異世界家族物語 ~孤独だった私ですが、今ではたくさんの子供達のママになりました。血の繋がりがなくても、育てた子供はとても可愛い。幸せいっぱいの大家族を目指します~ 作:んばぶぅ
「ママ、ママ」
「んぅー……?」
うとうとしていた私は、ふいに小さく揺さぶられる振動に目を覚ました。舌足らずな我が子の呼び声に、目をぱちくりさせて身を起こす。
「なあにぃ、アベル……ううん?」
不意に、何か肌にひっかかりを覚えて手を伸ばす。指先に絡みついてる白いのは……糸?
「ママおきた。ねえ、なにかくちがもしょもしょする」
「え……?」
ぎょっとして、アベルの具合を確認する。あーん、とおおきく開かれた口を覗き込むが……駄目だ、昆虫の健康診断なんて何をどうしたらいいのかわからん!
もしかして風邪か、風邪なのか!? すっぱだかで転がしてたのがよくなかったのか? でも図鑑で見た蟻の幼虫ってそういうもんだったし……いやでもそういう決めつけがよくないのか?
具体的な案も思いつかずあわあわしていると、くちん、っとアベルがくしゃみをした。途端、ぴゅるるる、と噴き出した白い糸が、私の顔にぶわっとかかった。
「きゃっ、ぶへっ、????」
「もしょもしょがでたー」
顔に張り付いた糸を拭って、目をぱちくり。我が子はのんきに、喉のつっかえが取れたのを足をバタつかせて喜んでいる。
今のって……。
「アベル、アベル。もしょもしょするって、この糸の事?」
「うん、そうだよ。なんかね、こんなかんじでね、くちからもしゃーってでるの。みてて」
私の問いかけにアベルは顔を上げると、ぷしゅー、と口から糸をシャワーのように噴出した。
まあ綺麗……じゃなくて。
確か、蟻の幼虫は繭を作って蛹になる。つまり……。
「アベル、凄いわ。これはね、大人になる準備が出来たって事なのよ!」
「そうなの? でもわかんない、あべるどうしたらいいの?」
「ちょ、ちょっと待ってね……」
慌てて枕元のマニュアルを手繰り寄せてページをめくる。ええと、確かこの辺に……。
「えっと、えっと。繭を作る時は、支えをお腹の上に乗せて……え、支え? なんでもいいのかなこれ、えーと、石でもいい? んー、ど、どうかしらアベル。これしっくりくる?」
「んみみみ?」
突然の事態にてんやわんや。いや、事前にマニュアルを読んでいたけどいざ本番になるとどうしたらいいのか……! とりあえず手ごろな大きさの石をアベルのお腹に置いてみたけど、我が子はピンとこない感じで首を傾げるだけだ。
「んみぃ? よくわかんない」
「こ、これじゃあだめなのか。えーと、えーと、それじゃ……」
「ママー。なんか、おくちからどんどんいとがでてくるー」
「おうわああああああ」
自分の意思では止められないのか、楽しそうに口から糸をぷしゃーするアベル。ま、まずくないかな。もしこの糸が吐ける量が決まってたりとかしたら、こうしてわたわたしてる間に糸を使い切って、繭を作れなくなってしまう、なんて可能性も……おわああ! そうなったら一大事! どうすればどうすれば……そうだ!
「あ、アベル、ちょっとだけおくち閉じてられる?」
「わかった、あんむ」
「よし、いい子!」
アベルが口を閉ざすと糸も止まる。多分長続きはしないから、今の内にやるしかない。
私は我が子のまるまる太った下半身に組み付いた。大きさは米俵ほどとはいえ、今の私では非力すぎて抱え上げられない。だからこうして、転がして……。
「おりゃりゃりゃりゃー!!」
「んみー」
ごろごろごろ。掘り広げた空間の奥まで、我が子の体を運送する。
そんでもって、途中で掘るのを諦めた壁の凹みに、ぴったり我が子の体をくっつける。
そう、聞いた話だけど蚕なんかは繭を作らせるために壁に覆われた空間を用意というではないか。突然の事でそんなものは準備できてなかったけど、何もない空間よりは壁際の方が繭を作りやすいはず。
「どう、アベル。いけそう?」
「んみみみ。なんか、うん。しっくりくる」
「よーしよしよし。後は、何も考えずに、思うようにやってみなさい。ね」
こくり、と頷いて、アベルが再び糸を吐き始める。壁と床と、何度も何度も口が往復して、少しずつその体が白い糸に覆われていく。
それは本当に、本当に幻想的な光景だった。白く煌めく純白の糸で少しずつ編まれていく光のヴェール……。私は思わず、ほう、と感嘆の溜息を零した。
やがて、アベルの体は楕円形の真っ白な繭に完全に覆われてしまった。うっすらと、白い糸の向こうで我が子がもぞもぞ落ち着かなさそうに動いているのが見える。
私が寄り添うように身を寄せると、不安そうに我が子が呼ぶ声が聞こえた。
「ママ、ママ。……そこにいる?」
「ええ、居るわ。ずっといる。アベルのそばに、ずーっと」
「ほんと? どっかいったりしない?」
「ええ。アベルを置いて、どこかに行ったりなんかしないわ」
その言葉を聞いて安心したのか、それきり、アベルの声は途絶えてしまう。
繭の厚みが増して、内部が見通せなくなる。繭が完成して、本格的に蛹になったのだろう。
……果たして、アベルが羽化してくるのはいつぐらいの事か。
そもそもちゃんと羽化してこれるのだろうか。
不安は募るばかりだ。私に出来る唯一の事は、この子に寄り添って声をかけてあげる事だけ。
「大丈夫、大丈夫。ママはずーっと、あなたの傍にいるわ、私の可愛いアベル。だから、また元気な顔を私に見せてね……」
さらさらとした手触りのいい繭を撫でて、私はそっと目を閉じる。
しばし眠ろう。我が子が生まれ変わる、その日まで。
◆◆
夢の中。
私は光の中で、胎児のように体を丸めて微睡んでいた。
あたりはほんのり暖かくて快適で、何の不安も感じない。
『貴方に使命を与えましょう』
白いヴェールの向こうから、何か角ばったシルエットの誰かが、私に向かって呼びかけてくる。
『数多の命を育てなさい。数多の願いを叶えなさい。そうすれば、貴方の魂は救われるでしょう』
語り掛けてくる声は慈悲に満ちていて。
貴方はだあれ? どうして見知らぬ私の為に、優しさを割いてくれているの?
その疑問は言葉にならず。
私の意識は、優しい闇の中に沈んでいく……。
◆◆
「ん……」
そして私は、しばしの眠りから目を覚ました。
なんだかいい夢を見ていた気がするが、内容はイマイチ覚えていない。
「ふわあ……」
小さく欠伸をして顔を擦る。不思議とこの体になってから目やにとか顔のもしょもしょに悩まされた事はない、若いからだろうか?
でも子供の頃どうだったっけ……覚えてないや。
「おはよ、アベル」
抱き枕代わりにしがみついていた繭に挨拶をする。純白だった繭は、時間経過とともに色あせて灰色になっている。まあ生き物だものね……。中身を潰さないように手を回して顔をよせると、ほんのりと暖かい気がする。ちょっと繭に穴をあけて中身を確認したい気持ちになるが、我慢我慢。
きっと大丈夫、多分大丈夫。そう自分に言い聞かせて、端末に触れる。
「えーと……アベルが繭になってから三日か」
こういう時、毎日ログインボーナスがあるというのはちょっと助かる。昼も夜もない土の中では、日数経過が曖昧になるからねえ。
まあそもそもカレンダーアプリがあればいいのだが、この端末は謎のアプリ一つしか入ってない上にどこにもつながってない。どこにもつながってないのにアプリが動いているというのも、まあ謎だが。
何か新しい情報はないかと、カチカチ端末をいじくりまわしてみる。
「ログイン記録とプレゼントボックスとミッションレコードとショップ画面があるだけって……通販アプリか何かか? それだったら普通、各種契約要項とかどっかにあるもんじゃないの? そりゃ普段あんまり読まないけどさ……」
あまりにも謎が多すぎる上に不審すぎて、一周回って気にならないとはこのことだ。怪しいのは事実だが、少なくともこのアプリが無ければ子育てなんかできなかったし、今更気にしてもしょうがない。
「冷静に考えれば現状が訳わからんしね……」
自分でどうしようもない事は深く考えない、思考停止も社会人には必須スキルの一つなのである。うむ。
結局新しい情報は得られず、私は端末を投げ出して横になった。
「はあ……寂しい」
少し前まで、アベルのお世話で忙しかったのが急に暇になるとなんだか逆に落ち着かない。
一人でいると、余計な事を色々と考えてしまう。
『……あぉおおーん……』
「また遠吠え……」
遠くから恐ろしい声が聞こえてきて、小さく背中を震わせる。この森にはどれだけあんな怪物がいるのだろう?
危険地帯に唯一人でいる心細さに、私はすがるようにアベルの繭にしがみついた。
「アベル、アベル。お願い、私を一人にしないで……」
応える声はないと分かっていて、私は物言わぬ繭に囁きかける。
その時だった。
「ん? 繭が……」
相変わらず言葉はなく、しかし触れていた繭が何やら蠢いている。編まれた糸の下で、何かがごそごそ、動き出す感触。
「も、もしかして……」
慌てて繭から離れて様子を伺う。
かつてはまるまる、つやつやだった繭は、いつのまにかしなびて輝きを失っていた。空気の抜けかけた風船みたいな、ハリの無い繭を内側から何かがもぞもぞと押し上げる。
やがて、ピッ、という、布に鋏を入れるような音と共に、鋭く金属質の輝きをもった何かが繭の一部を切り裂いた。それはジジーー、とどんどん切り込みを広げていって、そして……。
「あ……」
切り開かれた繭の中から這い出して来る、うっすらとルビーのような赤い艶を帯びた黒く硬質な外骨格。六本の足を持ち、頭と胴と腹の間が極端にくびれている。頭には赤く輝く複眼と、せわしなく動く二本の触角。そして、繭を切り裂いた大きな大顎。
それはそれは、目を見張るほど美しい大きな蟻の姿がそこにあった。
「わあ……」
その輝きに目を奪われた私の口からは意味を成さない感嘆だけが零れ落ちる。
が、いつまでも惚けてはいられない。
私はびっくりさせないよう、ゆっくり近づきながら大蟻に呼びかけた。
「アベル? アベルなのね? ママがわかる……?」
私の呼びかけに、アベルはこしょこしょ、と触角を擦り合わせて、首をクイックイッと傾け、そして。
「はい、私はアベルです、お母様」
やたらと流暢な言葉使いでそう答えた。
思わず固まる私。
しばしの間、隠れ家に沈黙が流れる。
「? どうされましたか、お母様? もしかして、言葉使いが何か変でした?」
「へ、変、っていうか……ううん、大人になったのだから、言葉使いがしゃんとするのは、当然の事よね……うん……」
「それはそうですよ、私だっていつまでも子供じゃありません」
ふんす、と胸を張るように上体を持ち上げるアベル。その様子に、一瞬、幼虫だった頃の子の姿が重なって見えた。
そうよね。多少姿が変わって、言葉使いが変わっても、アベルはアベル。何も変わらない。
「ふふ、ごめんなさい。突然の事でびっくりしちゃったの。全然、変な言葉使いじゃないわ。よしよし、アベルは本当に賢い子ね」
「わ、わあ。やめてくださいお母様。そんな子供にするみたいに……」
「親からすれば子供はいつまでも可愛い子供に見えるのよ、ごめんなさいね」
よしよし、と頭を撫でると、言葉では嫌そうにしながらもアベルは顔を遠ざけようとはしなかった。ふふ、なんだかんだいって、親思いの子なんだから……。
ああ、それにしても何て綺麗な甲殻なんでしょ。ぱっと見は黒いんだけど、見る角度でキラキラと赤色の艶が煌めいて……コガネムシとかの甲殻とちょっと似ているけど、あれよりもっと艶が深い。プリズムルビーって感じ。綺麗だわー。いつまでも見ていられる……。
『実績“ファーストチルドレン”を達成しました。これにてチュートリアルは終了です。今後の順調な育成を期待します』
「あれ?」
「これは……」
端末からいつものメッセージが鳴り響き、同時に光が隠れ家に満ちる。それらは収束すると、かつてのように小さな卵の形を取った。
それも、二つ。
楕円形の、白みがかった半透明の卵を抱き上げて、私はアベルに笑いかけた。
「見て、アベル! お前の弟達よ!」
「おぉー……。私も、こんな風にしてお母様の元にやってきたのですね……」
「そうよ! ふふ、それも今度は二人も! これから忙しくなるわ……お願い、アベルも手伝ってね」
私の頼みに、最初の子供は顎を打ち鳴らして力強く頷いた。
「おまかせください、お母様!!」
「ふふ、ありがとう!」
さあ。この調子で、大家族を作っちゃうんだから!
◆◆