身体能力を超強化されたダークドミナス──『魔人』が地を跳んだ。
ドガァンッ!!
音速を超えた移動。
ツムギに襲いかかろうとしていたジルバの腕へ、俺の右拳が突き刺さる。
ズドォォォォンッ!!
ただの一撃。
ただのパンチの一振りが、巨大化したジルバの丸太のように太い腕を、一瞬で肉片と闇の粒子へと吹き飛ばした。
「グギャアアアアッ!?」
ジルバが苦悶の叫びを上げる。
だが、暴走した魔人には届かない。
ガキィンッ! ボゴォッ! ドカァッ!
突き、蹴り、引き裂く。圧倒的な身体能力。
狂暴化した敵すらも遥かに凌駕する暴力の嵐。
もはやそこにあるのは「ヒーローの戦い」ではなく、ただの「惨殺」だった。
「な、那津男……?」
地面に倒れ伏すツムギの目に、恐ろしい光景が映る。
怪物となったジルバを一方的に打ちのめす魔人。だが、彼の放つ刺々しい闇の衝撃波は、周囲の建物だけでなく、近くにいる紡にまで容赦なく巻き込んで散っていた。
ドゴォンッ!
魔人の足払いが地を砕き、跳ね飛んだ巨大な瓦礫が紡へと迫る。
「!?……ルミナス・シールド!」
紡は傷付いた身体で小さな光の盾を展開し、瓦礫を防ぐ。
もはや魔人側に、戦闘において協力するという考えは一切見られない。
彼の目には、もはや紡の姿すら正しく認識できていなかった。ただの「動く物体」として、黒く濁った視界に映っているだけだ。
「ガアアアアアッ!!」
「グゥ、グオオオオオオオッ!!」
魔人が叫び、精一杯の咆哮と反撃を繰り広げるジルバに向け、引導を渡すべく空中に跳躍した。
全身の刺々しいアーマーから、ジルバの吸い上げた闇の魔力を遥かに超えるほどの超高密度の魔力が溢れ出る。
そして溢れ出したその全魔力が、天高く飛び上がった魔人の右足に集中していく。
魔人の禍々しい咆哮が響いた──
「ハ゛イ゛オ゛レ゛ン゛ス゛・ト゛ミ゛ナ゛ス゛・キ゛ィ゛ッ゛ー゛ク゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ー゛ー゛ー゛ッ゛!!!」
ドゴォォォォォォォォンッッッ!!!!
暗黒色に染まり、禍々しく光るオーラを纏った右足が、魔人を仰ぎ見たジルバの顔面へ叩き込まれた。
直撃。
高架下の空間そのものが崩壊したかのような絶大な爆発。
巨大化していたジルバの全身は、キックの威力を受け止めきれず、粉々に砕け散って消滅した。
「……勝った?」
「…………」
紡の唖然としたような声が響く。そこに喜びの色はない。
それどころか、ルルンは警戒すらするように声も出さず集中していた。
土煙が晴れると、そこには魔人の姿のみがあった。そこにはジルバの姿はなく、彼の持っていた闇の魔力が霧散していった。
勝ったのだ。間違いなく勝った。
肉体を失い、魔力が霧散していることから、四天王ジルバという絶望的な強敵には間違いなく勝っていた。
──だが惨劇は終わらない。
「グオアアアアアッ!!」
魔人の右足から黒い衝撃波が全方位へと撒き散らされ、既に霧散し、宙を舞うジルバの魔力を吹き飛ばす。
路地に残っていた瓦礫が弾け飛び、紡の小さな身体を容赦なく打ちのめす。
「ツムギ!避けるルン!」
「ッ!? わ、わかった!」
虚を疲れた紡だったが、ルルンの声で正気に戻ると、その場から飛び上がり、迫る瓦礫を避けていく。
そのうえで魔人を見据える。
ここに来て、流石の紡も彼を警戒をした。
彼は今、正気を失っている。
暴走した俺の赤い瞳が、ゆっくりと紡を見据える。
ジルバという獲物を失った破壊本能が、次に捉えたのは、ボロボロになっている紡の姿だった。
「ガ……ァ……」
重い足取りで、刺々しい爪を立てながら、彼はツムギへと近づいていく。
「那津男くん!正気に戻って!」
ツムギは血を流しながら、必死に彼へ声をかける。
彼女の瞳に宿っているのは、恐怖ではない。底知れぬ切なさと、強い覚悟だった。
「ダメだよ那津男くん!そんなの、那津男くんじゃないよ!」
紡はジリジリと迫りくる彼に対して下がらなかった。
自分を覚えていてくれたこと。
世界から消えかけた自分を、抱きしめてくれたこと。
温かい言葉、服の上から伝わってきた心臓の音、自分に向けられた優しさ。
彼女の胸の中に、那津男から貰ったすべての優しさが、溢れ出すように蘇ってくる。
「私を救ってくれたのは……私を抱きしめてくれたのは……カッコいい、那津男くんなんだからッ!!」
紡はステッキを握り直した。
「今度は私が……那津男くんを取り戻すッ!!」
「グオオオオオオオッ!」
紡の覚悟の言葉に応えるように、魔人が魔力の眩い光を全身から放ち飛び込んだ。
ガキンッ!!
彼の腕から生えた凶悪な爪と、紡の持つ光のステッキが激突する。
激しい衝撃。
「戻ってきて……那津男くんッ!!ヤァー!」
紡の叫びとともに、光の粒子が俺のアーマーへと打ち込まれる。
一撃、また一撃。
紡は自らの身を削りながら、光の魔力を叩き込んでいく。
バシッ! ガシッ!
純粋な光の魔力が俺の体内に巡る狂暴な闇を少しずつ浄化していく。
刺々しかったアーマーの角が、少しずつ削れていく。
(あ……が……ツム……ギ……?)
黒い混沌の意識の底で、かすかに小さな声が聞こえた気がした。
視界の赤みが、ほんの少しだけ薄れる。
「思い出して! 私と一緒に、世界を取り戻してくれるんでしょ!? 私を一人にしないって、約束してくれたじゃないッ!!」
紡の訴え。
光の粒子が俺の頭部を包み込む。
理性が、急速に俺の意識へと戻りつつあった。
暗闇が晴れていく。
目の前に見えるのは、血で顔をぐしゃぐしゃにしながら、必死に笑いかけてくる紡の顔だった。
(つ……むぎ……? 俺……なにを……)
意識が繋がった、まさにその瞬間だった。
──破壊こそ宿命。
脳内に何者かの声が響く。
「ガアアアアアアッッッ!」
「那津男くん!」
正常化するはずの意識がぶっ飛び、暴走の残滓として、反射的に繰り出した最後の右拳が叩き込まれる。
グシャアアアアアアアアッ!
超強化された刺々しい暗黒の拳が、防御のため構えたステッキうぃ破壊し、彼を受け入れようとしていた紡にせまり──
ドスッ……。
──鈍い音が、紡高架下に響き渡った。
時間が出鱈目に遅くなったかのように感じられた。
彼の右拳は、紡の胸の中央を、深く、貫いていた。
「あ…………」
「ツムギ!」
紡の口から、鮮血がこぼれ落ちる。
ルルンの声が響き、ハッと息を呑む音が、彼の喉から漏れた。
理性が完全に体へと戻ってきた。視界の赤みは消え去っていた。
見えたのは、自分の右腕が、大切な少女の胸を貫いているという、地獄のような現実だった。
「つ……紡……? え……? あ……?」
俺の拳が引き抜かれると同時に、紡の身体から変身が解け、ルルンが実体化するとともに、紡も普通の服装へと戻った。
胸から血を流し、糸が切れた人形のように、紡の身体が前方へと倒れ込んでくる。
それを受け止めた彼の黒い変身も、ガラガラと崩れ去るように解けた。
素顔に戻った彼の腕の中に、冷たくなりかける紡の身体が収まる。
「嘘だ……嘘だろ……? 紡……!? 目を開けろよ紡ッ!!」
彼は紡を抱きしめながら自身の手を見つめる。その手は、紡の真っ赤な血で染まっていた。
「俺が……俺がやったのか……? 俺が……紡を……っ!?」
頭の中が真っ白になった。
絶望。後悔。吐き気。
自分が何のために戦ってきたのか。彼女を守るためだったはずだ。彼女の存在を世界に繋ぎ止めるためだったはずだ。
それなのに、自分の手で、彼女を──
「ごめん……ごめんなさい……紡……っ! 俺が……なんで……っ! 紡っ!ごめんなさい……ごめんなさい……っ!!」
俺は膝を突き、紡の身体を抱きしめながら、子どものように号泣し、何度も何度も謝絶の言葉を繰り返した。
溢れ出る涙が、紡の血に染まった頬を濡らしていく。
その時、紡が身体を上げ、彼女の腕が彼の頭を抱きしめた。
「な、つお……くん……」
「紡!」
「大丈夫……。大丈夫だからね……。」
かすかな、消え入りそうな声。
ゆっくりと開いた紡の瞳が、涙でぐしゃぐしゃになった彼の頭を捉え、優しくなで続ける。
「よかった……。那津男くん……戻って……きた……」
紡は、傷ついた自分よりも、俺の心をなだめるように、彼の頭をポンポンと優しく撫で叩いた。
まるで、泣きじゃくる子供をあやす母親のように。
「よかったぁ……那津男くんが……戻っ……て……」
ふっと、彼女の腕から力が抜けた。
頭に回されていた手が、力なくアスファルトへと落ちる。
瞳が閉じられ、規則正しい呼吸が途絶えた。
「ツムギィィィィィィィッッ!!!!」
俺の絶叫が高架下に空しく響き渡ったその時だった。
「那津男ッ!どくルンッ!!!」
背後からルルンが飛び出してきた。
ルルンの手には地面に落ちていた、ジルバの持っていた『巨大な魔王の結晶』があった。
「紡!今助けるルン!」
巨大な結晶から、濃密な光の魔力が強引に引きずり出され、紡の胸の傷口へと叩き込まれた!
ドクンッ……!!
眩い純白の光がツムギの全身を包み込む。
光が収まると、貫かれていたはずの紡の胸の傷が奇跡のように塞がっていた。
溢れていた血も消え去り、彼女の胸が、小さく静かに上下を始める。
「ふぅ……ふぅ……ギリギリ間に合ったルン……」
ルルンがフラフラと宙を舞い、俺の肩に着地した。
「紡が……助かった……?」
「命に別状はないルン。紡の身体は光の魔力で構成されているから、体内の光の魔力を再充填すれば、損傷も完全に再生するルン。……今の紡は眠っているだけルン」
俺は呆然としながら、腕の中の紡を見つめた。
彼女の顔には血色が戻り、まるで静かに寝息を立てていたた。
心底からの安堵。だが、俺の心に刻まれた「自分の手で彼女を殺しかけた」という恐怖と罪悪感は、冷たく重く残っていた。
俺はただただ放心し、動くことができずにいた。
「那津男?……那津男!!」
「あ、う……」
「……いつまでそうしているつもりルン?」
「え?」
ルルンが少し厳しく、だが優しく言った。
「紡は命をかけてお前を正気に戻したルン。お前がそんな顔をしてたら、紡が悲しむルン。……さっさと立ち上がって紡をホテルまで連れて帰るルン」
「……ああ」
俺は掠れた声で返事をすると、震える足でゆっくりと立ち上がった。
そして、まだ温かい紡の身体を、静かに自分の背中へと背負い直した。
背中に伝わる、小さく規則正しい息遣いと、確かな体温。
俺は一度だけ深呼吸をすると、夜明け前の静まり返った街へと、足を踏み出した。
東の空が、かすかに白み始めていた。
書きたいものが書けてよかったぁって思うわけ。
本日も読んでいただきありがとうございました。
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