◆
「地に伏せ、蹂躙だ」
炎が滾る。
魔王軍による進軍は、ますます激しくなっていた。
不死の騎兵。
翼魔《ガーゴイル》による矢の雨。
骨まで貪る喰鬼《グール》。
逃げ惑う人々。巻き起こる悲鳴。数々の雑踏が入り乱れて、煙の向こうへと消えていく。
その最前線から離れた地。静寂と炎が滾る戦地だった。
──魔王と対峙する、一人の女騎士が在った。
「……くっ」
片腕を抑えて、魔王から数歩引き下がる女騎士。
かろうじて構えられた剣は紅を纏っており、それは魔力のようだった。
「どうした、騎兵軍を屠った剣聖とて、そのようなものか?」
対する魔王の刃は、どこまでも漆黒だった。
「所詮は人の子か。哀れな」
一断ち。
魔王によって、剣聖が討たれた。
「……いつか、貴方に届かせます。我の、究極の剣技を……」
カラン。
無慈悲な金属音が響いた。
剣聖の剣はそこらに落ちて、ただ紅い魔力が滾っていた。
剣聖の眼は揺らいでいて、どこか熱を帯びているようだった。
その戦場でただ一人、魔王に魅せられた者だった。
◆
「我、完全復活なり」
靡く髪。背中に刺さった剣から流れる甚大な魔力。黒い玉座の間は、紅に染められていた。
向かいに立つは、白く、透き通った肌の──もはや人と同じ見た目のサアミクス。
つぎはぎも消え失せ、先までの不死《アンデッド》の手本のような姿が嘘のようだ。
その魔力、美貌に怯えたか、ルミィナとポヨンたそは俺の後ろにピッタリくっついていた。
「厄介なことになりましたな、アグランス殿」
「おぞましい……」
──剣聖。誰にそう言わしめた理由がはっきりわかる。
先の剣技だけでない。滾り、溢れるこの底の知れぬ魔力。
『乙女十三座』の第十番で、この実力か。
……待て待て。こいつみたいのかそれ以上のが、あと十二体もいるのか……?めんどくさぁ……。
「……その魔力、恐らく先の褒美によるものか」
俺の言葉にビクビクと震えながら、サアミクスは背中に手をまわす。
「そうですともッ!! これまでになく、至高でありました……。
しかしながら──」
ぐちゃりと、血生臭い音を立てて背中の剣を引き抜く。
滾る魔力が、血と混ざって、さらに紅が増していた。
「我の死肉の剥がれ落つるを見たのは、アグランス様……ただの一人でございます!!」
死肉? なんだ、何を言っている。
──かつて対峙したときは、人の見た目であって。俺が彼女を討った時、その剣聖としての執念、正義から不死《アンデッド》となって生き延びたのかと踏んでいたが。
『……いつか、貴方に届かせます。我の、究極の剣技を……』
今、目の前に立っているのは不死《アンデッド》などではない。
つぎはぎは弾け飛んで、自身の魔力さえ透かしてしまいそうな白い肌が露わになっている。
まさしく人と同じ、かつて対峙したときと同じの──
──『剣聖 サアミクス』だ。
「足りない足りない。まずは、そこの一端の飢鬼《オーガ》から片付けてしまおうか……」
引き抜いた剣についた自身の血を、二枚舌で舐め摂った。
「ひっ……」
背後から小さく、ルミィナの鳴き声が聞こえた。
「アグランス様、どいてください。我は彼女の死肉を欲するのです」
サアミクスは剣の先端を向けて言い放った。
彼女の二つ名である『死肉』……。それが、意味するのは。
「先のご褒美によって、今までに喰らった1292の死肉が弾け飛びました」
頬に手を当てて、俺に潤んだ瞳を向けるサアミクス。
「貴方に我の剣技を届かせるため、喰らったのだ……。たくさん、たくさん喰らった。しかし、それらすべては貴方の一撃によって無に帰しました」
サアミクスの魔力が滾った。
「一端の不死《アンデッド》を殺しては、きわめて上質に熟成された、芽の生えた肉塊を喰らい、我が糧と成したのです……。
──喰らえば喰らうほど、我は甦るのですッ!!」
不気味なほど、サアミクスの笑い声が玉座の間に響いた。
「……死肉は、その血が高潔であればあるほど良いものと聞きます……。
私も、肉を喰らいますから。本音を言ってしまえば、アグランス様さえも……」
背後、耳元でルミィナが囁く。
「──しかしながら、芽の生えた肉塊とまで……。そこまで腐り果てたものは、気が引けますね……」
ルミィナのレポをよそに、サアミクスに目を向ける。彼女は不敵な笑みをうっすら浮かべて、ゆらゆらと揺れていた。
ボタボタと音を立てて、背中の傷口から血が零れる。
「さぁ、そこの飢鬼《オーガ》!! 我のもとへ……」
めんどくせぇ……今ここで斬り伏せてもいいか?
なんとかして帰ってくれないか……。
「……アグランス様。ここは私がお相手を──」
「──待てルミィナ」
一歩俺の前に出ようとしたルミィナを制して、魔刃《ナダギア》の刃先をサアミクスに向けた。
「そこの死肉。俺の血族になりたいようだが……貴様が先に受けた魔力は、俺の力のごく一部だ。
その程度で、『死肉』が一度にして全て綻んでしまうのならば、貴様は到底、魔王《俺》には叶わん」
「……死肉ふぜッぃ……」
俺の言葉を噛み締める様に、頬を赤らめるサアミクス。
「やはり、未だ届かぬのか……」
しかし、次には唇を噛み締めた。
「お前として、それは嬉々とするべきことなのか? それとも、剣聖として、心折られるものなのか?」
サアミクスの剣を握る力が弱まる。目を伏せて、深い一息。
「……それは──」
固唾を呑み込むルミィナ。ポヨンたそのぷるぷる音。
「──どちらにでも、決まっているッ……!!///」
「ならば、ここで剣聖、心折られ、血族として仕えてしまえば、俺とは二度と対峙できぬぞ!」
「いやぁぁあ!! アグランス様の元につきたい……だが、同時に剣聖としてぇ、貴方に剣技を届かせたいぃぃい……」
サアミクスは、剣を力なく落として、悶えた。
まさしく不死《アンデッド》のような蠢きであり、逆に可愛く思えてきた。
「先の戦闘……何故手を抜いていた!?
俺に究極の剣技を届かせるのではないのか?!」
「悩みがあるのですッ……我は恋する乙女なのです、恋の病なのです……ッ!!
貴方の傍に在りたいと願いながらも……剣聖として、乙女十三座としてッ……その正義《プライド》が、貴方の傍にあることを許さないのですッ……!!」
「ならばどうする!? 剣聖 サアミクス!!
俺に仕えるのか?! 剣聖の称号を守り抜くか?!」
「……ッ」
サアミクスは力なく倒れ伏せた。愛剣《ラヴ・イン・デッド》が地に突き立つ。
ルミィナは「ふぅむ」と、考え、唸った。
そしてしばらくして、半歩歩いて俺の隣に並んだ。
「……アグランス様。私に案がございます」
「なんだ、ルミィナ」
ルミィナが、耳打ちをして俺に伝えた。
──なるほどな、それならまだ厄介ごとにはならないであろう。
「さてはて、どうなることやら、ですな」
ポヨンたそのボヤキ。
ルミィナの交渉に頷いた。すると、ルミィナは俺の隣から抜けて、悶えるサアミクスの元へ歩み寄った。
「剣聖 死肉風情《サアミクス》。餌です」
サアミクスの目前、ルミィナは冷たく言い放つと──
──自身の右腕を差し出した。
「ッ?! こ、この高貴なる血を……アグランス様の右腕たる血を、我ごとき、一端の死肉が啜ってもよろしいのか?!」
「えぇ。私の配下として迎え入れます」
「……な、なぜ?!」
「先は私を喰らおうとしていたのに……あなたはよくわからない人ですね。
我々、魔王アグランス様に仕える血族たちは、アグランス様の血を啜り、血族となります。そして、その血族から派生した眷族……いわば、アグランス様の孫にあたる者ともなれば、かなりの自由が保障されます。
あなたが『乙女十三座』に所属していようが、関係ありません。
この私が、貴方を眷族として迎え入れます」
ルミィナは、長く伸びた紅の爪で、自身の腕を引き裂いた。
「ひゃんッ……!!///」
血が噴き出し、サアミクスの顔へ飛び散った。
そして、ゆっくりと、柱のように立って、流れ落ちる。
「……いただきまぁっ」
荒い呼吸。小さく鳴いたサアミクスは、そのまま引き裂かれた腕に口づけした。
喉を鳴らしながら、吞み続けるサアミクス。
「……そんなに呑めば、酔ってしまいますよ」
「……ッ! もう酔いしれているぞ、大丈夫だ」
15秒ほどして。ようやく、血が止まった。
「かなりの量、血を注いでしまいましたが。まぁ良いでしょう。
……私の眷族、貴方が初めてですし」
まったく。こんな死肉が初めての眷族などと。
──ルミィナは、昔からそうだった。眷族にするなら、アグランス様の強さを知り得るものでないといけない、と。
「……我が、初めて?」
「えぇ。アグランス様の強さについては、十分に御知りでしょう」
「……こ、光栄にございます……ッ!!」
サアミクスは、ルミィナに跪いた。
「……アグランス殿。私も眷族を増やしたいのですが……」
「魔粘液《スライム》に血は通わん、諦めろ」
ポヨンたそは、ぷるんと落ち込んだ。
「私の治めることになった領地『ガリオローデオ』ですが。
不死《アンデッド》の行き着く最後の地であり……禁忌とされていますから、そこに向かいなさい。アグランス様に届きたいのであれば、不死《アンデッド》を大量に喰らい、死にながら戦うこと。
でなければ、到底叶いません」
「……はいぃッ!! 直ちに!!」
──そうして、サアミクスは猛ダッシュで立ち去った。
これにて一件落着……。
「あぁぁぁあああ……疲れたぁぁあぁあ」
「まったく、厄介でしたね」
ルミィナが右腕をさすりながら俺に微笑んだ。
「よかったですなルミィナ殿。初の眷属、ですか」
ポヨンたそぷるぷる。俺の前に出た。
「扱いは厄介そうですけど。強力な武器となり得ますからね」
ルミィナが溜め息混じり──けれども、どこか微笑んで呟いた。
「しかしだ。禁忌的《クィンキ・》最強変態《エンデッド・》乙女《ガールズ》に俺の眷族が入ったとなると、ほかも黙ってはいないだろう」
「第十番であれですからね……他がどれだけ化け物なことか」
……さすがに、対策を取らなければな。
「ルミィナ、ポヨンたそ。円卓の間へ向かえ。
──俺の血族、全員招集して会議だ」
面倒だ、だとか言っていたが。
中々に、面白くなってきたな。
次は、どんな候補者が来ることか。