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アイドルの能力は、主に三つに分けられるという。ボーカル、ダンス、そしてビジュアルである。全ての能力が揃って高いことが望ましいが、やはり人それぞれ、得手不得手があるし、星奈のように均整の取れたジェネラリストがいれば、清夏や手毬のように、ダンスのみ、ボーカルのみに特化したスペシャリストがいる。
ぼくはと言えば、小さい頃から宝塚の歌劇をよく観、口ずさんで真似したりしていたお陰か、歌唱はそこそこ得意であり、ビジュアルに関しては、宝塚の演者のメイクを参考に模倣していたので、着飾るすべはある程度身に付けているつもりだ。レッスンにおいても、ボーカルとビジュアルのトレーナーは、概ね評価してくれている。
問題はダンスだった。ダンスがぼくのいちばん苦手とする項目となっていた。トレーナー曰く、体が硬いのだそうだ。歌劇に親しんだぼくは、歌唱とメイクに加え、ダンスの真似事だってしていたのだから、ダンスにある程度慣れていていいはずなのだが、何か障害があるのだった。
天井がアーチになっていて、ピカピカのフローリングの、ダンスレッスン室。
ぼくは一人、壁一面のパネルミラーに向かって、クルッとターンしたり、受け持ちの楽曲の振り付けをしたりしてみるのだが、自分で自覚しているように、また、トレーナーが指摘するように、体にしなやかさが欠けていて、四肢の動きが生硬だった。
「やっぱり、武道の型が妨げになっているのかなぁ(後、胸が無駄に大きいことも、動きが軽やかでない一因になっている気がする)……」
エアコンが効いていたが、激しく動いていると、蒸し暑いと感じた。汗が盛んに出、ぼくは練習をひとまず中断すると、黒板のそばにあるテーブルに向かい、タオルを取って汗を拭い、ペットボトルのスポーツ飲料を飲んだ。
すでに日は落ちていて暗く、多くの生徒はすでに帰宅していることだろう。あまり遅くまで居残っていると、先生やトレーナーが注意しに来るが、納得が行くまでは、ぼくは練習したかった。
ぼくが休憩のために、パネルミラーの脇のソファに座っていると、ふと、扉がコンコンとノックされた。
ぼくは「はい」、と返事し、トレーナーが注意しに来るにはまだ早いと怪訝に思ったが、開いた扉の隙間より顔を覗かせたのは、一人の馴染みの生徒だった。
「まだ練習してるの?」、と
「何だ、莉波か」
「入ってもいい?」
「いいよ」
ぼくが首肯すると、莉波は入室して来、後ろ手に扉を閉め、ソファのぼくの隣に、少し距離を置いて、お姉さん座りというか、足を揃えて膝を曲げるという恰好で座った。彼女はいつもしているお団子ヘアーで、白シャツとスカートという制服姿だった。
「生徒会の仕事が終わって廊下を歩いてたら、レッスン室の明かりが付いてて、誰がいるんだろうって気になったんだ」
「そうだったんだ」
「すごい汗だね、麻央」
「ダンスの特訓中なんだ。なかなか思うように体が動かなくてさ」
「やりすぎて体がこわばってるんじゃない?」
「まだまだ」
ぼくは意気軒高に微笑んで見せるのだが、莉波のふんわりした表情を見ていると、何だか気が抜けるようだった。
「観劇の日まで、後ちょっとだね」、と莉波。
「そうだね」、とぼく。「さっぱりした気持ちで劇場に行けるように、今頑張って、一皮剥いておきたいんだ」
「そっか」
莉波はやさしくにっこり笑った。
「一人で奮闘するより、誰かといっしょにやる方が捗るかも。わたしは、ダンスはそこまで得意じゃないけど、清夏ちゃんとかことねちゃんなんか、パートナーとしていいんじゃない?」
「ことねか……」
呟いて、ぼくは莉波より目を逸らし、正面に向いた。
莉波の口からポロッとその名が出て来、ぼくにおいて、先日の夜の模様が思い返された。雨の夜、妙齢の女の子が出歩くにはあまりよろしくない時間に、ことねは一人で寮に帰って来、その笑顔は、アルバイトの疲れのせいか、いつもの弾力が損なわれ、どこかしなびていた。
「ねぇ、莉波」、とぼくは言い、彼女の方に向き直った。
「うん」
「観劇に行く日、ご飯でも食べて帰ろうか」
「いいよ。いっしょに食べよう」
「よし」
ぼくは立ち上がった。
莉波はどうするのか気にする風の顔で、ぼくを見上げていた。
「今からことねのところに行ってみるよ。いるか分からないし、時間が遅いけど」
「うん。行ってらっしゃい」、と莉波は言い、同じように立ち上がった。「観劇の日と、その後のご飯、楽しみにしてるね」
「うん。ぼくも」、とぼくは、頷いて返した。
そしてぼくは、一旦レッスン室より出、特別教育棟から寮のことねの部屋まで行き、ノックしてみて在宅かどうか確かめた。ことねは、不在のようだった。また彼女は、アルバイトに行っているのかも知れなかった。
ぼくが戻ると、ダンスレッスン室は、明かりが付いているだけで無人であり、莉波は帰ったのだった。
フゥ、とぼくはため息し、疲れていたし、何だかやる気が削げてしまって、その日のレッスンはやめにすることにした。ダンスのテコ入れは、また別の機会にすればよかった。ダンスが思うように行かなくても、ボーカルとビジュアルでカバーすれば、じゅうぶん戦える自信が、ぼくにはあった。
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