特任騎士のオレの仕事は、暴れる王女サマを見ていることです 作:月待 紫雲
背中を撃ちそうになっていた手を、テーブルに打ち付ける。震える手を抑え、ゆっくり息を吐く。
ダーディ・ハイルは己の平常を呼び戻す。落ち着け。クールになれ。あれはあいつではない。
過去に、守れなかった人がいた。殺したヤツがいた。それだけの話だ。そして、残された者は人生の全てを賭けて、復讐を誓った。
金も集め、ギルドマスターという地位についた。情報をかき集めて、ダインスレイヴ教団と、相手の特定までたどり着けた。が、全て無駄になった。
唐突に。残酷なまでにあっさりと。
王女誘拐事件。
王女を誘拐した暗殺教団。それを全滅させた騎士。最近ではファイアードレイクを倒す奇跡をやってのけたという、やつだ。
そいつが冒険者の資格を得たいとやってきた。
最初はからかうつもりだったが、魔弾を斬るその動きで、わかってしまった。
深く記憶に刻んだ、仇の剣と同じだと。
魔法を斬ることは珍しくない。ただやつらが魔法を斬るときは、まるでそこになかったかのように
ただ騎士は若い。知っているやつとはまず年齢が合わない。下卑た笑いもない。こっちがダインスレイヴ教団の名を出したときは焦ったのか挙動不審にはなったが、その後の落ち着きも早かった。
ダインスレイヴ教団の生き残りはおそらくやつひとりか、いても木っ端だろう。ダーディが目の敵にしていた「頭」とやらは確実に死んでいる。
『鳩が豆鉄砲を食ったような顔、だったかな』
あれは
若かったとはいえ、あのときのダーディはゲイル級で、あいつは嘲笑うかのように逃げおおせてみたのだ。
ロマはおそらく、それを難なく倒した。
「……今日は目一杯飲むかな」
ダーディには明日がある。仇をうつだけが人生ではない。
だが、やるせない気持ちは押し流す必要があった。
◯
オレは早速、いくつか適当に依頼を受けて、近くの森に来ていた。
「これは似てるが毒草。これが、目当てのもん、と」
今こなしてるのは薬草の採取だ。他の依頼は見つけ次第やる。
実績と経験が目当てだから幅広く、とにかく数を、と思っていろいろ受けてるから帰りがいつになるかはわからない。ま、大丈夫だろう。王女サマ、城にいないし。
「あ」
目を向けた方向に一角ウサギがいた。こいつの角と肉も受けた依頼の中にあった。
「ほい」
ポケットからナイフを出し、投げる。首にナイフが命中し、一角ウサギが倒れた。近づいて、血抜きと解体を始める。図説が手元にあるので、それ通りにやればオッケーだった。
――背中、撃たれなかったな。
なんか因縁でもあったんだろう。大事な人を殺されたとか。お頭、人殺し楽しむタイプだったもんなぁ。目立てばいらぬ因縁を生む。明日は我が身……いや、あんま考えたくないけど。
『やつの死に際、どんな顔だった?』
ダーディの言葉が反芻する。ぶっちゃけ依頼が楽勝だからっていうのもあるのだろう。思考の余裕は変なものを呼び起こす。
例えば、過去のこととか――――
◯
酒場の地下……ぶっちゃけるとダインスレイヴ教団のアジトで、エルゼ王女サマは大暴れしていた。
「ギャアア!」
うーわ燃やされてるぅ……本当に王女か? 悪魔と相乗りしてるわけじゃないよな?
「お主以外弱いな」
かざした手を下ろしながらつまらそうに鼻を鳴らすエルゼ王女。弱いなんて断言できるのはアンタだけだよ。
「頭に知らせろ! ノロマのロマがうら――」
何かを言う前に燃やされる元仲間。というか、知らせるべきなのはオレの裏切りじゃなくて王女サマが悪魔みたいに強いってことじゃね。
オレの裏切りは些事だろ。
「ボスは」
「そこ左の部屋」
「よし」
蹴破る。どんな脚力だよ。
「ダインスレイヴ教団。キサマらを始末しに来た」
ビシ、と指をさしながら格好をつけるエルゼ王女。部屋の奥にはくつろいでいるお頭がいた。
幅広の剣。シャムシールと呼ばれる、片刃で馬上で振るうことを想定された剣を立てかけていた。
「おい、ロマ」
ドスの効いた声で名前を呼ばれる。長年刻まれている習慣か、思わず背筋を伸ばしてしまった。
「まさかそのガキに飼われておいしい思いしようってんじゃないだろうな?」
シャムシールを引き抜くお頭。その手の甲には蜘蛛の入れ墨が入っていた。
「他のやつらはどうした? えぇ!?」
「ワタシが倒した」
エルゼ王女が前に出る。右手には渦巻く炎があった。
「で、キサマも同じになる」
投げた。
……が。
チン、と音が響く。それで、エルゼ王女の魔法は斬られた。
「なるほど。なかなかの火力だ。斬らなきゃ終わってた。部下が死ぬわけだぜ」
シャムシールがエルゼ王女に向けられる。
「む。お主以外で初めてむぐ」
「余計なこと言うんじゃないよ」
魔法を斬られた、と言われそうになったので慌てて口を塞ぐ。お頭は首を傾げた。
「まぁいい。ロマ、脅されてんなら許してやらなくもねえ。そいつを斬れ」
「本気で言ってます? 即燃やされて死ぬのがオチでしょ」
オレは腰の剣に手を当てる。
「狭い室内でその大型の剣は振るいづらいでしょう。降参してお縄についたほうがいいですよ」
「おい、待て。それではワタシの楽しみが減るではないか」
「茶々を入れないの!」
「なんじゃ。せっかくお主以外に斬れるやつが出たのだ。どこまで斬れるか見てやろうではないか」
両手で火炎を組み合わせるエルゼ王女。しかし、組み合わせを終える前にお頭が肉薄した。
「せい!」
上段から振り下ろす。
王女はというと、
構わず未完成の炎を爆発させる。
お頭もオレも、同時に魔法を斬った。
斬った先に王女はいない。小柄な身を活かして、股下からお頭の後ろに回り込んだからだ。
「コイツは、どうじゃ!」
炎の渦を、お頭に向けて放つ。だが、振り返りざまの一撃で斬ってみせた。魔法を斬られた反動による風が起こる。
「ふむ。甘いな」
鼻を親指で弾きながら、お頭が言う。
「魔力が多くて人より扱えるから調子に乗ってる……いかんな。大人の世界というのはそんな単純じゃねえってこと、教えてやらねえとな」
「ほう、では教えてもらうかの」
クックック、と。2人の強者が笑い合う。
「――いや、それよりオレを巻き込む気まんまんで魔法放たないでくださいよ。お頭もオレに向けて剣を振らないでください、危ないんで」
2人して盛り上がるなっての。
「「隣にいるのが悪い」」
「お頭は隣に来たんだろうが! ……ったく」
オレは歩いて、エルゼ王女とお頭の間に立つ。
「何のつもりじゃ」
「いやね。このまま王女サマに全部まかせてもいいんですけど、利用価値ってのを示さないといけないかと思いましてね」
「ほう。ロマ風情が、俺と戦うと?」
「うん。だって弱いもん、アンタ」
断言する。
「ぷっ」
「は?」
後ろでは失笑。前では間抜け面。それからみるみるうちに顔が真っ赤になった。
「この俺を、弱いと? 聞き間違いかな。俺も歳を取ったもんだぜ」
「いや、弱いよ。五影に迫ったごときが自慢なんだろ?」
返答は剣だった。
「殺気は剥き出し」
下からすくい上げるように弾く。
「剣筋はあからさま」
ちょいと剣を振るう気を見せると防御に入って固まる。
その剣を抜けて、胴体を斬った。
血が噴き出す。
「隙だらけ」
「……あ?」
利き手の腕を斬り落とす。
血を払い、剣を納めた。
膝から崩れ、座り込む。カランカランと武器が落ちる。そして信じられないものを見るような目で、お頭はオレを見た。
「……猫かぶってやがったのか」
「だってお頭がお頭のほうが何も考えなくて済むし? 今は王女サマに殺されそうなんでオレの命優先ってこと」
唖然とするお頭に、頭を下げる。
「ってわけで、お世話になりました」
首をはねた。
目の前に転がるのは、お頭だったもの。
額の汗を拭う。
「お主、容赦ないの」
振り返ると、エルゼ王女がドン引きしていた。
――消し炭もそんな変わらないだろ。
◯
いやぁ、懐かしいな。懐かしいだけで何の感慨もないけど。
オレも暗殺者だったから、誰かに恨まれてても仕方ないっちゃないんだよな。ま、目深にフード被って正体なんてわからないだろうし、オレだとわかるやつなんていないだろう。
おっともう夕方だ。
そろそろ帰らないとな。