対照世界のルミナリエ   作:そらきば

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第10話 ネットワークセンター

 北の大地での激闘を終え、俺たちの次なる目的地は西日本へと移っていた。

 魔王軍の野望を挫くため、そして散らばった魔王の結晶をすべて回収するため。俺と紡、そしてルルンの三人は、羽田を経由して新幹線で一気に西へと降り立った。

 

 だが期待とは裏腹に、探索は極めて難航していた。

 

「……うーん、やっぱり反応が少ないルン。おかしいルン」

「そうだなぁ……」

 

 大阪の街並みを見下ろすビジネスホテルの室内。ベッドの上で、ルルンが頭を所在なさげにゆらゆらと揺らしていた。

 

「全くないわけじゃないんだけどね……」

 

 俺が缶コーヒーを片手に考え込んでいると、紡はしゅんとした様子で呟いた。

 

「とはいえ北海道の時を考えるとなぁ……あんなに強い結晶の反応がバンバン出てたのに西日本に入ってからは全然だからなぁ……」

「そうだね……。この2週間、大阪を拠点に京都や兵庫まで足を伸ばしてみたけど、見つかったのはたった3つだし……関東から東北、北海道までのペースを考えると少ないよね」

 

 ソファに座った紡が、スマホの画面から顔を上げて眉をひそめた。

 彼女の指先が示す画面には、俺たちがこの半月で移動したルートと、回収した3つの結晶の位置がプロットされている。いずれも路地裏や、打ち捨てられた廃ビルといった、探しにくく人通りの少ない場所ばかりだった。

 

「結晶が全く見つからないわけじゃないって事は、俺たちの力がおかしくなったわけではねぇよな?」

「多分そうだルン!」

「とすると……例えば敵がすでに回収している、とか?」

 

 

 俺たちは冷えたコーヒーを口に含み、苦味とともに思考を巡らせた。

 四天王の一角、レベッカを倒したことはほかの魔王軍たちに情報が届いているかもしれない。

 それならば向こうも対策を講じてきていると考えるのが自然だ。

 

「まぁ今のところ光の魔力も十分足りてるんだし、焦っても仕方ないさ。ひとまずは足で稼ぐしかない。今夜はもう遅いし、少し休もうか」

「うん、そうだね。那津男くんも最近ずっと張り詰めてたから、しっかり休んでね」

 

 紡が優しく微笑み、テレビの電源を入れた。静まり返った室内を満たすように、夜の報道番組のニュースキャスターの声が響き始める。

 

『続いてのニュースです。近年、働き方改革や健康志向の高まりが叫ばれる中、ここ関西圏において興味深いデータが発表されました』

 

 画面には、円グラフや棒グラフのフリップが映し出される。

 

『大手ヘルスケア企業が実施した大規模なアンケート調査によりますと、ここ1か月間で、関西地方を中心とした住民の平均睡眠時間が、例年に比べて1時間以上増加していることが分かりました。専門家は「猛暑による疲労蓄積や、自治体による睡眠促進運動の成果ではないか」と分析していますが──』

 

「へえ、睡眠時間が延びてるんだ。良いことのように聞こえるけど」

 

 紡が何気なく呟いた言葉に、俺は少しだけ引っかかりを覚えた。

 平均睡眠時間の増加。一見すれば平和で健全なニュースだ。だが、このタイミングで、しかも特定の地域だけでそんな偏りが出るものだろうか。

 

「……なあ、ルルン、紡。今のニュースってよ、何か気になることないか?」

「ルン? うーん、特にないルン。」

「私も特にはないかなぁ」

「……そっか、まぁそうだよな」

 

 ルルンも紡も小さな首を傾げた。

 俺も2人の言葉を聞き、休むことにした手前それ以上は話を続けなかった。

 

 その時、これがこれから始まる異常事態の「前兆」であると、俺たちはまだ知らなかった。

 

 

 

 

 

 それから、さらに1週間が経過した。

 相変わらず結晶の目立った反応は得られず、少しばかりの焦りと徒労感が募っていく。

 そして、あの違和感はついに無視できないレベルの異常となって、街全体を飲み込み始めていた。

 

『連日お伝えしている“過眠現象”について、新たな動きです』

 

 ホテルの部屋でつけていた昼のニュース番組。キャスターの表情は数日前とは打って変わり、緊迫した面持ちで原稿を読み上げていた。

 

『本日午前9時ごろ、大阪市内の主要幹線道路にて、大型トラックを含む車数台が絡む多重事故が発生しました。警察の取り調べに対し、運転手は「突発的な猛烈な眠気に襲われ、記憶がない」と話しているということです』

 

 画面が切り替わり、現場の生中継が映し出される。大破したトラックと、混乱する交差点。

 しかし、異常なのは事故そのものだけではなかった。

 

『現在、関西圏の各病院には「日中に激しい眠気で起きいられない」「運転中や作業中に突然意識を失ってしまう」といった過眠症や睡眠障害を訴える患者が急増しており、医療現場はパンク状態に陥っています。政府は原因不明の集団体調不良として──』

 

「……酷くなってるね。……ねぇこれって!」

「あぁ!こいつはただの睡眠時間の増加じゃないぜ!」

 

 紡が画面を見つめたまま話す言葉に俺は乗っかった。

 

 そして俺たちは顔を見合わせると、言葉もなく部屋を飛び出す。

 ホテルの外に出ると、昼間だというのに街の空気は異常なほどに重く、沈んでいた。

 

 商店街を歩く人々の足取りは覚束なく、ベンチというベンチにはぐったりと頭を垂れて眠りこけるサラリーマンや学生たちの姿があった。信号待ちをしている人々の中にも、立ちながら舟を漕いでいる者が何人かいる。

 

「な、那津男くん……これを見て!」

 

 紡が抑えた声で俺の袖を引っ張った。彼女の視線を追い、俺は前線での戦闘で培った魔力感知の集中を高める。

 

「……っ!? なんだこれは……!」

 

 絶句した。

 すれ違う人々、ベンチで眠る人々、車を運転しているドライバーたち、その無数の人々の頭部に、まるで不気味な黒い霧のようなものが纏わりついていたのだ。

 どろりと重く、粘つきのある黒い気配。間違いない。

 

「闇の魔力!?」

「ルン! すごい量の闇の魔力が、街中の人たちの頭の中に溜まってるルン!」

 

 ルルンが恐怖に体を震わせながら叫ぶ。

 人々の頭に直接注ぎ込まれ、蓄積されていく闇の力。それが意識を無理やり刈り取り、異常な過眠症状を引き起こしているのだ。

 

「北海道の時と同じだ……! レベッカは人間の『記憶』を奪って暗黒超人を作ろうとしていた。だが今回は、人の『睡眠』……いや『意識』そのものを侵食している!」

「じゃあやっぱり四天王の誰かが、この街のどこかに!?」

 

 紡の瞳に、強い怒りと決意の光が宿る。

 だとしたら、なぜこんな広範囲に、同時に魔力を撒き散らすことができる?

 

 一人ひとり手作業で魔力を流し込むなど不可能です。街全体、いや関西圏という膨大なエリアをカバーするだけの「媒介」が存在するはずだ。

 そう思い人々の闇の魔力を確認していると、それらが彼らの持つスマホの画面に少しずつ吸い込まれていってるのに気づく。

 

「スマホの中に……なんで……」

 

 紡が思わず疑問を口に出す。手がかりは手に入ったが、今はまだそれだけだ。

 

 と、その時だった。

 

ピッキーーンッ!

 

 俺たちの頭に、これまで起きたことがないほどの、魔王の結晶の強い反応が叩き込まれた。

 

「ルンッ!? すごい強い反応だルン! 今までの比じゃないルン!」

「こ、これはあっち……! 大阪のビジネス街の真ん中の……あのビルだよ!」

 

 紡が指し示した方向。そこは、高層ビルが立ち並ぶ中心街の一角だった。

 俺と紡は頷き合い、人の目を盗んで路地裏へ駆け込むと、一気に脚力に魔力を込めてビル街へと向かって跳躍した。

 

 

 

 

 

 俺たちが辿り着いたのは、ガラス張りのモダンで巨大な高層ビルだった。

 ビルの壁面には、誰もが知る国内大手携帯電話キャリアのロゴマークが大きく掲げられている。

 

『MMPコミュニケーションズ 関西ネットワークセンター』

 

「携帯電話会社の……ネットワークセンター……?」

 

 紡がビルを見上げながら呟く。

 その瞬間、俺の頭の中でバラバラだったピースが一気に組み合わさった。

 

「そうか……そういうことかッ!」

「那津男くん、何か分かったの!?」

「敵の狙いと、どうやって街全体に闇の魔力を撒き散らしていたかだ! 携帯電話の『電波』だよ!」

 

俺はビルを指差した。

 

「この会社は関西圏の数百万、数千万という人間の携帯ネットワークを統括している。だからこのネットワークセンターの基幹システムを乗っ取って、電波に乗せて闇の魔力をやり取りしてたんだ!」

 

 だから、これほど広範囲の人々が同時に過眠症に陥ったのだ。

 スマートフォンは今や、誰もが肌身離さず持ち歩き、日常的に画面を見つめ、耳に当てている。端末から発せられる微細な闇の魔力が、波のように毎日毎日、人々の脳を侵食していたのだとすれば全ての説明がつく。

 

「なんてことを……! 人々の生活に欠かせないものを利用するなんて!」

 

 紡が拳を強く握りしめる。

 

「行くぜ! 無理やりでもシステムを止めねぇと、この街の人たちが全員眠り姫にされちまう!」

 

 俺たちはビルの正面エントランスへと駆け込んだ。

 

 自動ドアをくぐり、中に足を踏み入れた瞬間、異様な静寂が俺たちを迎えた。

 広々としたエントランスホール。セキュリティゲートの横では、警備員がピクリとも動かずにデスクに突っ伏して眠っていた。受付の女性たちも、キーボードに顔を埋めたまま深い寝息を立てている。

 

「みんな、眠らされてる……」

 

 命に別状はないようだが、起こそうとしてもピクリとも反応しない。完全に意識を奪われている状態だ。

 

 俺たちは彼らを横目に、階段を駆け上がった。

 目指すは、このビルの心臓部——中層階に位置する、

──メインネットワーク監視ルーム

 

 

 

 

 

 重厚なセキュリティ扉の前に辿り着く。

 本来なら厳重な暗証番号や指紋認証が必要なはずの扉は、鍵の機構そのものが黒く焼き切られ、不気味に半開きになっていた。

 

 隙間から漏れ出してくるのは、肌を刺すような粘着質な闇の魔力。

 

「紡、ルルン。準備はいいか?」

「うん。いつでも行けるよ」

「ルン! 気をつけていくルン!」

 

 俺は右足に魔力を込め、半開きの扉を豪快に蹴り開けた。

 

バガァンッ!

 

「そこまでだッ! 魔王軍!」

 

 一気に室内に踏み込み、俺と紡は身構える。

 そこは、壁一面に無数の大型モニターが並ぶ、SF映画の司令室のような広大な部屋だった。関西全域の電波状況やデータトラフィックを示す明かりが、怪しく点滅している。

 

 そして、その部屋の光景は異常の一言に尽きた。

 数十人はいるであろうオペレーターの社員たちが、全員、自身のデスクやチェアーの上でダラリと脱力し、泥のように眠りこけていたのだ。誰一人として起きている者はいない。

 

 そして、彼らの頭から立ちあがる闇の魔力が、そしてその大型モニターからもまた闇の魔力が漏れ出し、ただ一人起きている人物へ流れ込んでいる。

 

キィ……

 

 部屋の中央。部屋全体のモニターを見渡せる巨大なメインコンソール。

 その中央に置かれた高級な革張りチェアーが小気味よく音を立てる。

 そこには、ゆったりと深々と腰掛け、足を組んでいる影。

 

カタ……カタ……カタ……。

 

 規則的なタイピングの音が、社員たちの寝息と機械の駆動音の中に響く。

 その人物は、俺たちが押し入ってきたことすら意に介さない様子で、モニターに青白い文字列を走らせていた。

 

「ハハ……いらっしゃい。待ちくたびれていたよ、魔法少女と魔法戦士君」

 

 チェアーが再度音を立て、ゆっくりと回転し、こちらへと向き直る。

 そこに座っていたのは、嘲笑を浮かべた四天王の一人、

──新たな暗黒の主だった。




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