ロリママ女王蟻 作:んばぶぅ
新しくやってきた卵にはそれぞれ、ビィとシィルという名前をつけた。
二つになった事で世話にかかる手間も倍になったけど、アベルで経験を積んだ私に不安はない。
何より、今は一人ではないのだから。
「ふーん、ふふーん」
隠れ家の片隅で、私は卵のお世話をしていた。
幸いだったのが、最初に貰った籠は卵二つを入れても余裕がある。卵同士がくっつかないように注意しながら、定期的にひっくりかえして様子を見る。見れば大分、卵の白色が濃くなってきている。目らしき黒い点もはっきりしてきて、孵化の時が近いのが伺えた。
隣にアベルの姿はない。代わりに、地下室の奥に大穴が空いていて、その向こうからざっくざっくと土を掘り返す音が響いている。やがて、顎いっぱいに固めた土を咥えたアベルが、穴の奥から顔を出した。
アベルは押し固めた土をそっと床に置いて、私の元にやってくると頭を下げる。
「お母様。地下室の拡張、完了しました」
「ありがとう。お疲れ様、アベル」
ここに来る前に手入れをしてきたのだろう、土木作業をしてきた割には彼の体は綺麗なものだ。それでも僅かに残る土をアベルの顔から軽く払って、ちゅっ、と感謝のキス。照れたように、我が子は触角を擦り合わせて首を竦めた。
「恐縮です」
「それじゃ、さっそく新居を拝見しましょうか。案内してくれる?」
「それでは、こっちへ」
天井の低い隠れ家を、籠を抱えて膝立ちで移動する。アベルに先導されて、彼の堀ったトンネルへ。
その先に広がっていたのは……。
「わあ。広い」
「ここならお母様も立って歩けますよ」
トンネルの先には私から見ても窮屈さを感じない広い空間が広がっていた。高さは私が立ち上がっても頭が当たらないぐらいで、広さは……多分だけど5m四方くらい? 裕福な家の車ガレージぐらいだろうか。
これまでの、巨木の根っこの下に出来た隙間で暮らしていた時と比べるとまるで別世界である。
さらに、壁も床も、平坦に押し固められていて安定感がある。ぺたぺた、と触ってみるが、まるで焼く前の土器のような、みっちりつまった粘土みたいな手応えがあった。
「すごい、これどうやったの?」
「掘り起こした土にちょっと唾を混ぜて、頭で押し固めてみました。ちっとやそっとじゃ崩れないと思います」
「まあ、アベルは賢いのねえ」
誰にも教えられずにそんな事を思いつくなんて、やはり我が子は天才だった。
溢れ出す愛しさのままに、アベルの頭を撫で繰り回す。
「すごいすごい、やっぱりアベルは天才ね。誇らしいわ」
「え、えっと。お、お母様、まだ部屋を紹介してないので。ほら、こっちへ」
が、照れ臭いのかアベルはすぐに首を引いて離れてしまう。これも子の親離れという奴か……寂しさを覚えつつも、私はアベルの後についていった。
見れば、大部屋はさらに二つほどの小部屋に繋がっているようだった。そのうちの一つに案内されると、その中央には土を盛り上げた山のようなものが。盛り土の上はちょっと凹んでいて、そこにアベルの繭の切れ端がシートのように敷いてある。
これは……もしかして。
「まあ。土のベッド?」
「はい。これなら、弟達が土に触れずに済むかと思って」
「まあまあまあまあ」
全くこの子ったらどこまで天才なんでしょ!? 無い無い尽くしのこの環境でこんな事思いつくなんて。私はさっぱり考えもしなかった。
「ホントに凄いわー。ふふ、この子達が卵から孵ったら早速使いましょう。それで、もう一つの部屋は?」
「ああ、こっちはですね。その、お母様にはあんまり意味がないのですが……」
「?」
どうにもアベルは気が進まない様子。それでも案内してくれた先では、小さな部屋の真ん中に、土とは違う茶色い何かがででーんと聳え立っていた。
これは……木の根?
「もしかして、巨木の?」
「そうです。それでその……これ、齧ると結構美味しくて……」
私の見ている前で、アベルが大顎でバリバリッと木の根を齧って咀嚼する。瑞々しい繊維を、強靭な顎で噛み砕き、ちゅうちゅうっと汁を吸っているようだ。
「……甘いの? もしかして」
「はい。とっても」
「へえー……」
見ていると、なんだか私も食べたくなってきた。アベルが噛み砕いた所から、手ごろなサイズの破片を千切って、私も口に含んでみる。
「あ、お母様、流石に貴方には硬いんじゃ……」
「うーん……サトウキビみたい。あまーい」
「……良かった。お気に召されたようですね」
がじがじ。アベルの言う通り、繊維は硬くて食べられないが、滴るほどの樹液は砂糖のように甘かった。ちゅー、と強く吸うと、ちょっと青臭さのある甘い汁が口いっぱいに広がる。
ほほう。これはこれで……あり! すくなくとも毎日毎日ビスケット生活に味変が出来るというだけでありがたい。あと歯ブラシの代わりにいいかも、これ。食後にガジガジすれば歯が綺麗になりそうな気がする。
「私じゃ齧れないけど、なかなか美味しいわ、これ。子供達が大きくなったらこれも食べさせてあげましょう」
「それはいい考えです。その時は、私が柔らかく噛み砕きますね」
「ふふふ、よろしくお願いね」
また一つ、生活の楽しみが出来た。
化け物の犇めく危険な森、外に一歩も出られない過酷な隠れ家生活でも、探せばこうして娯楽はあるものなのだなあ。
上機嫌で根っこの破片を口でもごもごしていたその時である。
ずっと脇に抱えていた籠が、微かに震えた。
「あっ」
「お母様?」
「しっ。アベル、見て見て」
木片を根っこの部屋に投げ捨て、慌てて大部屋に戻る。籠を抱えて座り込み、そっと被せていた布を捲る。
その下に並べられた、二つの卵。それらの表面がしわしわになり、ぴく、ぴく、と痙攣するように震えている。
孵化の時だ。
「生まれる。生まれるわ……!」
「わ、わあ……」
アベルと二人で覗き込む前で、卵の表面がぴっ、と裂けて赤ちゃんが這い出して来る。2つの卵は殆ど同時に孵化し、生まれてきた赤ちゃんが元気な産声を上げた。
「みゅ、あばぁ、んびぃい~~……」
「んばぁ、ばぶぅ……んびゃあ……!」
「まあ、まあ、まあ……!」
小さな脚をせかせかと動かしながら、籠の中でもんどりうつ真っ白なベイビー。私は籠の中からその小さな体をそっと抱え上げて、二人を腕の中でかき抱いた。
ぷにぷに、もっちりした感触が腕の中で動いている。生きてる。
「はじめまして、赤ちゃん。私がママよ」
「んぶぅ……ママ、ママ……」
「ママ……んびゃ? あぶぅ……」
そしてこの子達も超天才だった。生まれてすぐにママって呼べるなんて! 100年に一人の……いや、100年に二人の大天才に違いない! 親じゃなくてお兄さんに似たのね!
そのお兄さんが、そっと私の傍によってきて、おっかなびっくり触角で弟達に優しく触れる。箒のような先端で触れられて、赤子がくすぐったそうに白い体を仰け反らせた。
「わあ……これが、弟達……」
「そうよー、アベル。お前もこんな風に生まれてきたのよ。……おっと、こうしちゃいられない。ミルクを用意しないと」
子供達を抱いたまま、端末を操作する。プレゼントボックスから、ログインボーナスで貰ったミルクを二つ、呼び出して、と。
「ほら、赤ちゃん、ミルクでちゅよー……って、すごい食いつき」
「んば、んば、んば……」
「おおー、ものすごい飲みっぷり」
まずはビィから。
ミルクを与えると、瞬間的に反応した赤ちゃんがしがみつくようにして飲み始める。全身で哺乳瓶をホールドして、ぐびぐび飲み干していく。よっぽどお腹がすいていたのか、それとも食いしん坊な子なのか。
私は笑みを浮かべながらもう一つの瓶を手にして、ふと思いついてそれをアベルに差し出した。
「え?」
「ほら、アベル。シィルにミルクを飲ませてあげて」
「ぼ、僕が……?」
おっかなびっくり、大顎で哺乳瓶を受け取るアベル。彼は少しためらって、私の腕の中のもう一人の赤ちゃんにそっとミルクを差し出した。
「んびゅぅ。ばぶ……」
「わっ、わっ」
腕の中で大人しくしていたシィルが、近づいてくるミルクの臭いにぴくぴくっと顎を動かして反応する。そして、伸ばされた脚がしっかり瓶をホールド。ぴくぴくっと触角を跳ね上げてアベルが慌てた。
「お、お母様、こ、これどうすればいいのですか……?」
「ゆっくり離してあげて。そーっと、そーっとよ」
私のアドバイスに、爆発物でも運んでいるかのような慎重な動きで顎を離すアベル。一方赤ちゃんは、しっかりと哺乳瓶を抱きかかえたまま、静かに中身を飲み始めた。
こちらもよい飲みっぷりだ。
「ふふ、よくできました」
「ふ、ふぅ、緊張しました。こんなふにょふにょしてるのに、思った以上に力が強い……」
「命って凄いわよねー」
か弱く儚い赤ちゃんなのに、力強くミルクを飲んでいるのを見ると、なんかこう不思議な気持ちになってくる。なんていうか、生きようとする意志を感じるっていうか。
そうこうしている内に、ビィはすっかりミルクを飲み終えて、ぽぽーいと哺乳瓶を投げ捨てた。地面に落ちて割れる前に、光になって消える瓶。
どうやらビィは食いしん坊な上にちょっとやんちゃな子のようだ。
「はいはーい、よくのめまちたねー。げっぷしましょう、げっぷ」
「んみっ、ばぁ……げっぷぅ」
肩に抱えるようにして背中をさすると、濃いげっぷがでた。再び腕に抱き直す。
もちゃもちゃ脚を動かして元気いっぱいのビィに対して、シィルはんくっ、んくっ、とマイペースにミルクを飲み続けている。静かだけど勢いが全く衰えない、こっちはこっちで元気な子だね。
と、自分の分を飲み終えた筈のビィが、じっとシィルを見つめて動きを止めた。そして。
「んぶぅ、ばあ。んあー」
「んみっ!? みぅ、ばぁ、んぶぅ」
「あ、こらこらこら」
まさかの喧嘩勃発。シィルからミルクを奪おうとするビィ、徹底抗戦の構えで哺乳瓶を離さないシィル。腕の中で始まった争奪戦に、慌てて私は二人を遠ざけた。
「ちょ、駄目でしょビィ、それはシィルの分! んもー、アベル、ちょっとシィルの様子を見てて」
「ええ?!」
「しばらくお願い! その間にビィを大人しくさせるから。ほら、ビィ。ママでちゅよー」
「んびぇ、んば、ぶぅ」
片手で抱きかかえたビィをあやしつつ、シィルをアベルに向かって差し出す。アベルは困惑しきったように何度も私の顔とシィルの間で視線を往復させたが、最終的におっかなびっくり、大顎でやさしーくシィルを挟んで取り上げた。
その間も、シィルはずっと同じペースでミルクを飲み続けている。将来大物になるぞ、こやつは。
「ふわわわ……や、柔らか……お、お母様!? ぷちっと潰れたりしませんこれ!? ほんとに僕が預かってて大丈夫なんですか!? ねえ?!」
「んくっんくっんくっ」
「大丈夫大丈夫、アベルなら出来るわー。はーい、ビィちゃん、ミルク飲んだらねまちょうねー」
「んばぁ、キャッキャッキャッ」
赤ちゃんが二人になれば、騒がしさも二倍……じゃなくて二乗。
そんなこんなで、森の隠れ家は一層にぎやかになったのでした。
ふふふ、やりがいがある。ママ頑張っちゃうんだから。
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