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その日の夜、ぼくは寮の部屋にいて、食事と入浴を済ませた後、灰色のゆったりした寝間着姿で、イスに座って机に向かい、横向きのスマホを両手で持ち、動画投稿サイトで、宝塚の動画を視聴していた。スラッとした体躯の男役の女性が、しなやかに舞い踊り、朗々と歌唱し、その様は、いかにも少女漫画の世界よりそのまま現実に飛び出してきたかのようで、優美であり、かつシュッとしてもいて、いつ見ても、ぼくは心を奪われ、恍惚とするのだった。
夜の10時頃。何となく外の気配が気になった。
ぼくは、スマホを机上に置いてイスより立ち上がり、窓辺まで向かうと、カーテンを少しだけ、めくるように開いた。中庭が見下ろされる窓よりベランダ越しに、アスファルトの路面の濡れていることが一目で分かったし、雨はすでに降っているのだった。
いささか鬱陶しい気分になって、ぼくはぼんやり見るともなしに、下の方を見下ろしていたら、この時間に人影があり、ぼくは我に返ったようにじっと見つめたが、傘に隠れてよく見えない、足取りがどこか疲れたように重いあの人影はきっと、”彼女”に違いなかった。
ぼくは挨拶しようと思い、カーテンを閉じると、玄関でサンダルを履き、部屋を出た。
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「おかえり。ことね」
「あぁ、麻央先輩。また会いましたね」
寮のエントランスで、彼女が傘の水気を振り払って閉じているところに、ぼくは行き合わせた。彼女は疲れているのか、表情が堅く、思うに相応に働いてきたのだろう。
「大丈夫かい?」、と腕組みするぼくは尋ねた。「けっこう疲れているみたいだけど」
「平気ですよ」、とことねは傘を丁寧に整えつつ、答えた。「忙しかったんで、そこそこ稼げたんじゃないでしょうか。といっても、お給料は、働いた時間に対してしか払われないんですけどね」
彼女はそして傘を整え終え、その出来栄えに満足すると、ストンと床に突いた。
「雨が降ってるせいか、涼しいね」
ぼくはことね越しに、外の雨模様を眺めて述べた。
「そうですね」、とことねは外の方に振り返って同意した。「この時期って、嵐が来ては去って、どんどん涼しくなって秋に向かっていくんですよね。何だか寂しいなぁ」
ぼくは口元に拳をやり、クスッと微笑んだ。
「ことねって、意外と風流だね」
「そうですか?」
ことねは、ぼくの方に振り向き、半ば懐疑的そうに、半ば気後れするように、きょとんとした。そして彼女は「フゥ」とため息し、その感じは、いかにも慰労したいと思わせるものだった。
ぼくはまた、腕組みし直した。
「夜ご飯、まだだろう? 食べるものはちゃんとあるかい? なければ、分けてあげるけど」
「あぁ、いいですよ。冷蔵庫に買い置きがまだあるんで。お気遣い、どうもです」
「そう。じゃ、おやすみ。あんまり夜更かしするんじゃないよ」
「了解でっす。って、麻央先輩は?」
ことねは、前回のようににっこりしてカジュアルに敬礼して見せた後、怪訝そうに尋ねた。
「ぼくは、寮長として寮内を巡回してから帰ることにするよ」
「そうですか。お疲れさまでっす」
「うん。お疲れさま」
深々と、かつ大振りにお辞儀することねに、ぼくは返し、ぼくたちは別れた。
彼女の気配がすっかり遠のいた後、ぼくは、言ったように、ザッと寮内の通路を巡り、異常のないことを確認すると、部屋に帰ったのだった。
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