ロリママ女王蟻 作:んばぶぅ
そうして、私の幸せ家族計画は順調に推移していくように見えた。
アベル、ビィ、シィル、ディン、エルフ、ファーン。立派に成虫になった私の可愛い子供達。
そして新たに卵から生まれた、ギデオン、ハルク、イオン、ジェイク。これで総勢、11人の大家族。
大森林の中の小さな家は、こうしていつまでも賑やかな日々が続いていくものだと思っていた。
しかし……。
「お母様。このままでは食料が足りません」
「そう……よね……」
四人の子供達を寝かしつけたあとの家族会議。石のテーブルを取り囲み、長男であるアベルが私に告げた。
「これまで、掘り出した土や石、木の根っこをポイントにして食料を賄ってきましたが、計算上このままのペースだと四匹の子供を賄えません」
「ママンが計画的に備蓄していたから今はどうにかなってるけど、このままずっとは無理だよー」
シィルもアベルの考えを肯定している。
そう。我が家は今、深刻な問題に直面している。
食糧問題。
何もないこの隠れ家の中では、生産に回せるリソースは少ない。今まで見ないふりをしてきたその現実についに向き合う日が来てしまったのだ。
「う、ううーん。どうにかならない? もっと採掘のペースを上げるとか……」
「そうはいいましても、どのみち大したポイントにならないので。意味もなく家を広げるのもどうかと思いますし……」
「木の根っこをあまり齧りすぎるのもダメだと思う。木が弱っちゃうよ」
そして思った以上に私の子供達は賢かった。ちゃんと先の事を考えられるのはすごい事よ。
まあそのおかげで明確に詰みが見えてるんだけど……。
「な、なんとかならない?」
「なりませんよ。ですから、もう方法は一つしかないと思います」
「私、アベルは、巣の外への遠征を提案します!」
触角をぴこんと跳ね上げて主張するアベル。
そう……よね。そういう事になる、よね……。
「外にいき、資源を確保するのです! 価値の高いものであれば、多くのポイントをもらえるはず! あるいは、直接食料を手に入れられるかもしれません! 今こそ行動を起こすべきです、お母様!」
「うーん……それは……わかるんだけど……」
アベルの言う事は正しい。確かに、このままではどん詰まりである以上、外に資源を求めるべき、というのは道理だ。
道理、なのだが……。
「ね、ねえ。やっぱやめとかない……?」
「どうしてですお母様。合理的に考えても、これしか方法はないはずです。お母様も、同じ考えにたどり着いたのでしょう?」
ピコピコ、と触角を交互に上げ下げしながら首を傾げるアベル。それは、まあ、そうなんだけど。
「そういえば、ママって昔から、僕達に外に出るな、って硬く言い聞かせてきたよね」
「私達は生まれてから外に出た事がないけど、そもそも外ってどうなってるの?」
アベルに追従して、子供達が触角をピコピコ。
そういえば、この子達はこの薄暗い地下室で生まれ育ち、外を見た事がないんだよね。
確かに、考えようによってはそれは不幸な事なのかもしれないが……。
「……」
私は思い返す。この世界に来た時の事を。
人間ほどのサイズがある巨大タランチュラの襲撃。命からがら逃げた先で、そのタランチュラでさえも何者かに捕食されてしまった事。
そしてここで過ごす間も、定期的に外から聞こえる得体のしれない怪物の遠吠え。
外の森は危険だ。その考えは、強くなりはするものの消えることは決してない。
だが、それをこの子達に説明して、理解を得られるかどうか……。
「ええとね。外は危険なの。本当に。私なんかが歩いてたら、たちまち食べられてしまうぐらいに……ほら、時々遠吠えが聞こえてくるでしょ? ああいう、怖い生き物がいるのよ」
「確かにそれはお母様がずっと私達に言ってきた事ですが……」
「大丈夫なんじゃないの? あの遠吠えって、ずっとずっと遠くから聞こえてくるし。この近くで変な気配を感じた事はないよ」
案の定、子供達は大して危険を感じていないようだった。
むしろ、これまで親の言う事を素直に聞いて抑え込んできた外への好奇心が、アベルの発言をきっかけに抑えられなくなってきている……そういう気もする。
「僕はアベルに賛成だな。こんな何もない地下にこもっていてもしょうがないよ」
「うーん、うーん。私はお母さんのいう事も無視できないと思うけど……でも、資源が足りないのは事実だしなあ」
「ちょっと顔だして、ぱぱぱーっと資源回収して、それで戻ればいいじゃん。長居しなければいいんだよ」
ああ、ダメだ。
話は完全に、外に行こう、という方向で固まっている。
確かに、このままでは新しく生まれてきた四人の赤子が飢える事になってしまう。わかってはいたが、卵の出現は端末の持ち主でも管理できない。育てていた子が成虫になったら、自動的に出現する仕組みで……その数はどんどん増えている。だからといって、産まれてきた子供を見捨てる訳にもいかない。
かといって、ここで私が強固に反対し続けた所で、あの子達は自分達だけで外に出かけていってしまうだろう。何も知らないあの子達が外に出たら、間違いなく命を落とす事になってしまう。私が身を盾にして外に行くのを阻めば、優しい子供達の事だ、しぶしぶそれを受け入れてはくれるだろう。だがそれでは、結局食糧不足を解決できない。
堂々巡りだ。
こうなったら、やむを得ない。
「……わかったわ。外への遠征をおこないましょう。ただし、私もついていくわ。そして外では、絶対に私のいう事には従う事。これが守れないなら、許可しないわ」
「お母様! ありがとうございます、わかってくれましたか!」
「よかった、外を知っているお母さんがついてきてくれるなら安心だ!」
「これで何とかなるね!」
私からの許可に、子供達は触角をこすり合わせるようにして口々に喜びを示す。その様子を見ながら、私はキリキリ痛む胸を手で押さえた。
なんとしても。
なんとしても、この子達だけは守らなければ。
それが、親である私の使命なのだから。
「それじゃあ、あとはよろしくね、エルフ。ファーン」
「お任せくだしあ、お母さん。ちゃんと弟達の様子は見ておきます」
「吉報をお待ちしていますー」
留守番を頼んだ子供達に、あとを任せる。
なんせ四匹も赤ちゃんがいるのだ。周囲の助けが必要な彼らだけをおいていくわけにはいかない、子守が必要だ。
私と共に探索に向かうのは、アベル、ビィ、シィル、ディンの四匹。三つ子の内一人だけこっちに来る事になったディンは、ちょっと申し訳なさそうである。
「が、頑張ってくるね」
「頼むよ、ディン。僕たち世代の代表なんだから」
子供達の微笑ましいやり取り。本来ならばほっこりするところだが、今の私はこの後を考えてキリキリと胃が痛むばかりだった。
「よし。いくよ。重ね重ね言っておくけど、私の命令は絶対! だからね!」
「はい、お母様」
「まず第一に、勝手に遠くに行かない事! 探索は、巣から目が届く範囲で! これを守れないと判断したら即座に引き返すからね!」
私の念押しに、コクコク頷く子供達。
この子達の事だから態度だけ、って事はないと思うけど……やはり根本的な所で、外の危険性を理解していないのははっきりとわかる。
やっぱり、私が気をつけなきゃ……。
久方ぶりに前にする、外に通じる木の根っこの隙間。
ごくり、と唾を飲んで、私はその隙間に体を潜り込ませた。
「んしょ、んしょ……」
隙間から外に這い出し、肘をついて周囲を見渡す。
空を枝葉に覆われた、昼でも夜のように暗い森。それでも本当の闇の中に比べればずいぶんと明るいという事に、今更ながら気が付く。
「右よし、左よし、上もよし、と」
念入りに周囲を索敵して外に這い出す。私の後に続いて、ぴょこん、と大きな蟻の頭が顔をだして、きょろきょろと周囲を見渡した。
「わあ……これが外かあ。キラキラしてる、よっしょいと」
「いろんな匂いがする……ふわあ……」
「早く出てよぅ、僕も外に出たいー」
つっかえながら、外に這い出してくる子供達。流石蟻というべきか、体格からすれば狭いはずの隙間を潜り抜けるのも、苦ではないようだ。
次々と外に這い出してきた子供達が、心なしか複眼をキラキラさせながら周囲を見渡す。ぴく、ぴく、と触角が何かを探るようにひっきりなしにうごめいていた。
「これが……外……」
「な、なんかワクワクするね」
「こら、ビィ。勝手にどっかいかない、って約束したばかりでしょ」
ふらふら、と歩き出したビィの脚を、シィルが咥えこんで静止する。あ、やべ、と首をすくめるように頭を下げたビィが、おとなしく隊列に戻った。
代表して、アベルが私に方針を問いかけてくる。
「それで、お母様。これからどうします?」
「何か匂いは感じる? 甘い匂いとか、そういうの」
「甘い匂い、ですか……」
私の指示に、アベルは上半身を掲げると、空気をかき回すように触角をうごめかせた。ほかの兄弟達も、ある者は地面をとんとんと触角でたたき、ある者はきょろきょろと周囲を見渡す。
三者三様のやり方で周囲を索敵する兄弟達で、最初に何かを発見したのはやはりアベルだった。
「お母様。あっちの方から、根っこの汁に近い匂いがします。でもちょっと、違うような……」
「よし。皆でそっちに向かおう。でも決して、広い所にはでないで。必ず木の近くや梢に身を隠して、互いに死角をカバーしあうのよ」
「はーい。皆、いくよー」
ぞろぞろと子供達を引き連れて、アベルの示した方向に向かう。下草の間に身を屈めて歩く私に対して、子供達は背を低くしてうまく緑に紛れている。こうしてみると、赤みのかかった甲殻は上に草葉の陰が落ちると地面の土色とうまく一体化するようにできてるんだなあ。体そのものは私より大きいのに。
「うう……な、なにも居ないよね……」
「お母様、ちょっと警戒しすぎですよ。大丈夫ですって」
それでも、いつ周囲の藪から怪物が襲ってくるかもわからない。きょろきょろ周囲をしきりに見渡す私に、アベルが軽い口調で語り掛けてくる。
「触角で感じる限りでは、周囲に変な生き物はいません。気にしすぎですって」
「うぅ……そうかな……」
「お母様は心配性ですね。ほら、皆も大丈夫っていってますよ」
子供達がぴこぴこと触角を動かし、私はしぶしぶ頷いた。まあ、人間よりもかなり鋭敏っぽい彼らの感覚がそういってるなら、そうなのかもしれないけど。
恐る恐る先に進み、行く手をふさぐ大きな藪を手でかき分ける。
途端、甘酸っぱい香りが、私の鼻にもはっきりと感じられた。
「ふわあ……」
藪の先は、梢の間から日光が降り注ぐ林床。そこに数株の低木が枝を広げていた。その緑色の葉っぱの間に実るのは、緑色の大きな丸い果樹。
近づいて確認すると、その重さで枝をしならせているその木の実は見るからに瑞々しく、皮も薄くて柔らかい。
すんすん、と匂いを嗅ぐと、柑橘系のいい匂いがした。
「これは……なんだか食べられそうね」
「美味しそう! とてもいい匂いがします!」
「これはいいポイントになるかも! ううん、このまま食べたい、食べたい! 食べてもいい?」
堪えきれずに果実に齧りつこうとしたビィの頭を苦笑しながら取り押さえる。気持ちはわかるが、今は駄目だ。
「だーめ。持ち帰ってから食べましょう」
「ちぇ。はーい」
「よし、皆、一人一つずつ持って」
木の実を皆で収穫して大顎に咥える。私も一個、枝からもいで両手で抱える。
サイズはバスケットボールぐらいか。水気たっぷりの木の実はずっしり重くて、感触は梨に近い、か?
久しぶりにミルクとビスケット以外の食べ物を前にして誘惑を感じるが、今は我慢、我慢。こんな危険地帯で食事中なんて無防備な姿は晒せない。
「よし、皆戻るよ」
「わーい」
「えへへ」
ガサゴソ、と来た道を引き返す。帰りも気を付けて、木や藪の陰に身を隠して……家まで、あと少し。
大きな木の根っこと、その下のわずかな隙間が見えてきて、ほっと私は安堵の息を吐いた。
「よし、ここまでくれば……」
ガサリ。
私でも子供達でもない、別の誰かが立てる物音がした。
脚が止まる。
恐る恐る振り返った先に、ソイツはいた。
『グルルル……』
大木の陰から、顔を出す緑色の毛皮。長い脚に、大きく裂けた口。伸び放題の長い毛皮の下から、黒目がちの瞳がじっと私達を見つめていた。
でかい、獣。狼でも熊でもないけど、はっきりしているのはそいつが肉食だという事だ。むはぁ、と蒸気のように臭い息を吐き出す口元には、鋭い牙がずらりと並んでいる。これで菜食主義者だったらびっくりだ。
「ぴぃ……っ」
「ひ……!」
「しっ! 静かに……」
背後で悲鳴を上げる子供達を制止する。こういう時、真っ先に動いた方が狙われる。
怪物は、あまり目がよくないのか、こちらを見つめたまま動かない。だがすんすん鼻を鳴らす様子を見ると、襲い掛かってくるのも時間の問題だろう。
私は、そっと子供達の姿を振り返った。藪に紛れ、地面と一体化している彼ら。それに対し、茶色のワンピースを着て二足歩行している私は、彼らよりも視認性は高いだろう。
……だったら。まだ間に合う。
「こっちよ!!」
決断は一瞬。私は手にした果物を怪物に投げつけながら、藪の中から飛び出した。
「お母様!?」
「アベルは皆を連れて巣に戻って! 約束でしょ、私のいう事は聞きなさい!!」
藪の中を走りながら、アベルに命令を下す。
それ以上の猶予はなかった。
動き出した私を見て、はじかれたように怪物が動き出す。疾風のように襲い掛かってくるその巨体を、木陰に回り込んでやり過ごす。
「いいから! 兄弟を守るのよ! 貴方はお兄ちゃんでしょう!」
「っ! み、皆、今のうちに……!」
藪に隠れた子供達が、巣に向けて移動を開始するのがちらりと見えた。これでいい、あとはできるだけ巣から怪物を遠ざける……!
「ほら、こっちよ! オマエの探しているのは私でしょ!」
『グルルゥ!』
隠れた私を見失ったらしい怪物に、手振りと声で合図する。再びこっちを襲ってくる怪物の足元をかいくぐるようにやり過ごし、藪の中をひた走る。
枝がひっかかって、一張羅のワンピースが裂けるが気にしていられない。
今はとにかく、あの怪物を引き付けておかなければ……!
「はあっ、はあっ、はあ……っ!」
藪の中をじぐざぐに走り、木陰に隠れる。そっと背後の様子を伺うと、あの緑の獣はうろうろ周囲を鼻先で探りながら、てんで見当違いの方向に歩き去っていく。
どうやら、見た目通り索敵能力は非常に低いらしい。
百獣の王は兎一匹にも全力を尽くすというが、あの獣は兎を狩るのは苦手なようだな。
「ふぅ……なんとか、なったか……」
獣の姿が完全に森の奥に消えていったのを確認して、私はふぅ、と額の冷や汗を拭った。
「よし。あいつが戻ってくる前に、巣に戻らなきゃ……」
ほかの脅威が無いか周囲に気を払いながら、木陰から離れる。安心したらしたで、こんどあh頭の中は子供達の事でいっぱいだ。
「急げ、急げ……。でもこれで、あの子達も外の恐ろしさが分かったでしょう」
結果よければそれでよし。
これであの子達も、軽率な行動はしないはず……。
「アベル、心配してるだろうなあ、怒ってるだろうなあ。ちゃんと謝らなゴボ」
私の独り言が、突然阻まれる。
ごぽ、と胃の淵から吹き上がってきた粘性の何かで、息がふさがる。こぽこぽ、と口から噴き出す血の泡、私は不思議な気持ちで見下ろした。
その、向こう。私の胸を貫いて、何か、白くて、とがったものが……。
「あ、え……?」
震える手で、その白い物を握りしめる。膝から力がぬけていく。それなのに、反比例して私の視界は背後に向けて浮き上がっていく。
その向こうに並ぶ、牙、牙、牙。
遅れて、思考が吹き飛ぶほどの激痛が襲ってくる。全身の骨の中に無理やり針金をねじ込まれたような途方もない激痛に、手足がひきつって動かない。
「あぁ……」
霞む意識で納得する。
この森にすむ獣が、小さな獲物を見逃すなんてそんな無様、晒すはずがない。
私はただ、弄ばれていただけだ。愚かな獲物が、助かったと思いあがった瞬間を、こうして捕食する為に。
底なしの闇のような、牙の生えた天蓋が降りてくる。
全てが闇に閉ざされる中、私の頭に浮かんだのは残していく子供達の事だった。
「ごめんね」
グシャリ。
『運命者の死亡を確認しました』
『実績ポイントを消費して蘇生を行います』
『消費する実績ポイントは蘇生の度に増加します。ご注意ください』
◆◆