◆ 魔王城近辺、詠《よみ》の森
「……結局、魔王様には会えなかったや……」
詩民《エルフ》の少女──リーナは肩を落として歩いていた。
木々の根を飛び、その小さい手で幹をなぞる。柔らかな樹皮と、仄かに香る甘い匂い──詩民《エルフ》の導《しるべ》が手のひらを掠める。
「……あれ、こっちにも続いてたっけ」
鼻を鳴らしたリーナは、進行方向とは違う一本の木を見つめた。
「誰がつけたんだろう……?」
甘い匂いの木に、ゆっくり近寄る。
──それは段々と濃くなっていき、やがて景色が霞む。
「……いい匂い。もしかしたら、可愛い子がつけたのかな……お友達になりたいな……」
よろけながらも、近寄るリーナ。
樹皮が、蠢く。
「ギィィイイ!!」
肉を裂いたかのような、異様な鳴き声──木の根が蠢き、幾本もの触手となってリーナに襲いかかる。
朦朧としたリーナには、それが危機と認識できた時。手遅れだ。
「……ぁ」
「第一節」
一筋、光が駆けた。
──竪琴《ハープ》の音色が、滲む。
「旋律」
「ギィィイイッ」
肉が裂けた、悲痛な泣き声。
リーナに襲いかかった触手は全て千切れ、地に落ちてミミズのように蠢いていた。
ようやくリーナは認識した。樹に、顔があることを。
正確には、顔のような窪みがであり、一番大きな窪み──恐らく口の部分には鋭い枝が幾本も生えていた。
「│詩民喰い《グレートマンドーラ》? まだいたとは驚きだねぇ」
穏やかな、しかしどこか情熱的な声が響く。
「クレシェンドおばさまっ!」
リーナの左から、詩民《エルフ》が一人、姿を現した。
茶髪のロングヘア。携えていたのは、竪琴《ハープ》のような弓。
「おばさまじゃない、お姉様ね。」
「……ご、ごめんなさいクレシェンドお姉様」
「グガァアッ!!」
樹の怪物──│詩民喰い《グレートマンドーラ》が悲鳴を上げ、先よりも多い触手が、二人を襲う。
「第二節」
背の矢筒から矢を三本抜いたクレシェンド。
──弓に張られた三本の弦をなだらかに弾きながら、弦《つる》に矢をかける。
「三和音」
指先が、弦《つる》から離された──異なる三音が調和し、やがて一つとなる。
放たれた三本の矢は、やがて襲いかかった触手全てを貫いた。
「アギギァァアアア」
「うん、良い音色だねぇ」
「綺麗な音……」
リーナは、ただ見蕩れていた。奏でるように、弓を弾き、放つ。ただその一矢《いっし》、一姿《いっし》に。
「さぁ終曲だ。最高のフィナーレにしてくれよ?」
触手を失った│詩民喰い《グレートマンドーラ》。
駆け寄るクレシェンド。
矢を一本握りしめ、左目に突っ込む。
黒い飛沫が、クレシェンドの顔に飛び散る。
甘い匂いが、気持ち悪いほど辺りに満ちた。
「ギァァァァアアアアアア」
「ははっ! これだよこれこれっ……!!
──苦こそ、音楽だ!!」
乙女十三座、第十一番《イレヴン》。
──残琴弓鳴《ざんきんきゅうめい》 クレシェンド。
魔王を射抜いた、張本人である。
◆ 魔王城 王室
ゴブ男から渡された、一次面接の通過者リストを机で眺める。
「二次面接……何を面接するんですか……」
俺のベッドで転がるルミィナ。先からずっとこの調子だ。
唇を尖らせて、愚痴を言って転がっては、頭を抱えている。
投げやりだったのは申し訳ないけどな……。
「ポヨンたそは? 何をしてるんですか」
「ポヨンたそは足湯に行ったぞ。なんでも気に入ったらしい」
「……面接を今一度頼みたいのですが……」
「ダメだ。スライムだって、お労しいんだから」
「あの!! 私がどこから帰ってきたか分かってますか?!」
「自分の領地だろ? いくら気持ち悪くても頑張って管理しろよー」
「……サアミクスのお世話もしたんですよ! 大変でした……。不死《アンデッド》は湧いて出てくるし……その度サアミクスが喘ぎながら薙ぎ倒して、死肉を喰らって……」
「お労しやルミィナだが……足湯はお預けだ。二次面接が終わったらな」
「……いやです。今すぐがいいです。ポヨンたそと一緒に入りますから」
大きく溜息を吐いて、ようやく静かになったルミィナ。
リストのページを捲る。
「あれ、サアミクスはどうしたんだ?」
「……サアミクスですか? 一緒にいましたけど……あ」
「あ、ってなんだ!? 待て待て待ってくれ……」
「候補者達の波を掻き分けてる時にはぐれました」
「……マジか……何しでかすか分からんぞ……」
「あー、やってらんないー」
目に手を伏せて、仰向けになるルミィナ。
「今暇してる他の血族はどちらがいるんですか?」
「あぁ……かろうじてナイトスレインだが……」
「使いものにはならなそうですね」
「仕方ないだろう、竜だし」
ふーん、人狼《ウェアウルフ》ね……。
──志望動機『蹂躙』?
顎に手を添えた。
すると、先まで唸っていたルミィナが口を開いた。
「……。面接って、どのような形でも良いんですか?」
「別に規定はないし、行き当たりばったりのアドリブだからな」
「……ふふ。名案が思いつきましたよ」
起き上がって、不敵に笑うルミィナ。
額の紅い一本角が煌めく。
「アグランス様。竜の角笛を」
「……へ?」
◆ 魔王城 門前広場
「今度は門前に集まれって……面接じゃないのかニャぁ?」
門前に集った一次通過者たち。
人猫《キャティ》、鈍豚《オーク》、詩民《エルフ》共。
皆、疑念の言葉を呟いていた。
フン……魔王の元へ就くのだ。あの程度の面接が何度もあるわけがないだろう。
「皆様、一次面接、通過おめでとうございます」
女の声が響く。
……この声、まさか。
門正面。一本角の飢鬼《オーガ》が立っていた。
「……あ、あの方はッ」
「ルミィナ様!?」
「ま、マリィソーンの末裔か……!!」
……存外だ。まさか、魔王の右腕直々に二次面接を担当するとは……。
「突然ですが、現時点で残っている候補者数は何名かご存知でしょうか?」
突然の質問に、周りは静まった。
何名か? 3000体から目に見えて減っているが。なぜそのような質問をする?
「3000体から──600体です。
2400体もが不採用となっています」
「……そ、そりゃ魔王様の元へつけるのは限られた魔族だけケロから……」
人蛙《フロガー》が口を開く。
蛙如き喋るな。
「──るっせ、黙れや」
隣にいた鈍豚《オーク》が人蛙《フロガー》を小突いた。
フン、よくやった。
「……由々しき事態です。──たかが面接で、2400体も落ちるとは……。愛想は尽きますが、しかしあなた方が選ばれたのは事実です」
「お、オイラ選ばれたんだケロ……信じられないケロ……」
「──面接
しかし、我々血族──また、魔王軍に加わるということは、それ相応の力が必要となります」
──ああそうだ。それを待っていたのだ。
「……何か、気づく者は?」
──気づく? 何にだ……?
数十秒、ルミィナ様は口を開かず、俺たちの返事を待っていた。
思考を張り巡らせたが分からなかったのが、悔やまれる。
「──そうですか。残念です」
ルミィナ様は、懐から角笛を取り出した。
──その角、まさかッ
「ただ一言。生き延びなさい」
──直後、脳裏に浮かんだのは、魔族としての本能的な恐怖だった。
産まれてから、気づかず根付いていた「生き延びる本能」が警鐘を鳴らす。
息が詰まる。毛が逆立つ。全身が震える。
そんな、音色だった。
竜の角笛
二百年前、神に近しき竜の角が折れたのを笛にしたもの。
詩民《エルフ》達はこれを鳴らし、竜の鳴き音《ね》を楽しんだという。
──竜よ、竜。私のところにおいでくださったなら、それはなんと、幸あるでしょう。
「│騎士殺し《ナイトスレイン》。焼き付くせ──」
──巨影。あたりが暗くなる。空に何かが
──竜……ッ?!
「轟《グォオオオ》!!」
唸り声。飛行による爆風と共に、膨大な熱が身体を包む。
「暑い! 熱いケロォッ!!」
ナイトスレイン様は空《くう》で羽ばたき、我々のことを見下ろしている。
口元からは紅蓮の炎が滾り、揺らめいていた。
「こんぐらいで暑がってんじゃねぇぞフロギー!! しこたまデケェのが来やがるッ! 俺様でも耐えれるか知れねぇ……」
全身に力を込めるオーク。耐えるのか……この火力に……!!
「──魔族の小童《こわっぱ》共。よく耳にし給え。これより迫るは我が火力の、下の下の下である。これしきに音を上げるなど、魔族の恥よ」
ナイトスレイン様の声が響く。
脳を震わせたその声により、身体も震えていた。
「こ、この圧でもまだ弱いのケロかァ?!」
「……に、逃げなきゃ死ぬニャァッ!!」
「お、俺っちまだ死にたくねぇっ!!」
弱音を吐く者共。
──未だ、腰の牙剣《ファングソード》を抜けずにいる俺も、またその一部だと痛感していた。
「……グルルル」
思わず喉が唸る。
「皆、考える時間などありません。私が5つ数えましょう。それが最後です──
──5」
どうする……!?
◆ │謁見の場《バルコニー》
ワイングラス片手に、門前広場を見下ろす。
おぉ、ナイトスレインが暴れてる。
……焼き尽くす、なんて。粋なことを考えることだ。
いや俺もちょっと頭に過ぎってたけど。
うーん、いかにも魔王っぽい。素晴らしすぎる。
ちなみに右手のワイングラスには、小鬼造酒所《ゴブリンぞうしゅじょ》特製の、高貴的葡萄飲料《グレープジュース》が入っている。
何とも美味。ほろ苦く、甘い。
え? ワインじゃないのって?
「フッ」
カッコがつかない自分に、思わず鼻を抜けて笑いが零れた。
──遠くで、竪琴《ハープ》の音が鳴った気がした。