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大空に浮かぶ入道雲が、あるいは頼もしいほど、あるいは恐ろしいほど雄大で、その向こうには太陽が隠れており、入道雲の端が、黄金色にきらめいていた。空は青く、空気は八月の終わりと思えないほど、ムッとしてひどく暑かった。
初星学園の寮のランドリールームまで、ぼくは洗濯物の詰まったプラカゴを携え、廊下を歩いていた。午後の六時。蒸し暑い外気は、寮内にまで流れ込んできており、けれどすでに八月が終わろうとしている今、この暑気も、あまり長くは続かなかろうと予想され、たしかに早く涼しくなって欲しい思いはあるものの、一抹の物寂しさが、ないではなかった。制服だといささか鬱陶しいだろうけど、ジャージ姿の今は、比較的ラクだった。
「ん?」
ふと、ぼくは廊下の向こうより見覚えのある人影が見え、立ち止まった。
ゴールドに近い髪色のおさげの、白い小さいリュックをダラリと背負った女の子がこっちに向かって歩いてきている。(星奈も似た感じの髪色だけど、星奈の髪のゴールドがシャンパンゴールドっぽいのに対して、彼女の髪色のゴールドは、黄味が強い。) 一年生の、藤田ことね。飄々としてギャルっぽくて、パッと見軽薄そうだけど、意外としっかりしていて、当番の掃除など、割と手抜かりなくやる。人は見た目では判断できないものだ。
「あっ、麻央先輩」、と話しかけてくる。
「やぁ、ことね」
「これから、お洗濯ですか?」
「うん。まだ暑いからね。汗ばんで仕方ないよ。ことねは?」
「あたしは、バイトです」
ことねは、どこか気後れしたように苦笑して言った。
ぼくは、あまり感心しなかったが、「そう」、と返した。「お金を稼ぐのはいいけど、学生生活がおろそかにならないよう、気を付けるんだよ」
「はーい、了解です。じゃ、行ってきまっす」
ことねはカジュアルに我流で敬礼して見せると、行ってしまった。
たしかにぼくはちょっと小首を傾げてしまうけど、ことねは、普通の学生生活とアイドルのレッスンに加えて、アルバイトまでやっているのだから、そのバイタリティはすごいと、素直にぼくには思われる。彼女は経済的な事情でアルバイトしているみたいで、致し方のないところはあるのだろうけど、そのバイタリティが本来やるべき部分に傾注されれば、彼女はグンと伸びるのではないかと、そのように推測されてならない。その辺は、彼女のプロデューサーの管轄することであり、ぼくは干渉する気はないのだけど。
ことねの軽やかな足音を背後に聞きながら、ぼくはランドリールームまで、また廊下を歩いていった。
……。
ドラム式洗濯機の中で、水浸しの洗濯物がグルグル激しく回転しているのが、透明の窓に見える。
洗濯機は複数台並んでいるのだが、稼働しているのは、ぼくのところだけで、つまり、ランドリールームにいるのは、ぼくひとりだった。乾燥機での乾燥まで含めると、待ち時間は一時間強。部屋にいったん帰ろうかと思ったが、ちょっとスマホで済ませておきたい手続きがあったので、ポケットよりスマホを取り出すと、ランドリールームの中央に、休憩用のテーブルとイスがあったので、そこに座ってすることにした。
ふと、誰かの来る気配がし、扉の方に振り向くと、扉が開いた。
「失礼します」、と遠慮がちに顔を覗かせたのは、ぼくと同じ三年生の、彼女だった。薄褐色の長い髪を後ろで団子にした、優美で、大人びた雰囲気が特徴の……。
「あぁ、莉波か」
彼女は「麻央」、と言い、にっこり笑った。
姫崎莉波。先述の通り、ぼくと同じ、初星学園の三年生で、生徒会のメンバーであり、ぼくたちは友人同士だ。その大人びた雰囲気に相応しく、お姉さんキャラを売りにしており、主に男性のファンが多いが、意外と女性のファンもかなりいるとの噂だ。ちんちくりんのぼくと違って彼女は背が高く、160センチ半ばくらいまである。
莉波も、洗濯物の入ったカゴを携えており、彼女の恰好は、肘までたくし上げた白いトレーナーと、黒いショートパンツとレギンスというものだった。
「一人?」と入室してきた莉波は聞いた。
「うん」、とぼくは返し、さりげなく操作していたスマホを卓上に伏せて置いた。
「暑いねぇ。いつまで続くんだろう?」
「さぁ、いつまでだろうね。空の入道雲を見る限りじゃ、まだまだ夏真っ盛りって感じだけど」
しゃべりながら、莉波は空いている洗濯機の洗濯槽に、カゴの洗濯物を、投入口に洗剤を入れていった。
莉波の持ってきた洗剤のボトルがピンク色で、目を引いた。
「可愛い色のボトルだね」、と頬杖を突くぼくは、注目して述べた。
「そうなの」、と莉波は振り向いて嬉しそうに返した。「おしゃれ着用洗剤でね、洗濯物がフワフワに仕上がるし、シワになりにくいの。おすすめだよ」
「へぇ、ぼくも使ってみようかなぁ」
無邪気で他愛のない話が、ぼくたちの間にしばらく続いた。
莉波は一通りやってしまうと、ぼくの向かいに座り、ぼくたちは、さっきアルバイトに行ったことねや、生徒会や、互いのプロデューサーなどの話に、花を咲かせたのだった。
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