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「それでね、千奈ちゃんが――」
莉波がにこやかに話し、左手で頬杖を突くぼくが適度に相槌を打って傾聴している間、二台の洗濯機の中で、洗濯物がグルグル回っていた。
莉波はお姉さんキャラに相応しい器量の持ち主だし、生徒会の委員でもあるので、いろいろな小話が舞い込んでくる。やっぱり生徒会にまつわる話の比重が大きくて、星奈、燕、千奈、佑芽、美鈴の話題が多い傾向がある。
莉波の話は、やがて区切りになり、ぼくたちは何となく互いに沈黙してしまうのだが、無言の時間は、決して重たい気まずくするものではなく、落ち着いていて、穏やかだった。
ぼくは洗濯機の方に振り向き、画面に表示されている時間をチェックしてみた。残り20分。
「莉波は、部屋に戻らないのかい?」、と正面に向き直ってぼくは尋ねた。「まだ時間がかかりそうだよ」
「うん」、と両手で頬杖を突いている莉波は頷くと、「麻央がいるんだもの」、と返し、にっこりと笑った。
「何だよ、それ」、と照れ臭くなったぼくは、はにかんで言った。
そしてぼくは、さっきまでのことがふと思い返され、卓上に伏せたスマホを手に取ると、また操作しだした。
「莉波って、観劇はする?」
「観劇? うーん……」
莉波は上方に目をやり、経験があったかどうか確かめている様子だ。
「今度さ」、とぼくは彼女の回答を待たずに言った。「連休があるだろう? ぼく、東京まで公演を観に行こうと思ってるんだ」
「公演?」
莉波がきょとんとして聞き返し、ぼくは、スマホで検索した公演の公式ページを見ていた。
「宝塚の公演。東京の千代田区にある劇場でやるんだ。人気少女漫画のミュージカルでね」
ぼくは、スマホを莉波の方に差し出し、画面がよく見えるようにした。莉波は、卓上に手を突き、前屈みになってまじまじ覗き込み、画面には、盛装した男役の出演者と、娘役の出演者がのっている艶やかなポスターが表示されていた。男装した主役の演者の美々しく化粧した面相は、少女漫画に好んで描かれる二枚目の男性のほとんど完璧に具現化された姿であり、凛然かつ、貴公子然としていた。
「へぇ、面白そう!」
「よければ、いっしょにどうかな?」
「行きたい!」
「分かった。じゃ、予約しておくね」
予定がザッと組まれると、ぼくはスマホを引っ込め、前屈みになっていた莉波は、元の姿勢に戻った。
「楽しみだなぁ。ミュージカルかぁ」
期待を帯びた口調で、莉波が言った。
「ミュージカルの出演者は皆、すぐれたスターで、観ればきっと、ぼくたちのアイドル活動のいい参考になると思うよ。もちろんぼくらは、娯楽のために行くんだけどね」
「麻央にとっては、けど、宝塚っていうのは、特別だよね」
「そうだね。昔のぼくの憧れの世界だし、今でもまだ……」
ぼくの中に、かつて劇場に赴いて生で観た歌劇のシーンの数々が蘇って来、半ば諦念してしまった今となっては、幼かった当時、純心に感激し、陶酔し、夢見たほどの瑞々しさはないけれど、憧れた世界の残光は、まだ強く、魅力的に輝いていた。
「そういえば麻央ってさ」、と莉波。「ちょくちょく宝塚の歌劇の話、してたよね」
「チャンスがあれば、観劇するようにしてるからね。今までは一人で行ってたけど」
「今度はわたしと一緒だね」
「実は、洗濯の待ち時間に、予約の手続きをするつもりだったんだ。ぐうぜん莉波が来て、何となく縁を感じたっていうか……」
言いながら、ぼくはまた照れ臭くなり、目を逸らして、手で撫でるように後頭部を掻いた。
「グッドタイミングで、わたしは来たってことだね」
莉波の言葉はフランクで、照れ臭くさせるけど、飾り気がなく、ぼくは素直に嬉しくなって「フフッ」、と笑みがこぼれてしまった。「そう言って貰えて、ぼくは嬉しいよ」
洗濯機の画面に表示されている残り時間が、少なくなってきていた。
その内音が鳴り、洗濯機が終了を知らせると、ぼくは扉を開いて洗濯槽より洗濯物を取り出して、上部にある乾燥機に移し、ボタンを押して乾燥を始めた。
所要時間は20分ほどだった。莉波とのおしゃべりで、その時間はたやすく費え、ぼくは彼女より先に洗濯を終え、ランドリールームを後にしたのだった。
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