よろしくお願いします。
半年前のあの日の出来事を、俺は「人生で最高の日」に位置づけている。
放課後、裏道の湿ったドブに落ちた野良猫を助けようとして、足を取られてしまい身動きができなかったその時、頭上の空間がバリバリと異音を立ててガラスのような亀裂を刻み、白と黒の光を宿した手のひらサイズの「結晶」が降ってきたのだ。
結晶は周囲のドブを弾き飛ばし、丁度落下地点にいた俺は胸をぶち抜かれた。
(へへへっ……これで俺の人生も幕引きか。辞世の句くらいは小粋なやつを考えたかったね)
……そう覚悟して目を閉じたが、先ほどまであった胸を焼き尽くすような激痛が、数秒も経たずにスッと消え去ったことで俺は再度目を空けた。
恐る恐る服の上から胸元を確かめてみればあら不思議。
心臓のあたりに不気味なその結晶が深く埋まり、まるで俺の肉体と同化したように、心臓の鼓動に合わせて鈍い光を放っている。
普通ならパニックも必至だろうが、俺には生来の図太さと異常なまでのポジティブさがある。
よくよく見れば、これがなかなかカッコいいもんだ。
病院へ行って取り出すとなったらなんだか損をした気分になるので、俺は誰にも言わずに今日までケロリと生きていた。
良いことは重なる。
俺はその日から超能力が使えるようになったのだ。
結晶に宿った黒い光にグッと、こう……なんというか力を込めると、自分から黒いモヤを発生させて、色々と便利なことができる。
俺は恥ずかしながらこれを「闇魔法」と呼び、喜び勇んで使っていた。
命は拾うわ、タダで怪しげな超能力は手に入るわ。
だからこそ、俺は胸に穴のあいたあの日を「人生で最高の日」と呼んでいる。
「おー、蛇森! 今日の放課後マック寄ってかない? みんなで行こうぜ!」
「悪いな、今夜は親の代わりに家の用事があってさ。また明日誘ってくれよ」
通っている高校の教室入口でクラスメイトたちに軽やかに手を振り、俺――蛇森 那津男(へびもり なつお)はカバンをひょいと肩にかけた。
女子とも男子とも軽妙に冗談を交わし、誰とでも上手く付き合う社交的な男――それが学校における俺だ。
周りからは「いつも楽しそうで要領が良いやつ」と見られている。クラスの雰囲気作りに一役買い、誰とでも笑顔で軽口を叩き合える世渡り上手。
数少ない両親からの教育で、俺は毎日を順風満帆に過ごしていた。
(遊びいきてぇけどサボった家事が溜まりすぎたからなぁ。
しかし豪勢な家具と札束だけが転がっているだだっ広い家に一人で帰るのも、味気ねぇぜ)
俺の両親は夜職、クラブや飲食経営で連日家を空けており、毎日のほとんどを一人で暮らすことが日常化していた。
生活費として置かれた、自由に使える多額の現金こそあれど、親の愛情というものを最後に感じたのがいつかも思い出せない。
とはいえ寂しがる年でもない。
金に不自由しない生活と、干渉されない自由。それはそれで都合のいい生活環境とも言えた。
手に入れた「闇魔法」は、そんな虚無感の漂う退屈な日常をちょっとだけ面白くするための、極上のスパイスだった。
校門を出て、夕暮れの街へと足を進める。街頭の灯りがポツポツと点灯し始める交差点角。俺は片手を制服のポケットに突っ込み歩いていた。
そんな時、進行方向少し先の歩行者信号が赤に変わった。
ニヤリ
思わず少し笑みがこぼれる。
ポケットの中で人差し指の先端から薄い闇のモヤをバーッと放ち、数メートル先にある信号の内部へと忍び込ませる。
すると──
パパッ!
──無機質な機械音が遠くで響き、信号が待ち時間ゼロで青に変わった。
「へへへっ、ストレスゼロで通過。ついでに……」
俺は横断歩道を渡ると、すぐ脇に設置された自動販売機の前に立ち、自動販売機本体の真下に闇のモヤを潜り込ませる。
するとコロリと転がって放置されていた500円玉を見つけ、拾い上げた。
この闇のモヤと闇のモヤに包まれた物はどうやら自分以外には見えないらしい。
闇のモヤを手の平に引き寄せると、それをそのまま自販機へ投入し、ボタンを押し込んだ。
ガトン
重みのある音を立てて落ちてきた缶コーラを回収し、プルタブをプシュッと開ける。
「罪にはならない程度の、ほんの小さなズルと幸運。これが人生の清涼飲料水ってね」
甘い液体が喉を潤す。法律も警察も誰も傷つけない、世渡り上手のちょっとしたイタズラ。それが俺の慎ましい日常の、幸運なる素晴らしき彩りだった。
だが、世界はそんな俺を放してはくれないらしい。
サーーッ
空から冷たい小雨が降っていたある日、公園の前を通りがかった時に俺は、幽霊のように項垂れる黒い長髪が特徴の少女がベンチに座っているのが見えた。
「へへへっ、可愛い幽霊の顔でも拝見するかな」
デカくてカッコいい真っ黒な傘を持った俺は、闇魔法を持って以来の無敵感で、湿った木製ベンチで膝を抱えて丸くなっている彼女に近づく。
「……あらま」
当然彼女は幽霊ではなかった。
それどころかその顔には見覚えがあった。
驚いたことに高校で隣のクラスにいる、優等生と評判の少女──星野 紡(ほしの つむぎ)だったのだ。
その姿には異常な点がある。
彼女の手足の先は、まるで水に溶ける白い絵の具のように薄っすらと透け、地面や濡れたベンチの木目が透けて見えていた。
しかも彼女の傍らには、翼の生えた手のひらサイズの白い猫のような、妙な生き物がパタパタと浮いていたのだ。
「あうぅ……か、身体がまた消えちゃう!」
「紡!しっかりするルン! さっき見つけた魔王の結晶から早く、光の魔力を補充するルン!」
謎の生物が慌ただしく、その手に持っている「俺の胸に埋め込まれた結晶」と極めて似たようなものから、白い光を取り出すと、その光を星野の胸に押し当てた。
すると少女の透けていた手足はみるみる実態を取り戻したのだ。
「ふー、これでひとまずはまた大丈夫だルン!」
「よ、よかったぁ~」
「……ごめんなさいだルン。ルルンたちのせいで紡に迷惑かけてるルン。
ルルンと同調んあんかしなければ、紡が世界から消えかけることもないルン……」
気落ちしたような1匹と、それに何も言えなくなったような彼女。
絶望的に悪い空気が流れ始めて居心地が悪い中、気づかれてないようなので声をかける。
「あー、消えるってのはどういうことだい?」
「!?」
慌てたように2人──正確には1人と1匹だが──は声のした方向、俺の顔を見た。
「あっ!? え、蛇森……くん……!?」
カッコいい真っ黒な傘と、すぐ上から降ってきたカッコいい俺の声。
ベンチの彼女と猫型浮遊マスコットは、まるで雷にでも打たれたかのように跳ね起きると、星野の背後に隠れようとしながら、空中をパタパタとバタつかせ、自分に言い聞かせるように高速で捲し立てる。
「紡、落ち着くルン! 驚いて声を出したら変な目で見られるルン! 大丈夫、この男にはルルンの姿も見えてないし、声も聞こえてないルン!適当に取り繕うルン!」
必死になって動くルルンと自分を呼ぶ猫型浮遊マスコットに、俺はあえて大袈裟に肩をすくめると、そいつを指差してニヒルな笑みを浮かべて見せた。
「いつから猫は喋って飛べるようになったんだい?」
「ルン!?」
ルルンがその場にピタリと硬直した。
小さな目が飛び出さんばかりに見開かれ、口がアングリと開く。
「な、な……なななー!? 見えてるルン!? ルルンの姿が見えてるルン!? 声も聞こえてるルン!?」
「へへへっ、かわいいお顔と声が丸見えだぜ」
ニヤリとからかった俺は、次いでベンチで固まっている星野を見つめた。
先ほどの光がどうのこうののやり取りから少しして、今は肌が透けないだけではなく、生気が戻っている。
「かわいいお顔がもう1つ」
「はわっ……蛇森くん…!?」
「それで、消えるってのがどういうことか教えてもらえるかい?」
「あぅ……えっと……」
再度緊張したように彼女はうつむいたが、少しして決心したように口を開いた。
「じつは──」
彼女の語ったことは驚くべきことだった。
この人間が生きる「人間世界」とは別に、空間の外には「光輝世界」と「暗黒世界」というものが存在すること。
そして半年ほど前に暗黒世界を統べる「魔王デスラドン」とその配下の勢力が暗黒世界から光輝世界に侵攻。
光輝世界は滅ぼされ、デスラドンが光輝世界に存在した全ての「光の魔力」を吸収してしまった。
しかしデスラドンも無事ではなく、肉体を結晶に封印されたうえ、それを砕かれて人間世界のここ日本中にばら撒かれたとのこと。
最後に星野さんのこと。
彼女はある日、光輝世界から唯一生き残った妖精であるこの「ルルン」が魔王の幹部に襲われているところに出くわし、ルルンと魂を繋ぐことで「光魔法」を使う「光魔法」となり、魔王の幹部を撃退したそうだ。
しかし光の魔力で身体を構成するルルンと魂を繋いでしまったことで、星野さん自身も身体が光の魔力へ置き換わってしまったとのこと。
そして肝心の身体が消える理由だが、光の魔力の源である光輝世界が消滅したことで人間世界の光の魔力が薄くなり、身体を維持するだけの光の魔力を維持できなくなったため、定期的に光の魔力を補給しなければ身体が消えてしまうとのことだった。
魔王の封印された結晶には魔王だけではなく、魔王が奪った光の魔力も封印されている。
だから2人は、結晶から光の魔力を抜き出して補充するため、
そして魔王を復活させないために今まで結晶を探したり、魔王の部下たちと戦ってきたのだと言った。
まるで漫画やアニメのトンデモ展開だが、一旦俺はそれを信じる。
実際に先ほど彼女の身体が消えかかっていたこと、喋る猫型浮遊マスコットのルルンが目の前にいることが何よりの証明だった。
それに、俺は可愛い子の苦悩は解決すると決めているのだ。
「ならよ──」
俺はおもむろに上半身制服を脱ぐ。
「うわっ!ちょっと蛇森くん!」
「急にハレンチだルン!」
二人はそんな俺の身体から目をそらすように手で顔を覆うが、俺はお構いなしに上らを晒して胸を張る。
「──俺は二人の役に立てるぜ」
「……えっ!?」
「そ、それは!」
俺の胸元には半年前と変わらず、黒と白の光を宿した魔王の結晶が光っていた。
だいたい週2〜3話くらいの間隔で更新します。
現状は10話前後で完結予定です。
処女作となりますので色々変わるかもしれませんが、
完結までよろしくお願いいたします。