◆ サアミクス襲来の数時間前。
『ガリオローデオ』近辺──屍巣《カァバネスト》にて。
鎧を纏った一人の女──しかし、その肌は死人のように青白く、乱雑に縫い合わされたかのように、つぎはぎがあった。
そこらにくたばった屍の頂上。
恐らく兵士であった不死《アンデッド》の鎧を、ゴトゴトと掻き分けていた。
「っ……ふう、骨が折れる……」
彼女の愛剣『ラヴ・イン・デッド』は、黒い地に突き刺されていた。
灰が舞う。
「……っ! 死肉発見ッ……///」
頬を紅潮させて、持ち上げたのは──千切れて、芽の生えた腕。
菌類に近い枝のようなものが、断面から生えていた。
「いただきまぁっ!」
顔全体に幸せを刻んで、口を開ける女。
──『死肉のサアミクス』。禁忌の国で剣聖と呼ばれるに至った女騎士。
『乙女十三座』──十三あるうちの一人。
第十番《テンス・オブ・》禁忌的《クィンキ・》最強変態《エンデッド・》乙女《ガールズ》である。
「うまぁっ……」
ボタボタ。バギボギ。
血が溢れる。枝、骨が折れる音。
無機質に響いたグロテスクなそれは、サアミクスにとっては生きがいだった。
──それとは対を成すように、ひらりひらりと、上空から黄金が舞い落ちる。
「……?」
葉はサアミクスの元へと舞い落ちていた。
腕《ごちそう》を片手間に。それを左手のひらに乗せる。
「っ、世界樹様からのお告げ……?」
唇から血が垂れる。二枚に分かれた舌で舐め取った。
葉からぼんやりと、文字が浮かぶ。
「魔王アグランス様による宣言
──力を求める者たちよ。来《きた》る死花《しばな》の開花する時までに。俺の血を飲んでみろ。血族として迎え入れよう」
その黄金は、屍と等しかった彼女の瞳に、明かりを宿した。
かつて、サアミクスを斬り伏せた者──それは、彼女の運命の相手であった。
魔王アグランス。彼の血族として迎え入れられるのは、まさしく運命である。
(アグランス様ぁッ……今すぐに!!)
◆ そして、玉座の間へ。
「そうか、サアミクスというのか……。てっきり、名などない不死《アンデッド》と見受けていたものだが」
立ち上がり、鞘から剣を抜き取るサアミクス。
「くっ……今すぐにでも斬り捨ててしまえ……」
なんだ。先は悦んでいただろう。
──剣聖としての正義《プライド》か。
玉座から見下ろす。胸の前で、剣を構えるサアミクス。
その眼光は鋭くも、どこか熱を帯びていた。
胸元から這い上がるように、生理的な気持ち悪さが込み上げる。
──人は、皆こうだ。魔族相手に蹂躙してしまおうと、その気持ちの悪い視線を向けてくるのだ。
そうだ、へし折ってやろう。そのいらんプライドを。
「雑魚の一端が、粋がるな」
「だからこそ……力を授かりたく……我は貴方の血族に……」
「……くだらんな。そんな理由で、俺の血族になろうと?」
足を組み、頬杖をついて、見下す。
──かっこいいじゃんか。最高だ。
サアミクスは、剣の先端を震わせていた。
ハッ。先の煽りが効いているか?
まったく……これだから剣聖、英雄、勇者などというものは。
正義だとか言って、弱者を斬り捨てる。魔族すら聞いて呆れるな。
「……世界征服を果たし、人間界の頂点にまで君臨した魔王のことだ……。本当に、敬愛しているのだ……。
しかし、アグランス様は我の正義をねじ伏せてしまうのか……」
頬に刻まれたつぎはぎが解れて、その青白い肌からは想像ができない、新鮮な赤が零れる。
輪郭に沿って、流れ落ちた。
「なんだ。何が悪いというのだ」
俯いていたサアミクスは、鋭い目つきで俺を見上げる。
「──なんと嬉しいことでしょう……ッ!! ……あぁ、我は蕩けてしまいそうです……。
もっと、我の正義を否定して……!! ねじ伏せ!! 蹂躙し!! 一端の不死《アンデッド》にしてくださったのなら……実に愉悦ですッ!!」
変態が……!!
──思えば、先からサアミクスの剣は、何か異様だった。俺がサアミクスを煽る度、仄かに光るのだ。
紅、それでいて炎のような揺らめきを纏っていた。
それは、先にサアミクスが紅潮した際、ますます強まった。
──魔力か。
「では、血族として迎え入れたらそうしてやろう」
もう、満席だがな。
「それでっ……!! 我は血族として迎え入れて貰えるのか?!」
無理だ。面倒くさいし、そう言ってやりたいが、暇潰し程度にはなるだろう。
……魔王としての面子も潰したくない。
で、あれば。
「ただし、条件がある。
──一滴だ。たったの一滴でいい。俺から血を流させてみろ」
「……っ、アグランス様はっ、無傷で我と渡り合えるというのか!?」
「あぁ、こい」
剣聖は足を擦って、肩幅に開く。深く、息を吸った。
「いきますよっ……アグランス様ァ!!」
変わらず、見下し続ける。早くしろ、剣聖。
──瞬時。
飛び出し、目前まで迫るサアミクス。
そうか……やはりその程度か。
「遅いな」
右手を翳《かざ》す。魔刃よ、見えよ。
魔刃『ナダギア』。
時空を割いて、漆黒より出でるその刃は黒く細く、しかし、敵から命を掠めとるほどに、致命的なものである。
──女神ナダギアへ。死花の咲き乱れた地獄で、また逢いましょう。
キンッ!
「くっ……」
玉座の前で、漆黒の刃と紅を纏う剣がぶつかり合い、火花が散る。
「どうした、そんなものか? 剣聖」
サアミクスは、魔力を纏い空中で静止していた。
「まだだ……っ!」
乱撃。
一心不乱──ではなかった。その剣《けん》捌《さば》きは、洗練されていた。
座ったまま、最小限の動きで受け流す。
連撃は、剣聖とまで言わしめた彼女の実力を、たしかに物語っていた。
玉座のひじ掛けを、剣聖の剣が掠めた。チリと音がして、欠片が飛ぶ。
──剣が髪を掠めた。しかし皮膚に触れることはなく、血は流れん。
無機質な鋼のぶつかり合う音が耳をつんざく。また剣がぶつかり合う度、互いの魔力が掠めあって、色が混ざる。しかしそれは、瞬時に魔刃《ナダギア》の黒に染められるが。
あぁ、剣を交えるとは良いものだ。
しかし……こうも座ったままでは話にならないが。
「……はぁっ、はぁ」
後方へ跳び、退くサアミクス。
先まで俺を見上げていた場所に立つ。
「どうした? うちやめてしまうのか?」
……違和感。剣聖よ、その程度ではないだろう。
「そう、座ったままでは面白くないです……アグランス様!!」
「あぁ、座ったままでも蹂躙できてしまいそうだ。これでは面白くないな」
「じゅ、じゅじゅ、蹂躙ッ……!! やはり、強い……大しゅきです!! アグランス様ァ……!!」
──またか。
魔力が強まった。先までよりも鮮明に、炎のように。
「お前の剣、面白いな……。
興奮を覚える度、魔力を帯びる。恐らくはそういったところか」
俺の言葉に目を見開いて、頬を紅潮させたまま活き活きと口を開くサアミクス。
「……っ!! その通りでございますっ……。我が愛剣『ラヴ・イン・デッド』は……どこまでも、どこまでも我に忠実な……正しく愛なのですっ!!」
……やはり『乙女十三座』に相応しいイカれっぷりだ。
「そうか」
冷たく、静かに吐き捨てる。やはり、剣聖の剣の魔力が増した。
玉座から立ち上がる。
魔刃《ナダギア》を身体の前で回し、振るう。
「ならば、その魔力。俺に刻んでみろ」
一段ずつ、確実に。
足音を響かせながら、階段を降りる。
俺が一歩踏み出せば、一歩下がるサアミクス。
顔のつぎはぎから零れた血は、いつの間にか枯れていた。
……そうだ、このまま終わってしまっても、つまらんだろう。
魔王としての面子を潰さぬよう、そして我が血族が、どれほど強大なものであるか知らしめるのだ……。彼女には、最大火力を出してもらう。
左指先で小さく空《くう》をなぞり 、魔法陣を描く。
「サアミクス。
──愛を、教えてくれ」
「ッ〜……!!!!!!!////////」
喘ぎ声。真っ赤に染まった頬。
サアミクスの剣を上回るほどに強大になった魔力は、猛火と化していた。
(アグランス様ぁああ……しゅきぃいい……ッ)
階段を降りきった。今や、剣聖と俺は同じ地を踏みしめている。
「イきますっ……っ! アグランス様ァっ!!」
目を完全にハートにしながら、深く構えるサアミクス。
「その一斬、届かなければ、斬り捨てる」
踏み抜かれる足。飛び出すサアミクス。
揺らめく炎──揺るがない漆黒。
──交錯。凄まじい風と共に流れる、滾った魔力が熱かった。
『一閃』
血が、流れた。
息遣いだけが、聞こえていた。
一つ、ロウソクの火が消える。
──あぁ、ロウを変えるようにルミィナに言わなければな。
「……未だ、我は貴方に届きませんか……。アグランス様……」
俺の後ろで、血混じりの言葉を吐くサアミクス。
魔刃《ナダギア》から、血を振り払う。まったく穢れてしまうではないか。
ゆっくりと振り向く。
腹を抑えて、それでも地に突き刺した剣にしがみついて立ち上がろうとしているサアミクス。
まだ、立つのか。
サアミクスの前へと回り込んだ。
「……っ、何を」
魔刃《ナダギア》の刃先で、サアミクスの顎を持ち上げる。
つぎはぎから、また血が零れ、刀身を走った。
「褒美だ。剣聖」
左の掌を優しく、サアミクスの腹の傷口に向けた。
「治癒してやる」
先に、魔法陣を描き、練り上げた魔力。
こうなることを見込んでいたのだ。
剣聖だとて、どうせ俺には勝てん。
傷口に向けて左手から放たれた、どこまでも漆黒の、闇と等しい小さな球体。
サアミクスはただ、それ──俺の魔力に見蕩れていた。
虚空《ヴォォオオンッ》!!
爆音と共に吹き飛ぶサアミクス。ひび割れる地面。
……あっれぇ? 俺が放ったの治癒魔法だよな……。
──あ、サアミクス不死《アンデッド》じゃんか。
まぁ……かっこいいしセーフだろ。
「お、終わったか」
驚いて、声が裏返った。はっず。
入口まで吹き飛んだ剣聖は、地に転がり伏せていた。
俺の足元には、彼女の愛剣《ラヴ・イン・デッド》が刺さったままだった。
「ご無事ですか! アグランス様──」
入口を勢いよく開いたルミィナ。目の前に転がった不死《アンデッド》に目をやっては、次に出てくる言葉はなかった。
「手出しは無用だと言ったろう、ルミィナ」
正直、まともなのが来てくれてうれしいよ……。
「ッ! 申し訳ございません……」
くたばっていた不死《アンデッド》を乗り越えて、ルミィナは頭を下げた。
「まぁ良い。そやつ、しばらくは起きないであろう。切り分けておけ」
「……そこまでする必要があるのですか? もうすでに、ボロ雑巾と成り果てていますが」
恐る恐る口を開くルミィナ。彼女は、不死《アンデッド》から数歩ほど歩いたところで歩みを止め、跪いた。
「これ以上厄介ごとを増やされても、困るだけだ」
……これから俺の血を求めて襲来してくるであろう『乙女十三座』に向けた宣戦布告といったところだ。
どうせ来るなら、魔王としても威圧しようではないか。
……ワンチャン? ビビって逃げてくれるかもしれないし。
「やれルミィナ。──そうだな、細かく切り分けた後は、喰うも良しだ」
足元に突き刺さっていた『ラヴ・イン・デッド』を、ルミィナの元へと投げ捨てる。
いやらしいほど、転がる金属音が耳に張り付いた。
「……ッわかりました」
固唾を呑み込んだ──ルミィナのことだ。久々の食事に、思わず喉を鳴らしたのだろう。
ルミィナは震える手で剣を手に取った。
それを、死肉《サアミクス》に向けて振りかざす──
──紅い魔力が、揺らいだ。
剣が、滾る。
「熱ッ?!」
反射、投げ捨てられる剣。死肉に突き立つ。
死肉《サアミクス》が原点だった。
ルミィナを巻き込んで、ピンク色の、巨大な円法陣が形成される。『ラヴ・イン・デッド』と同じ魔力……。
「……アグランス様!! まずいですッ。何か──」
紅く燃え、滾る死肉。
──ルミィナッ
「──ルミィナ殿ッ!!」
入口から駆けつけてきたポヨンたそが庇って突撃。法陣の発動寸前で、ルミィナとポヨンたそは効果範囲外へ。
──そして。
ドォオオオオオオ!!
円柱状の、巨大な魔撃《ビーム》が、法陣を突き抜けた。
「そうか『剣聖』……いや、『死肉のサアミクス』」
待ってくれ。面倒が過ぎる。
「ははははぁ……アグランス様? こんな言葉は知ってますか? ──死との離別。死花の花言葉です……っ」
灼熱と揺らぎの中、サアミクスの不吉な笑い声が響いた。
ルミィナとポヨンたそは、俺の側へと駆け寄る。
「死肉……足りない、もっと、食べなきゃ」
呻き声ともとれるサアミクスの声は、酷く歪んでいた。
酷く、腐った甘い匂いが、充満していた。
魔撃《ビーム》は止まったが、法陣と甚大な魔力は未だ残ったままだ。
「我、完全復活なり」
そして、俺達の前には、人としての形を取り戻した死肉《サアミクス》が立っていた。