ロリママ女王蟻   作:んばぶぅ

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第八話 命の価値

 

 

 

 

 

 

 

 

「んん……?」

 

 気が付くと、私は薄暗い土の上に寝かされていた。

 

 ひんやりじめじめした小さな小部屋。身を起こすと、枕元で端末がピカピカ光を放っていた。

 

「ええと、ここはどこだ……?」

 

 端末をしまい込み、周囲を見渡す。と壁際に、アルミホイルを畳んで作ったアリの人形が並べられているのが見えた。

 

 あれは私が作ったものだ。ビスケットの包みをねじって作った、子供達のお人形。となると、ここは地下の私の部屋か?

 

「……生き返った?」

 

 自分の胸に手を当てて自問する。あの、巨大な牙に背後から胸を貫かれた感触は今もはっきり覚えている。あれが夢や幻であるはずがない。

 

 今は傷一つない胸元に首を傾げていると、どこからひそひそとさざめくような泣き声が聞こえてくる。

 

 胸を締め付けるようなその響きに誘われるように、私は部屋をでて大広間に向かった。

 

 そこでは……。

 

「うぅ……うぅ……お母様……」

 

「僕の……僕達のせいだ……」

 

「うわああああ……」

 

 一言でいうならまさにお通夜。蟻の子供達が、何かを中心に集まって項垂れ嘆いている。

 

 小さな子供達も一緒だ。めそめそ泣く赤ちゃんを、そっと兄達の触角が優しく撫でていた。

 

「マァマ……ママ……びええええ」

 

「んびぃ、んばあ。んぃいい……」

 

「ごめんね……ごめんね……お兄ちゃん達が不甲斐ないせいで……本当にごめんねええ……」

 

 迂闊に声をかけるのも憚れる雰囲気に、私はそっと後ろから回り込んで彼らが何を取り囲んでいるのか確認してみた。

 

「あら」

 

 それは、一着のワンピースだった。

 

 ぼろぼろに引き裂かれ、真っ赤な血で染まった、元は茶色いワンピースだったもの、その切れ端。

 

 凄惨な犠牲者の遺品、といったそれを取り囲み、子供達はただただ嘆いている。

 

 というかあれ、私が着てた奴じゃん。

 

 じゃあ今着てる奴は? ちょいちょい、と自分のワンピースを引っ張って確認するも、今大事なのはそこじゃない、と気分を切り替える。

 

 子供達の数を数える。ひぃ、ふぅ、みぃ……一人の欠員もいない。とりあえず、子供達は全員、巣に戻れたようだ。

 

 文字通り体を張った甲斐があったというものである、ふふ。

 

 唯一の懸念事項が晴れて、心が軽くなる。

 

「よかった。アベルは約束を守ってくれたんだね」

 

「お母様……はい……。アベルは約束を守りましたよ……だから、だからもう一度私の頭を撫でてください……うぅ……」

 

「よしよし。アベルは頑張ったねえ」

 

 愛し子の傍らに座り込んで、頭をよしよし、と撫でてやる。

 

 ぴくぴく、と跳ねていた触角の動きが、ぴたりと止まる。

 

「………………。…………おかあさま?」

 

「うむ。お母さんだぞ」

 

 しばしの静寂。そして。

 

「お母様!!!?」「ママ!?」「ママン!?」「マンマァ!?」「お母さん!?」「母様!?」

 

「うぉっ、ちょ、ま、落ち着け……わあああ!?」

 

 すごい勢いで殺到してくる子供達に押し倒されて、私はそのまま床の染みとなったのであった。アーメン。

 

 

 

 

 

「……つ、つまり、生き返った?」

 

「そういう事らしい。これのおかげでな」

 

 ひとしきり子供達が落ち着いた後、私は事情を彼らに説明していた。端末を片手にちらつかせて、絡繰りを説明する。

 

 子供達は半信半疑といった様子だが、目の前にこうして無事な私の姿があっては信じない訳にもいかず、端末と私との間で視線を彷徨わせていた。

 

「そんな事が……」

 

「うむ。まあ、そういう訳だから、今後は外での物資回収は私が行く事にするよ」

 

 なんせ生き返れるのはあくまで端末の持ち主だけ。子供達はその対象外だ。

 

 一つしかない子供達の命と、何度でもとはいかないが生き返れる私の命。どっちを大事にするかなんて言うまでもない。

 

 そのはずなのだが。

 

 私の言葉に帰って来たのは、子供達の徹底的な拒絶だった。

 

「駄目です! お母様は巣で待っていてください!」

 

「な、何を言ってるんだ。外は危ないんだぞ!?」

 

「それはもう、痛いほどよくわかりました。お母様が、ずっと外に出るのを渋っていたのも、今なら納得できます。でもだからこそ、お母様は外に出るべきではないんです! 生き返れるという事は、死んでもいいという事ではないんですよ!」

 

 顔をぐいっと近づけて、珍しく……というより生まれて初めて私に反抗するアベル。彼だけではなく、他の兄弟までもがうんうん、と頷いて同調の意を示している。

 

「で、でもお前達は死んだらそれでおしまいで……」

 

「だとしても、です! 大体、生き返れるといっても、本当に次があるのですか!? お話によれば、生き返る度に必要なポイントとやらが増えていくのですよね。そのポイントは、本当に充分にあるんですか? 無いでしょう?!」

 

「うぐ」

 

 それを言われると痛い。確かに、蘇生に使われるポイントはいつもの変換で手に入るのとは違う、実績の解放によってのみ得られる特別なポイントのようで、つまりは限りがある。現状の残量では、あと一回、生き返ればそれでおしまいだ。

 

 それでも、一回は生き返れるのだ。

 

 死んだらお終いの子供達とは違う。

 

「だとしても、私とお前達の命は等価ではないんだ! お前達は、たった一つの……」

 

「ええ。そうです、お母様と私達の命は等価ではない。例え生き返れるとしても、お母様を危険にさらす訳にはいかない! もしも、もしもお母様に何かあったらあの子達はどうなるんです!」

 

「んぶぅ。ばぁ……」

 

「びぇ、びぇ、びぇえ……」

 

 ぴょいぴょい、とアベルが触角で指し示すのは、まだ乳飲み子の兄弟たち。まだ意識もはっきりしていない子供達は、しかし周囲の険悪な雰囲気を敏感に感じ取ったのだろう、不安そうに泣いている。それを、上の兄弟たちがアゴで咥えて、優しくあやしていた。それでも、子供達が泣き止む様子はない。

 

 小さな子供達を目にして言葉を失う私に、アベルが畳みかけてくる。

 

「あの子達の母親は、お母様しかいないんです! それに、端末を操作できるのもお母様だけ。お母様が御隠れになれば、新しい卵も生まれてこず、食料も途絶え、残された子供達は食糧もなく、親もなく、全ての未来を閉ざされて死んでいくしかないんです。あと一回生き返れる、じゃないんです。あと一回しか生き返れないんです! お母様には、これから生まれてくる何十という兄弟たちの未来がかかっている事をどうか、お分かりください……!」

 

「あ、アベル……」

 

 長男の苛烈な反論と、その道理の正しさに私は口を閉ざした。

 

 感情的には納得できない。だが、泣く幼子を引き合いに出されては、私には言い返す言葉がない。

 

 アベルが言っている事は正しい。正しいのだ。

 

 親が子を育て、子がやがて親を置いていくのが自然な摂理だ。だが、現状の私達を取り囲む状況は酷く歪で偏っていて、必ずしもその通りではない。生存を支えるインフラを保持しているのが私だけである以上、優先されるのは私の命であり、それに依存している立場の子供達の命の優先度はどうしても下がる。

 

 トリアージ。異常な状況では、それに合わせた優先度が存在する。

 

 でも、だからって。

 

「……お母様。私達とて、死ぬつもりはありません。今回の事で、外がいかに危険か、私達も少しは理解できたつもりです。今後外で活動するにあたっては、最大限の注意を払い、犠牲を出さないよう、慎重に立ち回ろうと思います。これでは納得いただけませんか?」

 

「アベル……」

 

「ぼ、僕達も頑張るよ。今回みたいな事は繰り返さない、絶対に!」

 

「約束するよ、必ず皆無事で帰ってくるって!」

 

 アベルに賛同して、次々に声を上げる子供達。どうやら、皆、心持ちは同じらしい。

 

 正直言うと、納得はしていない。していないが……これ以上は、私の我が儘というものだろう。

 

 そうだ。結局、生きている限り、どんな形であれ危険や脅威はそばにあるのだ。

 

 私が外に出ても、子供達が外に出ても、そこは同じ。であるならば、ここは親として、子供達の成長を快く受け入れてやるべきではないか?

 

「……分かった。でも、絶対に生きて帰ってくるのよ。その為に、やれる事は全てやって。その事を約束できるなら……」

 

「お母様! ……はい、お母様を悲しませるような事は、決して!」

 

 未練たらたらの、しぶしぶといった私の承諾に、ほっとしたように頷くアベル。

 

 ……ふぅ。

 

 まあ……仕方ないか。

 

「わかりました。……そうと決まれば、気持ちを切り替えて行くわよ。まずは、持ち帰った果物の鑑定! どれぐらいのポイントになるか早速試しましょう」

 

「はい、わかりました! おーい、ビィ、持ち帰った資源を持ってきてくれ」

 

「あーい!」

 

 辛気臭い話はここまで!

 

 なんだかんだでせっかく持ち帰った資源は有効活用しないとね。

 

 目の前に積み上げられるのは、苦労して持ち帰った大きな木の実。これが食べられるとしても、残しておくのは半分ぐらいにしておいて、残りは全部ポイントに変えてしまおう。

 

 なんだかんだで、ポイントにしておけば腐らないし、ミルクにビスケットにその他いろいろ、使い道は無限にある。

 

 そういう訳で、端末でパシャリ。どれぐらいのポイントになったかな……って、おっ。

 

『対象をポイントにしますか? >YES 了解しました。100ポイント入手しました。図鑑記録“ニヤの実(ノーマル)”が記録されました』

 

 なんと一気に100ポイント! それだけじゃない、何やら図鑑とやらも埋まったらしい。もしかして、詳しい説明とかもあるかな……?

 

「どれどれ……?」

 

『ニヤの実(ノーマル):ドラウンバイク大陸全域に自生する広葉樹、ニヤの実。ニヤは環境に適応して変異する特性があるが、これは基本的な形態の物になる。水分が多く、食用に適する。ただし、消化器官が未発達の幼体は下痢を起こす可能性がある為、多量の摂取は推奨されない』

 

「お母様、端末にはなんと?」

 

 端末の内容に目を通していると、横からぐいぐい、とアベルが顔を突っ込んでくる。彼は複眼で端末の光る画面を凝視して、へたっと触角をしなれさせた。

 

「ううっ。私達にはやっぱり何が書いてあるかわかりません……」

 

「まあまあ」

 

 しょんぼりするアベルの頭をよしよし、と撫でる。

 

 どうやらこの端末、使用者である私以外には内容を認識できないらしい。所有権とかそういうのがあるのかな。便利なんだか不便なんだか。

 

 とりあえず、書いてあった内容をそのまま伝えると、ぴぴん、と子供達は触角とお尻を持ち上げて反応した。

 

「100ポイント!?」

 

「しかも食べられる!?」

 

「ねっねっ、ママ、ママ、食べてもいい?? ねえ?」

 

 ビィなんぞはさっそく木の実の一つを顎で咥えて可愛くおねだりである。別にいいけど、私が話す前から咥えてなかった、それ?

 

 食いしん坊なんだから。

 

「いいよね、いいよね? じゃあ食べるよ、わーい、むしゃむしゃむしゃ」

 

「ああっ、ずるい! 僕も僕も」

 

 許可を出すなり木の実を食べ始めるビィに、シィルも慌てて顔を寄せる。二人仲良く木の実をシャクシャク咀嚼する様子を見つめている他の子供達。

 

「ぷぷ、アベル、顎の間から涎が垂れてるわよ?」

 

「!? し、失礼しました……」

 

「遠慮しなくても、これを持って帰ったのは貴方達なんだから。半分は食べていいわよ」

 

 私の許可に、それでも子供達は顔を見合わせる。しかしながら、美味そうにシャクシャク食べるビィとシィルに触発されたのか、やがては自分も自分もと、木の実をシャリシャリ齧り始めた。

 

 そうなると、黙ってられないのが赤ちゃん達である。状況はわからないまでも、兄弟が何か美味しいものを食べてる、というのは分かるのか、俄かに騒ぎ始める。

 

「んばあ、ぶぅ、ばあー!」

 

「んびぃ! んぁー、ばぅー、あぅー!」

 

「あばば、ぶぅ、ママ、んぶぅ」

 

 もぞもぞ、収まっていた籠から脱走しようとする子供を抱き上げて、私はきゅっと胸に抱きしめた。

 

「はいはい、ちょっとまってね。一口だけ上げるから、大人しくしてて」

 

「いいんですか、お母様?」

 

「たくさん食べさせたら不味いだけで、ちょっとなら大丈夫よ」

 

 要はカブトムシにスイカをあげるようなものである。水分が多すぎるから上手く消火できなくげ下痢してしまう、みたいな。ただこの子達が飲むミルクはカブトムシの主食である樹液とかに比べれば大分水っぽいし、本当に一口二口、味が分かる程度なら問題はないと考える。これがハチミツみたいな、菌とか毒性が免疫の無い赤子には危険、という話ならまた変わってくるがそうではないようだし。

 

「アベル、ちょっと貰うわね」

 

 食べかけの木の実を、ほんのひと欠片拝借。それを抱きかかえた子の口元にもっていくと、匂いに反応したのか顎がわきわき、と動いて催促してくる。汁を零さないように咥えさせると、むしゃむしゃ、と小さな口が果肉を飲み込んでいく。

 

「んぶぁー! んぶ! あば!」

 

「美味しかったのねー、よかったわねー。大きくなったら、たくさん食べれるからその時までお預けね」

 

「んぶぅ、ばぁ! きゃっきゃ」

 

 初めて食べる果物の味は随分とお気に召した様だ。もぞもぞ動いて腕の中から飛び出しそうな我が子を、そっと籠の中に戻す。四人詰まってミチミチになってる籠の中から、もう一人を拾い上げて、再びあーん。

 

「あぶぅー! んちゅ、んー」

 

「あ、こらこら、指を離して。渾身の勢いで吸わないで」

 

 こっちの子は待ち構えていたように果物ごと指に吸い付くと、そのままチューチュー吸い付いて離してくれない。腕を上げると、でっぷりした体が指に吸い付いたまま、特大の果実みたいにぷらんぷらんと揺れた。

 

 赤ちゃんをぷらぷらさせていると、食事中のアベルがぎょっとして顔を上げる。

 

「ちょ、お母様、大丈夫なんです?! 指とれちゃいませんかそれ?!」

 

「大丈夫大丈夫、可愛い物よ、こんなの。そーれ、こちょこちょ~」

 

「ぷあぁ、きゃっきゃ」

 

 吸い付いて離れない我が子の腹を指先でこちょこちょー、とすると、思わず笑いだした子供がすとんと離れる。その体を再びキャッチして胸に抱き、籠に戻す。えーと、次の子、次の子……よし、君に決めた。

 

「うふふ、今度の子供達も個性豊かで楽しいわ」

 

「……う、ううーん。僕達も、幼虫の頃はそんな感じだったんですかね……? もしかして、お母様には酷く迷惑を……?」

 

「まさかあ。何をされたって迷惑だなんて思わないわ。ねー?」

 

 抱き上げた子供にほっぺを寄せると、その子は足とお尻をくねくねさせながら嬉しそうに声を上げる。きゃっきゃ、と笑うその口元に果実を押し当てると、もくもくとそれを食べ始める。

 

 本当に良い食べっぷり。確かに、ミルクとビスケット、それと木の根っこから取れる蜜だけ、というのも、子供達の成長にはよろしくないのかもしれない。

 

 正直、心の底から納得した訳ではないけど……。

 

 それでも、アベルの言う事、理があるという事を、認めない訳にはいかない。

 

「……確かに、貴方達に外で頑張ってもらう方が、この子達皆の為にもなるかもしれないわね」

 

「で、では!」

 

「でも! 本当に、危険な事はわかってね。実行するにしても、念入りな計画と下準備が大事よ。私を納得させるだけの段取りがないなら、外に出るのは許しません!」

 

 それだけは、絶対に譲れない最後の境界線だ。

 

 いくら外の資源が魅力的かつ、必要なものだとしても、この子達の命以上に優先されるものではない。絶対に安全、なんてことは約束できなくとも、少なくとも万全を期さなければ許可は出せない。

 

「わ、わかりました! ちゃんと考えます、僕らで」

 

 顔を見合わせて、互いに頷き合う子供達。まあ、分かっているならそれでいい。賢い子達だもの、これだけ言えば、ちゃんとやるべき事をやれるはず。

 

「うん。わかったなら、よろしい」

 

 

 

 

 

◆◆

 

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