ウホッ良いヴィラン。ヤらないか。 作:お前達も執筆をヤらないか
館紙絵筆(たちかみ えふで)は9歳まで無個性だった。両親が少し危惧するほど外見が良く、「一人で行動しないように」とずっと言い聞かせられて育ってきた。
それでも、ほんの一瞬だけ両親が目を離した隙に、変質者によって公衆トイレに無理やり連れ込まれてしまう。男が目の前で服を脱ぎ捨てたその瞬間——生命の危機に瀕した彼女の『個性』が突如として覚醒し、難を逃れることとなった。
その個性の代償は、一冊の本——『異世界書籍』を肌身離さず持ち歩かなければならないこと。
「大丈夫かい。お嬢、無理をしちゃだめだぜ」
受験のために有英に来たものの、入り口で立ち止まっていた絵筆に声をかけてきたのは、筋肉質な体型に男前の顔立ちをした偉丈夫だった。非常に紳士的で、常に絵筆の内面や他者への配慮を欠かさない。一見すると雄英の受験に付き添ってきた保護者のようだが、そうではない。
「大丈夫です……まだ、ちょっと慣れてないけれど」
過去のトラウマから男性が極度に苦手になり、近くに寄られるとどうしても身が縮こまってしまう絵筆。だが、自分を全力で護ってくれる存在である「阿部さん」にだけは、安心して心を開くことができていた。
父の「遠視」と母の「記載」、二つの個性が複合的に組み合わさって誕生した本。絶体絶命の覚醒時に異界の住民である『阿部高和』を具現化して以来、その本の一ページ目には彼の情報がびっしりと記載されている。絵筆にとって阿部は、身を挺して護り、大人として優しく導いてくれる絶対的な守護者だった。
「雄英高校でも大丈夫ザコ! みんな一緒ザコよ!」
絵筆の傍らにはもう1組、身長1メートルほどの緑色のロボットの兵士たちがいた。単眼のSD戦士『ザコソルジャー』。彼らもまた異界の住人であり、本の2ページ目に記載され、絵筆に協力してくれる心強い仲間たちだ。
筆記試験が終わり、次はいよいよ実技試験。集合場所には大勢の受験生が集まっていた。男性が苦手な絵筆は、これから始まる人混みと戦いに不安を隠せずにいる。
「学科は自信を持って大丈夫さ。実技がどんなものかは分からないが、俺たちにドンと任せておけ」
「そうザコよ! ザコたちも力を貸すザコ!」
サムズアップしながら笑顔で励ましてくれる阿部さんとザコソルジャーたちに、絵筆は深呼吸をしてなんとか心を落ち着かせる。
「それにしても……将来が楽しみな、美味しそうな若葉が多いじゃないか。これは俺もハッスルしないとな」
「阿部さん……」
阿部の独特な趣向をなんとなく理解している絵筆が不安そうに見上げると、阿部は察したように優しい笑顔を向けた。
「大丈夫。ちゃんと彼らが卒業するまでは我慢するさ」
阿部とザコソルジャーは正式に『個性』として登録されている。常時発動型・自律人格を持つ個性として教師側の理解も得られており、試験会場で多少奇異の目で見られようとも、何ら問題はなかった。
「——スタート!」
突然行われたプレゼンマイクの合図と同時に、困惑しながらも受験生たちが街へと駆け出していく。
絵筆自身は運動こそ心がけているものの、年相応の力しかない。自力で巨大なロボットを倒すのは難しい。
「腕力だけでは、あまり力になれそうにないな」
阿部は紳士的で頭切れも良いが、身体能力としては「鍛え上げた人間」の域を出ない。阿部で対処しきれないとなれば。
「それならザコたちに任せるザコ!」
「戦いは得意ザコ!」
「阿部さんは危ないザコよ!」
3人1組で常に鼓動しているザコソルジャーたちが、わちゃわちゃと元気に買って出てくれた。
「やれることをやるのさ」
「うん……みんな、お願いします。でも、無理はしないでね?」
『異世界書籍』は、載っている対象を呼び出し助力を願う力。しかし現在、絵筆が呼び出せるのは阿部とザコソルジャーを含めて残りわずか2種類だけだった。
新たな対象がどうすれば記載されるのかはいまだに不明だ。家で映画やアニメを流し続けても変化はなかったが、かつて古いアニメを見ながら絵を描いていた時にザコソルジャーが突然記載されたため、「対象の絵を自ら描くこと」が条件の一つなのではないか、と推測している段階だった。
「お仕事ザコ!」
「ザコソルジャーの力を見せるザコよ!」
絵筆が開いた本から放たれる光のゲートより、次々とザコソルジャーたちが飛び出していく。彼らが手にする武器はすべて非殺傷仕様。ヒートアックスは鈍器であり、マシンガンもゴム弾で激痛を与えるにとどまるため、相手を死に至らしめることはない。
ゲートを開いている間は走ることができないという欠点があるため、絵筆は残った角付きのザコソルジャーから報告を受けつつ、ゆっくりと歩いて進む。
「とっても大きいロボットが出たザコ! どうするザコ?」
「教師が話していた、討伐ポイント0のお邪魔ロボットじゃないかな……?」
絵筆が思案していると、すぐ後ろで周囲を警戒していた阿部が静かに背中を押した。
「ヒーローを目指すなら、被害を出しそうな対象を放っておくものじゃないさ。オールマイト……あの『いい男』なら、きっとそうする」
「……はい! オールマイトなら、きっと立ち向かいます。ザコソルジャーのみんな、お願いします!」
「了解ザコ! それなら中隊全員でかかるザコ! ポイントは稼げなくなるけど良いザコ?」
「第二中隊を呼ぶ電力はないザコよ〜」
「倒すことはできるザコ!」
絵筆が深く頷くと、ザコソルジャーたちは即座に行動を開始。散らばっていた中隊規模——総勢200人の兵士たちが集結し、超大型ヴィランロボットへと果敢に飛びかかっていった。
【雄英高校・実技試験 採点会議】
「今年は粒ぞろいだね。例年にない豊作だ」
「二つの会場で、それぞれ大型ロボットを撃破した組がいるな」
「特大のお邪魔ロボットまで倒した受験者が二組……これは見事と言うほかないよ」
スクリーンには、1位合格の爆豪勝己、2位の館紙絵筆、そして討伐ポイント0でありながら救助ポイントで上位に食い込んだ緑谷出久らのデータが映し出されている。
「アイドル路線でもいけそうな可愛らしい子だけれど……この経歴は、少し配慮が必要ね」
プロフィールと過去の事案を目にしたミッドナイトが、同性としての痛ましさに表情をくもらせる。過酷な体験から男性恐怖症となった背景は、あまりにも重い。
「それにしてもこの『個性』……まさに『数は力』を体現しているわね」
「最大展開数は500か。一機一機は弱くとも、その規模で押し寄せるとなると相手にするのは酷だな」
モニターには、小型の緑色の兵士たちが群れをなし、圧倒的な数で大型ロボットを解体・鎮圧していく映像が映し出されていた。
「しかし、将来を考えれば特別扱いをしすぎるのも本人のためにならない」
「まあ、少しずつさ。彼女の傍らには、常に見守ってくれている存在もいることだしね」
カメラが捉えていたのは、絵筆のすぐ後ろを静かに歩き、油断なく周囲を警戒する青いツナギの偉丈夫——阿部高和の姿だった。男性職員たちは彼のプロフィールデータ(およびその特異な嗜好)を見て思わず引きつった顔を浮かべたが、絵筆を固く護るその佇まいには納得せざるを得なかった。
「相澤君。君が担当するクラスになる。しっかり気を配ってやってくれ」
「……分かりました。ですが、不必要な特別扱いはしませんよ」
相澤消太は面倒そうにしつつも、圧倒的な数の暴走を抑え込めるのは自身の『抹消』くらいのものだと理解していた。この異色の生徒と守護者をどう導くべきか、深く思考を巡らせ始めるのだった。