔を出すと、うねうねしているあの子の姿が。
最初の両手に納まるようなサイズだった我が子は、今や2リットルペットボトルぐらいの大きさになっている。むちむちの柔らかい半透明な下半身は安定感抜群で、折りたたまれた上半身が仕切りに動いて私を探していた。
「ママ、ママ! んびええええ……」
「んもう、泣かないの。今はお昼寝の時間でしょ?」
「あぶぅ。ママァ……」
ずっしり重たい体を抱き寄せる。泣きじゃくっていたアベルは、私の体温を感じて安心したのか、首筋に顔を寄せて大人しくなった。
最近はいつもこんな感じだ。赤ちゃんは寝るのもお仕事だというのに、私が離れるとすぐに目を覚まして泣き喚いてしまう。かといってずっとそばに居たらおうちの拡大作業が進めれらないしなあ。
少し前までは一度眠りについたらぐっすりだったのに。眠りが浅いのかな。
今も、抱きかかえられて安心したのはいいけれど、眠る訳でもなくもそもそしてるし。
しかし、うーん。素晴らしい手触り。もちもちしっとりふにふに、赤ちゃんの肌ほど触り心地のよいものはこの世に無いに違いない。許されるならずっと撫でていたい……。
「ばぶぅ、あぅ。んきゃあ……」
「おー、よしよし……いい子だねえ……」
もちもち撫でまわしていると、うつらうつら、とアベルが船を漕ぎ始める。
この調子ならすぐに眠りにつくだろう、そう安心した時だった。
『……ルォオオオオオ……』
「っ! みみみみぃ……」
「ありゃりゃ……」
外の、遠くから聞こえてくる得体のしれない何かの遠吠え。
寒気の走るような恐ろしい響きに、今度こそ眠りそうだったアベルがぴゃっと飛び起きてしまう。ああもう、いい所だったのに。
「まま、まま。みぃー……」
「おお、よしよし。大丈夫、ママがついてるからね。何も心配する事はないんだよ」
相変わらず外は地獄そのもののようで、数日に一度ぐらいの頻度でああして雄叫びが聞こえてくる。
幸い、防御結界とやらの御蔭なのか、この小さな天国が脅かされる事は無かったが、幼い子供にはさぞ恐ろしかろう。
ぷるぷる震えるアベルを宥めながら、私は頭を悩ませる。
どうにかしてこの子を落ち着かせて寝かしつけないと。何かいいアイディアは……そうだ。
「ねえ、アベル。昔話を聞かせてあげましょうか。ママが子供のころ、聞いたお話よ」
「あぶぅ? んぶ。ぷぁ」
こういう時は、寝物語と昔から相場が決まっている。
手足をじたばたさせるアベルからは具体的な言葉は返ってこないが、興味はあるらしい。
私はゆっくりと我が子を揺さぶりながら、歌うようなリズムで昔話を口ずさんだ。
「昔々、ある所におじいさんとおばあさんが住んでおりました……」
語るのは某有名昔話だ。とはいえなんか流石に細部は覚えてないので、ところどころアレンジしながら語り聞かせる。ええと、確か三匹の御供がいたんだっけな。確か……犬、雉、あと……そうそう、タコ! ……違ったっけ?
まあいっか、タコでも閂(かんぬき)は引き抜けるでしょ。
「鬼の炎の中から無傷で顔を出した桃太郎はこう言いました。息を止めていれば炎など恐れるに足りず、と。そして彼は……あら?」
「んみ、んみ、んみ……」
思わず語りに力が入ってしまった私だったが、対して気が付けばアベルはすっかり寝入ってしまっていた。これからがクライマックスだったのに……まあこの子を寝かしつけるのが目的だったのでこれでいいといえば、これでいいのだが。
微妙な不完全燃焼を感じつつ、そっと我が子を地面に降ろす。土の上に敷いたシーツの上に横たわった我が子は、熟睡していてぴくりとも動かない。
何か楽しい夢を見ているのか、口元をもごもごさせるアベルに小さく笑みが浮かぶ。
「おやすみ、可愛い我が子。よく寝て、よく食べて、大きくなるのよ」
すやすや眠っている子の頭を撫でて、私はその傍らでマニュアルを開いた。
そろそろ、今後についても把握しておいた方がいいだろう。
「ふむふむ……あ、ミルクはそろそろ切り上げて固形物を食べさせた方がいいのか。固形物ってあれでいいのかな、毎日ログインボーナスで貰ってるビスケットみたいな奴。でも試しに齧ったらめっちゃパサパサだったけどな……ええ……あれを我が子に食べさすの……?」
「んみぃ……ママァ……」
「おー、よしよし。大丈夫、ママはそばにいるからねー。……んで、ウンチの処理は……ははあ……なるほど……」
……。
…………。
………………。
なんやかんやで、隠れ家の拡張はうまくいった。なんとか掘り進んで、一回り広くなった空間でアベルの世話をしながら私は毎日を過ごしている。
なんせ、まだまだアベルの世話は手間がかかる。ぼっとしている暇なんてないのだ。
「はーい、アベル。ご飯のお時間ですよー」
「ママ、ママ、まんま、まんま」
「はいはい、まんまですよ。ちょっとまってね」
さらに成長し、米俵ぐらいに大きくなった我が子が、早く、早く、とご飯を急かしている。
私はそれを宥めながら、びりり、とビスケットの包装を破る。イラストも何もないアルミホイルの中身は、四角くて硬いビスケット。乾ききって触れる全てから水分を吸い取りそうな板状のそれを、ぱきっと割って口に含む。たちまち私の口の中がぱさぱさになるが、代わりに唾液でふやけたビスケットを吐き出して、ほろほろになったそれをアベルのお腹の上に置く。
蟻の幼虫はお世話しやすいようにお腹がテーブルになっているのだ。
「はい、お食べ」
「まんま~~」
湿気たビスケットをアベルが小さな手で抱え、もさもさと食べ始める。ちっちゃなお口をせわしなく開閉させて破片を咀嚼し、飲み込んでいく。
視線をずっと動かすと、半透明のお腹に黒い塊が溜まっているのが見える。たくさん食べてるねー。
でっぷり太ったお腹を優しく撫でると、表面に生えた硬くて短い毛がちくちくとした。
「けっぷ。ごちちょー、しゃまでした」
「はーい、よく言えたね。偉いねー」
口の周りの小さなカスを拭って、頭をなでなで。まだ舌足らずだけど、ちゃんご食事前後の挨拶が言えるようになった、偉い偉い。
「たくさん食べたねー。これだと大人になるのもすぐかもしれないね」
「ほんと? うれちい」
お腹を撫でまわすと、ぴくぴくっとアベルがくすぐったそうに反応する。
とはいえまだまだ言動は幼げだ。赤子、というレベルではなくなったものの、まだまだ幼児。
まあ焦る事はない、ゆっくり成長していけばいい。
そう思っていると、何やらアベルの様子がちょっとおかしい。もぞもぞ、とお腹を揺らして、どこか落ち着かなさそう。
「ママ。……んち」
「あらあら」
お腹の様子からそろそろじゃないかと思っていたが。それはそれとして、ちゃんと自分で言えて偉い偉い。
急いでトイレ用の紙をアベルのお尻の下に広げる。準備が終わると、見計らったようにお尻の先から黒い塊が押し出されてくる。パサパサに乾いたブロック状の塊が、ぽとぽとと紙の上に山を作る。
色や硬さは……よしよし、問題なさそうだ。それにしても、まさか巨大な幼虫の排泄物の始末をする日が来るとはねえー。
「よしよし。たくさん出たね、えらいぞ~」
「みみみ」
えんがちょは紙に包んで、生活空間の隅へ。懐から端末を取り出すと、ゴミをカメラで撮影する。
『対象をポイントにしますか? >YES 了解しました。1ポイント入手しました』
パシャリ、と撮影すると、ゴミがフラッシュの光と共に消失する。代わりに、端末に謎のポイントが蓄積された。
どうやら現実に存在する物品をこの端末にささげる事で、アイテムと交換できるポイントになるらしい。とはいえ、この閉鎖空間ではロクなものがないので、もっぱらこうやって排泄物の処理や、掘り出した土の処分に使っている。ポイントを稼ぐというより、ゴミ処理が主題という訳である。ペットボトルの回収機みたいなものかな。
何はともあれ、汚物の処理に悩まないでいいのは助かる。外に捨てても、それが私達がここにいる事の証明になってしまうからね。というかそもそも外に出たくない。
ちなみに、カメラを向けたら土をごっそり消滅させられないかと思って試してみたが、流石に掘り出した後の土じゃないとダメのようだ。もしできたら地面を掘るのが大幅に楽になったのだけど、そう甘くはないね。
「ママ、マーマ。おしゃべり、しよ。ね。おしゃべり」
「はいはい、ちょっとまってねー」
後片付けを済ませて、アベルの隣に座り込む。ぎゅっと我が子を抱き寄せてほおずりすると、きゃっきゃとアベルが笑い声をあげた。
「ママ、くすぐったい」
「あら、いやだった?」
「ううん。もっとしてー」
可愛い事を言う。うりうりうりー、と頬を押し付けると、きゃあー、と甲高い声を上げて小さな脚をじたばたさせるアベル。
それにしても、本当、手のかからない子だ。
人間の赤子だとこれぐらいの年の頃だと小さな暴君というか、考えなしに歩き回って悪戯しまくる印象があるのだが。アベルは身動きの取れない幼虫という事もあって、そのあたりの心配が要らないのはとても助かる。なんせ外は狂暴な猛獣がうろつくこの世の地獄である、こんな柔らかくてふにょふにょした子供が外に這い出たら、たちまちのうちに食べられてしまうだろう。
さすがは蟻の幼虫。お世話されるために進化したというだけの事はある。
「ママ、ママ。ねえ、あべる、おおきくなったらママみたいになるのかな」
「んー? どうだろう、アベルはもっと大きくてカッコいい姿になるんじゃないかなー、ってママは思ってるけど」
「えー。ママとおなじがいい、あべるもママみたいなちゃいろいひらひら、ほしいー」
あらー。なかなか嬉しい事を言ってくれる。
「そうかしら? でもきっと、アベルはママより力が強くて、ママより硬い体で、ママより早く走れるようになるわよ。そっちも悪くないんじゃない?」
「そうなの? じゃあ、ママをだっこできる?」
「できるできる。抱っこどころか、私を背中に乗せられちゃうかもよ?」
まあ実際、アベルがどんな成虫になるかは全く分からないのだけど。
そもそも人間の子供サイズの幼虫って時点で現実には存在しえないからなあ。どんだけでかくなるんだろう。
というか私の知ってる蟻になるかどうかもまだ未知数だ。もしかすると二足歩行する蟻とか、蟻は蟻でもキ●ラアントみたいになるかもしれないし。
まあ何がどうなったってアベルが可愛い私の子供である事には変わらないけど。
「ほわあ……ママをせなかに……ほわあ……わかった、あべるおっきくなってママをはこぶよ! やくそくするー」
「そう? うれしいわー。そのときを楽しみにしてるわ」
頭をなでなでして、ちゅ、と我が子の顔に口づけを落とす。きゃー、と小さな脚で、恥ずかしそうに顔を隠すアベル。
「それじゃあ、そろそろおねむの時間よ。たくさん寝ないと、大きくなれないよー?」
「うーん、わかった。あべる、ねんねする」
「よしよし、聞き分けの良い子は大好きよ。子守歌を歌ってあげちゃう」
ぷにぷにした肌に指を這わせながら、おきまりの子守歌をゆっくりと語る。数フレーズ歌った所で、うつらうつらとし始める我が子の頭。ついには自分の体を枕につっぷして、すやすやとお休みである。
「んみんみ……」
「おやすみなさい、アベル。よい夢を」
眠りについた我が子の隣で、私も目を閉じる。なんやかんやで、この子の面倒で私もあまり睡眠がとれてない。
せっかくだからここらで、ゆっくり眠らせてもらおうかな……。
「Zzz……」
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