特任騎士のオレの仕事は、暴れる王女サマを見ていることです 作:月待 紫雲
人食いの森。
森を突っ切るように整備された道を除き、危険な魔物や犯罪者が潜んでいる。
そんな森の、メインから外れた小道。
オレの目の前で真紅の少女が踊っていた。
――エルゼリーナ・クロスタイン。
我がクロスタイン王国の、第三王女であらせられる。
「火」の才能に恵まれたエルゼリーナ王女は燃えるような赤い髪と瞳を持ち、見目麗しい王妃様の美貌も引き継いでおられる。きっと成長されればまばゆいばかりの立派なレディになられることでしょう。
今もうっとりするような優美な舞いを――盗賊の頭を掴みながら行っている。
「──こんなもんかのう? つまらんやつらじゃ」
少女とは到底思えない年寄りのような口調で、王女殿下は言った。ついでに盗賊を放り投げた。うめき声と共に、盗賊が気絶する。
「王女殿下」
「なんだ、ロマ。二人のときはエルゼでいいと言っておるじゃろ」
「……この惨事は誰の仕業にするつもりで」
「もちろん、ロマの手柄じゃ。喜べ」
ため息を吐くしかない。
オレを隠れ蓑にして好き勝手暴れないでくれ。
この王女様は我儘を言う。やれ、あそこの花がほしいだ、珍しい魔物がいるらしいから見てみたいだ、いろいろだ。
全部、身に余る闘争欲求を発散するための口実だ。オレとセットでなら外出可となっているため、毎回こうなる。
「なんじゃ。不服そうじゃな」
「だってオレなんもしてないし」
「しようと思えばできるじゃろ」
「御冗談を」
王女様がバッタバッタと敵をなぎ倒している中に入り込めるわけないでしょ。
「行く先々でこんなことしてたら怪しまれますよ。どこの世界に『
「それはワタシの真似か? ぜーんぜん似とらんぞ」
「似てるか似てないかはどーでもいいんですよ、バカだっつってるんです」
「む、無礼だぞ」
「不満なら追い出してくれていいんですよ、この不届き者を」
「それは困る。遊べなくなるからな」
こんな野蛮なことを遊びと称する王女なんて世界にいないはずなんですがね。
「そろそろ帰りますよ」
「待て。まだ本命とやってない」
「本命?」
嫌な予感がした。
エルゼ王女は胸を張る。成長途中の彼女の薄い体では背伸びしたような微笑ましい光景ではあるのだが、中身は全然可愛いわけではないので全く微笑ましくない。
「ん? 今失礼なことを考えなかったか?」
「いえそんな。滅相もない」
「まぁいいか……この辺で出ると噂じゃったろ? 魔物が」
魔物。
要するに怪物だ。
強さは千差万別。冒険者と呼ばれる存在がひとりで狩れるものから騎士団を引っ張り出してくるものまで。
人の害を為す者。だいたいそう。
「覚えてないですな」
「……なんじゃ。やけに抵抗が少ないなと思ったらそもそも知らなかったのか。最近出るらしいぞ、アイアタルが」
「魔物相手なんてあんましないんでわからんす。せめて冒険者ランクで教えてください」
「冒険者換算で──ゲイル級だ」
「化け物じゃねーか。軍を呼べ軍を」
個人でまともに相手にできるやつはまずいないだろう。腕利きの冒険者だって数人がかりであろうし、一国の王女がお散歩気分で遭遇していいレベルではない。
「国の者たちにあーだこーだ言われるのも面倒だ」
「戦場にいる前提で話を進めないでください。あなたはステイする側」
「だからそれではつまらんではないか。ほら行くぞ」
さっさと道から外れ、奥に進んでいくエルゼ王女。いや進むな。
「ちょっとエルゼ王女サマァ!?」
「なんだ」
「危ねえですって」
「……本気で思ってるのか?」
「本気本気!」
大体名前だけじゃどんな魔物かもわからないし。
「止めたいなら力尽くで止めるんだな」
「骨が折れそうなんでイヤです」
「アイアタルよりはマシかもしれんぞ」
挑発的な笑みを浮かべるエルゼ王女。オレはため息を吐くしかなかった。
彼女はアイアタルなんて脅威に思っていない。というか挑発してオレと戦おうとする節がある。部下と戦おうとしないでくれ。
会話をしているうちにもどんどん奥へ行ってしまう。
森ではあるが、木々が密集しているような場所ではなかった。というか、何か大きなものが通った後か、道のようなものができていて歩きやすい。
――足を止める。
「王女サマ」
「なんだ」
「動かないでください」
「……うん? なぜだ」
エルゼ王女が振り返って疑問を口にしたところで――大口を開けた蛇が襲ってきた。
右からエルゼ王女を丸呑みにする勢いで。
オレはエルゼ王女を抱えて上げて走り出す。背後を大木のような巨体が通り過ぎた。
「よく気づいたな。殺気はなかったぞ」
「
「未熟か。そんな事を言うのはお主だけよな」
左右を確認する。
薄暗い闇の中で何かが怪しく光る。
かと思えば、オレに向かって大蛇が飛んできた。
オレは跳び上がると腰から剣を抜く。逆手持ちのまま、鼻頭へ向けて剣を叩きつけた。
いきなり口を閉じられ、バランスを崩した大蛇は木々に頭をぶつけながらどこかへ進んでいく。オレは大蛇の上に着地し、連れ去られないように走って尻尾から飛び降りた。
「主を守って偉いぞ、ロマ」
「そうですか。あれ倒すの面倒なので見学に移っていいですか」
「良い」
抱えられていたエルゼ王女が飛び降りる。
正直助けなくてもなんとかできていただろうが、女の子が大蛇に丸呑みにされるのはなかなかショッキングな気がしたので咄嗟にかばってしまった。
「こいつが目当てのアイアタルじゃ。あとはワタシがやる」
エルゼ王女は両手を開く。そこには炎が顕現した。
魔法。
生命エネルギーである魔力を消費して発生させられる概念事象。
轟音が響いて、アイアタルが迫ってくる。突撃丸呑みはできないと悟ったのか、巨大な頭を持ち上げてこちらを睨んでいた。
その鼻先から額にはオレがつけた剣の傷が縦にくっきり入っている。まぁ、浅く斬ったので派手な傷に反して戦闘に影響の出るダメージではないだろう。
「こいつはどのくらい持つかな」
楽しげに、エルゼ王女は笑う。
新しいおもちゃを見つけた子どものようだ。まぁ、子どもなんだけど。「おもちゃ」が冗談じゃ済まされない代物だ。
何せアイアタルも「おもちゃ」、オレも「おもちゃ」だからな。
オレは呆れながら剣をしまう。
というかこいつの討伐、オレがやったことになるのか。新聞に載ったりするんだろうな……何も嬉しくねぇ……。
――決着は一方的だった。