記憶のない僕と、みんなが知ってる俺   作:からあげマヨネーズ

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第10話 雅と身体が覚えているもの

「……ふむ? 剣の修行?」

 

雅さんは僕の話を聞き、わずかに首を傾げる。

 

僕は自分の考えを話し始めた。

 

「最低限、自分の身だけでも守れるようになりたいんです」

 

「誰かが戦ってるのに、自分は隠れているだけなんて僕は嫌だ」

 

雅さんは僕の話を聞いた後、真剣な顔でこちらを見た。

 

「わかった。だが、教えるのは身を守るための剣だ」

 

「それ以上は教えない」

 

「ありがとうございます!!」

 

そう言って、僕は雅さんに頭を下げる。

 

雅さんは立ち上がると、そのまま外へ向かって歩き出した。

 

「行くぞ」

 

「どこにですか?」

 

僕が不思議そうに尋ねると、雅さんはフッ……と笑って言った。

 

「無論、修行だ」

 

僕は慌てて雅さんの後を追った。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

新エリー都 ヤヌス区

ルミナスクエア

 

僕と雅さんはルミナスクエアに着き、スクランブル交差点に立っていた。

 

「○○、ここを白線だけ踏んで渡る修行だ」

 

「……えっ?」

 

まさかのデジャブ。

 

雅さんは『何かおかしなことを言ったか?』とでも言いたげな顔をしている。

 

無表情だけど。

 

「剣の修行をつけてくれるんじゃなかったんですか……?」

 

「剣の道も奥が深い。一つずつ積み重ねていくことが大切だ」

 

「私もやるとしよう」

 

そう言って、雅さんは白線だけを踏みながら向こう側へ渡っていく。

 

「わ、わかりましたよ! やりますよ!!」

 

僕も少し恥ずかしく思いつつ、白線だけを踏んで渡る修行を始めた。

 

僕たち二人が並んで修行をしていると、周囲からコソコソと声が聞こえてくる。

 

「ねぇ、あれって虚狩りの雅様と付き合ってるって噂の……!」

 

周りからそんな声が聞こえてくる。

 

僕は何を言っているんだと思ったが、どうやら雅さんには心当たりがあるらしい。

 

「ふむ……そういえば、あの時の写真が出回っていたな……」

 

あの時?

 

どんな写真なんだ?

 

「雅さん? その写真って?」

 

「む……以前、私と○○がカフェで食べさせ合っていた時の写真だ」

 

「ん? ……ん? あ、あー……あの時の」

 

そう言って、僕はかろうじて頭の中の引き出しを開け、その時のことを思い出した。

 

「このままでは騒ぎになってしまうな……」

 

「○○、この修行は中止だ。こっちに来い」

 

そう言って、僕は雅さんに手を引かれ、HIAへと連れていかれた。

 

受付に声をかけた後、僕たちは仮想空間へと入る。

 

「ここならば、先ほどのような邪魔が入ることもないだろう」

 

そう言うと、雅さんはどこからか竹刀を取り出した。

 

「○○、これを受け取れ」

 

「竹刀ですか?」

 

「うむ。今から私がお前に打ち込む。お前は受けるか、避けてみろ」

 

「僕、剣なんて使えませんけど?」

 

「大丈夫だ、○○」

 

「何が……!?」

 

「何とかなる」

 

「根拠薄すぎませんかね!?」

 

「そうだ。緊張感を出すために痛覚をオンにした」

 

「そ、それってつまり……」

 

「大丈夫だ。死にはしない」

 

雅さんがわずかに笑う。

 

「ただ――死ぬほど痛いぞ」

 

そう言って雅さんが竹刀を構えた瞬間、凄まじい威圧感が僕を襲った。

 

「――行くぞ」

 

その瞬間。

 

雅さんが消えた。

 

「……え?」

 

次の瞬間には、雅さんの竹刀が僕の顔のすぐ横にあった。

 

「これで一回死んだぞ」

 

そう言って、雅さんは軽く竹刀で僕の頬を叩く。

 

「次からは当てる」

 

雅さんはもう一度距離を取る。

 

そして――踏み込んできた。

 

「……っ!」

 

何とか動きを追い、初撃をかわす。

 

だが、態勢を戻そうとした時には、すでに雅さんが僕の懐へ入り込んでいた。

 

「遅い」

 

脇腹を竹刀で叩かれる。

 

「いっっ!!」

 

軽く振っているんだろうが、かなり痛い。

 

「一回躱したら、そこで終わりではない」

 

「二手、三手先まで考えなければ死ぬだけだ」

 

再び飛んできた竹刀を、自分の竹刀で何とか受け流す。

 

「む? 受けるか。ならば――」

 

雅さんはすでに次の動きに移っていた。

 

僕はその動きを見ながら次にどうするか考える。

 

その瞬間――また脇腹に痛みが走った。

 

「いったい!!」

 

「相手の動きを見てから考えていては間に合わない」

 

「じゃあどうすればいいんですか!」

 

「考えるな」

 

一拍置いて。

 

「感じろ」

 

「こいつ感覚で人に教えるタイプだ!!!」

 

それから僕は身体に何度も竹刀をもらいながら、少しずつ雅さんの動きに慣れていった。

 

飛んでくる竹刀を何とか弾き、反撃の機会をうかがう。

 

そして――

 

「ここ!!」

 

雅さんに一瞬、隙ができた。

 

作ってくれたのか、本当にできたのかはわからない。

 

それでも僕は、その隙へ向かって竹刀を振る。

 

一撃が入った。

 

「よしっ!」

 

思わず声を上げる。

 

「見事だ」

 

雅さんも満足そうに笑った。

 

「これで少しは戦え――」

 

少しは戦えるようになった。

 

そう言おうとした。

 

だが、言えなかった。

 

雅さんの雰囲気が変わったからだ。

 

「では、修行のレベルを上げる」

 

そう言って、雅さんが再び竹刀を構える。

 

これが虚狩り……。

 

人類の最高戦力……!

 

僕も竹刀を構え直す。

 

「○○」

 

雅さんが僕の名前を呼んだ。

 

「……? なんですか?」

 

「死ぬなよ……?」

 

「はっ……?」

 

その刹那。

 

背筋に寒気が走った。

 

本能的に頭を下げ、身体を沈める。

 

ブンッ――!

 

さっきまで僕の頭があった場所を、竹刀が通過した。

 

「ほう? 躱すか」

 

今の振り抜き……。

 

違う。

 

さっきまでとは明らかに違う。

 

雅さんから、殺意と錯覚するほどの圧が向けられている。

 

もちろん、ここは仮想空間だ。

 

本当に死ぬことはない。

 

それでも僕の本能は叫んでいた。

 

――ミスをしたら死ぬ。

 

頭の中にあるのは、それだけだった。

 

次々と迫ってくる竹刀を弾く。

 

弾く。

 

弾ききれないものは避ける。

 

躱す。

 

思考なんてまるで追いつかない。

 

文字通り、身体が勝手に動いていた。

 

そんな中、雅さんが楽しそうに笑う。

 

「久しいな、この感じ……」

 

そして――

 

「以前のお前と手合わせしているみたいだ」

 

僕は答えない。

 

いや。

 

答えられない、という方が正しい。

 

今、これ以上ほかのことへ意識を向けたら終わる。

 

そう思わせるほどの圧が、今の雅さんにはあった。

 

しばらく剣撃の嵐を捌いていると、雅さんが再び笑い、後ろへ下がった。

 

「すまない、○○」

 

「はぁ……はぁ……何がですか?」

 

僕がそう尋ねると、雅さんは楽しそうに答えた。

 

「そうだな。以前のお前風に言うなら……」

 

一度言葉を切る。

 

「ノッてきた」

 

そう言って、雅さんは居合の構えを取った。

 

多分この人、もう僕の修行のことなんて忘れているのかもしれない。

 

次の瞬間。

 

居合の構えから、雅さんが飛んできた。

 

神速の一太刀。

 

「――っ!!」

 

僕は咄嗟に竹刀を前へ出して防ぐことしかできなかった。

 

雅さんと僕の竹刀がぶつかり――

 

砕け散る。

 

僕の手はビリビリと痺れていた。

 

雅さんが静かに一言。

 

「ここまでだな」

 

その顔は、どこか満足そうだった。

 

「雅さん、途中から僕の修行のこと忘れてましたよね?」

 

「……そんなことは……ない……」

 

雅さんはそっぽを向いて答える。

 

「絶対嘘だ!! 途中から絶対楽しんでたでしょ!!!」

 

「む? だが、それでも三割も出していない」

 

僕は言葉を失った。

 

確かに本気じゃないことくらいはわかっていた。

 

でも三割も出てないのか……。

 

「へこむなぁ……」

 

「だが、○○。お前の動きもよかった」

 

「もちろん以前のお前の動きには遠く及ばないが、久々にお前と手合わせできて、とても良い時間だった」

 

そこで雅さんは一度言葉を切る。

 

「それに――」

 

僕を見る。

 

「身体は覚えているらしい」

 

ドクン。

 

その言葉を聞いた瞬間。

 

胸の奥が小さく跳ねた。

 

「……どういう意味ですか?」

 

「そのままの意味だ」

 

「以前のお前も、同じような動きをしていた」

 

「以前の……僕」

 

「正確には完全に同じではない。今の方が鈍い」

 

「そこは言わなくてもよくないですか!?」

 

「事実だ」

 

容赦ない。

 

でも――

 

僕は自分の手を見る。

 

覚えていない。

 

雅さんとこんなふうに手合わせをした記憶なんてない。

 

それなのに。

 

身体は覚えている?

 

「……変な感じですね」

 

「何がだ?」

 

「僕は何も覚えてないのに」

 

僕は手の中に残った竹刀を見る。

 

「身体だけは、昔の僕を覚えてるなんて」

 

自分の身体なのに。

 

まるで知らない誰かの身体みたいだ。

 

「…………」

 

雅さんは何も言わない。

 

僕は小さく笑った。

 

「なんか、ちょっと気持ち悪いかも」

 

その瞬間。

 

「○○」

 

雅さんの声が少し低くなった。

 

「はい?」

 

「それは違う」

 

いつもと変わらない表情。

 

だけど、その声にはどこか強いものがあった。

 

「お前の身体だ」

 

「…………」

 

「記憶がなくても、覚えていなくても、お前が積み重ねてきたものまでなくなったわけではない」

 

雅さんが僕の持つ竹刀へ視線を向ける。

 

「身体に残っているなら、それもお前のものだ」

 

僕は何も言えなかった。

 

「それに」

 

雅さんが続ける。

 

「忘れたなら、また覚えればいい」

 

「……また?」

 

「ああ」

 

「もし、また忘れたら?」

 

「また教える」

 

「また忘れたら?」

 

「また教える」

 

「……何回でも?」

 

「何回でもだ」

 

雅さんは迷うことなく答えた。

 

その言葉を聞いていると。

 

胸の奥が少しだけ温かくなる。

 

「雅さんって、意外と面倒見いいですよね」

 

「意外とは余計だ」

 

僕と雅さんは顔を見合わせて笑った。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

私と○○は互いに笑い合った。

 

その時――

 

「いっ……!!」

 

突然、○○が胸を押さえた。

 

「○○!! 大丈夫か!?」

 

私は急いで○○のもとへ駆け寄る。

 

○○は私を見ると、安心させるように笑った。

 

「すぐ収まっちゃいました! 大丈夫です」

 

そう言って、○○は右手で胸元をぐりぐりとさすっている。

 

○○がホロウ帰りや疲れている時によくしていた、あの仕草。

 

昔は何気なく見ていたその仕草が、今はひどく私を不安にさせる。

 

「○○、お前は……」

 

私は一度言葉を詰まらせる。

 

そして――

 

「今度は一人で抱え込むな……!」

 

○○を見る。

 

「お前には私やプロキシ、それにみんながいる」

 

そう言うと、○○は笑った。

 

「はい!」

 

その返事を聞いて、私は小さくうなずく。

 

「それと」

 

「?」

 

「次は白線だけを踏んで渡る修行をやり遂げるからな」

 

「あれ絶対恥ずかしいですって!」

 

「私は普段からやっている」

 

「僕は違うんです!!」

 

そう言って○○は笑った。

 

私も、つられて笑った。

 




主人公記憶失う前は意外と強いのか?

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