「……そもそもポヨンたそって何で入ってきたのよ!!
目的はその、さっきの会議で分かったけど……」
円卓の間。メィリアが甲高い声を上げていた。
「何で入ってきたか? 経緯が知りたいのか?」
「そうよ!! アグランス様、適当にはぐらかしてたけど結局なにも説明してないじゃない!!」
「……うーん。事故だったとしか……」
「はぁ?!」
メィリアがそういうのも無理はない。
だって──
◆ ──世界樹で宣言を為した直後。
世界樹の麓。宣言を終えて、深い、死の蔓延った森でルミィナと横に並んで帰路に着いていると。
「……アグランス様! あぶない!」
正面。微かな残像。
チリと、何かが首筋を掠めた。矢か──
「……ッ血か」
首筋──脈をイかれた。血が吹き出る。
そうして、竪琴《ハープ》のような音が、微かに聞こえていた。
「ッ……アグランス様、ここは引きましょう」
ルミィナと手を結び、共に後方へ撤退。
空いた右手は射抜かれた首元を抑えていた。
──森の浅い所まで逃げ切り、息を切らす。
「乙女十三座ですか……こんなところで襲撃してくるとは……。如何せん、アグランス様から高貴なる血を流させた事は罪深いです」
ルミィナはその言葉に怨嗟を募らせつつも、やや頬を紅潮させていた。飢鬼《オーガ》である彼女の本能的な欲求は、俺にまで向けられる。
「ルミィナ、はやく血を固めてくれ」
「はいっ」
傷口から手を離すと、また血が勢いよく吹き出した。
ポヨン。
「ん?」
足元に、ポヨンとした感触。
「大丈夫ですかな。血が吹き出ていますぞ」
「赤いスライム……?」
ルミィナの困惑した声──ん? 下の部分がほんのり青くないか?
「──ぁぁぁああ!! 血、血が!!」
気づいて、思わず叫び声が出た。
「ほほほ、私に血がかかっていますな。どれ、味見でも」
赤が薄らと消えていって、青白いスライムの身体《ボディ》が顕になる。
「……。待ってくださいよ、アグランス様……このスライムが血を飲んだということは、我ら血族に迎え入れたということ……つまり。
──血族はもう増やせませんよ!!」
◆
「……うん、事故だよ」
結局、メィリアには深い事情は話さずにいた。
ただ帰り道の途中で、たまたまお腹を空かせたルミィナに齧られて、零れた血がポヨンたそにかかったと。
──竪琴《ハープ》の音については、まだ触れるべきではないと思った。
「おやおや、お二人で談義ですかな」
ポヨンたそが扉の隙間から入り込んできた。
「噂をすればなんとやらね……。
にしても、あの飢鬼《オーガ》風情も我慢を覚えなさいよね」
「……いつも愛都で精液搾り取ってる口が言うなって」
「へへっ、私サキュバスだし。雑魚ちん共から搾取するのは、戦力を維持するのに必須事項なの!!」
べーっと舌を出しながら、メィリアは悪気なさそうに笑った。
「──少しいいですかな、アグランス殿」
「どうしたんだ? ポヨンたそ」
ポヨンたそは、勢いよく弾んで円卓に乗りかかってきた。──勢いをつけすぎたのか、身体中が波打っていた。
「血族会議の時にふと気付いたのですが……」
ロウが揺らめいた。メィリアのしっぽがピンと張る。
「──円卓の天井に“吊るされた椅子”は何なのでしょうか?」
「っ……」
メィリアはポヨンたそから目を背けた。
──そうだな。気づかないわけがないだろう。
「ずっと待っている人が居るんだ」
「……その者の為に席を?」
「一人とは限らないな。
でも、しばらくはずーっと、顔を見ていないね」
消えかかりそうで消えないのは、絶えず揺らめく二つの炎。
ただ一つは純粋に赤く淡く光り続け、ただ一つは白みを帯びて、まさに純白で美しかった。
「……私は、まだまだ知らない事ばかりですな。
私如きが、知って良いことなどかは分かりませぬが、しかしそれでも、私はアグランス様に魅入られましたよ。
──変わらず、お供いたしましょうとも」
ポヨンたそはプルンと震えて、メィリアがようやく「プッ」と笑った。
「おや、私のキューティクルさにようやくお気づきになりましたか? メィリア殿」
ホッホッホ、と紳士に笑いながらプルプル震える。
「スライム如きも、意外とイイじゃんか……」
メィリアは照れくさそうにボソッと呟いた。
天井を見上げた。
ただ、一席。
それだけだった。