特任騎士のオレの仕事は、暴れる王女サマを見ていることです 作:月待 紫雲
目が覚めると、最初にエルゼ王女の顔があった。ベッドに突っ伏しており、オレの腕の上に頭を乗せている。
「あの、エルゼ王女」
「……うぅん」
身動ぎするエルゼ王女。周りを見渡してみると、清潔感のある部屋だった。宿にしては広い。城に戻ってきたわけでもなさそうだった。
「エルゼ王女ー」
こんなとこで寝てどうする。オレは腕を引き抜いて、肩を軽く揺らした。
「起きてください」
「うっ……あ……」
埋もれていた顔が出てくる。寝ぼけた顔でオレを見てから、立ち上がって身を乗り出した。
「ロマ! 起きたか」
「はい。というかここで寝んでください。ちゃんとしたベッドを使って寝なさい」
「そんなことなぞどうでもいい! お主、3日間起きなかったのだぞ!」
「魔力欠乏なんでそんなもんですよ」
魔力を使い切る、と最悪死ぬ。
通常で使い切るという場面はない。魔法に精通した人間が体のリミッターを意図的に外して、体中の魔力を全て使い切って起こる現象だ。魔力は血液に混じっているので、血中の魔力も使うということである。
その間、身体機能は大半は停止する。魔力回復までの時間が長すぎれば死ぬというやべー状態に陥るわけだ。
「一時的に死んでいたようなものだったのだぞ」
「でしょうね」
「魔力を注いでどうにか繋いだものの……そのままならどうなっていたか」
「なくても平気でしたよ。そういう状態にしましたし」
「へ?」
エルゼ王女が口をぽかんと空ける。
「仮死状態ってやつです。冬眠の極地といいましょうか」
具体的に言うと、残った身体機能を最低限にし、体温を超低温に下げる。これでなんか知らんが生き残れる。
概念抹消魔法は魔力をやたら喰う。範囲は狭いし、対象もひとつに絞らないと無理だし。だから使うときは特例の特例だ。
七影は呼吸をするように仕込んでくるけどな!
だから失敗しても生き残れるようにはしている。だって死にたくないから。
「なので、計算通りです」
「お主……」
エルゼ王女はベッドに飛び乗るとオレの耳を引っ張ってきた。
「いたたたたた!」
「心配したんだぞ! このワタシが! もうちょっと申し訳なさそうにするとかあるだろうが! なんだそのケロッとした顔はァ!」
「オレが死ぬ行動するわけないでしょ! 死にたくないんですから!」
「だって!」
エルゼ王女が叫ぶ。
「だって、今回は……違うではないか」
しゅんとして、エルゼ王女は俯く。オレの耳から手が離れ、エルゼ王女の目には涙が浮かんでいた。
「ワタシのせいで、お主が死んだかもしれなくてそれで……」
「いや勝手に殺さないでください」
「とにかく心配したんだ!」
胸を叩かれる。いつもよりかなり弱かった。
「そんなことよりここどこです?」
「おい。ワタシの気持ちを放り投げたな今」
「いやだって。平気なものは平気なんで」
「今ワタシが殺してやろう」
「なんで!?」
生きてればそれでいいでしょ!?
エルゼ王女はため息を吐く。
「ここはだな――」
「――失礼する」
部屋に入ってきたのはニエベだった。ぱっと目が合う。
馬乗りになったエルゼ王女。目覚めてるオレ。
「……ごゆっくり」
「いや待ってくれ! 戻ってきてくれニエベ!」
エルゼ王女が懇願し、扉を閉めようとしたニエベがこっそり戻る。
「ここがどこか説明してくれ」
「はぁ……?」
エルゼ王女が飛び降りる。そうしてニエベがそばまでやってきた。
「ここは教会の治療院。エルゼリーナ王女とオマエの治療のためにウラリア様がお連れしてくださった場所だ。感謝するんだな」
「そりゃありがたいことで」
「……ま、魔女を倒したという功績を考えれば死なせるわけにはいかないからな」
視線をそらしながらニエベが言う。なんでわかるかは頭の向きと体の動きだ。
「ボクはあまりお役に立てなかった。オマエのおかげだ」
「いや、オレからしたらだいぶ助かったぞ。魔物しかり、魔法を防ぐのだったり」
「……なら良かった」
心底ほっとしたような声音だった。
「目が覚めたのなら治療を受けてもらう。ウラリア様直々にやってくださるそうだ」
「治療?」
疑問を口にしたオレに、ニエベは指で何かのサイズを示してきた。
「ハリ治療だ」
「……針?」
コクリと頷かれる。
「背中や首に針を刺して回復魔法をかける。それで身体機能の復帰を手助けするものだ」
「お断りします」
「死にかけたオマエには必要な治療だ」
「いや結構です」
暗殺者が背後に針を許すと思うか。
「死ぬじゃんそれ」
「死なない」
「いや死ぬ。首とか致命的じゃん」
「平気だ。エルゼリーナ王女」
ニエベがエルゼ王女に顔を向けると、エルゼ王女は笑顔で言った。
「受けろ」
死の宣告だった。
◯
「大げさです。ニエベには何度もやっていますし、ご老人にもやるんですから。リスクなんてありませんよ」
ベッドの上に、うつ伏せの形で横になる。針といってもかなり細いもののようだった。それでも殺せはするので全く安心材料にならないのだが。ウラリアがむくれるので諦めた。
清潔な部屋でオレは上半身の衣類だけ脱いでいる。それで、なぜか近くにエルゼ王女が座っていた。
「特にやることないなら付き合わなくていいのでは?」
「しかしな。お主の主君はワタシなのだから」
「フフ、寂しいんですよね。せっかく目が覚めたのにすぐに離れ離れになるのですから」
「そ、そんなこと」
エルゼ王女は顔を赤くしながら目をそらす。
「ずっと心配してそばを離れなかったのですから」
「それは当たり前だ! ファイアードレイクのときだって、生きてるか死んでるかわからなかったし……ロマがいないと困る」
「ま、特任騎士ですからね」
「微笑ましいことです。お背中、触りますね」
宣言通り、ほっそりとした指先が背中に触れてくる。
「しかし、針を使った治療なぞ習わなかったぞ」
「それはまぁ、これは魔法ではありませんし、教会独自のものですから」
ここですね、と針を刺される。感覚はあるものの、痛みはさほどなかった。
「ところでウラリア様はどうやって刺す場所を決めているので」
「肌感覚と、魔力の流れですね。触れると鮮明になるので」
「お、おっかねえ」
「急所ではないのは、あなたが一番おわかりでしょう?」
頷くしかなかった。
「というかエルゼ王女は猫かぶるのやめたんですね」
「ま、変に取り繕っても仕方ないと思ってな。あの後だったし」
「他の冒険者とかはどうなったんです」
「帰りましたよ。ほとんどの者が無事です。きっと彼らは昇格になるでしょう。もちろん、あなたたちも、です」
「ゲイル級だぞ、喜べロマ」
「ワーイ、ヤッター」
やりとりをしていく中でどんどん針を刺されていく。何本行くつもりだ。いやなんか背中がじわっとして気持ちよくはあるんだけど。
「エルゼリーナ王女に憑いた魔女についてですが、教会には憑いていたこと自体は報告しておりません。単に魔女は2人いた、とだけにしておきました」
「そりゃありがたいことで」
魂を他人に移せる存在だなんて死んだ証明が難しいからな。魔女がまだ生きてるんじゃないかと疑われてややこしいことになるのは避けたい。
「あなたの魔法で完全に消滅したようですし。驚きました、魂だけを消す魔法だなんて」
「ま、人相手にしか使えないんですけど」
「それは把握しているのが人体だから、でしょうか」
「そうですね。魔物は無理っす」
人型の魔物とかならたぶんいけるんだろうが、やったことはない。だって倒せるし。
鎌が届かないと無意味だからデカくてもダメだし。
「というかもしかしてオレが真っ当な剣士じゃないことバレてる?」
「えぇ、魔法をあんな風に斬るのはあなただけですから」
「そやつは元暗殺者じゃ」
「バラさないでください」
「今は違うじゃろ。ワタシの騎士だ。だからどうでもいいことだ」
エルゼ王女がハッキリと言う。
「なるほど。ダインスレイヴ教団の」
誘拐事件を知っていたのだろう、ウラリアがそんなことを口にする。大事件だったからな。
「教団は全員、あなたのような強い人ばかりなのですか」
「いいや。たぶんオレだけですね」
七影までたどり着いたやつが他にもいれば別だが。剣帝のセンス持ちの王女サマが六影で詰まっているところを見るに、その可能性はないだろう。
「こやつ、頭になりたくないから実力を隠しておったんじゃ」
「そうですか。となると、敵にならなかったあなたには感謝しなければなりませんね」
針を刺す気配が消えた。代わりに背中を温めてくる感覚が伝わってくる。おそらく、回復魔法だろう。
「どうです?」
「温かいな」
「明日にはスッキリしますよ。そうしたらエルゼリーナ王女と帰れますからね」
「エルゼで良い」
エルゼ王女が、ウラリアに対して強く言った。顔を見てみると真剣だった。
「そなたも恩人だ。だから対等に行こうではないか。ウラリア」
「……いいのでしょうか?」
「良い良い。その堅苦しい言葉遣いもいらぬ」
「…………では、そのように。よろしくお願いね、エルゼ王女」
背中越しに聞こえる声音は、なんだか嬉しそうだった。
◯
治療も無事終わり、城に戻った頃。
オレが読書をしていると、部屋にエルゼ王女が飛び込んできた。
「スタンピードだ!」
目を輝かせながら、エルゼ王女はオレに歩み寄ってきた。
「人食いの森から、魔物の大量発生だ。魔物がこちらに迫ってきている! 冒険者ギルドにも依頼が来ておるぞ!」
「へー、大変っすね」
「防衛ラインにやってくる前に倒しに行くぞ! もったいな――余計な犠牲は出したくないからな!」
今もったいないっていいかけました?
「さっさと行くぞ。緊急事態だ! スタンピードを早期解決に導けばストーム級もすぐだ」
「あーはいはい」
部屋に置いてある剣をさっさと装備する。オレが目覚めてからだいぶ大人しかったからこういうのは久しぶりな気がする。
「魔法でちゃっちゃと蹴散らすんですね」
「そうだ。好きな魔法使いたい放題だな」
スキップでもしそうな勢いでエルゼ王女が部屋を出る。オレもそれに続く。
魔女だの特殊な例はあるものの、特任騎士のオレに守られるほど、エルゼ王女は弱くない。
というか強力な魔法連発されたらオレじゃ勝ち目ないので、エルゼ王女のほうが強い。
エルゼ王女がゲイル級になったのでますますオレの負荷が減ることだろう。いやオレもゲイル級になったけど。
なので、特任騎士の仕事は基本お気楽だ。
――暴れる王女サマを、見てるだけ。
これからもそうあってほしいと思う。なぜならオレは変わらず、死にたくないから。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
とりあえず毎日更新できるのはここまでになります。
別の作品も投稿してるのでそちらも良ければよろしくお願いします。
今後の更新のアンケートを置いておくので回答していただけると嬉しいです。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。続きの更新頻度についてご希望あれば回答お願いします
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