「っしゃ行くぞオラアァアアアッ!!」
叫ぶストラーク。それに呼応したか、詩民《エルフ》の中から、一番図体の大きい者が近づいた。
「儂の相手は、お主に決まりじゃ」
豪胆な肉体、無造作に伸ばされた白髭が揺れた。
「ッは!! エルフだから、ヒョロガリ共しかいねぇと思ってりゃァ、俺みてぇな筋力バカ野郎もいるもんだな?!」
拳を叩き合わせ、豪快に笑い飛ばすストラーク。
背筋から、蒸気が噴き出す。
「いやいや、一端の老いぼれじゃ。勘弁をしてくれると、助かるがね」
片足を半歩引き下げ、腰を落とした詩民《エルフ》の老人。
朗らかな表情、メキメキと、音を鳴らす肉体。
「ぁあ。老いぼれにゃ、親切にしてやらねぇとな!!」
ストラークは、拳を叩き合わせ続けた。
そうして、最後の7打目。小さく旋風が巻き起こり、門前広場の草が揺れる。
勢いよく拳を突き上げてから、片足を半歩引くストラーク。
蒸気は止まず、身体には熱が走り続ける。
「……行くぞ、爺さん」
「はっはっは。儂にゃ、ポーメントって名があるのじゃがな。ストラーク君」
「っは! 贅沢か? 俺様に名前で呼ばれようとはなぁ?
──ポーメント爺さんや!!」
──両者、正面衝突。
両の手と手を繋ぎ合わせ、力比べの押し合いになっていた。
「まずは、力勝負と行こうかね。ストラーク君」
「望むところだ、爺さん!」
左足を踏み込むストラーク。半歩、後方に滑るポーメント。
「素の力は中々やるようじゃのう?」
互いの手の甲、血管が浮き出る。
「爺さんから褒められてもッ……嬉しくねぇっての!!」
2歩分。ポーメントが再びズレた。
「おいおいどうした爺さん? こんなもんかよ──」
「──気付かぬかね?」
血管の一本が引いた。
「っ、何をだ」
「君が押したのではないよ、ストラーク君。儂が滑り、君を引いたんだ」
「ッ!!」
ストラークの目が見開かれる。
(……なっ、何を言ってやがるこのジジイ。だ、だが。確かに不自然だった……。俺がずっと全力で押してるにも関わらず、こいつはずっと動かなかった……)
「──足元を見たまえよ。君は足を動かしていないのに、先と違う位置に立っているだろう?」
「ッ!! 野郎ッ、老いぼれがぁあ!!」
ストラークの背筋は、切り立った崖のように盛り上がる。そうして、崖に打ち付く波のように、蒸気が勢いよく噴き出ていた。
「──ストラーク君。力任せでは、限界があるものじゃ。覚えておくと良い」
ストラークが、後方へと滑り始める。
「ガァァアアッ」
力強く足を踏み込むも、ただ土の色が増すだけで、滑り続ける。
「力比べじゃ、儂の勝ちじゃな」
ポーメントにより、両手が離れる。つかの間、瞬時に距離が空いた。
ストラーク──ポーメント。互いの距離、およそ7歩分。
「クソジジイ! 小賢しいぞ!!」
ストラークは脚を叩き、ポーメントに向かって叫んだ。
しかしそれは、単なる怒号などではなかった。
──確かに、彼の目には『闘志』が宿っていた。
「では、次」
瞬時──顔面に、拳。
「ッぶね!!」
間一髪、左に頭を逸らし、拳を避けるストラーク。
「よくぞ反応した」
反撃の一撃、左手から目前のポーメントの顔側面にフック。
「遅いのう」
顔側面に置かれたのは、一枚の手の平だけだった。
それだけで、ストラークの拳が止まった。
「なッ」
「これが、鋼の拳かの?」
ポーメントの吐き捨てた言葉は、ストラークの脳を揺らした。
──今まで、防がれたとて、その防御をも貫き、相手を粉砕した拳が。
今こうして、いとも容易く止められている。
鋼のストラークよ。それで、良いか。
──否。今こそ、まさに、至高が、腹部に迫っている。
「またも、儂の番かな?」
ポーメントの掌が、ストラークの腹部に押し当てられる──
「──地裂発勁《ちれつはっけい》」
衝撃。腹部から縦に行き渡ったそれは、全身の骨を縦に引き裂くものであった。
「まともに喰らえば一溜りとないわい。どうじゃ、ストラーク君」
ただふらつき、蒸気が出続けた。
腕はだらんとし、膝は今にも折れそうなほど、震えていた。
──『闘志』は、褪せぬ。
──『鋼』の異名は、捨てられぬ。
──倒れなければ、負けではない。
──勝つまで立つから、勝てるのだ。
「慟哭《ラァァァアアアアアァ》!!!!」
天に穿つ、ストラーク。
「なっ……ス、ストラーク君?! 何故耐えられるっ!?」
ポーメントの笑った細い目は、初めて開かれた。
「──俺様の『鋼筋活性《バルクアップ》』はよォ……受けたダメージを魔力に変換、自身の脈に乗せて流し、全身に行き渡らせんだ……クソ痛ぇ、余すことなく、クソ痛ぇけどよぉッ!!」
膝に何度も拳を叩きつけながら、笑うストラーク。
「蒸気みてぇに見えんのは、俺様の魔力ッ!! 魔力流しっぱで頭もフラッフラ、全身の届かないところが痛いわで失神寸前ッ!!
──けどなぁあああ!!」
拳同士を、叩きつける。
蒸気──魔力の旋風が巻き起こり、門前広場の草木を吹き飛ばす程の勢いで凪いだ。
「……ッ!」
足を踏み込み、旋風を耐えるポーメント。
「超危険《ハイリスク》なもんには、最高火力《ハイリターン》ってのが待ってんだなぁあ!?」
これまでに無いほど、硬い。
ただ、肉体の硬さを追い求めることだけが、│この男《ストラーク》の浪漫《ロマン》であった。
「お返しだぁ! ポーメント爺さん!!」
先の旋風でよろけたポーメントの懐。
──腹部、掌が押し当てられる。
「──地裂発勁《ちれつはっけい》!! 極《きわみ》!!」
衝撃。おおよそ発勁とは呼べぬ、大胆な挙動でストラークの放った一撃は、やがてポーメントを吹き飛ばした。
門前広場の端から端へ吹き飛び、壁へ激突したポーメント。
「……見事じゃ、ストラーク君……」
呟き声の後、動かなくなったポーメント。
「っしゃオラァァアアッ!! 見たかよ、エルフに勝っちまったぁっ!!」
勝利の雄叫びを上げるストラーク。
目には涙が浮かび、満面の笑みが、顔に張り付いて取れなかった。
──エルフとの門前広場での死闘は、まだ続く。