世界征服から数ヶ月。
「力を求める者たちよ。来《きた》る死花《しばな》の開花する時までに。俺の血を飲んでみろ。血族として迎え入れよう」
──魔王アグランスによる宣言は、世界樹から世界中に行き渡った。
「……魔王様の血族に……?!」
「魔王様、本当なの?」
「魔王様ぁあ!!」
魔王アグランスの血族──六席あるうちの一つに座れるのだと、魔族の国中から歓声が湧き上がる。
宣言が為されたその夜。魔族達は、酒を交わし、宴を開き、誰が新しい血族になれるのかと騒ぎ立てた。
──かくして、世界中に広まったアグランスの宣言であったが。
こと本人である魔王アグランスは、頭を悩ませていたのである──
◆ 魔王城にて
「アグランス様──血族はもう増やせませんよ!!」
ルミィナの言葉が、頭に響き渡った。
俺──魔王アグランスは、円卓の間で頭を抱えていた。
中央の巨大な円卓を囲むように、七つの席が置かれていて、その一番豪華なものに座っていた。
世界征服を果たした後、俺と対等に渡り合っていた実力者とは戦う機会もなくなった。
──そう、暇だ。
だから、強い者共を募った。
俺の血を分け与えれば、力が覚醒するのだ。その力をもって強き者が最後の血族となれば、我が魔王軍は完全無欠になる。──仲間の厳選ということだ!
……が、血族はもう増やせないッ!
「……いや、いやいやいや。ほんとに言ってるのか」
俺の向かい側に座って、机に突っ伏しているルミィナ──俺の右腕の飢鬼《オーガ》。
切り揃えられた白髪のボブヘアに、紅い一本角。
「血族の定員はたった六席……謀らずも最後の六席目となったのはスライムのポヨンたそ……」
大きく溜息を吐きながら、絶望の表情で呟くルミィナ。
「ぁぁぁあああ!! せっかくの最後の血族なんだったら、もっとかっこいいやつが良かった!!」
「私のようなもので申し訳ないな。アグランス殿」
俺の愚痴に反応して、円卓の端からニュルっと乗りかかってきた魔粘液《スライム》──ポヨンたそ。
「……仕方ないことです。“あれ”は事故でしたから……」
ルミィナが目を伏せながら励ますように言ったが、その響きはあまりに暗かった。
「世界樹の宣言は!! 『やっぱ、今のなし』って言っちゃダメかなぁ?!」
ガバッと勢いよく頭を上げて、ルミィナに助けを求めて目を向ける。
「……それは魔王としてどうなのですか」
冷ややかな目で俺を見つめ返すルミィナ。
「ほほほ、やってしまいましたな。アグランス殿」
苦笑して、ぷるぷる揺れるポヨンたそ。
「……このままでは恐らく、魔王としてのアグランス様の宣言に魅入れた者たちが、血族になろうと押し寄せてきますよ。
──例えば、どこぞの変態女集団とか」
指を立てるルミィナ。
かつて俺の目の前に立ちはだかった剣聖──サアミクスが頭に浮かんだ。
──舞い上がる火の粉。炎滾る街道で対峙したのは剣聖だった。
我々、魔王軍の2000に及ぶ不死《アンデッド》の騎兵軍を、単独で壊滅にまで追い込んだ者。
鋭い剣捌き、蛇の目、恍惚とした表情。美貌に、白髪のロングヘア。
斬られる度に喜び、幾度と立ち上がった。
「ぅあぁあああああ、やめてくれぇ……っ!
来るな、来るなぁっ」
「……。そのような者が、アグランス殿と面識が?」
若干引き気味のポヨンたそ。
「かつて剣を交えた者がいてな。──『剣聖』なんて二つ名のついた女騎士……どうやら、俺に惚れ込んだらしいのだ……。
要は、今からド変態マゾ異常性癖持ち女が、俺の血を求めてここに押しかけてくるって訳だ……っ!!」
「しかし、並大抵の人間共はその正義を貫いて、魔王様の血族になろうなど考えませんよ」
「……っ! そうだ! そうだよな! ポヨンたそ!」
危ない……思わず素で取り乱しかけ──
「──人間とは、何時如何《いついか》なる時も欲望に忠実なものです」
呆れたように、呟いたルミィナ。
「……」
ルミィナのその言葉は、説得力が違った。
──昔から、運命を共にしていた仲だ。
「とにかく、今すぐ来るなんてことはないだろう──」
「アグランス様ぁぁぁあッ!!」
円卓の間の扉を勢いよく開けた小鬼《ゴブリン》。
待ってくれ、頼む……。次はなんだ!?
「奴が……っ! 剣聖がお見えですッ!」
よりにもよっていちばん厄介なやつが!!
「──あぁああクソッ!! あの女ぁあ……ッ!
……玉座で待とう。ルミィナ、ポヨンたそ。手出しは無用だ」
後ろ髪を束ねて、溜め息を吐きながら円卓を後にした。
◆
玉座の間へと続く扉に手をかける──開けたくねぇ……。
並んだ黒曜石の柱と、玉座へと続く階段。
中央のカーペットの装飾が、いかにもな雰囲気を醸し出す玉座の間。
階段を上がりながら、自分の失態を思い返しては何度も溜息を吐いていた。
暇じゃん……? 暇だったんだよ……。こんな早く来るなんて聞いてないし──いや、考え無しな俺が悪いんだけどさぁ……!!
あと一段。カーペットを踏みしめる。
──落ち着け。魔王として、面子を潰すわけにもいかない。
何食わぬ顔で、玉座で足を組んで座る。
すると──
ゴンゴン!!
乱暴に、入口の扉が叩かれた。
「入れ──」
勢いよく開く扉。
「──アグランス様ぁああああ!!」
凄まじい勢いで走って、玉座の階段前へと滑り込んでくる剣聖。
「我を、血族として迎え入れてくださるのですかッ?!」
「……」
帰れぇええ……!! こちとらスライムのポヨンたそで定員オーバーなんだよぉお!!
内心大焦りだったが、サアミクスを見下ろして、頬杖をついたまま黙っていた。
頬を紅潮させて、ガンギマった目で俺を見上げる剣聖。
「ただではならないのですね……っ、どのようなお仕置きが我を待っているのでしょう!?」
剣聖は息を荒くして、頬に手を当てた。
……。どうやら、黙りこんだことが逆効果だったらしい。
「そうだな。俺の血族になりたいのだろう?
ならば、それ相応の力が必要だ。たしか、以前も剣を交えたな。
しかし、名前など覚える価値もなかった。実に、脆かったのでな。いやはや、生きていたとは驚きだが……」
……ふぅ、落ち着け?魔王としての威厳を保て。カッコつけてるんじゃない。かっこいいんだ俺はッ。
剣聖は以前対峙した時と、姿が異なっていた。
人肌、と呼ぶには程遠い、青白い死人のような肌。その上から、乱雑に縫われたつぎはぎが痛々しい。
まるで、不死《アンデッド》のようだ。
ゆっくりと立ち上がって、剣を引き抜く不死《アンデッド》。
「そうかッ!! 剣聖として、名を覚えられていないなど……以ての外!! もう一度名乗らん!!
──我こそは、死肉のサアミクス!!
『乙女十三座』、第十番!!
歴史に名を刻んだ、剣聖よ!!
魔王アグランスの血を啜らんとし、いざ参らん!!」