特任騎士のオレの仕事は、暴れる王女サマを見ていることです 作:月待 紫雲
殺気が爆発した。
ウラリアが心の底から震え上がるほどの殺気だった。
魔法武器を形成するロマ。
殺気のなかった男の、無差別な、でたらめな殺気の渦。殺しの対象ではないというのに、殺されると心臓が訴えてくる。
ロザリオを握り、神に祈ってしまうほどに。
ロマはエルゼ王女を殺す気だ。
本気が肌で伝わるほどに。目の視えないウラリアですら、わかってしまうほどに。
それがどれほど残酷なことなのかは、想像に難くない。
「…………?」
しかし、ウラリアはそこで、ロマの魔法に思考を止められた。それゆえに、ロマを止めようとした言葉も、最初だけの一回だけで続かなかった。
魔力に、色がなかった。
魔法には必ず属性があるものだ。基本である四大属性に、ウラリアの扱う光の属性。どれも色がある。無属性と呼ばれるものもあるが、それは属性に変換しない、魔力のまま魔法として扱うものだ。
色がないなんて見たことがない。
空間を切り抜いたように、大鎌が存在している。
魔女は完全に怯え、震え上がる。魔女がなぜそこまで恐怖したのか、ウラリアはすぐに知ることになった。
◯
――七影に一発で殺された。
動きは見切れていた。防げもしたはずだった。なのに、オレは斬られていた。
どう斬られたのか謎だった。いろいろ試したが無駄だった。
避けに徹するのも試した。避けきれるわけがなかった。
攻勢に出てみた。剣がすり抜けて死んだ。
何度も試した。
そうして偶発的に、奇跡的に。
オレは七影の攻撃を防ぐことができた。
魔法剣で。
魔法を斬るのに使っていた、魔法剣である。あいつが魔法でオレを殺していたのがわかった瞬間だった。しかしそれも一瞬で、魔法剣すらすり抜けて、オレは殺された。
七影の剣は魔法。しかも単純な魔法ではない。単純な魔法なら魔法剣で消せるはずだ。でも消せなかったということは特殊な仕組み、ということになる。
今まで培った何もかもが通じない相手の剣。唯一手応えがあったのは魔法剣。
何が違うのか。
何が、一瞬だけ引っ掛けられたのか。
何百回と殺されながら。何百回と試行錯誤しながら。それだけを考えた。
そうしてオレは――
◯
空気が完全に変わった。
目の前の、男に変えられた、が正しい。
アタシは数百年、強者という強者を喰らってきた。魂の研究をし、相手の体を乗っ取れる力を手にしたその時から。
殺気を隠すのが上手いやつもいた。剣技が得意なやつも、魔法が規格外のやつも、聖女だって、全部知ってる。
知ってるが――
そのアタシの魂が、全力で警笛を鳴らしている。さっきのこの小娘を相手にしてるときにすら感じていなかった死の恐怖を。
忘れていたはずの恐怖を、やつの殺気が呼び起こす。
「そ……」
アタシはやつの鎌を指さす。
やつが即死魔法と呼んだそれを。
「そんなものが、即死魔法であるモノかァあああ!!」
◯
『おにいさん、ありがとう』
魔女になった女の子の最期の言葉を思い出す。化け物になってコントロールが効かなくなったのか、魔女というものが望んだ結果ではなかったのか。
ありがとうも何も暗殺対象だ。仕事をしたに過ぎない。
だけど、殺した感触はいつまでも忘れられなかった。
もし、あの子が暗殺対象じゃなかったら、オレは殺していなかったのだろうか。
いや殺してただろう。それを思わせる存在だった。
だから――殺す。
鎌を構える。
原初より生命を刈り取るもの。オレがこれを扱うには、剣よりこういうイメージに頼るしかなかった。
魔女が怯えている。
他人の魂を喰い物にするやつが、まともに死ぬとも思えないからな。
「そ、そんなもの。即死魔法などという生易しいものではない。なんだキサマ……どこでそんなものを覚えた……? そんな、そんな……おぞましいものを……」
「アンタならわかんだろ」
七影の書だよ。
「つーか、即死魔法じゃないっていうんならなんだっていうんだよ」
「
「……うん?」
何言ってんだ?
「きっちりちゃっかりアンタ
「……は?」
魔法を斬る技術。それは概念を斬る技術だ。魔法とは概念事象。魔法が発生させた火を斬って消すんじゃなく、火を成立させている概念を斬る。それで魔法は消える。
それが七影の書に仕組んであった魔法を斬る技術の本性ってやつだった。
概念はあらゆるものに適応される。そして暗殺者として、特定した概念だけを斬る魔法は、この上ないほどに理想的なものだ。
証拠も残さず、命だけ取って終われるからな。体の損傷もなし。毒の検出もなし。争った形跡すらない。
そんな、理想的な即死魔法。確かに、概念抹消のほうがしっくり来るかもしれない。
七影の剣がそれだった。オレの魔法剣が引っかかったのは、概念を斬るというのが一時的に機能したからだった。
まぁでも。よく考えたらそうだよな。暗殺者に使われてきた七影の書の最後の試練が「バカ威力の高い魔法が切り札でした」なんて笑い話もいいとこだ。
正解は問答無用で相手を抹殺する究極剣だ。
「魔法はすり抜けるから防御は無駄だぜ? 大鎌の振るう範囲、対象物以外は斬れずにすり抜ける魔法だ。狙う対象物は当然、アンタの魂だ」
魔法の仕組みを説明してやる。魔法は具体性が増せば増すほど強力になる。つまりオレの魔法の正体がバレればバレるほど具体性が増す。
「ま、一撃限りだ。それ以上はできないくらいの魔力しか残ってない。凌げればアンタの勝ち。シンプルだろ?」
オレじゃ大鎌の範囲が限界で、実はこの魔法にも対処法がある。だからファイアードレイクのようなクソデカくて強い魔物には通じない。
でも今の相手はそうじゃない。
「ったく。いつもわがまま放題言ってるのに、最後になるかもしれないお願いが『殺してくれ』だぁ?」
姿勢を低くし、大鎌を構える。
「ふざけんな。王女サマなら『助けろ』って言え」
ふんぞり返って、偉そうにな。何のための騎士だと思ってんだ、あのアホ王女は。
そうしてオレは、魔女へ突っ込んだ。
◯
視力を全力で強化する。
王女の膨大な魔力を持ってすれば、あのロマの動きを捉えることは容易だ。
ギリギリで避けて、反撃すればいい。
冷静になれ。
概念抹消なんて規格外な魔法。アイツの言う通り、一発が限界なはずだ。
けれど。
殺気が強すぎる。今まで抑え込んでいたものが溢れたような殺気の奔流が、否応なしに体を恐怖に陥れる。加えて、あの魔法の異質さで、アタシの魂が悲鳴を上げている。
殺気に呑まれて、どこを狙っているかわからない。
ヤツの姿が、前に踏み込んで――
――殺気が消えた。
「……え?」
途端に投げ出されたように殺気が影も形もなくなる。それに戸惑って、ヤツの姿を見失った。
「あ」
後ろから、斬られた。
痛みも、何もなかった。ただ、ブツリと致命的な何かが斬られて、溶かされていく。
「あ、あぁアアアァああアア!」
消える。消えていく。
アタシという命が。
死ぬんじゃない。消される。死にかけの、意識が落ちていく感覚などではない。
アタシという存在が
「い、いやだ……! 死にたくない! アタシは……もっと!」
でたらめに剣を振る。しかし何も当たらない。魔力を練ろうとしても、王女の魔力が感じられない。操れない。
「そいつは無理な相談だ」
白く狭まる視界に、ロマの顔が迫ってくる。
「この体はエルゼ王女のものだからな。これからも、変わらず」
「アァアアアアアアアア!」
体の感覚が狂う。
無が、アタシを蝕んでいく。なかったかのように。存在を否定していく。
――そうしてアタシの全部が終わっていった。
◯
殺気を当てられて感覚が狂ったところに全部なくなる。そうなると、状況がまるっきり変わる。殺気に敏感になった感覚であれば、突然置いていかれたような感覚に陥るはずだ。戸惑いは隠しきれないだろう。
精神的に追い込まれた時点で冷静な判断ができなくなる。情報の取捨選択が甘くなる。
つまり、オレの勝ちってこと。
オレは、倒れたエルゼ王女の体を抱きとめる。
「おーい、エルゼ王女」
肩を揺らして声をかける。そして目を開けた。目をパチクリさせて、オレを見る。
「ロマ……?」
「魔女ならきっちり殺しましたよ」
「夢じゃない?」
自分の両手を見て、それからオレの頬をつねる。
「いやつねるなら自分の頬だろ」
「夢じゃない……!」
「おい、なんで今ので確信してるんだよ」
ガバっと抱きつかれる。そうして静かに泣き始めた。
まぁ、莫大な魔力持ってても、前世の記憶があったとしても、まだ子どもだし。それに死にそうになったという恐怖もあったのだろう。
「ロマ……! ロマぁ……!」
「あーはいはい」
泣きじゃくるエルゼ王女の背中を、静かにさする。
そして空を見上げる。
「しかしまぁ、限界でして」
視界が歪む。
魔力切れだ。
「あと頼みますわ」
倒れて、意識を手放した。