北の大地に一歩を踏み出した瞬間、突き刺さるような冷気が頬を撫でた。
北海道上陸である。
羽田から搭乗し、降り立った新千歳空港。そこから移動して到着した札幌市内のホテルで、俺と紡、そしてルルンの三人は荷物を解いていた。
「う〜、やっぱり北海道は寒いね、那津男くん」
「ああ、この季節でも関東とは空気がまるで違うな」
長袖を着込みながら吐く息にはまだ白さこそないが、それでも肌寒さに笑い合う紡と俺。その横で、ルルンはホテルのベッドに勢いよくダイブしていた。
「ちょっと休憩していく?」
「そうだな。それでちょっとしたら結晶がある程度どこにあるか探知するか」
俺は部屋の壁掛けテレビの電源を入れた。
ニュース番組のキャスターが、真剣な面持ちで原稿を読み上げている。
『――続いてのニュースです。道内各地で相次いでいる謎の「大量行方不明事件」についてです。今月に入り、札幌市および近郊で十数名以上の男女が突然姿を消しており、警察が捜査を続けています。なお、過去に発見された被害者数名は、一様に事件前後の記憶を完全に失っており――』
「記憶喪失、か……」
「変な事件だね。単なる失踪事件にしては、見つかった人たちの状態が不自然すぎるし」
紡が眉をひそめ、テレビの画面を見つめる。
あの関東での死闘を経て、俺たちの絆はより強固なものになった。俺のトラウマは消え去り、紡の右の薬指には漆黒の闇、俺の右の薬指には純白の光。
変身していない今こそ目には見えないが、確かな魔力の指輪が互いに刻まれている。
だからだろうか、俺たちはこのニュースをずっと気に掛けた。
この北海道で起きている異常事態もまた、奴ら──魔王軍の影が潜んでいるのではないか、と。
翌日の早朝。まだ薄暗い札幌の街外れで、俺たちは一匹の獣を倒し、結晶を手に入れていた。
「よし、これで一つ回収完了だな」
「うん。早朝のうちに処理できて良かったよ」
結晶をポーチに収めてホテルへ戻ろうと歩いていた、その時だった。
「……ん?」
静まり返った早朝の路上を、フラフラと覚束ない足取りで歩く人影があった。
気温は氷点下に迫ろうというのに、その男は薄手のパジャマ一着に裸足という異常な格好だった。目は焦点を結んでおらず、まるで夢遊病者のように徘徊している。
「な、なんだルン?あの人、 この寒さの中であんな格好……正気じゃないルン」
ルルンが警戒して身を構える。
俺と紡も顔を見合わせ、男へ駆け寄った。
「おーい!大丈夫ですか!? こんなところで!」
男の肩に手をかけようとした瞬間、俺は悪寒に襲われた。
男の身体から、どす黒く濃密な闇の魔力が溢れ出していたのだ。
「那津男くん、気をつけて! この人、闇の魔力に侵されてる!」
「なっ……!?」
不意に掴んだ男の男の肩口から見えた喉元、そこを見て俺たちは息をのんだ。
男の喉元、そこに細かく加工された米粒ほどの魔王の結晶が不気味に埋め込まれていたのだ。
そして、そこから脈打つように闇の魔力が男の全身へ流れ込んでいる。
「ルルン、紡! 闇の魔力を頼む!」
「任せて!」
「ルン!」
紡とルルンが同時に光の魔力を解放する。温かな光が男の全身を包み込み、蠢いていた闇の魔力を急速に浄化していく。
その隙に、俺は男の喉に手をあて、埋め込まれていた小さな結晶を迅速に摘出した。
「う、あ……っ!?」
闇の魔力が完全に消え去ると、男はガクガクと膝を折り、その場に崩れ落ちた。瞳に光が戻り、猛烈な寒さに身を震わせ始める。
「大丈夫ですか!」
「あ、貴方たちは……? ぼ、僕は……ここ、は……? 僕は、なんでこんなところに……!?」
「落ち着いてください! すぐ警察に連絡しますから!」
男は自分がなぜパジャマ姿で外を歩いていたのか、それどころか自分の名前やこれまでの記憶すら思い出せないようだった。
いわゆる記憶喪失である。
俺たちは急いで警察に通報し、男を警察官へと引き渡した。
そこで聞いた話では、彼は失踪届が出されていた行方不明者だったとのことである。
それから少しして、警察署の近くの路地裏で、俺たちは顔を突き合わせる。
「……行方不明者、そして記憶喪失。テレビのニュースで言っていた事件と完全に合致するな」
「うん。……でもニュースでは言ってなかったこの結晶は……」
「あぁ、かなり小さいが間違いなく魔王の結晶だ」
「じゃあもしかして、この結晶であの人を……誘拐された人たちを操ってる?」
「あの人しか見ていないけど……その可能性は十分あり得るだろうな」
俺たちはみな顎に手を当て考え込む。
魔王の結晶は闇の魔力を持っている。
俺はこの力を使って身体能力を強化したり、闇を槍のようにして戦ったりしている。
しかし前に暴走してしまったように、闇の魔力には人間の精神に何かしら影響を及ぼすのかもしれない。
俺にはできないが、魔王の部下、それも四天王と言っていた連中には、それこそ人を操る奴がいてもおかしくない。
記憶喪失に関しても同様に疑惑がかかる。
「ルン! 人の記憶を奪ってるかもしれないなんて……絶対に許せないルン!」
ルルンが小さな拳を握りしめて怒りを露わにする。
だが、問題は手がかりのなさだった。街は広く、敵がどこでどのようにあの結晶を人間に仕込んでいるのか、現時点では全く見当がつかない。
「へっ、とりあえずホテルに戻って休もうぜ。明日から調べようや」
「うん、そうだね」
その翌日。
少し調査したが手掛かりを掴めなかった。
結晶の探知でどうにかならないかと思っていたが、結晶が小さすぎるようで探知には掛からなかったのだ。
よって、この件は地道に調べていくしかないという結論に落ち着いたのだった。
そして、とりあえず俺たちはホテルの部屋で使う日用品や食料の買い出しのため、市内の大型スーパーを訪れていた。
「北海道のスーパーって、新鮮な魚介類がいっぱいあるねぇ」
「おおっ! カニ! カニが売っておるルン!那津男!」
「流石に買わねぇぜ。生ものはホテルでは食えねぇしな」
はしゃぐルルンを嗜めながら保存の効く加工食品のコーナーを歩いていた時、紡がぴたりと足を止めた。
「……那津男くん。これ……」
「どうした?」
紡が手に取っていたのは、透明なパックに入ったハムやソーセージといった加工食品だった。
俺がそれを受け取ると、指先からピリッとした不快な感触が伝わってきた。
「……闇の魔力……!?」
「うん。すごく微弱だけど、間違いないよ」
俺たちは周囲の目を盗み、パックの裏側や肉の断面を凝視した。
すると、肉の奥深くに、一見すると香辛料の粒と見紛うような、極小に加工された魔王の結晶が混ざり込んでいたのだ。
「食料に混ぜ込んでたのか……! これを食べさせれば、体内に結晶が埋め込まれて人間を操れる……!」
「なんて汚いやり方……! 食べ物をそんなことに使うなんて!」
紡が怒りで声を震わせる。
俺たちは急いでその商品のラベルを確認した。
『製造元:闇丸フードプロダクト株式会社』
パックに記載された加工会社の名前に、俺たちは目を光らせた。
そしてその場でわかる限りの闇の魔力を感じる商品も調べる。
すると、それらの食品はすべて、その「闇丸フードプロダクト」の工場で作られたものだと判明した。
「ビンゴだな。あの人も、知らず知らずのうちにこの会社の製品を食べて操られたんだ」
「ルン!那津男、紡! 早速その会社の加工場に乗り込むルン!」
「うん!」
「おう!」
市街地から少し離れた工業地帯にある「闇丸フードプロダクト」の大型加工工場。
深夜、人通りもなくなった時間、異様な静けさに包まれたその工場へ俺たちは侵入した。
ひんやりとした機械が続く工場内を進み、最奥にある扉を開けた瞬間、鼻を突く異臭と、絶句するような光景が俺たちを迎えた。
「これは……っ!?」
広い倉庫の床に、十数人もの人々が横たわっていた。
その中にはニュースで行方不明と報じられていた人々も確認できた。
全員が意識を失っており、その身体からは黒い霧のように闇の魔力が止めどなく立ち上り、天井に設置された不気味な装置へと吸い上げられている。
「思ったより早く辿り着いたわね、ネズミども」
天井近くのキャットウォークから、高飛車で妖艶な女性の声が響き渡った。
見上げれば、そこには露出度の高い漆黒のドレスを纏い、背中に蝙蝠のような翼を生やした美しい女が立っていた。その瞳は冷酷な赤に輝いている。
「誰だ!」
「フフッ、魔王軍四天王が一角……『傀儡のレベッカ』様よ。覚えておきなさい」
「四天王……!」
傀儡のレベッカと名乗る女は、優雅に扇子を広げてくすくすと笑った。
「本当に感心するわ。北海道に来て2〜3日でバレるとは思わなかった……まあいいわ。どうせこの計画はもう最終段階なのだから」
「何が計画だ! 人間を拐って……一体何を企んでいる!?」
俺が叫ぶと、レベッカは心底楽しそうに目を細めた。
「いずれ来る人間世界全面侵略のための下準備よ。私は何年も前から人間に化け、この加工会社を作り上げて資金とルートを確保したの。そして最近、ようやく完成した……『食事を介して魔王様の結晶を体内に寄生させ、人間を意のままに操る技術』がね」
レベッカは横たわる人々を見下ろす。
「操った人間を自らここまで歩かせ、その記憶を抜き取って純粋な闇の魔力へと変換する……。人間の記憶や感情というのは、実に上質な魔力の燃料になるのよ」
「!? 人間の記憶をなんだと思ってるの……!」
紡が怒りにまかせレベッカへ叫び、前に出る。
「こんな恐ろしいこと、ここで絶対に終わらせる……!」
「ハッ、生意気な小娘ね」
余裕の表れなのか、レベッカは軽口を叩きその場から動くことはない。
ならば俺たちの手で焦らせてやろうと、俺も叫ぶ。
「紡、ルルン! 変身だ!」
「うん!」
「ルン!」
「光の魔法! 消えぬ希望のルミナス・チャージ!」
「闇の魔法! 潰えぬ希望のドミナス・チャージ!」
眩い光が工場内を照らし出し、輝きが収まった時には、俺たちは姿を変えていた。
「光輝の守護者、魔法少女ルミナスツムギ! ただいま参上です!」
「暗黒の破壊者、魔法戦士ダークドミナス! ただいま参上!」
「フフッ、なるほど、なかなかの力ね。テストにも丁度いいかしら?」
レベッカが妖しく微笑み、手を掲げる。
すると天井のつけられた何やら怪しげな装置が起動し、溜め込まれていた、十数人分の記憶から生成された凄まじい量の闇の魔力が、一気に床の中央へと集束していった。
バチバチと黒い電撃が走り、空間が歪む。
黒い霧が凝縮し、形作られていく物は、俺が暴走した時の姿によく似ていた。
幾重もの不気味な眼球と角を持つ、人間大に凝縮された禍々しき巨大な魔力の存在である。
『オオオオオオオオオッ……!!』
そいつが咆哮を上げると、工場の鉄骨が激しく振動し、暴風のようなプレッシャーが俺たちを襲う。
「さあ、奪い取った人間の記憶から作り上げたこの『暗黒超人(ダークパラゴン)』で、貴様らを肉塊に変えてあげるわ!」
レベッカの高笑いが響く。
「へ、パラゴンだかなんだか知らねぇがやらせはしねぇぜ! いくぜ、ツムギ、ルルン!」
「うん! 」
「ルン!」
重厚な圧迫感を放つ凄まじい魔人を前に、ツムギとルルンが武器を構える。
北の大地に蠢く陰謀を打ち砕くための壮絶な戦いの火蓋が今切られた!
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