静寂が支配する巨大な監視ルーム。
無数の大型モニターが放つ不気味な青白い光と、デスクに倒れ伏すオペレーターたちの重い寝息。その中央で、高級な革張りチェアーをゆっくりと回転させた人物は、唇の端を歪めて俺たちを見つめていた。
「ハハ……いらっしゃい。待ちくたびれていたよ、魔法少女と魔法戦士よ」
その男は仕立ての良いスーツを纏っていたが、その肌は死人のように蒼白であり、何より両の瞳が渦巻く暗紫色の光を放っていた。男はキーボードから指を離すと、立ち上がり、洗練された動作で一礼してみせる。
「自己紹介がまだだったね。私は魔王軍四天王が一角、『偏執のギガヴァルト』。この人間どもの便利な文明社会と、その無防備な脳髄に心から感謝しているところさ」
「偏執の……ギガヴァルト……!」
俺は、警戒を極限まで高めながら一歩前に出た。横に立つ紡が、小さく息を呑むのが分かった。
「お前が電波を使って街中の人間から闇の魔力を集め、過眠症を引き起こしていたんだな!」
「ククク、理解が早くて助かるよ。スマホという文明の利器は素晴らしい。誰もが肌身離さず持ち歩き、四六時中画面を凝視し、頭部に密着させて通話する。電波に乗せた我が闇の魔力を注ぎ込むには、これ以上ない最高の「回路」だ。……さて、無駄話はここまでとしようか。君たちの存在は、我が偉大なる魔王様の復権において邪魔でしかないのでね」
ギガヴァルトが細い指をパチンと鳴らした。
次の瞬間、部屋中の大型モニター、そして倒れ伏す社員たちの頭部から、先ほどより濃密な、どろりとした黒紫色の闇の魔力が爆発的に噴き出し、ギガヴァルトの身体へと殺到した!
「ぬおおおおおッ! 充填完了だ!」
ギガヴァルトの叫びとともに、黒い霧が激しい放電現象を起こしながら彼の全身を包み込む。霧が弾け飛んだ時、そこには凶悪な漆黒と紫の電流を纏う、重厚なエレクトロ・アーマーを装着した異形が立っていた。
「ルンッ!? 気をつけるルン! 街中から集めた闇の魔力が、あのアーマーに凝縮されてるルン!」
紫電を纏う相手のアーマーの姿を前に俺たちは警戒を高める。
しかし、やることはただ一つ。コイツを倒すことだ。
「よし……行くぞ、紡!」
「うん! みんなを助けるために!」
俺と紡は同時に叫び、秘められた力を解き放つ。
「光の魔法! 消えぬ希望のルミナス・チャージ!」
「闇の魔法! 潰えぬ希望のドミナス・チャージ!」
俺の全身を闇の威圧感を纏う暗黒の甲冑が包み込み、紡の全身には眩いばかりの光の衣装が翻る。
「光輝の守護者、魔法少女ルミナスツムギ! ただいま参上です!タァ!」
「暗黒の破壊者、魔法戦士ダークドミナス! ただいま参上!トァ!」
変身を完了させた俺と紡は、間髪入れずに脚力へ魔力を込め、ギガヴァルトへと肉薄した。
「ハハッ! 愚かな!」
ギガヴァルトが両手を広げた瞬間、その全身からけたたましい放電音が響き渡った。
『ギガ・ボルトバースト!!』
「つっ……!?」
ギガヴァルトの手先から解き放たれたのは、一筋の雷光ではない。部屋全体を埋め尽くすような、極太の紫色、闇の電撃群だった!
閃光と衝撃波が監視ルームを激しく揺らす。俺と紡は間一髪で左右に跳躍し、極大の電撃波を回避した。俺たちが直前までいた床と壁はドロドロに融解し、焦熱の煙を上げている。
(遠距離からの広範囲攻撃……! だが、懐に入り込めば!)
俺は空中で体勢を整え、壁を蹴ってギガヴァルトの死角、背後へと一気に急接近する。
「ゥオラァッ!」
闇の魔力を拳に宿し、叩き込もうとしたその瞬間。
「甘いねぇ!」
耳元で、冷ややかな声が聞こえた。
視界からギガヴァルトの姿が掻き消えていた。
「なっ……!?」
「雷の速度を知っているか?大気の絶縁破壊により光速よりは落ちるが……それでも亜光速の領域だ!我が身に纏う電撃は、私をその領域へと昇華させる!」
背後からの強烈な衝撃。
ギガヴァルトの電撃を纏った蹴りが、俺の背中に正確に叩き込まれていた。
「ぐあああッ!?」
強烈な打撃と痺れが全身を駆け巡り、俺は壁へと激しく叩きつけられた。
「那津男くん! 『ルミナス・レイ!』」
紡が即座に光の束を打ち出し、俺を追撃しようとしていたギガヴァルトを牽制する。だが、ギガヴァルトは紫色の残像を残しながら、光の束を易々と回避してみせた。
「どこを見ているのかね? 魔法少女!」
「きゃあッ!?」
次の瞬間には紡の背後に現れたギガヴァルトが、電撃を帯びた拳で彼女を打ち払う。紡の華奢な体が吹き飛び、床を転がった。
「くそっ……早すぎる……! 動きが見えない……!」
俺は膝をつき、必死に立ち上がりながら歯を喰いしばった。
遠距離からは広範囲の闇の電撃。近接に持ち込もうとすれば、亜光速の移動速度で翻弄され、一方的に攻撃を受ける。俺たちの連携など、彼の前では全く意味をなしていなかった。
「ハハハハ! どうした、威勢が良いのは最初だけか!? 我が電撃の前にひれ伏す雰囲気を楽しめ!」
ギガヴァルトが嘲笑いながら、周囲に無数の電球状の闇の魔力弾を浮遊させる。それらが一斉に俺たちに向かって死の雨となって降り注いだ。
爆煙と電撃が荒れ狂う中、俺と紡は背中合わせになった。お互いに荒い息を吐き、鎧や衣装のあちこちが焦げ付いている。
「那津男くん……このまま普通に戦ってちゃ、絶対に追いつけない……!」
「ああ……分かってる。手段を選んでいる余裕はねぇ。指輪の力を使うぜ!」
「うん!」
俺たちは互いに肯き合い、手嵌められた秘石の指輪に意識を集中させた。
ピキーン!
俺たちの左手の薬指から光が発生し、全身から、通常ではあり得ない魔力の波動が爆発した。俺の暗黒の力に眩い光が交じり合い、紡の聖なる光の中に禍々しい闇の威圧が宿る。
相反する二つの力を強引に織り交ぜることで、俺たちは異なる力を手に入れた。
「ほう!? 力を融合させている!?」
ギガヴァルトの余裕の表情が消え、警戒レベルが上がる。
「手数と面で叩く! 逃げ場をなくすぞ! 紡!」
「了解! 『ルミナス・ダーク・フォトン・レイン』!!」
紡が両手を掲げると、空中に無数の光と闇が混ざり合った弾幕が展開された。それは数千、数万という密度の弾丸となり、部屋全体をくまなく埋め尽くすように降り注ぐ!
「フッ……! 鬱陶しい弾幕だ!」
流石のギガヴァルトも、部屋全域を覆う密度の面攻撃には亜光速の移動だけでは回避しきれず、電撃のバリアを展開して防戦に回る。
「そこだあああッ!」
俺は弾幕の隙間に滑り込み、光と闇の二重の波動を纏わせた拳の一撃を叩き込んだ。
ガキィィィンッ!!
「ぐっ……!」
超絶的な反応速度でガードしたギガヴァルトだったが、その足が大きく後ろへと滑る。指輪の力を使った俺たちの攻勢は、確実にギガヴァルトの手数を上回り始めていた。
しかし、
「ハハ……素晴らしい足掻きだ! だが、無駄なのだよ!」
ギガヴァルトが叫ぶと、監視ルーム内の壁一面にある大型モニター群から、さらに濃厚な闇の魔力が太い奔流となって彼のアーマーへと流れ込んだ。
俺たちの攻撃によって削られたアーマーの傷が、一瞬で修復されていく。それどころか、彼の発する電撃の威力がさらに増していくのが分かった。
「くっ……! 攻撃の手応えはあるのに、すぐに再生される……!」
「ルン! あのモニターだルン! 街の人たちから集めた闇の魔力が、あのモニターを通じてあいつに送られ続けてるルン!」
ルルンの叫び声に、俺はハッと息をのんだ。
「そうか!なら狙うはアイツじゃない!紡! モニターを全て破壊するぞ!」
「了解っ!」
狙いを悟ったギガヴァルトが「させん!」と電撃を放ってくるが、俺は自身の身体を顧みず、魔力と全身のアーマーで強引にそれを受け止める。その隙に紡が部屋の左右へと高速移動し、光と闇の拡散矢を解き放った。
『ルミナス・バースト!!』
ドカンッ! バカンッ! パリンパリンパリンッ!!
激しい爆音とともに、監視ルームの壁を埋め尽くしていた無数の大型モニターが、端から順に粉々に砕け散っていく。
これにより闇の魔力を供給していた青白い画面が次々と黒く沈黙し、部屋を満たしていた闇の霧が晴れた。
「ヌゥ!? 我が供給ラインが……!?」
ギガヴァルトのアーマーを包んでいた漆黒の電撃が、明確に弱まり、輝きを失っていく。亜光速を支えていた過剰なエネルギーがカットされたのだ。
「今だ! 一気に決めるぜ、紡!!」
「うん! これで終わりにして……みんなを元に戻す!!」
俺と紡は残された全ての魔力を足に込め、同時に跳躍した。
速度の落ちたギガヴァルトには、もはや俺たちの動きを見切ることはできない。
「くそおぉぉッ! お邪魔虫どもめぇッ!」
「「光と闇の合体魔法――『ドルミナス・エグゼスト・ブラスター』ッ!!!」」
俺と紡の合体必殺技が、ギガヴァルトの胸部の中央で交差した。
ドゴォォォォォォンッ!!!!
監視ルーム全体を揺るがす大爆発が巻き起こる。爆風が室内を吹き荒れ、焦熱と猛烈な煙が視界を完全に遮った。俺と紡は着地し、荒い息を吐きながら爆心地を睨みつけた。
「やった……の……?」
紡が呟く。
手応えは十分だった。指輪の力を解き放った俺たちの最大大技の直撃だ。いくら四天王といえど、耐えられるはずがない。
誰もがそう思った、その時だった。
「ふ……ふふふ……ハハハハハ! 痛いねぇ……実に痛い攻撃だったよ、魔法少女に魔法戦士!」
煙がゆっくりと晴れていく。
そこに立っていたのは、アーマーの半分以上が破壊され、全身から焦煙を上げたギガヴァルトだった。
だが、その顔には絶望など微塵もなく、狂気に満ちた歪んだ勝利の笑みが浮かんでいた。
「な……なんで!? モニターからの魔力供給は絶ったはずなのに!?」
紡が戦慄した声をあげる。
「ククク……愚かだねぇ。君たちは我が戦う前に弱点を克服していないとでも思っていたのかね?」
ギガヴァルトは嘲笑いながら、自身の胸部に埋め込まれた小さな受信端末のようなコアを指差し、言葉を続けた。
「モニターからの供給など、単なる『高効率の増幅器』に過ぎない!私はすでに、電波そのものを直接この身で受信する力を手に入れているのだよ! わかるかね? モニターを壊したところで、意味などないのだ!」
「な……なに……!?」
「現在、関西圏に存在するMMPキャリアのスマホ……数百万台、数千万台の端末は、すでに私の配下だ。術中にハマった人間どもの脳から、彼らの持つスマホを通じ直接この身へと闇の魔力を吸収し続けているのさ!!」
ギガヴァルトが手を突き上げると、闇の魔力により構成された無数の黒い電波の糸が、窓の外の街全体からこの部屋のギガヴァルトへと繋がっている光景が浮かび上がった。
「つまりだ……この関西圏に生きる人間たちが息絶え、死滅しない限り! 我には永遠に闇の魔力が直接供給され続ける! 傷など一瞬で癒え、パワーは無限に上昇し続けるのさ!!」
ギガヴァルトの宣告とともに、破壊されたはずの彼の甲冑が、街中から吸い上げられた禍々しい闇の魔力によって、瞬く間に元通りへと再生していく。それどころか、先ほどまで以上の凶悪な圧力を放ち始めていた。
「そんな……そんなのってないよ……! 人々が死なない限り無限に復活するなんて……!」
紡の顔から血の気が引いていく。
街の人々を助けるために戦っているのに、その人々が人質であり、敵の無限のエネルギー源になっているという絶望的なパラドックス。
「死ぬがいい! お邪魔虫ども!」
『オメガ・ギガ・ボルトバースト!!』
再生・強化されたギガヴァルトの猛攻が再開された。
先ほどまでの比ではない威力の電撃と、追いつけない超速度。俺と紡は防戦一方に追い込まれ、指輪の力による魔力消費も相まって、体力は急速に削られていく。
「グアアアアアッ!」
「キャアアアアッ!」
何度も何度も地面に叩きつけられ、甲冑と衣装が崩壊していく。
俺たちの光と闇の魔力も途切れかけていた。
(くそ……くそ……! このままじゃ……二人揃ってここで全滅する……!)
俺は血を吐きながら、朦朧とする意識の中で必死に思考を巡らせた。
しかし、打つ手がない。
街中の人々を救わない限り、ギガヴァルトは倒せない。
その時、俺の横で紡が静かに立ち上がった。
彼女の横顔には、なぜか恐ろしいほどに穏やかで、悲しい決意の表情が浮かんでいた。
「紡……? 何を……」
「……那津男くん。私、分かったよ。この戦いを終わらせる方法」
決意したように一歩踏み出す紡が、一瞬振り向きこちらへ笑いかける。
「え……?」
「あの人が街の人たちから闇の魔力を吸い取っているなら……その闇の魔力を、全部消し去っちゃえばいいんだよ」
「何を言ってるんだ紡!? そんな沢山の人々を浄化するなんて……そんな大量の魔力、どこにあるって言うんだ!?」
紡が俺に向けている、切なく、けれど温かい笑みが強くなる。
「ここにあるよ。……私の、全部」
「つ、紡……? やめろ……! それはっ!!」
俺は悟ってしまった。彼女が何をしようとしているのかを。
紡の身体、その魂、その命そのものが「光の魔力」の集合体なのだということを。
「ダメだ紡!!!」
「那津男くんと出会えて、一緒に戦えて……本当に楽しかったよ。世界を……みんなをお願いね」
「紡ィィィィィッ!!!!!」
俺の制止の叫びを無視し、紡は両手を天へと掲げた。
「『グランド・ルミナス・ブレスシャワー』……!!」
次の瞬間、紡の全身から、この世のものとは思えないほどの眩い、神聖な黄金の光が噴出した。
その光は監視ルームを突き抜け、ビルの天井を穿ち、大阪の、いや関西圏すべての空へと一気に拡散していった。
空を覆っていた不気味な暗雲が押し開かれ、温かな聖なる光の雨が街全体に降り注ぐ。
街のベンチで眠っていたサラリーマンが、車の中で気を失っていたドライバーが、病院で苦しんでいた人々が……頭部に纏いついていた黒い霧を綺麗に洗い流され、一人、また一人と意識を取り戻していく。
「な、なにぃ!? 我が魔力供給が……消えていくぅ!?」
ギガヴァルトが苦悶の悲鳴を上げた。
街中の人々から闇の魔力が完全に浄化されたことで、彼のエネルギーラインが根底から断ち切られたのだ。
ギガヴァルトのアーマーは光に焼かれ、弱体化し、ボロボロと崩れ落ちていく。
だがその代償は、あまりにも大きすぎた。
「紡……! 紡っ……!!」
「あっ…………」
俺の目の前で。
光を放ち終えた紡の体が、足元から静かに、美しく、黄金の光の粒子となって崩れ始めていた。
自分の手が透けて消えていくのを、紡は静かに見つめていた。
「駄目だ……駄目だ紡! 消えないでくれ! 頼むからっ!……消えないでくれ……」
俺は必死に手を伸ばした。けれど、俺の指先は彼女の体をすり抜け、ただ空を切るだけだった。光の粒子が、温かな風とともに指の間を吹き抜けていく。
「…………」
紡は既に声も出せないようだった。
ただゆっくりと、こちらへ振り向き口を開く。
『愛してる』
声にならぬ呟き、そして優しい微笑みを残し、ルミナスツムギ──紡の身体は、完全に光の霧となって散り、夜空へと消え去った。
「ぉ……おぉ……ぁ……」
膝から崩れ落ちる。
喉の奥から、言葉にならない悲鳴が漏れた。
世界が、一瞬で真っ黒に染まっていく感覚。守りたかった。二人で勝ちたかった。それなのに、俺は彼女に守られ、彼女を失った。
「フ……フハハハハ! くだらない! 命を捨ててまで人間を救うとは、どこまでも無駄な存在だったねぇ!」
弱体化し、アーマーの中の身体を露出しながらも、ギガヴァルトが嘲笑った。
「後は、残されたお前を我が殺せば済む話──」
「……オオ」
「へ?」
「オオオオオオオオオオオッ!!!!」
俺の中で、何かが完全に砕け散り、そして漆黒の狂気が激流となって溢れ出した。
絶望。憤怒。憎悪。自己嫌悪。あらゆる負の感情が、俺の闇の魔力を限界を超えて激化、覚醒させる。
「な、なんだいこの過剰な闇の魔力は……!?」
ギガヴァルトが怯えの表情を浮かべた。俺の全身から噴き出す黒い炎のような闇の魔力が、部屋全体を破滅的な圧力で押し潰し始めていたからだ。
その時だった。
遠く離れたビジネスホテルの部屋に置いてあった俺のボストンバッグから、眩いばかりの漆黒の光が漏れ出した。
これまで俺たちが関東、東北、北海道、そして西日本で苦労して集めてきた『魔王の結晶』の全て。
シュババババババッ!!
それらは空間を破り、音速を超えて監視ルームへと飛来した。
「な……結晶が……!?」
数十個に及ぶ魔王の結晶。それらは吸い寄せられるように、俺の身体へと一直線に向かってきた。
ガギィィィンッ!
ガギャァァァンッ!
「オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ゛!?」
俺の暗黒の甲冑の上から、魔王の結晶が肉体へと容赦なく突き刺さっていく。
腕に、胸に、脚に、背中に。鋭い結晶が皮膚を割り、肉を裂き、骨にまで達する。
そして、結晶の奥深くに封印されていた「魔王の真なる魔力」が、俺の体内に一気に流れ込んできた。
『良き闇よ。破壊こそ宿命!今こそ全てを破壊すべし……!』
頭の中で、禍々しい魔王の声が共鳴する。
それは間違いなく、シルバと戦ったあの日に聞こえた声だった。
俺の意識は強大な闇の濁流に呑み込まれ、塗りつぶされていく。
だが──
「黙れェッ!」
『!?』
「俺にィ!全て寄越せェ!!!」
『これはっ!なんとっ!?』
──俺の意識は、魔王の意識には塗りつぶされなかった。
ただ怒りと絶望のままに、俺の意識へと、莫大な闇の魔力が重なりあう。
「人間と……魔王様の魔力が共鳴……!? 馬鹿な、人間が魔王様の力を支配下に置くなど……!!」
ギガヴァルトが引きつった声を上げる。
ドバァァァァァンッ!!!!
俺の肉体から、黒と赤の禍々しい衝撃波が放たれた。
突き刺さった結晶が俺の肉体と融合し、甲冑は邪悪で禍々しい巨大な悪魔の生体鎧へと変貌を遂げる。頭部には禍々しい角が生え、背中からは黒い炎の翼が揺らめく。
そこに立っていたのは、魔法戦士ダークドミナスではない。
かつて世界を恐怖に陥れた、
──真なる『魔王』へと覚醒した俺の姿だった。
「ガ……ガアァァァァァ……ッ!!」
「ひっ……ひやぁぁぁぁっ!?」
ギガヴァルトが恐怖のあまり後退りする。
弱体化したギガヴァルトと、すべての結晶を取り込んで暴走覚醒した魔王。
勝負など、最初から決まっていた。
魔王が一歩足を踏み出す。
残像すら残さない。超速度。
ドガァァァァンッ!!
ただの一振りの拳が、ギガヴァルトの胸部を貫通していた。
弱体化していた四天王の重厚なアーマーなど、紙クズのように容易く打ち破られた。
「ごふっ……!? ば……馬鹿な……この私が……っ!」
ギガヴァルトは血を吐き、目を見開いたまま俺の腕に固定されている。
圧倒的な力の差。抵抗らしい抵抗すらできず、四天王の一角はあっけなく敗北した。
だが、息絶える直前、ギガヴァルトの死に顔に、不吉な笑みが浮かんだ。
「フフ……ハハハ……勝ち誇るなよ……魔王。まだ……手はある!」
「…………」
「我の策は……このビルの地下にある……! 起動しろ……秘密兵器よ……!!」
ギガヴァルトが残された全生命力を振り絞り、闇の魔力を床へと叩きつけた。
ズズズズズズズズズズズズッ!!
ビル全体が、地鳴りのような激しい揺れに襲われる。
ビルの最地下深くに隠されていた巨大な空間にそれは集められていた。
彼が西日本で集めた「魔王の結晶」、そして、そこに鎮座していた1人の人物。
魔王軍最後の四天王、『剛覇のゼノヴァルグ』。
「ギガヴァルト……不甲斐ない奴め。だが、よかろう!」
地下の巨大空間で、ギガヴァルトの合図により最後の四天王である彼が、地下に眠る全ての魔王の結晶と闇の魔力を自らの肉体へと吸収していく。
人間の肉体が無理やり結晶を取り込んだのとは違い、もともと強力な存在であり、四天王最強の肉体強度を持つ彼にとって、結晶の吸収は完璧な「降臨」を意味していた。
輝く闇の奔流の中、地下空間から一人の男がゆっくりと浮上してくる。
その姿は、那津男と同じ、いや、俺以上に完成された、完璧なる邪悪を体現する、もう1人の『魔王』そのものだった。
「世界を手にするのは前魔王でも貴様でもない!見たまえ……これぞ新たなる魔王の姿っ……! 勝つのは……当然我が同胞……!」
ギガヴァルトはそう言い残し、満足げに絶命し、闇の魔力へ崩れ去った。
ビルの中央が吹き飛び、地下から解き放たれたもう一人の魔王が監視ルームの空中へと姿を現す。
その放つ威圧感は、暴走している那津男の闇を容易く押し返すほどに強大だった。
「グオオオオオオオッ!!」
暴走し、絶望と破壊の意思により戦う魔王と化した那津男は、目の前の、もう一人の魔王へと激昂し、漆黒の炎を纏って一直線に肉薄した。
紡を失った怒り、破壊衝動のすべてを乗せた渾身の暗黒拳を突き出す。
ザクッ!
静かな音が響いた。
「!?」
彼の拳は、相手の顔面へ届く直前で、相手の左手によって容易く受け止められていた。
「哀れだな、人間」
もう一人の魔王が、冷酷な声で吐き捨てた。
「人間の弱小な肉体で無理やり魔王の結晶を受け入れたところで、所詮はハリボテの力に過ぎん。俺の肉体強度と練度があってこそ、魔王の力は真の真価を発揮するのだ!」
「グ……ア……ッ!?」
「消え去れ、偽物の魔王よ!新たなる魔王の手によって!」
もう一人の魔王が、右拳を引いた。
その拳に凝縮された闇の魔力は、世界そのものを崩壊させるほどの密度を誇っていた。
『暗黒剛覇拳ッ!』
ドカァァァァァァァァァァンッ!!!!!
回避不能の一撃。
それは、俺の胸の中央へと正確に叩き込まれた。
パキパキパキッ……ゴシャアッ!
俺の全身を覆っていた覚醒の生体アーマーが、一瞬で粉々に砕け散っていく。
それだけではない。突き刺さっていた魔王の結晶が次々と破壊され、肉体そのものが内側から内臓ごと破裂していく強烈な衝撃。
「カハッ!?」
那津男が大量の血が口から噴き出す。
視界が急速に赤から黒へと染まっていく。
生体アーマーが完全に崩壊し、ボロボロの生身の身体に戻された俺は、破壊されたビルの上層から、遥か下の地面へと力なく落下していった。
(あぁ……俺は……負けたのか……)
落下していく視界の中で、夜空が見えた。
そこにはもう、あの温かい黄金の光を放つ魔法少女の姿はない。
(紡……わりぃ……。俺……何ひとつ……守れな、かった……)
叩きつけられる地面の感覚すら、もう感じなかった。
絶望と血の海の中で、那津男の意識は完全に途絶え、その生命の鼓動は静かに停止した。
関西の街に、冷たい風が吹き抜けていた。
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