ロリママ女王蟻 作:んばぶぅ
「それじゃあ、お母様、これお願いします」
「はいよー」
ごとり、とアベルが私の目の前に置くのは大きな石。地下室拡張の過程で出てきたものだ。さしものアベルもこんなものはどうにもできないので、それを処分するのは私の役目である。
端末を起動して、っと。
『対象をポイントにしますか? >YES 了解しました』
「よしよし。じゃあ、処分するわよー」
そしてシャッターボタンを押した、その時だった。
「んばぶ」
「えっ」
『ポイントに返還できない対象が画面に入ってきました。処理を中断します』
フォトフレームに割って入ってくる、真っ白な赤ちゃんの姿。ビィの乱入によって、ゴミ処理が途中で中断してしまった。
「ビィ!? え、寝室で寝てたはずじゃ……ここまで這ってきたのですか?!」
「ちょっとちょっと、ビィ。邪魔しないでよ、もー」
「ママ、ママ。んみぃ」
床を這う我が子を抱き上げると、ビィは怒られてるのを理解しているのかしないのか、脚をばたばたさせて上機嫌だ。もぞもぞする子供を抱きかかえたまま寝室に戻る。
土のベッドの中では、繭のシーツにくるまれてすやすやシィルがお休み中だ。寝ている子を起こさないように、その隣にそっとビィを横に寝かせる。
「んぶぅ」
「ほらほら。ちゃんと寝ないと、大きくなれないわよ。子守歌謳ってあげるから」
傍らに座り込んで、ビィのさわさわした産毛を撫でながら寝付かせる。
最初はもぞもぞしていたビィも、子守歌の単調なリズムにうつらうつらとし始めて、ついにはすやすや、と寝息を立てはじめた。
こうしてみると寝方にも個性が出ている。脚を小さくたたんで大人しく寝ているシィルに比べると、ビィはがぱっと脚を広げて、お腹も曲がって広いスペースを占拠している。……もしかしてビィがこうしてでかでかと寝るから、シィルはちっちゃく寝るようになったのかしら。
「ふぅ。やっとおとなしくなった」
「ちゃんと寝てたはずだったんですけどねえ……」
「さ、今度こそゴミの片づけを済ませてしまいましょう」
再び端末を手に、石の処分にかかる。だが……。
「んびぇ、んびぇ、んびぇ」
「んばあー! ぶぅ、んあぁー!」
「今度は何ー?」
寝室から聞こえ始めた甲高い鳴き声のデュエットに、慌ててアベルともども駆け付ける。
みればベッドの上で、二人の赤子がシーツをしわくちゃにしてもみ合っていた。どうやら、兄弟喧嘩のようである。目を覚ましたどっちかがちょっかいを仕掛けたのだろう、多分。
「ああもう、仕方ないわねー。アベルはビィをお願い!」
「わ、わかりましたー!」
ベッドの中で仰け反るようにしてもがいているシィルを抱き上げて、背中をぽんぽん、と撫でさすってあやしてやる。アベルはというと、迂闊に近づけた触角をビィに掴まれてわたわたしていた。
「び、ビィ、それ玩具じゃないから、離してー」
「んばあ、んぅ。あぶぅ、きゃっきゃ」
「ひぃーん」
大きな体のお兄ちゃんも赤子の前ではたじたじである。一方、ビィはふさふさした触角にしがみついて上機嫌だ。さっきまでの不機嫌な唸りはどこへやら、楽しそうな声を上げてはしゃいでいる。
「んみ……ぶぅ……マーマ……」
「はーい、シィルちゃーん、ママですよ。まだお眠? いいわよ、このまま寝ちゃっても。ほらほらー」
「んみぃ……みぃ……」
一方、シィルは私の体温に安心したのか、早くもうとうとと船を漕いでいる。優しく語り掛けながら背中を撫でると、再び夢の中に。いいこ、いいこ。
「あぶあぶあぶあぶあぶ」
「ああああ、ビィ、そっち行っちゃ駄目ー!」
……まあ、あっちは大変な事になってるけど。這いずりながらベッドを脱走したビィに、それを追いかけるアベル。いや追いつけない訳じゃないんだけど、激しく蠢く赤ちゃんを傷つけないように大顎で咥えるのが難しくて、止める事もできずに只管後を追いかけるだけになっている。ビィはビィでお兄ちゃんに遊んでもらってるとでも思っているのか、全く動きを止める気配がない。
「お母様ー!」
「まあ、いっその事そのまま好きなようにさせてあげなさい。遊び疲れたら大人しくなるでしょう」
「そ、そんなー。あ、ちょっとまってビィ、そっちはほんとに駄目だから! まって! ああああああああ」
地下室にアベルの悲鳴が響き渡る。
兄弟の鬼ごっこの惨状に、申し訳ないが私はちょっと笑ってしまった。
「ふ……ふふ、ふふふふふ」
ああ、楽しい。家族って素敵だなあ。
それからしばらくして、ようやく深く寝入った二人の赤ちゃん。アベルはというとボロボロの様子で床にへばっている。
「た、たいへんでした……」
「ふふ、お疲れ様。ほら、こっちおいでアベル。膝枕してあげる」
「ええと……じゃあ、ちょっとだけ」
座って膝をぽんぽんすると、躊躇いながらもそっと頭を乗せてくる。よしよし、素直で頑張り屋さんなアベルはたっぷり労ってあげないとね。
つやつやした甲殻を優しく撫でると、触角がぴくっ、ぴくっと反応する。ずっとそうしていると、やがて疲れが出てきたのだろう。アベルは小さく寝息を立てながら動かなくなってしまった。
「すぅ……すぅ……」
「ふふふ。まだまだ、お子様ね」
それから私は、子供達全員が目を覚ますまで、アベルに膝を貸してやったのだった。
……。
…………。
………………。
「まんま、まんま」
「ママ、ごはん、ママ」
「はいはい、ちょっとまってね~」
大きくなってそれぞれ専用のベッドを与えられた二人からの熱烈なコールに苦笑しながら、食事の準備をする。
乾いたビスケットを二人分用意して、皿に並べる。ちなみにこの皿はポイントで購入したものだ、めちゃめちゃ頑丈でうっかりアベルが落としても割れないので重宝している。
以前はビスケットは口で湿らせていたが、二人分となると私の頬の保水力の限界を越えてしまう。なので、ここは文明の利器を活用である。
「お母様、これを」
「ありがとう、アベル」
アベルから受け取った皿には、木の根っこから抽出した樹液が満たされている。砕いたビスケットに、これを染みこませて、と。
「はーい、お待たせ。ごはんでちゅよー」
「わああ、きゃああ」
「んばぅ、わあぃ」
脚をぺちぺちさせて喜ぶ子供達のお腹に、しっとりしたビスケットを並べていく。ビィもシィルも飛びつくように齧りつき、もしゃもしゃ、と顎を細かく蠢かして食べ始める。
うーん、よい食べっぷり。
「まだまだあるからねー。たくさん食べるのよ」
「おいち、おいち」
「んまんま」
見ていると、半透明の体の奥にどんどん食べた物が送り込まれていく様子がよく見えて、なんだか楽しい。同時に、これがこの子達の体になるんだなあ、と思うと不思議な感じがする。
ビィもシィルも、ずいぶんと大きくなった。それはつまり、でっぷりと丸くなったという事で……最近は、ビィも脱走する事はほとんどなくておとなしい。というか、体つきにベッドに寝かせるとそこからもう動く事ができないみたい。テーブルのようになったお腹とか、折りたたまれた上半身とか、蟻の幼虫というのはつくづくお世話しやすい形に進化しているのだな、というのを強く実感する。
ずっと同じ場所に寝かせていると人間の場合床ずれが気になるが、この子達の場合は問題ないみたい。脱走とまではいかないだけで、しきりにもぞもぞ動いているからだろうか?
一体どういう理屈でこういう形に収束したんだろうねえ。生命というのは不思議である。
「ママ、ママ」
「ん? どうしたの、シィル?」
と、子供達の食事っぷりを観察していると、シィルが私の事を呼ぶ声が聞こえた。
膝立ちのまま近くに行くと、シィルは手にしたビスケットの大きな欠片を、二本の脚で支えるようにして私に差し出した。
え、これって。
「んみ。これ、あげる。ママ、食べて」
「あらぁ~~。いいの? ありがとう~」
思わず笑みが出てしまう。差し出されたしっとりビスケットを受け取ると、我が子は嬉しそうに脚をわきわきさせた。
じっと見ていたから、私も食べたがっている、と思ったのかしら。シィルは優しい子ね~。
「嬉しいわ~。でも、シィルの食べる分が減っちゃうわよ、いいの?」
「んみ。ママ、まんま」
「ありがとう~。じゃあ、半分こしましょうね、半分こ。それでいい?」
ぱき、とビスケットを半分に割って差し出すと、シィルはきゃあー、と脚を広げて喜ぶようなポーズを見せた。口元にもっていくと、小さな顎が精いっぱい伸びてきてビスケットに齧りつく。
「んまんまんま」
「ふふ、ありがとうシィル。美味しいわ」
「んみ!」
シィルに見せつけるようにしてもらったビスケットを齧ると、我が子はうにょんうにょんと体を蠕動させるようにして興奮した様子を見せた。ふふ、可愛らしい。
と、その様を横でじっとみていたビィからも、私を呼ぶ声があがった。
「……ママ! ビィも、ビィも!」
「はいはーい、ちょっとまってね」
「ん!!」
シィルを見てて自分もと思ったのか、力強く私を呼ぶビィ。私がそちらに向かうと、ビィはお腹の上の小さな欠片を、宝物のように私に差し出してきた。
「はい、ありがとう。じゃあ、ビィにもお礼をあげちゃおうかしらね」
「まんま、まんま! きゃあー!」
皿の上に残っていたビスケットの欠片を差し出すと、ビィは歓声を上げて齧りついた。むしゃむしゃ、と元気よく平らげると、機嫌がよさそうにお腹を波打たたせる。んー、お腹の膨らみ具合を見るに、これ以上は多いかな。
「はい、ごちそうさまでした。いえる?」
「んみー、ご、ちゅしょ、しゃー」
「ごっち、しょー……しゃまで、しゅ!」
舌足らずな「ごちそうさま」に目尻がどうにも下がってしまう。笑っちゃだめよね、本人たちは頑張ってるんだから。
食後の子供の体を観察すると、体の中で食道をゆっくりと茶色い塊が流れていき、消化器官に送り込まれていくのがぼんやりと見える。
半透明の体も悪くないわねー。異常が起きてないかどうかが、一目で見える。
あと、お通じのタイミングもね。
私は皿を片付けながら、アベルに声をかけた。
「アベル、お願いできる?」
「もちろんですとも」
私の呼びかけに、アベルはがさごそ、と子供達のお尻の下にトイレシートを広げ始める。
準備ができると、ととん、ととん、と触角の先端で子供達のぷっくら膨らんだお腹をノックするように触れ始める。その刺激に触発されたのか、子供達の肛門がぷるぷる、と震え始めた。
「んぅう」
「んみ……」
そして、ぽろぽろと押し出されるように排泄物が出てくる。ぽとぽとシートの上に落ちていくそれを見る限り、色つや共に健康。排泄が終わると、アベルは手際よくシートを折りたたんで部屋の隅へと持ち去った。匂いが広がる前に、私はさっさと端末でゴミ処理を行う。
「お疲れ、アベル。ありがとう」
「いえいえ。これも私の仕事の内ですから」
「ふふ。ビィもシィルも、ちゃんとできたねー。えらいぞー。すっきりした?」
子供達の頭をわさわさと撫でまわすと、くすぐったそうに二人はもぞもぞ、と身じろぎした。
「んみぃ」
「ママ、マーマ」
「ふふふ……ほら、アベルもこっちおいで。撫でてあげる」
少し離れた所で物欲しそうな視線を感じて、私は長男を手招きされた。黒い甲殻が立派なアベルは、私の呼びかけにぴくっと触角を跳ね上げて反応させるが、すぐにはよってこない。
「え、ええと。私は別に……」
「いいからいいから、私がしたいの。ダメ?」
「ダメじゃないですけど……」
ちょっとためらってから、カサコソ、と私の元にやってくるアベル。手の届く所にやってきた彼の頭、触角の間を、私はやさしーく撫でまわした。
ツヤツヤの甲殻だけど、実際には表面にうっすらと毛が生えていて、撫でているととても心地が良い。ビロードみたい。その手触りを楽しみながら優しく手を動かしていると、触角の角度が少しずつさがっていく。地面に腹ばいになって、ゆるやかに腹部を脈動させるアベル。
複眼だからぱっと見わからないけど、まぶたがあったらとろーんとさせてるんだろうね、きっと。
足元にアベル、両脇にビィとシィルのベッド。子供達に囲まれて、私はご満悦である。
「ふふふ。みんな、いいこ、いいこ。ふふふ、私は世界一幸せなママよ」
「んみぃ、みぃ。ママ、ママ」
「ママ、しゅき、しゅき」
ふふ。皆甘えん坊なんだから。誰に似たのかしら。
それとも私が甘やかしすぎた? まあでも、地獄みたいな森の中、ここだけは幸せな天国みたいだ。
「ふぁあ」
できるだけこの幸せが長く続きますように。
そう願いながら私は小さなあくびを噛み殺し、うとうとと午睡に身を任せた。
おやすみなさーい。
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