のませて魔王様!!   作:メクスィィィー

1 / 17
第一章 血族面接
プロローグ


 戦地を駆ける。生ぬるい、血混じりの風が頬を撫でて気持ちが悪い。

 狙うは目前の、小隊の後列。

 

 ──大斧を振りかぶり、回転薙ぎ。

 

「ぐぁぁああっ」

 

 無数の血が渦巻いた。その瞬間、小隊の列は意味を無くした。

 全員が俺に向かって剣を構える。

 

「て、敵襲ッ!」

 

「──がっ」

 

 首、首、首が弾け飛んでは、次に哀れな身体が崩れ落ちる。

 

 無数に赤が飛び散り、絶叫に混じった血の匂いが鼻を焦がした。およそ十人程を斬り捨ててからのことだった。

 

 ──視界端。その瞬間の光景を、目に焼き付け、唖然とし、何も出来ずただ立ち尽くす人間が一人。

 

 そうしてもう一人。眼下、腰を抜かしてる阿呆。まずは、こいつ。

 

 ──枯れた戦地に血が流れる。血が流れたとて、大それた理由など、ない。それこそ、戦であるのだ。

 

「──助け」

 

 しかし確かに、それが安堵の根を張り巡らせて、心を満たしていく。

 今、目の前で分か断れた人間の血が足に流れ着いた。

 振り払った大斧。飛び散る血飛沫。赤黒く光を反射した。

 

「っひ、ひぃっ!」

 

 震える足、見開かれた瞳、噴き出す汗。

 立ち尽くした人間如きよ──

 

「──貴様の意志、受け継ごうぞ」

 

 大概の人間が見せる、恐怖に対する反応は一様だ。

 

 見下して、ただ分か断つ。

 

「……はぁ、はぁ」

 

 これで、前線の小隊は全滅。およそ二日と言ったところか。

 ただ大斧を振り回し続ける日々だった。それに疲れ果て、息が漏れてしまったのは気のせいだ。

 

 まだ、殺さねば。

 

「──ズチャ」

 

 足音。血溜まり。

 振り向き、駆け、殺す──

 

「──小娘如き、何故だ」

 

 首筋に宛てがう大斧。流血。

 美麗でひ弱そうな、小娘だった。

 

 胸いっぱいに黒く、赤い花を抱えていた。瞳はただ碧く、黄金に靡いた髪が美しい。頭を飾った、誰に送られたかも知らぬ花冠に嫉妬した。

 

 そうしてようやく、屈んでいた彼女と目が合った。

 いつ首が飛んでもおかしくないというのに、彼女はただはにかんで笑った。

 

「……あなた、汚れ塗れね」

 

 ぷくく、と笑って、目を伏せ、口元を手で、覆った。呆気にとられてしまって、しばらく思考が追いつかない。

 

「……死にたいのか」

 

 ようやく絞り出た声は、ただ低かった。

 

「死にたくないよ? ……だけど、せめて弔いは忘れちゃだめ。

 ──貴方が殺してきた跡を、追ってたの。ずーっと、このお花を植えてあげてね」

 

 語る彼女をただ、見つめる。

 

「すっごく強い魔族さん? もし疲れたのなら、一度退いて、見て欲しいの。私が今まで植えてきた、お花のことを。

 貴方が殺した人の事は、私が弔ってあげるから。そうしたら、貴方も後で困らないでしょう?」

 

 大斧を握る力が、緩んだ。首元から大斧が離れる。

 

「この者共は……俺のせいで、不死になるのか」

 

 震える。余計な苦しみが、この者たちに。

 

「私がいなかったら、そうなるね。母様が言っていたわ。いつだって、人は誰かに弔われることで、真に死ねるの。

 だから、母様が死んだ時、このお花を植えてあげたの」

 

 哀しげに笑った彼女。目線は、遠かった。

 そのままゆっくりと腰を下ろして、『お花』を血溜まりに撒いた。

 

「……ほうら、見てごらん?」

 

 屈んだ視線のまま、上目遣いが俺の胸を突き刺した。

 

 ──血溜まりに撒かれ、浮いた黒く、赤い『お花』。溶け落ち、糸のように解れる。やがて血溜まりの底に沈んだ。

 

「……消えてしまった」

 

「せっかち。まだ早いよ〜」

 

 屈んだままの彼女の肩が、ウキウキと揺れている。それを見て、俺の中の、何かが弾んだ──

 

「──ッ、何か生えてきたぞ」

 

 ──赤い茎が、歪な棘を無造作に形成しながら、うねった。

 血溜まりからは、段々と血が消えていた。足元が晴れる。

 

「恋心だよ〜、ひゅーひゅー」

 

「こ、恋心……?」

 

 赤い茎は、歪な形のまま止まった。そうして、先端の蕾が、蠢き始めた。

 

「な、なんだそれは。恋心とは」

 

 初めて聞いた言葉に、問いただす。

 

「……」

 

 彼女は何やら、恥ずかしそうに口元を抑えた。

 

「っ、冗談だよ……」

 

 笑みを零しかけた、細い声が鳴った。

 

 ──その瞬間だった。

 

 彼女の持っていた花びらと同じ、しかしそれは。言葉では言い表せない程に──

 

「──美しい……とは、戦以外であるものだったか」

 

「……私も好きなんだ、これ。気に入って貰えた?」

 

「……あぁ」

 

「へへ、一緒だ。うれしいね」

 

「うれしい、か。……誰と一緒であることが、幸となるのか?」

 

「うーん、なんだろう。貴方みたいな怖い魔族さんでも、好きなものがあって、そんな好きなものが私にとって、いちばん身近なものだったから。両想いだね」

 

 ──くだらぬ。吐き捨てようとした。

 

 立派に咲き誇った『お花』。

 

 血は枯れ果てていた。

 

 ようやく、俺の通ってきた道を、蹂躙してきた道を、目を細め、眺められた。

 

 このように美しいものが、また幾千と並んでいたのだ。

 

 あの川、あの山、あの谷、あの森。

 そのどれもが、黒く、赤かった。

 

「……すまない」

 

「謝ることじゃ、ないでしょう?」

 

 我が生涯の得物、大斧が、初めて俺の手から離れて、その無造作な金属音を晒した瞬間が今だった。

 

 ──ゴトリ。

 

 何か、大きなものを飲み込んだような音。

 俺が、何をしていたのか。

 

 弔いなど、考える暇もなく、ただ、殺していた。

 

◆ 魔王城、寝室。

 

「──様! アグランス様!!」

 

 眠たい。しかし、叩き起される前に反応しなければ。開けたくないのに、ゆっくりと目が開いた。

 

「あと……5分だけぇ〜」

 

 ようやく絞り出した声は弱々しかった。

 

「言ってる場合ですか!」

 

 視界右端。ベッドの横、腰に両手を当てて頬を膨らませたルミィナが立っていた。

 

「今日が何の日か分かっていますか?」

 

「……? なんかの記念日だったっけ?」

 

「……はぁ、違います」

 

 呆れながら、ルミィナは俺の頬をつねった。

 

「いたた」

 

「私の! 領地の! 視察でしょう?」

 

 ──ルミィナの喚きを他所に、未だ頭の片隅にある夢に馳せた。それが今日見た夢だったか、記憶の端くれだったか定かではない。

 

 しかし確かに、初めてそれなりの心を手にしたのは、あのような時だった。

 

 ──まさか、この後、予想だにしない騒動が起こるだなんて。思うはずもなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。