対照世界のルミナリエ   作:そらきば

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第9話 光と闇のドルミナス

 不気味な重低音が、広大な工場倉庫の空気を震わせていた。

 

 中央に立ちふさがるのは、人間の記憶と闇の魔力が凝縮されて産み落とされた異形の『暗黒超人(ダークパラゴン)』。

 

 かつて俺が闇の魔力に飲み込まれ、暴走した時の姿に酷似したその異形は、幾重もの不気味な眼球を全身で不規則に蠢かせ、頭部の角を歪に発光させていた。

 

「へ、パラゴンだかなんだか知らねぇが、やらせはしねぇぜ! いくぜ、紡、ルルン!」

「うん!」

「ルン!」

 

 覚悟を決め、俺と紡は同時に床を蹴った。

 俺のは手足に魔力を纏い強化し、紡は手に清廉なる光のステッキ。

 

 狙うは完全なる挟み撃ちだ。左右同時に旋回し、相手の視界の死角から一気に畳みかける。俺が右側から拳を振り下ろし、ほぼ同速度で紡が、左側からステッキから生やした光の刃を刺し込む。

 

 完璧なタイミング。どんな手練れであっても、初見で防ぎ切ることは不可能な連携のはずだった。

 

 ガァンッ!!

 

 硬質な打撃音が響き渡る。

 だが、手応えがない。俺の拳も、紡のステッキも、敵の肉体を捉えてはいなかった。

 

「なっ……!?」

 

 驚愕に目を見開く。

 ダークパラゴンは、まるで俺たちが攻撃を繰り出すコンマ数秒前からその軌道を知っていたかのように、身体を最小限の動きで滑らせ、紙一重の差でそれぞれの攻撃を弾いて見せたのだ。

 

 それだけではない。空を切った俺たちの体制の崩れを見逃さず、敵の巨大な闇の腕が丸太のような太さとしなやかさで旋回する。

 

『グオオオオオオオ』

 

 空気を切り裂く突風の音。

 

「くっ……しまっ!?」

「きゃああっ!?」

 

 回避が間に合わない。側面から叩きつけられた凄まじい衝撃波により、俺と紡の身体は容易く宙を舞い、数十メートル後方のコンクリート壁へと激しく叩きつけられた。

 

 ドガァンッ!

 

 壁が裂け、粉塵が舞う。

 

「 ぐ、くそっ……!」

「う、あ……ッ……!」

 

 激痛が全身を駆け巡り、変身した強化耐性の上からでも骨が軋む音が聞こえた。俺は吐き出す血を拭い、激しく咳き込みながらなんとか膝を立ち上がらせる。隣では紡が胸を押さえ、痛みに耐えるように眉をひそめていた。

 

「ハハハハハッ! 無駄よ、無駄無駄ぁっ!」

 

 高く聳えるキャットウォークの上から、見下ろすように四天王、レベッカの高笑いが響き渡った。

 漆黒のドレスの裾を揺らし、扇子で口元を覆いながら、心底愉快そうに俺たちの無ざまな姿を嘲笑っている。

 

「言ったでしょう、ネズミども! そのダークパラゴンにはね、人間の記憶読み、順次にその経験を還元する能力があるのよ!あなたたちが今まで使ってきた戦術や攻撃、そのすべてに対応しているの! 」

 

 レベッカは指先から伸びる目に見えぬ透明な魔力の糸を滑らかに躍らせる。

 

「これは膨大な記憶という演算データから、もはや未来を完全に先読みできると言っても過言ではないわ! あなたたちの拙い連携など、繰り出す前から全て手の内なのよ!」

「先読み……」

 

 俺は思考を巡らせた。

 ただの力押しや俊敏さではない。こちらの行動そのものが全て読まれているというのか。

 

 攻撃を仕掛けようと足に力を込めた瞬間、目線を敵の特定部位に向けた瞬間、すでにその対策となるカウンターが展開されている。これでは、どんなに速い攻撃を繰り出そうとも、自ら敵の間合いに飛び込んで自滅するようなものだ。

 

「 動きを読まれるなら!手数を増やして力押し通る!」

 

 とにかくできることをやるしかない。

 俺は前線へ飛び出す。そしてダークスピアを複数生み出そうとするが、しかし──

 

『オオオオオオオオッ!!』

 

 ──生み出すよりも速く咆哮一散。巨体からは想像もつかない爆発的な踏み込みで、床のコンクリートを爆砕させながら迫ってくる。全身に散りばめられた幾重もの眼球が一斉に俺たちを捉え、光り輝いていた。

 

「那津男くん!」

「おうっ!」

 

 敵の振り下ろされる漆黒の巨大拳。俺は左に飛んで間一髪で回避する。

 直後、地面が崩落し、爆風が俺の身体を吹き飛ばす。

 避ける位置を先読みし、魔力による一撃を叩き込まれたのだ。

 立て直す間もなく、追撃の爆発が何度も叩き込まれた。

 

 ズドドドドドドッ! !

 

「くっ……!『ダーク・シールド』!」

 

 俺は咄嗟に前方に闇の魔力で防壁を展開するが、敵の攻撃はその防壁が展開される事を知っていたように、防壁を避けて側面からこちらを破壊せんと迫る。

 

「な!? コイツも読まれているのか!?」

「那津男くんっ!『ルミナス・フラッシュ』!」

 

 紡が至近距離から強烈な光の目くらましを放つ。だが、ダークパラゴンは光が放たれるコンマ数秒前に眼球の瞼を閉じ、ノータイムで紡の横腹へと強烈な蹴りを叩き込んだ。

 

「きゃあああっ!?」

「紡っ!!」

 

 空中へ吹き飛ぶ紡を受け止めるため、俺は必死に手を伸ばす。抱きかかえるようにして着地したものの、勢いを殺しきれず二人で床を転がった。

 

「ハァ……ハァッ……!」

「う、く……那津男くん、大丈夫……?」

「ああ……だが、不味いな。完全にこちらの行動パターンが学習されている……」

 

 額から流れる汗が目に入る。

 攻めても読まれ、守っても弱点を突かれ、牽制すら効果がない。

 それに記憶を読み学習するというのであれば、攻撃を重ねれば重ねるほど、相手の体内に蓄積された記憶データベースに俺たちの情報が更新され、どんどん攻略難易度があがっていく可能性もある。

 

「フフフ、どうしたのかしら? 魔法少女と魔法戦士サマ? 今まで私たちの邪魔をしてきた力はその程度? それとも、まだ本気じゃないのかしらぁ?」

 

 レベッカのあざ笑う声が虚しく響く。

 記憶を読まれ学習されたうえでの明確な実力差、まさに絶望的な戦況だった。

 

『グオロロロ……』

 

 ダークパラゴンが静かに歩み寄ってくる。

 その巨腕に、十数人分の記憶から作られた過密な闇の魔力が集積されていく。渦巻く黒い球体が形成され、空間そのものが歪み始めていた。直撃すればただでは済まないだろう。

 

(どうするか……記憶に存在する攻撃パターンでは、アイツには絶対に勝てない……!)

 

 思考が空回りし、死の予感が背筋を駆け上がる。

 その時だった。

 荒い息を吐きながら立ち上がろうとする紡の右手が、重なるようにして俺の左手を握りしめた。

 

 ピキィン。

 

 静寂の中、脳裏で鈴が鳴るような美しく澄んだ音が響いた。

 

 俺の左手の薬指。

 変身している今、そこにははっきりと視認できるほど眩い輝きが宿っていた。

 

 純白の光の魔力で形成された指輪。

 あの甘く切ない夜、お互いの過去とトラウマを受け入れ、魂を重ね合わせた証。

 その指輪が、互いの体温に応じるように激しく脈打ち、熱を帯びて共鳴を始めたのだ。

 

「……っ!? この魔力の流れは……!?」

 

 俺は目を見開いた。

 俺の体内に、本来なら相反するはずの、紡の清廉で温かな「光の魔力」が、指輪を通じて濁流のように流れ込んでくる。

 

 そして同時に、ツムギの瞳にも漆黒の輝きが宿り、俺の強大で重厚な「闇の魔力」が彼女の華奢な全身を駆け巡っていくのが分かった。

 

「……那津男くん……届いてるよ、那津男くんの力が……!」

 

 ツムギが俺の手を強く強く握り返しながら、凛とした力強い瞳で俺を見つめた。

 

「この指輪……ただの誓いじゃない。私と那津男くんの魂が繋がって、光と闇が混ざり合ってる……!」

「そうか……そういうことか……!」

 

 俺は全身を包み込む温かくも力強い光の感触に、武者震いを感じていた。

 

 ダークパラゴンが持つ俺たちの記憶。

 そこに記録されているのは、これまでの「光の魔法を放つルミナスツムギ」と、「闇の魔術を放つダークドミナス」の戦闘データだけだ。

 

 光の魔法少女が闇を纏って振るう暴力。

 闇の魔法戦士が光を纏って解き放つ救済。

 

 そんな支離滅裂で常識外れの攻撃パターンなど、この世界のどこにも、誰の記憶の中にも存在しない!

 

「へへへっ!よっしゃ、 反撃だ!」

「うん! 私たちの新しい記憶、未来を今ここで作ろう!」

 

『グオオオオオオオッ!!』

 

 限界まで高められた闇の球体を掲げ、ダークパラゴンが爆音とともに牙を剥く。

 俺たちは正面からそれを迎え撃つべく、同時に駆け出した。

 

 ダークパラゴン全身の眼球が一斉にこちらを捉える。

 敵の先読み演算が高速回転する。俺の足の踏み込みから闇の魔力を纏った一撃を予測し、紡の身体の捻りから光の弾幕による牽制を弾き出し、完璧な回避とカウンターの軌道を構築した。

 敵の動きが、右側へと大きく偏る。

 だが──

 

「そこだッ!!」

 

 ──俺が前に突き出した左手から放たれたのは、重厚な闇などではなかった。

 

ズドォォォォォンッ!!!

 

 俺の手の平から解き放たれたのは、倉庫全体を真っ白に染め上げるほどの絶大なる光のレーザーだった。

 

「な、なにぃぃ!? 闇の戦士が……光の魔法を放っただと!?」

 

 キャットウォークの上で、レベッカが思わず扇子を落とし、叫び声を上げた。

 

『グ……ガアアアッ!?』

 

 光耐性の防御など一切取っていなかったダークパラゴンは、予期せぬ純白の閃光を正面から全身に浴びた。先読み演算と現実の現象が激しく乖離し、敵の全身の眼球が狂ったように明滅を始める。

 

 回避軌道を完全に失い、大きく体勢を崩す巨体。

 

「次は、私!はぁぁぁぁっ!!」

 

 崩れ落ちる敵の懐へ、一瞬の隙もなく滑り込んだのは紡だった。

 敵は慌てて光の属性攻撃に対する防御障壁を展開しようとする。しかし、ツムギが掲げたステッキの先端、そして彼女の華奢な拳に渦巻いていたのは、空間すら歪ませる、禍々しくも気高き「漆黒の闇の魔力」だった。

 

「闇の旋風――『ドミナス・インパクト』!!」

 

 ドカァァァンッ!!

 

 ツムギが叩き込んだ闇の拳から、猛烈な漆黒の竜巻が巻き起こった。

 光の魔法用に展開された防御障壁を内側から容易く破砕され、闇の衝撃波がダークパラゴンの巨体を凄まじい勢いでお手玉のように上空へと吹き飛ばす。

 

『グガオオオオオッ!? ガ、ガギギ……!?』

 

 上空でのたうち回るダークパラゴン。

 

 記憶にない属性。記憶にない予備動作。記憶にない連携。

 圧倒的なデータ過多と未未知の現象の連続により、敵の脳内に組み込まれていた先読み回路は完全に焼き切れ、オーバーヒートを起こしていた。幾重もの眼球から黒い煙が立ち上り、もはや防戦すらままならない。

 

「バカな……バカなバカなッ! 属性が入れ替わっているだなんて……そんなデタラメなこと、あってたまるかぁぁッ!」

 

 レベッカが狂ったように金切り声を上げる。

 

「デタラメなんかじゃない……これが、私と那津男くんの繋いだ絆の力!」

 

 紡が宙に浮く敵を見上げ、ステッキを強く握り直す。俺は紡の隣に並び立ち、互いの手を再び強く重ね合わせた。

 薬指の指輪が、太陽のごとき輝きを放つ。

 俺の中に残る光の余韻と、紡の中に流れる闇の残り香。二つの相反する力が指輪を通じて複雑に絡み合い、極大のエネルギーへと昇華されていく。

 

「一気に決めるぞ、ツムギ!」

「うん! みんなの奪われた記憶と心を……返してもらうよ!」

 

 俺とツムギの声が完璧に重なる。

「「光と闇の合体魔法――『ドルミナス・エグゼスト・ブラスター』ッ!!!」」

 

轟ッ!!

 

 黒と白。相反する二つの極光が螺旋を描きながら合体し、天地を割るほどの一条の超極大レーザーとなって上空のダークパラゴンへと解き放たれた。

 先読みも、回避も、防御すら放棄したダークパラゴンは、その絶大な光線に正面から飲み込まれた。

 

『ガ……オッ……オオオオオオッ!!』

 

 光線の渦の中で、ダークパラゴンの巨体が光り輝く粒子へと分解されていく。

 同時に、体内に無理やり押し込められていた十数人分の「奪われた記憶」が、呪縛から解放されたように温かな光の玉となって溢れ出していった。

 

ドガァァァァァンッ!!!

 

 工場全体を揺るがす大爆発とともに、暗黒超人は跡形もなく消滅・爆散した。

 

 天井から降り注ぐ光の粒子。

 それらは優しく倉庫の床に横たわる人々へと吸い込まれ、彼らの身体を包み込んでいく。青白かった人々の顔色にみるみるうちに赤味が差し、穏やかな寝息へと変わっていった。

 

 ダークパラゴンを構成し、失われていた記憶が、本来の主の元へと無事に戻った証拠だった。

 

「はぁ……はぁ……へへへっ、やったな?」

 

 俺が息を呑んで見守る中、爆風と魔力の粒子が徐々に収まっていく。

 

「ひっ……! ひあああぁぁっ……!?」

 

 絶叫が響いた。

 

 キャットウォークから落ちた、レベッカが腰を抜かしたように床でへたり込んでいた。

 高貴だった表情は恐怖で酷く歪み、顔面を蒼白に染めてガタガタと震えている。

 

「な、何なのよお前たちは……狂ってる……あんな不条理な力を発揮するなんてっ!」

 

 レベッカは俺たちの視線に気づくと、悲鳴を上げながら必死に背中の蝙蝠のような翼を広げた。

 

「ひ、退くわ!一度 態勢を立て直さなければっ」

 

 天井の破壊痕から、夜空へ向けて逃亡を図ろうと飛び立つレベッカ。

 

「逃がさない!」

 

 紡が静かに俺の前に一歩出た。

 その声には、怒りを超えた冷徹なまでの決意が込められていた。

 

 紡の身体には、すでに本来の清廉なる光の魔力が満ち満ちており、ステッキの先端が夜空へと向けて一直線に固定される。

 

「人の記憶を、命を、思い出を弄び……足蹴にした罪。ここでしっかりと償ってもらいます」

「ヒッ……! 来ないで、来ないでぇぇっ!!」

 

 上空で必死に羽ばたくレベッカが振り返り、恐怖に瞳を大きく見開く。

 

「光の魔法『ルミナス・パニッシャー』!!」

 

 ツムギが放ったのは、過飾を削ぎ落とした純粋なる極大の光柱だった。

 

 閃光が夜空を貫く。

 

「キャあああああああああッ!? 魔王様ぁぁぁぁぁッ!!」

 

 逃げ延びようとしていたレベッカの身体は、逃げる間もなく純白の光の中に完全に没した。

 断末魔の絶叫とともに、魔王軍四天王が一角、「傀儡のレベッカ」は肉体もろとも存在を粉々に打ち砕かれ、夜空のチリとなって一瞬のうちに消滅したのだった。

 

 

 

 

 

 静寂が、工場内を取り戻していた。

 天井の破れ目から挿し込む月光が、崩れたコンクリートと俺たちを静かに照らしている。

 

「ふぅ……終わったね、那津男くん」

「ああ……なんとかなったな」

 

 変身を解除した俺たちは、その場に深く息を吐き出した。

 ふと互いの左手を見つめ合わせる。

 変身が解けた今、そこには何の模様もついていない。だが、皮膚の奥深くに残るあの心地よい温もりと絆の感触は、今もハッキリと残っていた。

 

「ルン! 二人ともすごかったルン! 敵の四天王をまた倒したルン!」

 

 ルルンが涙目になりながら、俺たちへ飛びついてくる。俺はその頭を優しく撫で回しながら、床に横たわる人々へと歩み寄った。

 

「……よし、みんな呼吸は正常だ。すぐに意識を取り戻すだろうな」

「うん。これで、北海道の失踪事件も……全部解決だね」

 

 紡が安堵の笑みを浮かべ、俺の隣に寄り添う。

 北の大地に潜んでいた不気味な陰謀は潰えた。俺たちは互いの手をしっかりと握り締め、月明かりの下で深く頷き合うのだった。




光と闇が重なり合うのって良いよね。

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