◆ 魔王、誕生前
──もはや戦場と化したマリィソーン館。ある詩民《エルフ》により放たれた烈火が、全てを焼き焦がし、薙ぐ。
彼女は襲撃の傍ら、ただに魔弦響鳴《マジカギターラ》を掻き、鳴らしていた。
「あはれ 鬼共
自らの過ちを
自らの血痕を
自らの蹂躙を
はたまた小馬鹿に
詩ずさむ我らに
蹂躙されようと
その血を啜らんと
その肉を食わんと
その骨を舐めんと
地に伏せ
床を這え
靴を舐めいよ
降伏せずともしようとも
どのみち全員
焼き払おうぞ
せめての慈悲よ
冥の土産にゃ我の音《ね》を」
吟遊詩人──英雄は、静かに、しかし確かに情熱的に。
鼓舞し、火は強まりて、またも飢えた鬼のその血筋を絶たんとし。
原初の『蹂躙』である。
◆ 門前広場
迫り来るクレシェンドの一撃。握りしめられた矢の先端が、もうそこまで迫ってきている。
先につけた腕の傷──血を吹き出し、固める。
赤く広がる視界、匂い立つ血──自分の血で酔ってしまうとは、余程空腹なのですね私は。
硬質な音が響く。
「……なんだいなんだい? 私を試験に巻き込もうってのか?」
竪琴《ハープ》の音……。詩民《エルフ》がいるから嫌な予感はしていたけど──まさか来るとは!
赤がひび割れる。矢が盾を貫通する前に、右に腕を薙ぎ払う。
共に、右へ弾けるクレシェンド。
盾を融解、傷口は再生しないで良い。
──右手首から、仄かに鼻先まで漂う香りに、脳がぐらつく。
「……予定には無かったですが、丁度良いですよ……!! ──面倒くさい試験も、貴方を鎮れば終わりです!!」
範囲外《アウトレンジ》なら、あちらが有利。ならばこちらが詰めるまで。
隙を、探る。
「そうかい。」
冷めた口調で、クレシェンドが吐き捨て──
「……」
飛び出すクレシェンド。──なぜ距離を?
右腕、力む。
出血と共に薄い血煙が立つ。
鼓動早まる胸を鎮めては、右腕に意識を集中。
──血煙剣花《ラ・ブラディ・レイピア》
「──へぇ。300年生きて、初めてみた魔装具だ」
クレシェンドの握る矢を躱す。
血煙を掠め、矢と過ぎ去るクレシェンド。
後ろで闊歩《ステップ》音。
今一度、来るか。
「近距離《インファイト》じゃこちらが有利ですよ」
刺突剣の形を象った──剣花《レイピア》を構える。
──高貴に、鋭利に、淑やかに。
奴を穿《うが》ち、抉る。零れた血肉は、私の喉に、腹に──瞳が蠢く。視界が揺れる。クレシェンドの長髪が無造作に伸びるように見えた。
ッ……。ダメですっ、蕩けては──
「──その瞳。ついこの間──とはいっても、あんたらにとっちゃ、云《うん》十年って感覚なんだろうがねぇ……。
酔っている目だ。見たかったよ……」
優雅に佇み、弦を弾くクレシェンド。目を瞑り、音色に耳を傾けるその姿。──愚かな。
「覚えているかい? 私があんたを初めて見下ろした時。あんたが初めて、詩ずさむ憐れな愚民を見上げた時だ」
弦に手をかけ、そっと撫でながら佇むクレシェンド。
「私としても、あのような体験は初めてだったねぇ……。クハッ、クハ!!」
──高らかな、私を侮辱し、惨めに晒し上げんとする。そのような気持ちの悪い笑み。理解が追いつかない嫌悪感に塗れ、顔が歪んだ。
「──なにが……おかしいのです」
低く放った声。深く刻んだ剣花の構え。
「いやいや……すまないねぇ。
──滾る炎!! 燃ゆ館!!
家族の血肉に塗れ、絶望しながらも、その血に酔いしれる君!!
奏でられた私の音色が美しいッ!!
初めての感覚……インスピレーションに塗れ、脳を犯され、焼かれ、身を焦がし!! クハッ、クハハハハハ!! ……はぁあああ……」
クレシェンドの弦が、音《ね》が、鳴り止まない。
血が沸き立つ。腹の底が、グツグツと煮え滾っては、脳裏に浮かんだ炎と詩民《エルフ》。
嗚咽、嫌悪感が喉元まで上り詰めては、血煙がそれを覆い隠す。
──アグランス様……先に、ねだっておけば……。
「アグランスの小僧の血肉が足りぬか? もっと呑みたいか?
無様に『オネダリ』しては、その首筋に歯を突き立て、『呑《ごくり》、呑《ごく》』と呑み干してしまいたい?」
「──アグランス様を小僧など……!!」
「──クハッ、最高じゃぁないか。かの魔王の右腕が、『のませて魔王様!!』だなんて言って、血をねだるか?! 一つ詩がかけそうだよ……。歌詞は思いついた……。
まず一つ。跪き、魔王に包まれては蕩ける。 あはれ飢えた鬼如き──」
「──黙れッ!!」
穿つ、抉る。血肉、叫び、舌の幸。
気づけば、猛突していた。
「理性を失い!! ただ血肉を喰らおうと!!」
胸に一突き。左に躱された。
「走り、牙ッ突いて!!」
顔。身は右に捻られた。
「──そんなんじゃ、喰らう飯も不味いぞ!! マリィソーンの末裔が!!」
叫ぶクレシェンド。もう一突きを──
──消えた。足元。屈むクレシェンド。
三本の矢が、腹に突き立つ。弓に絞られた、それぞれ。
「第二節・改」
竪琴《ハープ》の音《ね》。
「三強和音」
◆ 数分前。
「──詩民《エルフ》を討て!!」
「ッ!! マリィソーンの末裔がっ……」
詩民《エルフ》の導者《しるべもの》──長髪、切り顔立ちの男が顔を顰めた。
「防御陣を張ってください!! 私はクレシェンド様に譜面を届けます」
「──そこのエルフ!! 何をしていまする!!」
サアミクスの声が響く。
「……っ、剣聖ッ……」
半歩引く導者《しるべもの》。
詩民《エルフ》全体を見渡してから、フロギー達の方に勢いよく向き直るサアミクス。
「おい!! そこの蛙共!! 聞きたまえ!!」
「け、ケロォ?!」
目を見開き、跳ねるフロギー。
「──ッ、エルフ達とやり合おうってのか?! 確かに右腕《ルミィナ》様はそう言ったが……」
ストラークは腕を回した。その声は動揺していたが、身体は既に気合いに満ちている。
「剣聖よ、指示は要らん。俺は……犬孤狼《イヌコロ》如きではない──」
──魔族の山、薙いだ風。姿を消した、ラング・ファグ。
導者の傍、目を閉じ、詠唱を終える詩民《エルフ》。
「防御陣《プロテクション》──」
「──牙突《トラスト・ファング》」
旋風、高速の刺突。剣聖すら笑むほどの。
しかし、詩民《エルフ》を貫くことはなかった。
「……チッ」
「イヌコロ如き、我々の音《ね》を止められると思ったか?」
細く長い、靱やかな大剣が、刺突を防いだ。
──眼鏡をかけた詩民《エルフ》の男が、ラング・ファグの前に立ち塞がっていた。
ギリギリと、軋み奏でられた金属の音《ね》。
「──おい!! 何をしているそこの豚共!!」
斬り下がり、散る火花。交えられた刃同士は切り離され、詩民《エルフ》とラング・ファグには数歩の差が開いた。
「ッ!! 狼野郎が、俺様に指図してんじゃねぇぞ!!」
腕を回し、脚を力強く叩くストラーク。
「ほ、ほんとに言ってるケロか?! エルフに仇なすなんて──」
震えながらも、息を整えるフロギー。縮んでいた身体は、元に戻りつつあった。
「──分かったなら……とっとと詩民《エルフ》を片付けて、ルミィナ様の元へ征くぞ!!」
その様子に、サアミクスも笑った。
「その調子だ……皆、詩民《エルフ》を討つぞ!!」
◆ 魔王城 足湯
「ふぅ……疲れたぁあああ……」
ぁあー、気持ちいい。やっぱりこの瞬間が堪らんなぁ……。
二次試験は無事……無事? に進んだみたいだし、あとはルミィナに任せよう……。
まぁ……二次試験でだいぶ人数は削れただろうし、もうそろそろ合格者を割り出してもいいかなぁ。
え? 合格者は血族になれるかって?
……なれないので、魔王軍に所属するってことで。
──いつも、ルミィナに無理させてるな。まったくダメな奴。
色々終わったら、ルミィナの事いっぱい甘やかそう……。最近は、ロクに飯も食えてないだろうし。
──久々に、のませてやるか。