特任騎士のオレの仕事は、暴れる王女サマを見ていることです 作:月待 紫雲
サディエル卿は紅茶を飲む。わずかだが、手が震えていた。
「しかし、エルゼリーナ王女殿下。今はそうでもこの先はわかりません」
「というと?」
「例えばロマ殿に愛する人ができた場合です。家庭を持てば彼もエルゼリーナ王女殿下だけのことは考えていられなくなる」
「いや、仕事優先しますけど」
は? と素っ頓狂な声をあげてオレを見てくる。
いやだってもし恋人ができたとしても養わなきゃならないじゃん。安心安全安定の生活が今ここで約束されてるんだからここで仕事するよね。
というか女の人との付き合いなんてまともなもんがないのに想像できないし。
貴族で考えても家族より王族優先でしょ。
「こ、コホン。いや例えの話です。思わぬところで、彼の対応できないことが出てくるかもしれません。失礼ですがエルゼリーナ王女殿下は、ロマ殿の真の実力を知っていますか?」
「……いえ?」
小首を傾げるエルゼ王女。
そうだよね。だってオレが本気になるくらいの相手だったらむしろアナタ自身が戦いたいもんね。
「ストーム級の魔物や事象。確率は低いでしょうが、そういったこともありうるわけです。そういったとき我らとロマ殿の力が合わされば立ち向かうこともできましょう」
オレを邪魔者扱いせずに悪印象を避けようとしたな。仲良くやろうってか。
面倒くさ。
どうせストーム級なんてもんが出たらアンタらどころか、オレも役に立たないぜ。嵐を破壊する船がいるかって話。
「ストーム級……いいですね」
ぼそりととんでもないことを言い出すエルゼ王女。コイツ、絶対自分が戦う方で考えてるだろ。
しかし、エルゼ王女の呟きは中途半端に「いいですね」だけ聞こえたらしい。
「でしょう!? 我らであれば無敵の騎士団となれます」
「え? は?」
は? じゃないよ、素が漏れてるぞ王女サマ。
……うーんまずいな。断る理由もあんまりないんじゃないかなこの状況だと。
ま、王女サマの我儘ってやつで「いらねえです」ってしてもいいんだろうけど、不義理ではあるよな。
当のエルゼ王女は難しい顔をして、唇に指を当てていた。
悩んでるな、これは。
「――では、こうしましょう」
やがて、王女サマは両手を合わせてこう言った。
「あなたの領地にお伺いさせて頂き、ロマとあなたの騎士団で親善試合をします」
「し、親善試合ですか!」
サディエル卿は身を乗り出す。好機だと思ったのだろう。
「えぇ、騎士団のみなさまとロマで多対一です」
マイロス騎士団長にも勝てたし、一対一ならぜーんぜん…………
…………は? 今コイツなんてこといいやがりました?
騎士団だぞ?
「さ、さすがにロマ殿といえどひとりでは」
「ゲイル級を倒したときの人数でお願いいたします。ロマもゲイル級を討伐しましたし、きっと同等です」
いやいやいやいや! とんでもない戦いに参加させるな。
「その戦いを見て、近衛騎士団の件は考えます」
ね?とオレに微笑みかけるエルゼ王女。
……オレに拒否権はない。コイツが行くといえば行き、やれといわれればやるのだ。文句は言うけど。
「ハ、ハイ。ヤリマショウカ」
返事はイエスかハイか。これ以外ない。
◯
「全く。面倒な提案をしてきたものだ。センスが公表されてから早速では魂胆が見え見えではないか」
誰もいなくなった客間にて。
不機嫌をあらわにしたエルゼ王女は隣の椅子に足をかけ、鼻息を荒くした。
「まだ若いから気づかれないと思ったんでしょうよ。頼れる従者を雇ったらどうですか」
ほらあるでしょ、レディズ・コンパニオンとか。
「お主がそうだ」
「まともな、と申し上げとるんですが」
暗殺者に交渉はできません。
「……あやつはあれだぞ、近衛騎士団で懇意になって、息子や息のかかった者との婚約までさせるつもりだったのだろう。そこそこ位の高い貴族だから質が悪い」
文句が止まらない。ミルクティーの2杯目を一気に飲み干していて、今は3杯目を飲み始めていた。おい、はしたないぞ王女サマ。
「表立って潰せないのが口惜しいな」
そう言って親指の爪を噛む。
「行儀悪いっすよ」
「知らぬ」
ふいっと顔をそらしてから、ビシリとこちらに指をさしてきた。
「いいか! あと数年もして、実力があっても怪しまれない年齢となったら、ああいうやつらは真正面から相手をしてやる。そしてはっきり言ってやるのだ! 『ワタシに勝ったやつにしか意見は求めん』とな!」
「独裁すぎるだろ……」
数年後でも女王になってもそんなん通るわけないだろ。
「……つか、そうなったらオレ用済みじゃね」
「共犯関係はその程度で終わらぬよ。しかし気にするのであれば……そうだな、ミルクティーが美味いから、菓子もつくれるようにしろ。存在意義が増えるじゃろ」
「まぁ、別にそのくらいは」
また本でも探すか。
庶民だったら砂糖がないだの、高いだの大変だが、ここ城だし。
「しかし数年後の未来の話より今だ。まだワタシは自由の身。本格的な仕事はまだしなくてよい」
「……そういや、王女の仕事ってなんです」
「政務、行事への参加、各地への訪問だな。辺境にも訪問するつもりはある。危険はたくさんあるぞ」
あ、この王女、訪問と評して厄介事に首突っ込むつもりだな。
「結婚……はしなくともいいじゃろ。火の聖女として回復魔法や浄化魔法を使って民を助ければ十分なはずだ。姉上がおるし」
「となると来る婚約は断るつもりで」
「当たり前だ」
王女が断言すな。
「というかまた未来の話になっているではないか。話を戻すぞ。親善試合に」
指を鳴らしてうんざりしたように言う。
「で、ぶっちゃけ勝てるのか? 魔物討伐の編成で考えると兵器班……は流石に組み込めないだろうが魔法班はいるだろう」
この国における近衛騎士団は貴族や王族などが所有、または組織する最も動かしやすい部隊だ。
国の軍と違うのは国に属しているか、主に属しているか。
人数も強さもピンキリ。どうあってもオレのようにひとりはありえないので、オレの不利は確定している。
まぁぶっちゃけ、助力頂くこともできないわけではない。
エルゼ王女の立場から王に泣きつけばいい。
というか、サディエル卿も帰る前におすすめしていたしな。怒りで顔真っ赤だったなぁ。
だから、単独で行ってボロクソに負けましたは笑い者だ。
「助力もらってもいいんすか? ご希望はオレひとりででしょう」
「でなければ近衛騎士を断る理由にできんからな。まぁ、ワタシがエンチャントをお主にかけてゴリ押せば良い」
「できるんです? やったことは?」
「ワタシのようなか弱い体でも可能だ」
自慢気に胸に手を置いて断言するエルゼ王女。
「……なんだ?」
「普段あんだけ暴れといてか弱いって言われてもなぁ」
「魔力量は膨大だが体は少し鍛えておる程度だ! 戦闘時の動きは身体強化やエンチャントでどうにかしておるのだぞ!?」
「試しにかけてもらえます?」
「ほれ」
すっと赤いオーラが浮かんだ手を向ける。
一瞬だった。
燃えるようなオーラが自分に宿り、力が湧き上がってくる。
「おぉ……めっちゃ凄い」
「ふふん、そうじゃろうそうじゃろう」
「凄い……いらない」
「…………ほぉ?」
エルゼ王女から火炎が飛んでくる。ちゃっかりエンチャントを打ち切って、だ。
オレは後ろに下がりながら腰の剣を引き抜いて炎を斬った。
大した強度ではなかったらしくあっさり消滅する。
「失礼」
剣を納める。
「お主……いや、まあいい。理由を聞こうか」
「感覚がズレます。親善試合でこんな過剰なパワーいりませんよ。叩ききれない魔物相手とかなら別ですが」
「……アイアタルか?」
「いえあれは斬れます」
騎士団って言ってもひとりひとりゲイル級の化け物じゃないだろうし、やっぱり何もいらないな。
「ま、なんとかしますよ」
王女サマとオレの自由のために。