◆ 機鋼都市 マシンガ・ドレイク
『│魔宵の酒場《ヴァーレン》』では、血族の話題で持ちきりだった。
ゴトリと、豪快に酒を置いた鈍豚《オーク》の一人がボヤいた。
「しっかし……世界征服を果たしたアグランス様の血族になるとはァ、相当腕に自信がなけりゃ無理だろうが。そこの蛙はずぅと、夢を見てるが、お前じゃ無理だ」
鈍豚《オーク》の言葉に、目を見開く人蛙《フロガー》。
「ケロ?! ……そ、そりゃ鈍豚《オーク》さんから見りゃ、お、オイラは弱っちぃかもしれねぇけどよぉ……! 死花《しばな》の開花まで……あと半年はあるっ!! だ、だからそれまでにオイラは強くなんだ!!」
「ハッハッハ!! 聞いて呆れるぜ!! 俺様のこの太い腕が、まさか半年で鍛え上げられたとでも!?」
丸机と食を囲んだ仲間と共に豪快に笑い飛ばしながら、その豪腕の力こぶを見せつける鈍豚《オーク》。
それに怯んで、「ケロォ……」と小さく鳴いて縮こまった人蛙《フロガー》。
──小さな舞台《ステージ》の上で、獣族達が音楽を奏でる。
軽快なリズムに、魔骨笛《まこつてき》の音、ハーモニカの旋律。
一方、カウンター席。
一匹の人狼《ウェアウルフ》がショットグラスを片手に、酒を揺るがしていた。
「オオカミさん? 一人で呑んでちゃ寂しいんじゃないかしら」
グラスをクロスで拭きながら、人狼《ウェアウルフ》に微笑みかける人猫《キャティ》の娘。
「フン……関係ない。酒の呑み方にケチをつけてくるヤツは嫌いだ」
そう吐き捨てるようにして、人狼《ウェアウルフ》は一呑みした。
「……ふーん、寂しいね。オカワリする?」
それに耳をピクリと動かした人狼《ウェアウルフ》は、左手をカウンターに乗せた。
「……もう一杯だ」
顔を背けて呟いた人狼《ウェアウルフ》。
その様子に笑った人猫《キャティ》は、
「はーい」と一つ返事をして酒瓶を戸棚から取り出した。
──勢いよく扉が開かれた。酒場に静寂が走る。
葉巻を咥え、肩を揺らしながらズカズカと歩んでいたのは──人間の男だった。
「酒は」
人狼《ウェアウルフ》の隣にずっしりと座り、低く声を響かせた男。
酒場の全員が、その男に注目していた。
眉を顰める鈍豚《オーク》。
慄く人蛙《フロガー》。
唸る人狼《ウェアウルフ》。
「……い、今ご用意致しますね」
人猫《キャティ》は言葉を詰まらせながら、持っていた酒瓶を人狼《ウェアウルフ》の机に──
「今すぐだ。手に持ってる酒瓶をこっちに寄越せ。」
「……こ、困りますよ。こちらの酒瓶はオオカミさんのもので──」
「──ほうほうほう……? てめぇ、いい度胸じゃねぇか……。
俺が誰だか分かってねぇ様だなぁ……」
人狼《ウェアウルフ》の喉に力が入る。口元から牙が覗き、毛が逆立つ。
より一層、唸り声が響いた。
「怒唸《グルルル》……」
「ハッ!! 鳴いてろ犬コロ。いくらギルドで名を馳せたお前でも、ここじゃ暴れらんねぇよなぁ?」
逆立つたてがみを馴れ馴れしく撫でる。
鋭い眼光が男に向けられた。
「……で、ではこちらのお酒は、貴方様に」
人猫《キャティ》の額が光を反射する。冷や汗は止まらず、終始眉を顰めて困り顔だ。
「いい身体だ……。高値で売り飛ばせる……」
酒瓶を受け取ると共に髭を撫でながら、気持ち悪く笑う男。
「……ッ、ははは」
それに苦笑する人猫《キャティ》。
「若い。毛が細かく、洗練されたボディライン……。フワフワの耳、可憐な丸い眼球……素晴らしい……」
いよいよ硬直してしまった人猫《キャティ》。
人狼《ウェアウルフ》は全身を震わして、怒りを堪えていた──しかし今にも解れるだろう。
──縦琴《ハープ》の音が響いた。
「人は哀れ
都を築きは立て篭り
我ら魔族の侵攻に怯え
そうして英雄が産まれる
魔王には到底及ばぬ
所詮は人の子
地に伏せ、蹂躙だ。
我らがアグランスの進軍である
──他ならぬ、矮小な彼に向け、これを詠む」
詩民《エルフ》の女が、一人。
舞台《ステージ》の傍で音色を、詩を、奏でた。
「……あぁ? ──詩民《エルフ》ッ?!」
「否、一端の吟遊詩人であろうこと。
騒ぎ立てるな、人間如きだろう」
自らを吟遊詩人と名乗った詩民《エルフ》は、ハープを懐に忍ばせた。
「……その男、一人が傷を負ったとて私がいれば問題は無い。
──全員、かかれ」
舞台《ステージ》の演者により、リズムが刻まれる──それに最初に扇動されたのは、他ならぬ人狼《ウェアウルフ》だった。
「激怒《ガルルルルッ》!!」
男に飛びつく人狼《ウェアウルフ》。
「あぁぁっ! やめろ、っ、やめろ!!
俺はギルドの権力者だぞ!! 本当に良いのかっ」
見苦しい男の嘆きは、魔族達には聞こえなかった。
舞台《ステージ》から、軽快な音楽が奏でられる。
「っしゃ!! 行ったらぁああ!!」
「ゲ、ゲコォ!!」
「おりゃぁぁあああ!!」
「憎き人間めっ!!」
酒場にいた魔族全員、男に飛びかかった。
「やれやれ! やっちゃえこんなクソ野郎!!」
人猫《キャティ》は拳を突き上げ、目の前で揉みくちゃになっている魔族達を鼓舞した。
「ッ……はぁっ、はぁっ。
やめろっ、やめろって!! ぁああああ」
しかし血は飛び散らず、ただ全員で乗りかかってじゃれ合う──正しく蹂躙であった。
やがて蹂躙され終わり、息の上がった男は、よろめきながら立ち上がった。
「お、覚えていろよ?!」
結局、酒を呑むことなく立ち去った男。
そうして、再び酒場には活気が戻った。